軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

地下の大精霊の正体。

サウヴェルの書斎に突如現れた父と私の姿に、サウヴェルとローレンが目を見開いて驚いた。いつもならば屋敷の玄関に現れるので、非常に驚いたらしい。

「兄上まで……驚くので止めて下さいとあれほど……」

直ぐに異変に気付いたサウヴェルが、父の腕の中でしゃくりあげながら泣いている私を覗き込んだ。

「兄上? エレンはどうしたのですか?」

「エレン様……?」

心配そうなサウヴェルとローレンの言葉に、すまないがと断りを入れて、ローレンにブランケットを用意させた。

「エレンが力の使い過ぎで熱を出したんだ。さっきまで眠っていたんだが、悪夢を見ていた様でぐずっている」

「熱? もう大丈夫なのですか?」

「いや、まだ熱い。サウヴェル、母上を呼んできてくれ」

「まさかっ! こんな状態のエレンを話させるつもりですか!?」

「俺だって嫌だよ。だが事態が深刻になった」

心配そうな顔の父の姿に、サウヴェルは言葉を飲み込んだ。確かに既にもう、陛下からの命令が飛んできた。エレンに状況を聞きたいのは山々だった。

「分かりました。無理はさせません」

「ああ」

サウヴェルが書斎から出て行く横で、エレンをソファーに寝かせたロヴェルは「オーリ!」と叫んだ。

「…………?」

いつもなら直ぐ様現れるはずの母の姿がいくら待てども現れない。訝しげにしながらもロヴェルはもう一度母の名を呼んだ。

少し間を置いてから、母が慌てた様子で現れたのだ。

「あなた! エレンが……」

ソファーで横になっている私に気付いた母は、大きな安堵の溜息を吐いた。

「無事に戻ったのね……。良かったわ」

「……戻った? どういうことだ?」

「話は後よ。エレンを貸して」

母は父と場所を変わり、私に近づいておでこをこつんと合わせてきた。

「……かー、さま……」

泣き過ぎて声がかすれている私に、母はにっこりと笑った。

「もう大丈夫よ。力を使い過ぎちゃダメじゃない」

母の安心する声に促されて眠たくなってくる。

母と合わせているおでこから、力が流れてきた。

その流れに身を任せる。ふわふわとした、空に浮かんでいたような揺蕩う感覚が身を包んで揺りかごのように私を揺らした。

うつらうつらとした私は、先ほどまでの焦りや不安が流されていくように落ち着いていく。

そして気が付くと、そのまま眠りへと引き込まれていった。

暫くしてオリジンがエレンから身体を離す。それを見計らってロヴェルが声をかけた。

「一体どういうことなんだ? 探していたってどういうことだ? 俺はエレンとずっと一緒にいたぞ」

「違うのよ、あなた。迷子になっていたのはエレンの魂なの」

「……魂?」

「いうなれば本質であり核の様なもの。肉体はただの入れ物でしかないの」

