軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

新しい事業。

一時休憩だと近衛に伝え、ラヴィスエル達は部屋の中央に設置してあるソファーへ座った。

従者にラスエルを連れてこいと伝えて、エレン達にも向かいのソファーに座るようにと命じる。

ソファーの背後で人化したヴァンとカイが待機して、ソファーへはロヴェルとエレンが座った。

「それでエレン、これはどういう物なんだ?」

興味津々にラヴィスエルが身を乗り出した。

先ほど作ったコンパスを、ことりとテーブルの中央に置かれて促された。

隣に座っていたガディエルも、これは何だと首を傾げていた。

「……これはコンパスと言います。一つの足を支点にして、こう……くるっと回すと……」

「おおっ!?」

先ほどの様に実演してみせると、ガディエルが驚いた声を上げた。

「ここまで綺麗な円が一瞬で描けるとは……」

「コンパスの両足をこうやって開いて好きな距離を指定して、目的とする場所に片方の足を置いて回すと、そこから等しい距離を円で囲めます。足が二つに見えることから両脚器とも言います」

「これはどこかの国の物なのか?」

「あー、はい。そうですね」

「どこの国の物なのだ?」

「すみません。どこの国の物かはちょっと……。人間界でこういう便利な物があると人伝に聞いたのを真似して作ってみたんです」

「そうか……ならこれは? この黒い物は何だ? どうしてこれで書けるのだ?」

コンパスの先に取り付けた黒鉛に興味を示すガディエルに、それは木炭と似た物です、と伝えた。

「木炭? 炭なのか?」

「明確に言うと炭では無いのですけど、元は木炭と同じものから出来ています。それをはめて、回転して繰り出せるように加工したペンがこれです」

コンパスからペンを取り外して、これだけでも書けるペンになっていると持ってみせると、エレン以外の面々が目を丸くしていた。

「ペン? 炭がペンだと?」

混乱しているガディエルに苦笑する。

鉛筆は流石に作れなかったので、黒鉛の芯だけを鉛筆よりも太くして堅くした物を専用のペン軸に入れて使える製図用のペンを作ったのだ。

これは魔法で固めているが、鉛筆の芯は基本的に黒鉛と粘土で作られている。

「木炭と似ているということは、これで書いたものはパンで消せるのか?」

「あ、はい。消せます」

そういえば消しゴムの起源はパンだった。

色々な説があるが、消す為のパンを「消しパン」、食べるパンを「食パン」と言われていたのが食パンの由縁だと言われている。

近衛に紙を持ってこさせ、黒鉛のペンで何かすらすらと試し書きをしている陛下は面白い物を見つけたと言わんばかりに笑顔になっていた。

その隣で見守っていたガディエルも試したいとうずうずしている。

「書いた物が消せるというのは良いな。インクを吸わせるための紙の節約にもなる」

「そうですね。消せるのであれば色々な面にも使えそうですし、このコンパスとやらは軍事にも使えそうです」

「精霊魔法使い達も欲しがるだろう。大きな物を作れば、魔法陣を描く手間も省ける」

「大規模なものなら、中心に置く一本の棒とそれを繋ぐ縄があればできますよ」

「なるほど!」

エレンの言葉にガディエルが感心する。そんな手があったのかと陛下達は面白がっている。

職人達ならコンパスとは名前が違う物を既に使っているのだろうが、陛下達は職人が使っている細かい道具など知らなくて当然なのだから物珍しいのだろう。

陛下と殿下があーでもないこーでもないとコンパスと黒鉛ペンの使い道を話し合っていた。

コンパスに関しては陛下に原理を伝えたので売り物にはできないが、黒鉛の方はもしかしたら売れるのではないかとエレンは思い立つ。王族相手限定にすれば、軸であるペンがある程度普及すれば、黒鉛の支給だけで済むだろう。

「……これ、売れます?」

エレンがぼそりと言うと、陛下達はぴたりと止まった。そして二人でこちらを凝視し、売ってくれるのかと口を揃えて言った。

「エレン、売ってもいいの?」

ロヴェルの心配した声が横からした。

それにこくんと頷いた。

「それは今は魔法で固めてますが人の手でも作れますので、ヴァンクライフトの事業になれば良いなと思います」

「なんだって? これが作れるのか?」

「……作り方はお教えできませんよ」

「そうだろうな……」

薬の件でも譲らなかったのだから当然だった。

ただ、人の手でも作れるとなれば次第にこの国を中心にして人間界に普及していくだろう。

それに黒鉛だけではなく、粘土や小麦粉、卵の殻や貝殻でチョークとか、顔料とゼラチンでパステルなども作ることが出来るので商売の幅は増えていくのではないかとエレンは思った。

