軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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図書館の禁書スペースは、オリヴィアにとってまるで宝箱の中のようだった。

一般書店では手に入らない貴重な本が山のように並んでいる。経年劣化で触れることができない本がショーケースに入れられて部屋の中央に一列に並べられており、壁一面の本棚に並ぶ本からは古書の独特の香りがした。

(ふわああああああっ)

オリヴィアは思わず踊りだしたい気分だった。

普段は厳重に鍵がかけられて、その鍵は国王が管理しているという、図書館の禁書スペース。『栄華記』の完全版もここに収められていたはずだ。きっとサイラスはここから持ち出して貸し出してくれたのだろう。

自由に出入りされてはいけないので、サイラスが内鍵をかけながら微笑んだ。

「夕方まで許可を取っているから、好きなだけ読んで構わないよ。読書スペースは奥の扉の向こうだ。あまり広くはないけど、窓から庭の薔薇園が見えてなかなか居心地がいいところだよ」

サイラスがそう言ったが、オリヴィアの耳にはほとんど入っていない様子だった。彼女はスキップしそうな足取りで本棚に駆け寄ると、限られた時間で何を読もうかと、真剣に本を物色しはじめたからだ。

サイラスは彼女の邪魔をしないように反対側の本棚へ向かうと、興味を持った本を二冊ほど本棚から引き抜く。

そうしている間に、オリヴィアが次々に本を取り出してくのを見て苦笑した。すでに七冊が手元にあり、それ以上持てなくなって困っているようだ。

「かして。僕が持つよ。重いでしょ?」

オリヴィアの手元から本を奪うと、満面の笑みで「ありがとうございます」と返事をした彼女が、更に三冊ほど本を抜いた。

サイラスは自分の本とオリヴィアの本を持って奥の部屋へと向かう。

奥の小さな部屋には、ダークブラウンの長方形の机が窓際におかれて、それを囲むように椅子が四脚ほど置かれていた。

格子窓からは薔薇園。色とりどりの薔薇がちょうど見ごろを迎えている。

その薔薇たちは、思わず感嘆のため息をつきたくなるほどに見事だったが、すでに目の前の本しか目に入らなくなっていたオリヴィアは、椅子に座るなりすぐさま本を開いた。

サイラスも彼女の向かい側の椅子に腰を下ろして、本を開くふりをしながらオリヴィアの顔を見やる。

オリヴィアはまるで、珍しいおもちゃを与えられた幼い子供のようだ。

古い本だからか、普段よりも幾分か丁寧な手つきでオリヴィアがページをくっていく。

ぱらりぱらりと本のページを繰る音だけが室内に響いて、サイラスはまるで時間がゆっくりになったかのようなその空間に酔いしれそうになった。

好きな女の子と狭い部屋の中で二人きりである。いつもより鼓動が早くなっているような気がした。一つだけ残念なことがあるとすれば、オリヴィアがまったくと言っていいほどサイラスを意識していないことである。

ちょっぴり面白くなくて、サイラスは口を開いた。

「急がなくても、また連れてきてあげるよ」

すると、オリヴィアははじかれたように顔を上げて、まるで大輪の薔薇が咲き誇るかのように笑った。

「本当ですか!?」

サイラスと本とが乗せられた天秤が本に傾いているのは不満だが、この笑顔が見られたのならば、今はそれでもいいような気がしてくる。

「本当だよ」

でもいつか、本よりも自分の方に天秤を傾けて見せると心に誓いながら、サイラスは大きく頷いた。

「……笑った」

アランは目を見開いて立ち尽くした。

ワットールからティアナの教育のことを言われて、混乱を抱えながら散歩を続けているうちに、図書館の近くまでやってきたアランは、窓の向こうにオリヴィアの姿を見つけた。

オリヴィアは天才だと、ワットールからにわかに信じがたいことを言われたアランは、この女がどうしてそう評価されるのかと疑問を持って立ち止まった。

オリヴィアは昔から、あまり表情を変えない女だった。無表情ではないが、大きく感情を荒げることのない女だった。同時に、薄い微笑は見たことがあっても、満面の笑みというものは、アランはついぞ見たことがない。

そのオリヴィアが、アランの目の前で、突然花がほころぶように笑ったのだ。

アランとともにいた補佐官のバックスは、アランが何に驚いているのかと首をひねった。

「オリヴィア様がどうかされましたか?」

「どうかってお前、笑っているぞ! ほら! あそこだ!」

「指を差されなくとも見えておりますが……。オリヴィア様が笑ったからどうされたのですか?」

「だから、オリヴィアが笑ったんだ!」

バックスにはアランの驚愕が通じていないらしい。しきりに不思議そうに首をひねっている。

(笑ったんだぞ! オリヴィアが! ……はじめて見た……)

作り笑いであれば、確かに見たことがある。彼女は婚約者であったから、他国から要人が来た時の歓迎パーティーなどもアランとともに出席していた。オリヴィアは外面がよく、他国の要人からの受けがよかった。その時によく笑っていたのは見たことがある。だが、心からこぼれるような、自然な笑みははじめてだ。

「……あの女、笑えるのか……」

「殿下、さすがに失礼ではないですか……?」

「うるさいぞ! お前には私の驚きがわからないんだ!」

別にオリヴィアは、アランに対して反抗的だったわけではない。むしろ従順だったように思う。けれども、アランに自然に微笑みかけたことは、記憶する限り一度もない。

どうしてだろう、胸の奥がむかむかしてくる。

オリヴィアと向かい合うように座っているのはサイラスだ。どうしてオリヴィアはサイラスに微笑みかけているのだろう。アランには、微笑まないのに。

「あの部屋は、禁書スペースじゃないのか?」

「そのようですね」

バックスが頷く。

「そのようですねって、あの部屋は鍵がないと入れないだろう!」

「サイラス殿下が許可を取られたのではないですか?」

「どうしてわざわざ……」

言いかけて、アランはハッとした。昔一度だけ、オリヴィアがアランに図書館の禁書スペースに入りたいと頼んだことがあったのを思い出したからだ。そのときアランは、「お前の頭では理解できないような本しかないところに行ってどうするんだ」と鼻で笑って相手にしなかった。

「……あそこの本を、読んでいるのか?」

遠くからでははっきりしないが、オリヴィアの手元には、本があるように見える。いや、考えるまでもない。わざわざ禁書スペースに入って、そこにある本を読まないはずがない。読みたいから許可を得てまで入るのだ。

オリヴィアが天才というワットールの言葉が脳裏によみがえる。

「オリヴィアは……」

アランは口の中で何かを言いかけたが、くるりと踵を返すと、早足できた道を戻って行く。

「殿下?」

バックスが追ってくる気配がするが、アランは振り返らなかった。

否――、振り返ることが、できなかった。