軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

小さな可愛い伏兵さん。

私とガディエルは、呆然と目を見開いていた。

思い出されるのは四年前のあの出来事。王子にまとわりつく精霊の呪いである黒い靄。

「……エレン、会いたかった」

ガディエルは私に近付こうとして、護衛の一人に止められた。

「なりません殿下!」

「話をするだけだ。やっと会えたんだ! 離せ!!」

ガディエルがこちらを見る目が怖い。思わずサウヴェルにすがりついていた手が震えた。

無理矢理にでも私の側に来ようとするガディエルから、呪いの靄がざわりと騒いだ。

ガディエルが求める思いの矛先に、私がいると気付いたらしい。

「や……来ないで……!」

私がぎゅっと目を瞑ったその時だった。

「私の娘に近付かないでくれないかな」

ガディエルの更に後ろ側から、父の声がした。

一瞬で場が膠着した。父がガディエルの真後ろに転移して、ガディエルの首に手を当てていたのだ。

ガディエルの後方からその耳へ、囁くように警告する。

「殿下……!」

「ロヴェル・ヴァンクライフト!?」

ガディエルの背後を取った父の存在に護衛達がしまったと声を上げた。

父の顔は笑ってはいたが、声が冷めきっていた。背後から発する冷気の存在に、ガディエルは動けずに真っ青になっている。

「四年前、娘に近付いて何が起きたか覚えていないのかな?」

父の言葉にガディエルは言葉を発することが出来なかった。

忘れていた訳ではない。ただ、ようやく会うことが出来て気が急いでいただけだった。

父の言葉に護衛達は何のことだと眉を寄せていた。だがただ一人、ヒュームだけが何かに気付く。

「……四年前? 近付く……?」

四年前といえば、王家の者達が精霊から呪いを受けていたことが発覚した年である。さらに少女の酷い怯えようは、友達である精霊のアシュトがガディエルを怯える様と似ていた。

「……まさか、精霊姫という噂は本当なのか?」

ヒュームの呆然とした一言に、父がヒュームを見た。父と目が合ったヒュームは、ヒッと悲鳴を上げる。父の目は一切笑っていなかったのだ。

「君は誰かな?」

にっこりと笑う父に、ヒュームも冷や汗をかいていた。だがヒュームは気丈を取り戻し、真っ直ぐに父を見つめた。

「宮廷治療師のヒュームと申します」

「おやおや。こそこそと嗅ぎ回っていると思ったらそういうことか」

父は笑いながら場を支配する。

さあ、聞かせてもらおうかと父はガディエル達を促した。

***

「宮廷治療師を連れてくるとはね。大方、薬を調べに来たという所か」

「兄上、待ってくれ。それよりもラフィリアの事だ。なぜここにいない? お前達が呼び出したのだろう?」

サウヴェルの言葉にガディエル達が目を見合わせた。

「何のことだ」

護衛のフォーゲルが訝しげに聞くと、サウヴェルは苛立ちを必死に押さえながら言った。

「殿下から手紙を受け取った娘は屋敷を一人抜け出した。……それから行方が分からない」

「ラフィリアが!?」

「お前達が呼び出したんだろう! メイドが王家の印章が捺された手紙を娘に渡していた!」

「ちょっと待ってくれ、私はラフィリアに手紙など送っていない!」

ガディエルの言葉にサウヴェルが硬直する。

「どういうことだ……?」

サウヴェルの困惑する声に、ガディエル達も困惑を隠せないでいた。

とすれば、王家の印章が捺された手紙を第三者が偽ってラフィリアに渡したという事になる。

「ラフィリアと殿下が手紙のやり取りをしているのを事前に調べられていたということか」

父の言葉にサウヴェルが何かを思い出したようだ。

酷く疲れた溜息が吐き出されたその様子に、何か気付いたのかとサウヴェルに聞いた。

「娘だ……。娘が自慢していた。殿下と手紙のやり取りをしていると……」

この言葉に周囲の者達は信じられないと目を見開いた。

王家の者と親密な手紙のやり取りをしているなど口外すれば、どんなトラブルに巻き込まれるか分からない。現にラフィリアは偽りの手紙に惑わされ、浚われてしまった。

それに王家とやり取りをしていると分かれば、周囲の貴族達は邪推して根も葉もない噂をまき散らすだろう。

それは故意に、ヴァンクライフト家を陥れる為に使われるのだ。

「何度か注意はした……。だがこんな事になっているということは聞き入れなかったようだ……」

女の子なら王子と手紙のやり取りをしているという事実を自慢したくなるのは普通だろう。

ラフィリアは元々、市井で育っている。貴族のしきたりを云々と言っても、その自覚が芽生えるのは遅いのではないだろうか?