この辺りは小学校の自由研究などで作って遊んだ記憶が頼りだったので、また職人達と試行錯誤する事になるだろう。

「エレン、また何か企んでない?」

こちらの頭の中を見透かすようにロヴェルが目ざとく気付いて声をかける。

「いえ、何も?」

しれっと返すと、ロヴェルが溜息を吐いていた。

また領地を巻き込んでの何かが始まると予感が働いたのかもしれない。

丁度その時、従者がラスエルを連れてきた。

「陛下、お呼びだそうで……」

部屋に入って一礼するラスエルの姿に、エレンは驚いた。

今年15になるラスエルの容姿もまた、過去の記憶とはかけ離れていた。

身長はガディエルには及ばないが、優しそうな顔立ちのまま、しっかりとした目線からは大人へと自立した思考を感じる。

この世界では16歳で成人なので、大人になる一歩手前の垢抜けた雰囲気が漂っていた。

「え、エレン!?」

こちらに気付いたラスエルが、ガディエルと同じ反応を見せた。

こちらに早歩きで近づいてきたので、カイが直ぐ様エレンを庇った。

「お待ち下さい。それ以上エレン様に近付くのは止めて下さい」

「あ……」

数年ぶりの再開で呪いの存在を忘れがちになってしまっていたのだろう。

瞬時に落ち込んだ顔をしたラスエルに、エレンもまた申し訳ない気持ちになった。

だが直ぐ様ラスエルは顔を上げ、エレンを見てにこりと笑った。

「陛下、エレンに挨拶をしても宜しいでしょうか」

「構わんぞ。お前がエレンに会いたがっていたとガディエルが呼んだのだからな」

「そうだったのですか。兄上、ありがとうございます」

「いや……」

少々複雑そうな顔をしているガディエルを余所に、ラスエルはこちらを見て、頭を下げた。

「え……?」

「数年前のあの日。我々は過去の王族と精霊とのやりとりを知りました」

「…………」

「陛下や兄上と話し合いました。どうして我々が精霊と契約ができなかったのか……。先祖があんな事をしていれば当然だ。それを忘れ、我々王族はあなた方との関わりを強要しようとした。今回の件もそうだ。我々王族は、あなた方にいつも迷惑ばかりかけている」

ラスエルの言葉は、直接では無いが王族を代表とした謝罪とも取れる言葉だった。

昔の精霊を生け贄にした事やヴァンクライフト家を巻き込んだ事件と、昔も今も迷惑をかけている。

その言葉から、アミエルの所業も聞いているのが伺えた。

ラスエルの言葉はガディエルからも貰っていた。エレンは石碑の裏側で、毎年二人の謝罪を聞いていたのだ。

「……ずっと聞こえていました。あなた達の声。石碑の裏側で……私、ずっと聞いていたの」

「え……?」

「エレン、石碑の裏側って……」

「石碑の裏側にいたわけじゃないの。そこを介した違う場所。人間界と精霊界の狭間で、ずっと聞いていたわ」

エレンはもう隠すこともないと正直な気持ちを言った。

「あなた達の気持ちは伝わっている。でも私にはどうすることもできない。精霊達にとって、あの時の悲しみは昨日と同じ位に鮮明なの。私は縛られた精霊達の魂を解放したいけれど、女王達はそれを望んでいない……」

ごめんなさいとは言えなかった。まだ覚醒したばかりの己の力では足りず、王族の呪いを解くことはできない。

それに精霊達に相談もなくそんなことをしてしまえば、精霊達の怒りを買って今度こそテンバールの王族達は無事では済まなくなる可能性だってあった。

精霊達は未だに王族を許していないのだ。

「いや、許して貰おうとは思っていないぞ」

ラヴィスエルの言葉にそうでしたね、とエレンは苦笑する。

呪いすらも武器にしようとしてしまうという発想。精霊の力が借りられないのならば、精霊を退く力として使うのだ。

今ここでのラヴィスエルの言葉は、エレンの気持ちを軽くしてくれるものだった。

互いに譲れないものがある。それを言葉ではなく、目線だけでお互い気付く。

この話は終わりだと自然と静寂に部屋が包まれると、立ったままだったラスエルを陛下が座らせた。それ見守っていたカイも背後に戻ってきて最初の位置で待機する。

重くなってしまった空気を変える何かを探して、ラスエルがテーブルの上にあるものに気付く。

そしてラスエルもまた、興味津々にコンパスと黒鉛ペンをまじまじと観察している。

その様子を見ていたエレンは、反応が皆同じだと苦笑するのだった。