軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

89:芋くさ夫人、迫られる

私とナゼル様は、久々に王都へ足を運んだ。

馬車の窓から顔を出し、懐かしい風景を眺める。

整備された街を歩く大勢の人々、活気のある店、何度来ても慣れない光景だ。

そして、街の中心にそびえ立つのは、目的地の王城。

「そろそろ到着しそうです。やっぱり王都は都会ですねえ」

「アニエスは都会が好き?」

「いいえ、田舎がいいです。王都は人が多すぎて……」

「俺もだよ。王都出身なのに、スートレナの方が好きなんだ」

顔を見合わせ、二人で笑い合う。この先、戦わねばならない相手がいるけれど、ナゼル様と一緒なら大丈夫だと確信できた。

パーティーの前日に城へ入り、長旅の疲れを癒やす。

ナゼル様の元にはひっきりなしに王宮で働く人々が来て、彼に城へ戻ってくれと泣きついた。

それを目にする度に、私は複雑な気分になる。

だって、ナゼル様が辺境へ旅立つときには、誰も顔を出さなかったし、彼の辺境行きを反対する者さえいなかった。

黙って見送り、自分たちの仕事が回らなくなって初めてナゼル様に縋るなんて。

自分の都合だけで、彼の未来を決めようとする姿勢には賛同できない。

それに、大好きなナゼル様と自分を引き離そうと動く人々を好意的には見られなかった。

しばらくして、ナゼル様の家族が彼に面会を求めているという連絡が入る。

ナゼル様と仲の良いジュリアン様ではなく、辺境行きを黙認した父と兄が来たらしい。

「アニエス、少し部屋を空けるけれど、君は明日に備えて休んでね」

「はい……お気を付けて」

「そんな顔をしないで、大丈夫だから」

一緒に行きたい気持ちはあるけれど、ナゼル様の意向に従い、大人しく彼を待とうと決める。

私の頬に唇を落とし、ナゼル様は部屋を出て行った。

しかし……スートレナとは違って城では仕事がない。

暇だったので、私は部屋の外へ出ることにした。今いる客室は中庭に繋がっていたのだ。

小さな花々の間にはタイルを並べた小道があり、綺麗な散歩コースになっている。

ちらほら置かれた水盆には大ぶりの花が浮かべられていたり、ガラスの飾りが沈んでいたりする。香油が垂らされているのか、水からはハーブのようないい香りがした。

「この小道、散策のしがいがあるわね」

ウロウロ歩いていると、ガサガサッと近くで植物をかき分ける音がした。

「え、何? 魔獣?」

背の高い黄色い花の間から出てきたのは……

黒髪に小麦色の肌、垂れ目で甘いマスクの青年――王女殿下の夫であるロビン様だった。

彼は私を見つけると、目を丸くして近寄ってくる。

「あれれ〜? 花園に可愛い子がいる〜」

「……へ?」

私が誰だかわかっていないのだろうか。

そういえば、以前の婚約パーティーの際にロビン様を目にしたけれど、結局一言も言葉を交わさなかった。

「ねえねえ、君、どこの子〜? 王都の令嬢じゃないよね、こんな可愛い子を俺ちゃんが見逃すわけないし〜?」

「あ、わ、私は……」

ぐいぐい近づいてくるロビン様の行動が意味不明で、困惑した私は一歩、また一歩と後退した。

なんでこんなに馴れ馴れしいの? この人、王女様の王配ではないの?

「逃げないでよ、可愛い小鳥ちゃん」

ロビン様は無遠慮に腕を伸ばし、私の手を取って口づける。

ぞわわ……と鳥肌が立った。

「君の名前を教、え、て?」

目の前にバチンとウインクをするロビン様の甘い顔が迫り、私は「ひゃあ!」と悲鳴を上げた。

「アニエス・フロレスクルスです! 離れてくださいっ!」

「またまたぁ! 君みたいな子が、あの芋くさ令嬢を名乗るなんて〜。それって、辺境へ追放された罪人の醜い妻の名でしょ?」

「本当に私がアニエスなんです、既婚者なので距離を取ってもらえませんか……?」

離れろ、離れろ〜と主張するけれど、ロビン様は迫ってくるばかり。

どうしよう、言葉が通じない。

修道院送りになった令嬢の話は聞いたけれど、事実、ロビン様は誰彼構わず女性に言い寄っているらしい。