更にラフィリアは反抗期だと聞いていた。注意されればされるほど、反発してしまうのだろう。

「エレンと間違えられたと思っていたが……」

「そんな事をしていれば、どの道浚われていたでしょうね」

サウヴェルの悲痛な声に護衛のラーベが呆れて返事をした。

ラフィリアの身勝手のせいで、ガディエル達は任務を邪魔されたのだ。これには溜息を吐かずにはいられなかったのだろう。

サウヴェルはラフィリアを探す手掛かりが無くなったと頭を抱えてしまった。

「……エレンと間違えられたというのはどういうことだ?」

「殿下、例の薬のことではありませんか? 市井の噂ではヴァンクライフト家のお姫様が薬を持ってくるのでしょう?」

ガディエル達の目線が一斉に私へと向いた。

それにびくりと震えると、私を支えてくれていたサウヴェルが背後に私を隠してくれた。

「なぜ薬の事を聞く?」

「……死病だと言われていた病が治ったと噂されている。その様な効果が本当にあるのか調べることになった」

「殿下!?」

「隠し立てしても仕方ないだろう。ラフィリアを浚っていないと身の潔白を証明するには話すしかない」

「さすが陛下の息子だね。物分かりが良くて話が早いよ」

父がにっこりと笑うが目は笑っていない。

ガディエルは青い顔をしながらも口を開いた。

「噂が広がれば病を持った者がここへ押し掛けるだろう。……それに陛下が心配していた。腕の良い薬師を見つけたのがエレンだと噂されていたからだ」

陛下もエレンが何か事件に巻き込まれる可能性があるかもしれないと、噂の真相を確かめてくるようにガディエルに命令したのだった。

あの腹黒さんに心配されていたと聞いて、私は目が点になっていた。

なんで心配するんだと腹黒さんの裏を読もうと頭を回転させていると、ふと近付いてきた存在がいたことに気付くのが遅れた。

「ねえ、僕の名前はヒューム。宮廷治療師をやっているんだ。薬を調べるために同行するように王子に命令されたんだよ。すっごく迷惑な話だよね。ところで君は精霊のお姫様なのかな?」

「…………」

あまりの急な展開に付いていけず、私はぽかんとしてしまった。サウヴェルも警戒していたが、同じくぽかんとしている。父は私に何かするのではと真顔で警戒していたが、ヒュームは少し近づいただけで、それ以上傍に寄ろうとはしなかったので様子を見るだけで終わったようだ。

私が答えないでいると、ヒュームは特に気を悪くするでもなく笑顔で話し続けた。

「僕にもね、精霊のお友達がいるんだ。アシュトっていうんだ。可愛いよ」

「……精霊と契約しているの?」

「うん。親友なんだ。信じない? 会わせてあげるよ。あ、殿下。ちょっと向こうに行って下さい」

部屋の隅へ行けとガディエルを押しやるヒュームに私を含め、サウヴェルと父は目を丸くした。精霊と契約しているということは、精霊が王家の者を嫌うという事を知っているらしい。

押しやられたガディエルはヒュームを睨んでいた。なぜかガディエルはエレンに近づくなとヒュームに叫んでいる。意味が分からなくて私は首を傾げた。

だが、そんなことなどヒュームにとってはどうでもいい事らしい。ガディエルを隅に追いやったヒュームは、一仕事終えたとばかりに良い笑顔をしていた。

「おいで、アシュト!」

ヒュームが叫ぶと、空中にぽんっと丸い煙が現れる。そこから下に何かがぽとりと落ちた。

思わず床を見ると、そこにはきょとんと首を傾げた小さなウサギがいたのだ。

『きゅ?』

耳をぴんっと立ててヒュームを見たアシュトと呼ばれたウサギは、何か用? とばかりに見ている。

「紹介するね、アシュトだよ。アシュト、見て、お姫様だよ」

ヒュームは笑いながら私をアシュトに紹介する。

だが、私は嫌な予感がしていた。

『ひめしゃまぁあああ!!』

案の定、アシュトは私を目にするなり喜んで飛びついてきたのだった。

***

バレました。盛大にバレました。精霊にバラされました……。

きゅっきゅっと喜びながら私にすり寄るアシュトを両手で抱き上げる。

私と父は同時に溜息を吐いた。

「あー……思わぬ伏兵……」

「可愛いから怒れません……」

アシュトの頭を撫でながら私は苦笑する。

「とーさま、もういいのではないですか? 彼等には黙っていて貰えば良いのですから」

「エレン、本気?」

「私の薬はここまで広まってしまいました。でしたらここで独占するのではなく、王家の管理下に置いてもらって拡散するしかありません。一点に集中するからいけないのです」

「……」

「どの道、治療院の許容範囲も超えていました。とーさま達は気付いていたでしょう?」

私の言葉に父達は黙ってしまう。その沈黙を了承と受け取った。

「彼等の調査は薬に関して。それはお教えしましょう。ですが先にラフィリア捜索の手伝いが条件です」

真っ直ぐにガディエル達を見つめて、私は前に出る。

私はアシュトを床に下ろして淑女の礼を取った。

「初めまして。ロヴェルの娘エレンと申します。そして精霊王の娘です」

私の言葉に、ガディエル達が目を見開いて絶句した。