軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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「陛下! サイラス殿下とアトワール公爵令嬢が旅行に行かれたと聞きましたがどういうことでしょうか!」

レモーネ伯爵が血相を変えて国王の元にやって来たとき、部屋にはオリヴィアの父であるアトワール公爵もいた。

レモーネ伯爵はアトワール公爵の姿を見るなり、目の前に敵を見たと言わんばかりに噛みついてきた。

「公爵もどういうことでしょうか! 王太子殿下との婚約を破棄してすぐに、娘を第二王子殿下に取り入らせるなんて、恥ずかしいとはお思いにならないので?」

「人聞きの悪いことを言わないでいただきたい。サイラス殿下自ら娘に求婚なさった場に、貴公もいたはずだが、まさか覚えていないはずはないだろう?」

アトワール公爵は、何を馬鹿なことをと言わんばかりに鼻で笑って続けた。

「オリヴィアとサイラス殿下の旅行についても、私や陛下に報告があり許可を出したことだ。貴公にとやかく言われるいわれはない」

「ですが、向かったのはデボラの町だと言うではないですか! あそこは私の領地。私に一言あるべきではありませんか!」

「向かったのは王家の別荘だ。それがたまたま貴公の領地内でデボラの近くだっただけだろう。ですよね、陛下」

「ああ。私もそう聞いている」

国王はにこりと微笑んだ。

「サイラスはオリヴィアに夢中なようだからね。息子ががんばって旅行に行くまでにこぎつけたのだから、親としては応援してやりたい。それが何か問題だったかな、伯爵」

「ですから、領主である私に――」

「これは視察ではなくただの旅行だ。君に知らせてせっかくの旅行が堅苦しいものになってはかわいそうだから、私が許可を出したのだが。それとも、サイラス達がそなたの領地にある別荘に向かうことに何か不都合があったのかな」

レモーネ伯爵は押し黙ると、忌々しそうにアトワール公爵を睨みつけて、慇懃に一礼すると部屋から去っていく。

レモーネ伯爵がいなくなると、国王は顎を撫でながら小さく唸った。

「うーん、これはもしかしなくとも、余計なことを言ってしまったかな?」

するとアトワール公爵が口端を持ち上げる。

「なに。これで何かあったとして、それで娘を守り切れないような男であれば、サイラス殿下からの求婚を丁重にお断り申し上げるだけです」

「それは困るなあ!」

国王は一転して面白そうに笑った。

ウィンバルの町に調査に向かったリッツバーグが戻ってくるとほぼ同時に、オリヴィアたちは王都への帰路についた。

デボラに向かった時と同様に、馬車で十日ほどの道のりになる予定だ。

デボラの町を含むレモーネ伯爵領を抜けてしばらく行くと、畑と、その奥に紅葉した山々だけが続くのどかな道に出る。

馬車の窓から山の様子に目を向けていたオリヴィアは、視線をそのままに浮かない声で言った。

「……これ、エドワール殿下に報告するのは気が重いですね」

エドワール王太子のことだ。おそらくある程度のことは予測していただろう。だからこの国に来た時に、アラン王太子の前でわざとこの話題を出した。そして、もしこちらが動かなければ、エドワール王太子が動いていただろう。そうなると、責任問題なども含めて、相当な賠償請求がこちらに来ていてもおかしくなかった。オリヴィアが呼ばれ、そして気がついたのはたまたまだったが、それを考えると危なかったと思う。けれども、エドワール王太子と言えど、まさかここまでのことを想像していただろうか。

「その点については、すべてつまびらかになったあとで、父上がうまくするだろう。大丈夫、あの人は化かしあいが得意だから、それほどひどい結果にはならないはずだ。僕もできる限りのことはするつもりだからね」

エドワールと話した時の様子では、彼は事を荒立てるつもりはないようだった。確かに、この件で大きく外交問題にまで発展させたところで、どちらの国も得をしない。ならば、穏便にすませておこうと考えているのだろう。

オリヴィアは窓外からサイラスへ視線を移す。

サイラスは、オリヴィアの考えを否定しない。行動を邪魔しない。オリヴィアの好きなようにさせてくれて、手まで貸してくれる。この人となら、お互いに支えあって生きていけるかもしれないと、オリヴィアは思う。

これが、答えになるのだろうか。

家の都合ではなく、お互いのことを尊重しあって生きていける関係。彼の手を取る理由は、これで足りる?

(本当に……?)

サイラスの求婚に対する答えは、これで「対等」だろうか。オリヴィアの答えは、彼の求婚を受けるに値する答えだろうか。時間がたてばたつほど、難しく考えてしまっているような気がするし、考えれば考えるほど、必要な答えから遠のいていくような気もしている。

目があえば、サイラスは優しく微笑みを返してくれる。彼の笑みに、オリヴィアの心がわずかにざわめいたような気がしたけれど、これはなんだろう。

「サイラス殿下――」

意味もなく彼の名前を呼んでみたくなったオリヴィアが口を開いた、そのときだった。

高い馬のいななきの声と同時に、馬車がガクンと大きく揺れる。

大きな揺れに座席から放り出されたオリヴィアを、サイラスが腕を伸ばして抱き留めてくれた。

「どうした!?」

オリヴィアを抱きしめながらサイラスが声を上げれば、御者台からコリンの緊迫した叫び声が返ってきた。

「賊です!」

オリヴィアはサイラスの腕の中で細く息を呑んだ。このあたりは治安もよく、ここ数年は賊の被害も上がっていないはずだ。

「殿下――」

「大丈夫。コリンもほかの兵士たちもいるし、僕も人並みには剣が扱える。怖がらなくて大丈夫だよ」

サイラスがオリヴィアを落ち着かせるように背中を撫でる。だが、外から聞こえてくる叫び声や大きな物音に、安心できる要素はどこにもなさそうで、オリヴィアはぎゅっとサイラスにしがみついた。