「……エレンのそれが、迷子になっていたと?」

「力を使い過ぎたの。肉体に留めておくための力までもが弱まって離れてしまったのよ」

「それが……もし消えてしまったら……」

「……危なかったわ。だから、精霊界は大混乱中よ」

オリジンはそう言うと、捜索している者達に見つかったと連絡してくるわと言って消えてしまった。

残されたロヴェルは呆然としてエレンを見る。知らぬ間にエレンは死にかけていたのだ。

床に膝をついて、ロヴェルは先程と違って穏やかなエレンの顔をそっと撫でる。

言いたいことも聞きたいことも沢山あったが、ロヴェルは我慢して飲み込んだ。そして腹の底から大きな溜息を吐いた。

***

サウヴェルの書斎に集まった面々はサウヴェル、イザベラ、ローレンとロヴェルとオリジン、そしてエレンだ。

ローレンから受け取ったブランケットに包まれて、エレンはまだ寝かされたままだ。エレンは一体どうしたのかと慌てたイザベラを宥めながら、ロヴェルはオリジンに聞いた。

「エレンが迷子になっていたというが、それは本当なのか?」

「力が弱まったのが分かったのはお昼前位ね。少し目を離した隙にいなくなっていたから慌てたわ……」

「迷子……?」

サウヴェルやイザベラが一体何の話だと首を傾げていた。それにロヴェルはエレンが起きるまでの間、一から説明を始めた。

「学院に行く前、オーリが変だと言っていたのを覚えているか?」

「ああ、何やらありそうだと……」

「エレンは学院から大精霊の気配がすると言っていた。だが力が弱すぎて居場所が分からない。だからエレンは力が微かに感じられる場所に当たりを付けて調べようとしていた……」

「学院に大精霊が?」

サウヴェルの驚きは昔を思い出しているようであった。あんな場所に精霊がいたなどと、想像できなかったのだろう。

しかし、それを聞いたオリジンの眉が寄った。何やら黙って考え事をしているようである。

「……オーリ?」

「一人だけいるわ。300年ほど前から行方不明の子が。ずっと探していたのだけど見つけられなかった……」

「エレンは学院の地下に大精霊がいたと飛び起きた。助けてもらったと言っていたが……」

「エレンを戻したのだわ。あの子は既に自力では戻れなくなっていたはずだもの」

それでオリジンが慌ててエレンを探し回っていたのだと納得する。

しかしイザベラ達は首を傾げたままだ。

「エレンは力の使い過ぎで倒れた。眠り込んで……予知夢の様なものを見たらしい」

死にかけた事は濁して伝える。これ以上いらない心配をかけても仕方がない。

「自力で眠りから覚めなくなっていた所を、学院にいた精霊に助けられたらしい」

「まあ……」

イザベラが神妙に頷くが、ロヴェルやオリジンの態度からエレンが危なかったという事に気付いたようであった。だが、オリジンがエレンを回復させたので大丈夫だと宥める。あとはエレンが目を覚ますだけだった。

