軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

悲しみと怒りの慟哭。

早朝にガディエル達を見送って二刻ほど経過した。昼の時刻にはまだ少し早い頃、ラヴィスエルの執務室に突然、人がぼとぼとと降ってきた。

「うわあああ!」

「ぐっ!」

「いって!」

ビクリと肩を揺らしたラヴィスエルは驚きすぎて目を見開いていた。

次から次へと天井から人が降ってくるのを呆然と見ていると、物音に気付いた近衛達がバタンと扉を乱暴に開け、「何事ですか!?」と飛び出してきた。

「ぎゃ!」

潰れたような悲鳴を発したサウヴェルの声に、ようやく我に返ったラヴィスエルが叫んだ。

「帰ったのか!」

近衛達もサウヴェル達だと気付いたようで困惑している。

だがラヴィスエルは嫌な予感が拭えない。今目の前にいるのは、サウヴェルの部下数名、ガディエルの護衛三名しかいなかった。

ロヴェルとガディエル、そして目的のアミエルの姿が見当たらない。

「こ、ここは……? へ、陛下!?」

己がどこにいるのか、ようやく気付いたサウヴェル達が慌てて頭を下げた。

「ロヴェルは……ガディエルはどうした?」

アミエルの事には敢えて触れず、眉間に皺を寄せたままラヴィスエルが問うと、サウヴェル達も「そ、それが……」と、困惑した表情を拭えなかった。

サウヴェルはこちらへ転移する前に現れたエレンの姿を思い出す。ロヴェルに言われて逃げている最中に突然現れたエレンに驚きすぎて、事の次第を見守るしかできなかった。

エレンが助けに来た事を知ったロヴェルは、どういうわけかエレンの命によって大精霊達に連れ去られた。

大精霊達はエレンの命に従って、あの地からサウヴェル達を転移で助けたらしい。

ロヴェルが連れ去られる間際、やめろ離せと叫んでいたのを思い出す。

どうしてあの場にエレンが現れたのか。

どうしてサウヴェル達をテンバール国に戻したのか。

どうしてこの場に、ロヴェルとガディエル、そしてエレンも戻っていないのか。

何が起きているのか気付いてしまったサウヴェルは、どう報告してよいものか喉が震えて声が出せなくなった。

丁度その時、空中に大精霊が現れた。以前、この部屋で威圧を放ち、ロヴェルに帰された精霊だった。

皆の驚愕している目が向くと、無表情の大精霊が口を開いた。

「人間達よ、数は揃っているか?」

「そろ……?」

「姫様の命により、お前達をあの地から飛ばした」

「揃っていない! 兄上と殿下がいない! それよりもエレンが来たのはどういう事だ!」

慌てながらもサウヴェルが大精霊に聞く。その姿は必死だった。

「ロヴェル殿は別の場へ避難させた。姫様はまだあの地でやる事がある」

「殿下は……!?」

「殿下を助けに行かねば……! どうか頼みます、俺達をあそこへ戻して下さい!」

護衛達が慌てて大精霊に頼むが、大精霊は「ならぬ」と一蹴した。

「お前達を戻す事はできん。行けば死ぬ。それにもう手遅れだ。あれは姫様を守り、倒れた」

「……て、手遅れ……?」

呆然と返す護衛達の言葉に、大精霊は動じる事もなく淡々と返した。

「呪いに飲まれた。もう助かるまい」

大精霊はそのまま、用は済んだとばかりにフッと消えた。

部屋は重い沈黙に飲み込まれた。

サウヴェル達は真っ青になっている。

「……何があった」

沈黙の中、ラヴィスエルの言葉が響いた。

***

耳鳴りと共に、まるで走馬燈のように過去が頭の中を過ぎる事があった。

それはまるで『忘れるな』と言い聞かせてくるような悪夢だった。

物心ついた頃から当然だと思っていた全てを否定された。

それは家族としての形から、自己の性格、行動全てを否定された。

『正しいとは何?』

母から全て『正しい』として教育されていた事が全て否定される。

それは自分からしてみれば全て『正しくない』ことだというのに。

同じ王族であるはずの伯父も従兄弟達も否定していた。

『一体何が正しいというの……?』

自分はそうだと教えられた。それが正しいのだと教えられた。

自分は王族で、公爵家にいるような身分ではないということ。

自分の父は英雄で、こんなくたびれた男ではないということ。

優先するべきは母だったのに、あの男は外に女と自分と歳の変わらない子を作っていたこと。

汚らわしいと母が男を否定する。

その通りだと思った。なのに、女神に断罪されたのは母だった。

女神は平等で、嘘を暴き、断罪をすると教わっていたのにも関わらず、母を断罪したのだ。

『女神様までお母様を否定するの?』

祖父に当たる前王は、アミエルを汚れていると吐き捨てた。

『お前は一体どこの血だ?』

侮辱だ。

これが王族だなんて信じない。

『そうよ、お母様の言うとおり、王は英雄であるお父様がなるはずだったのよ』

隣の王も言っていた。血の繋がりは、同じ血が粛正するのだと。

小さなナイフを握りしめ、こちらを侮辱する男の腹にナイフを突き立てた。

ヒュッと鳴った忌々しい息を止めるべく、アミエルは何度もその腕を振り下ろした。

『お母様は正しいの……正しいのよ……だってわたくしのお母様なんだもの』

ぶつぶつと呟くアミエルの目は呪いの色と同化して段々と黒く濁っていった。

呪われた者と同行していると怯える周囲に、アミエルと助け出されたアギエルが当たり散らす。

どんどんと逃げ出す周囲。そうすると、必然的にアギエルの目の前にはアミエルだけとなった。

当たり散らす対象が周囲の者から、アミエルへと変わるまで、そう時間はかからなかったのだ。

『……お母様?』

目の前で震われた暴力に、アミエルは呆然と呟いた。

『お前なんか生むんじゃなかった!!』

『お、おかあさ、ま……』

『忌々しい! あの女より先にお前を生んだせいで、わたくしが先に不貞を働いたと断罪されたのよ! お前さえいなかったら断罪されたのはあの男だったのに!』

何を言われているのか分からなかった。

目の前で叫び散らされた言葉を繋ぎ合わせ、なんとか飲み込もうとするが、飲み込めない。

アミエルは嘘だと否定して欲しくて、今まで目を背けていたことを吐き出した。

『お母様まで……わたくしを否定するの?』

キーーーーンと耳鳴りが響く。母の声が遠くなった。

どす黒い何かが胸の内に渦巻いていく。

それはアミエルの感情と共にせり上がる。

アミエルはその目から、黒い何かを涙のようにぶわりと滲ませた。

『ヒッ!!』

青い目は血のように赤黒く染まり、白い結膜は黒く濁った。

人ではないその姿を見たアギエルが叫んだ。

『ば、化け物!!』

アミエルの喉から、悲しみと怒りの慟哭が吐き出された。

***

頭の中を渦巻く悲しみを吐き出すように、己を封じんとする目の前の殻に力をぶつけた。

『そうよ……あいつらは死んで当然なのよ……』

ドンッ、ドンッと力をぶつける度に、周囲の空気まで振動する。

『わたくしを否定するやつらなんて……わたくしは王族で……』

『カナシイ、イタイ、カナシイ、ワスレタ、オレタチヲワスレタ、ヒテイシタ』

『アイツらがやったコトなのに、ワタクシを、オレタチをヒテイシタ』

『全部わたくし達が悪いみたいに……ノロイダト、ヒテイスル……』

忌々しい、なんて忌々しい。

飲み込んで、全て消えてしまえばいいのに。