こんなに怖いと思ったのは、生まれてはじめてだ。

サイラスはオリヴィアのプラチナブロンドを梳くように撫でてから、彼女を座席に座らせると、剣を掴んだ。

窓の外から様子を伺いつつ、小さく舌打ちする。

「数が多いな。オリヴィア、僕が馬車から出たら、すぐに鍵をかけて。そしてできるだけ馬車の中央にいてほしい」

オリヴィアは目を見開いた。サイラスはこの状況で外に出るつもりだろうか。

心臓がぎゅっとわしづかみにされたように苦しくなって、オリヴィアが反射的に手を伸ばして彼の袖をつかむと、サイラスはいつもと変わらない微笑みを浮かべた。

「心配しないで」

そう言った直後、サイラスは馬車の戸を開けて外に飛び出して行ってしまう。

「殿下!」

「鍵!」

オリヴィアはきゅっと唇をかんで、言われた通りに馬車の扉に鍵をかけた。

そして馬車の中央で、膝を抱えてうずくまる。

(どうしよう――)

どくどくと心臓の音がうるさい。もし、サイラスに何かあったらどうしよう。どのくらいの数の賊に襲われているのだろうか。みんなは無事? テイラーは? コリンも、ほかの兵士たちも、怪我をしていないだろうか。命は――

オリヴィアは最悪なことを考えそうになって、思考を追い払うように首を振ったあとで、ぎゅうっと目を閉じた。

どのくらいたっただろうか――

外から響いていた音が小さくなって、やがて、こんこんと馬車の扉が叩かれる。

恐る恐る馬車の窓から外を見ると、サイラスの笑顔が見えた。

オリヴィアはほっと息を吐き出して鍵を開け、そして目を見開く。

サイラスの左袖が破れて、そこが真っ赤に染まっていたのだ。

「殿下! 血が……!」

「ああ、大丈夫だよ。見た目ほどひどい怪我じゃなくて。相手の剣がちょっとかすっただけだから」

「そういいますけど、化膿したら大変ですって言っているじゃないですか。オリヴィア様、申し訳ありませんが、この人言うこと聞かないんで、馬車の中で手当てしてあげてくれますか? 俺たちは外の片づけがありますので」

サイラスの背後から姿を見せたコリンが言えば、サイラスは苦虫をかみつぶしたような顔をする。

コリンはオリヴィアに包帯と薬を手渡すと、サイラスを馬車の中に押し込めて扉をしめた。

「半分ほど逃げられたけれど、捕縛した賊の移送手続きとか、興奮した馬を鎮めないといけないから、しばらくここで立ち往生になると思うよ。近くの町に早馬も向かわせたけど、そこから迎えの馬車が来るまで少しかかるだろうし」

サイラスが状況を説明してくれるけれど、オリヴィアの耳には入らなかった。

オリヴィアは注意しながらサイラスのシャツを脱がせて、左腕の傷を確認すると眉を寄せる。傷は深くはないのかもしれないが、広く切りつけられている。

(痛いはずなのに……、どうして笑えるのかしら?)

オリヴィアが傷の消毒を行っても、薬を塗って包帯を巻いても、サイラスはたまに眉を寄せるくらいで、穏やかな表情のままだ。

手当てを終えて、トランクから換えのシャツを取り出して着替えると、サイラスは傷を消毒したガーゼを片付けているオリヴィアに訊ねた。

「君はどこも怪我をしていない?」

「………」

当たり前だ。オリヴィアはずっと馬車の中にいたのだから。サイラスが危険にさらされて怪我をしていた時も、ただ馬車の中で震えていただけなのだから。

(信じられない。わたしより、王子である殿下の身の方が……)

オリヴィアはガーゼを片付けていた手を止めた。

わからない。どうしてなのかわからないけれど、目に涙が盛り上がる。

鼻の奥が痛いと感じた時には、盛り上がった涙がはらはらと零れ落ちていた。

「え! オリヴィア? まさか本当に怪我をしているの?」

突然オリヴィアが泣き出したからだろう。サイラスがひどく狼狽えて、彼女の無事を確かめるように肩や腕に触れてくる。

「信じ、られない……」

オリヴィアは口に出して呟いた。

怪我をしたのはサイラスなのに、彼はどうしてただ守られていただけのオリヴィアの心配ができるのだろう。

下手をしたら、命を落としていたかもしれないのに。

オリヴィアは何も考えられなくなって、サイラスに飛びつくように抱きついた。

サイラスは一瞬体を硬直させて、それから右腕をオリヴィアの背に回す。

「オリヴィア、……怖かったの?」

怖かったのかもしれない。いや、怖かったのだ。サイラスがいなくなってしまうと思うと、怖かった。彼の怪我を見て、その可能性があったのだと認識すると、目の前が真っ暗になるほどに恐ろしかった。

サイラスがいないのは嫌だ。いなくなると考えると震えそうになるほど怖い。

――オリヴィア様、たまには勢いのままに突き進むのも大切ですわよ。

ああ、そうか。テイラーが言っていたことはこういうことかもしれない。今ようやく、わかった気がした。

オリヴィアは、サイラスを失いたくない。ずっとずっとそばにいてほしい。

「殿下、わたし――、わたし、殿下のことが、好き、です」

つまりは、そういうことなのだ。