軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔法世界のほんとう

長く眠っていたような気がする。

もうこれ以上は眠れないとばかりに上半身を起こした私は、寮の部屋でもなく実家の部屋でもなさそうな空間に、まだ夢でも見ているのだろうかと目をパチパチさせる。

「ど、こ……?」

平民である私が絶対に寝たこともないようなフカフカな寝具。

花柄模様の壁紙、大きな窓にバルコニー。上質なカーテンはひらひらと風に靡いている。鏡付きの金色で縁取られた化粧台に、背もたれの大きな二人掛けのソファが小さなテーブルの横にひとつ。

そのテーブルの上には花瓶にさされたキュピレットの花が一輪。

「?」

視線は元に戻って寝具の上。

「んん……」

白い滑らかな寝間着に身を包んだ私は、 ふと膝あたりの重さに気がつく。

寝ぼけていて分からなかったが、視線をやれば、そこには私の友人の可愛い寝顔があった。

「一か月!?」

「ええ、貴女一か月も眠りについていましたのよ、もう、もうっ」

目の下の隈を擦りながら、私の膝の上から目を覚ました友人のマリスは、涙をその瞳に浮かべて私に抱き着いてきた。

ぎゅうぎゅうに苦しくなるくらい締め付けられて、胸元は彼女の涙で濡れる。

しかしなんとあれから一ヶ月も経ってしまっていたようで、その話をマリスから聞いている今、私は空いた口が塞がらない。

「貴女の髪の色も茶色くなってしまって! 魔力を感じられないとか生命の危機だのなんだのって散々ビビらされたんですからね!」

「茶色に戻ってる?」

「三日前には水色に戻りましたけれども!」

マリスの話を聞くとどうやら私はあの競技場で倒れてから今日となる一か月の間、ずっと目を覚まさず眠りについていたらしい。

王室付きの治癒の医者が魔法をかけても効果はなく様々な手を尽くしてくれたそうなのだが、そんな努力も虚しく時間だけが過ぎていったのだと鼻水をすすりながらマリスは説明をしてくれた。

今私がいる場所は民家でもマリスの家でもなく、お城の客室なのらしい。

どうりでやけに高級感のある部屋だと思った。

「貴女が魔法を発動してから暫くして、空から光輝く結晶の欠片のようなものが降りそそいできましたの。そしてその欠片が氷漬けになっていた者達に触れると、たちまち彼らを覆っていた氷の結晶は溶けていって」

何か別の魔力……大陸中の血をシュテーダルが体内に収めていたせいか、その欠片が地上に落ちてきたとたん、氷漬けになっていた人たちは徐々に生気を取り戻したのだという。魔物もそれに伴って姿を消していったようだった。

王国内も国民や破魔士たちの協力もあり、元通りの姿に戻っているのだという。

「そして復興後、勇気を持ってあの魔物へ立ち向かった方々に、王から恩賞が与えられることになりましたのよ。百万ペガロと、功績に合ったそれぞれの望みを一つだけ。叶えられる範囲のものですけれど」

「恩賞?」

「サタナースとベンジャミンのお二人は、お家を頂いていましたわ」

家? え、家?

滑らかな寝巻きの腕部分をさすりながら、マリスに向かい首をかしげた。

ついにお付き合いを通り越して結婚でもするのだろうか。

いやいやでも家ってそんな、……ど……同居?

あとでみっちり話を聞こう。

「その二人ってことは、ニケも?」

「ええ。彼女は商家の娘でしょう? 自分ではなくお家の地位を高めたいとかで爵位を与えていただいていましたわ」

「爵位!?」

「男爵です。空きの出た領地がありましたので、そこの領主となられたご両親は更に張り切っているそうですわ」

確かにニケは商家の娘だ。普通の家庭よりもお金はある。ゆくゆくはお家のためになる男性との結婚も考えなければならないと溢していたこともあるが、ますます大変なことになるのではないだろうか。

とりあえず早く皆に会いたい。

「そうなるとニケって、男爵令嬢ってことになるよね」

「そうなりますわね。ホホホ」

わたくしがみっちりと社交界でのあれやこれやを叩き込んであげますわ、と息を巻いていた。新しいおもちゃを見つけたような顔をしている。

ゾゾさんとアルケスさん、他騎士五人もそれぞれ百万ペガロを貰い、騎士ならば階級を上げてもらったり、ハーレの二人はそれぞれ欲しいものを貰ったりと願い事を叶えてもらったようだった。

ゼノン王子は特に望むものはなく、お金も何も貰わなかったそうである。

代わりに大臣達の入れ替えを進言したらしく、彼にはだいぶ助けられた節があるので、何だかそれを聞くといたたまれない気持ちになった。

「アルウェス様はアルウェス様で──」

「無事? アイツ無事だったの!? マリス!」

「え、ええ無事よ! わたくしのアルウェス様が死ぬわけないじゃない! あらそうだわこんな悠長にお話をしている場合ではなくってよ、早く治癒のお医者様を呼んでこなくては!」

マリスが急いで部屋から出ていく。忙しない彼女の動きにクスリと笑ってしまう。

そよ風を感じて窓の外を眺めると、そこには綺麗な庭園と、またその先には王国全体が見えた。ここはマリスが先ほど話してくれたとおり、本当にお城の中らしい。

ひとまず氷がひと欠片も見えない風景に安堵して、私はふと手の平に視線を落とす。すべてをシュテーダルに注ぎ込んだせいで私の身体に異変が起こってしまったらしいけれど唱えて瞬時に現れた、今手の平にある氷の欠片を見てホッと息を吐いた。良かった。けれど私の中にいた氷の彼女はどうなってしまったのだろう。

一か月眠りについていた。空っぽになっていた魔力。

もしかしたら、それを戻すためにずっと眠りについてしまったのかもしれない。髪の色も水色に戻っているようだし。けれどよくよく考えてみれば茶色が元の色なので戻っているという表現とはちょっと違うのかもしれない。

当たり前の色となった今では、変化後の自分を受け入れてそれが当然となっている。

そんな今が、私は好きだ。