「その辺りは後でエレンに直接聞こう。先ずはそっちから聞いていいか。陛下から命が下りたのだろう?」

「ええ。決行の日取りはやはり……」

「同じ日に合わせよう。子供達が野次馬と化しても困る」

「では滞在の最後の日ですか?」

「ああ、その攪乱はヴァンに預けてある」

「精霊にですか? ああ、その日は確かー……」

その頃になって、エレンからうめき声が上がった。会話が中断して皆が一斉にソファーに横になっていたエレンを見た。

***

浮上した意識と共にうっすらと目を開ける。眠りに落ちる前のあの熱さやだるさが全く感じられなかった。一瞬、どうしてここにいるのかと周囲をきょろきょろと見渡した。

私の額に手を当てて、もう熱くないねと父が笑う。その顔は心配し過ぎで少し疲れている様にも見えた。

「とーさま……」

「ああ、良かった……」

ぎゅっと抱きしめられる。心配をかけていたのがありありと分かって申し訳なくなった。

ごめんなさいと謝罪すると、もう無理しちゃだめだよとおでこをこつんと小突かれる。

小突かれた額を押さえながら周囲を見ると、母やイザベラ、サウヴェルもローレンも皆ほっとした顔をしていた。

「起きたばかりで悪いが、お話はできるかい?」

「はい……大丈夫です」

寝込んでいた体勢からソファーに座ろうとして、私は繋がれたままの大精霊を一気に思いだした。

一瞬でせっぱ詰まった顔をした私に周囲は驚く。だけど、私は母に報告しなければと焦ってしまっていた。

「落ち着くのよ、エレンちゃん。見つけたのね?」

「お城……お城の教会の地下に、いました!! あの時みたいに、鎖に繋がれて、血を流していたの! 早く助けなきゃ!!」

「落ち着いてエレンちゃん。その子の血なら大丈夫だから」

「……どういう事ですか?」

血を流し続けていて大丈夫というのはどういう事なのか。混乱する頭を、母は優しく撫でてくれた。

「わたくしはこの世界を統べる時に、初めて創造した子がいるの。名前はアーク。この世界の力を司り、本質の流れを管理する精霊」

「……アーク。かーさまと似ていたのは……」

「あの子はわたくしの初めての子ね。あ、お腹を痛めたのはエレンちゃんだけよ!?」

父の無言の威圧感に慌てて説明を追加する母に、私は首を傾げた。

「では……私のにーさま?」

「そうね。系統で言うとリヒトの兄という所かしら」

よく思い出せばリヒトにも似ていた。アークにーさまと呟けば、あの時の事を思い出す。早く助けたくて、その想いが涙となって溢れだした。

「泣かないで、エレンちゃん。アークは血を流していたと言っていたわね」

「管が刺さって、ずっと流れるようにと細工されていた様です……」

「それが原因ね……ようやく納得がいったわ」

どういうことかと首を傾げると、母は苦笑していた。

「アークは簡単に言うと魔素を司る精霊なの。200年前と14年前……この地でモンスターテンペストが起こった原因はアークが捕らえられていたからだわ」

この事実にサウヴェル達も息を飲む。どういうことかと母に聞いた。

「アークは常にこの世界の魔素を循環させているの。魔素は簡単に言うと水のような物質。だけどそれは外部からの力がないと動きが止まってしまう。この世界の命を巡らせるためには魔素の巡りが必要なの」

皆が黙って聞いていた。それにオリジンが続ける。

「アークは世界の為に常に力を使い続けなくてはいけないのよ。そこで更に力を奪い取られでもしたら……奪い取られている分も補充しなくてはいけないわ。自力で魔素を補充するにも力を使う。そうなると世界の循環に力を回せなくなるわ」

「……それは、何かの衝撃で血栓が出来てしまったら……循環できなくなった魔素は一カ所に留まり続け、やがてそこにいた動物に作用する……」

「そう。モンスターテンペストの出来上がりよ」

私の呟きに、正解とばかりに母が苦笑した。

サウヴェル達は話の規模が大きすぎて混乱していた。だが、その重要な役目を担っている精霊が学院という場所に閉じこめられているという事だけは認識できたようであった。

「そんな大精霊が……人間に捕まえられるのか?」

サウヴェルの疑問はもっともだった。大精霊ともあろう者が、簡単に捕まるとも思えなかったのだ。

「アークはちょっと……いえ、かなり? のんびり屋さんなのよね。恐らく、人間界の草原とかで昼寝でもしていたんじゃないかしら」

「えっ」

「一度寝てしまうとなかなか起きないのよ。数十年とか眠ってしまうから……そこを人間に見つかったら、幾ら何でも精霊だってばれてしまうでしょう?」

「た、確かに……」

「王家があの時、精霊を拘束できる魔法なんてどうやって作れたのか疑問だったけど、これで分かったわ」

「かーさま、待って下さい。魔素を操れるなら、自身の魔素を操ったりとかは出来ないんですか?」

魔素の放出を止められれば、流れ出る魔素を操る事もできるはずだ。

「エレンちゃん。私達にはそれを司るとしても、出来ることと出来ないことがあるのは分かっているでしょう?」

「はい……」

私は元素の精霊だ。この世界の物質を極端に増減させたりする事すらも出来ると思われるこの力は、実は様々な制約がかけられている。何でもかんでも出来るわけではない。

使うにしてもその力の振れ幅は自身の力の量による。力を使い過ぎると、先程の私のように倒れてしまう。

「魔素の循環を司るアークは、流れを止めることが出来ないの。これはアークの一存で循環を止められてしまうことを防ぐため。循環を止められたらこの世界は死んでしまう。この世界のために、この制約が成された」

困った顔でそう話す母に、私達は絶句するしかなかった。