軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

49:芋くさ夫人の想いよ届け――

ジェニはナゼル様の匂いを嗅ぐと、「グルル」と友好的な声を上げる。

対トニーのような強気な態度を取ったらどうしようかと思ったが杞憂で良かった。

「ジェニ、空を飛びたいんだけど」

用意していたマイ鞍をお披露目すると、ジェニが嬉しそうに立ち上がった。

鞍をセットし、ジェニを連れて庭に出る。

「それじゃあ、アニエス。地上での訓練の成果を見せてね」

「はい、ナゼル様。上り下りも楽々できるようになったんですよ」

ジェニの上に乗った状態でナゼル様を見ると、彼は微笑みながら私の後ろに飛び乗った。

その状態でジェニに庭を歩いたり走ったりしてもらう。

「アニエスは飲み込みが早いね。少しの間に地上での動きを完璧にマスターして」

「ジェニがいい子なんですよ。人が好きらしくて、私の言うことを素直に聞いてくれるんです」

騎獣には野生から捕獲されたものと、人間が繁殖させて生まれたものがいる。

ジェニは後者なので人間に懐いているのだ。

「それじゃあ、飛び立たせ方を教えるね。手綱をこう引いて……」

ナゼル様が私の手を握って手綱裁きを伝授してくれる。こういう姿勢だと、いつもよりもさらに密着してしまうんだよね。

指導だとわかっているのに、ドキドキが止まらない。

言われたとおり手綱を引くと、ジェニが羽ばたき空へ飛び立った。

ワイバーンの装身具には手綱と取っ手がある。手綱は地上や通常飛行で使用し、短い取っ手はアクロバティックな飛行で使用するのだ。

慣れてくると取っ手を使う人が多く、ナゼル様も一人で乗るときは取っ手派らしい。

新しい鞍にまたがった私とナゼル様を乗せて、ジェニはぐんぐん高度を上げていく。

騎獣の出す魔法の障壁のおかげで息がしづらくはないし、温度や天気の影響は受けないのだけれども。

「ジェニ、すごいでしゅねー。お利口さんでしゅねー!」

「グルル……」

ご機嫌なジェニに乗り砦の方まで移動する。馬車だと時間がかかるがワイバーンだと一瞬だ。ただ、降り立つ場所は選ばなければならない。

スートレナ各所には平らにならされた騎獣用の停留所があり、広い地面に騎獣が自由に降りられるようになっている。

こういうところは空いた土地の多い田舎ならではだ。

しばらく飛び続けると、ナゼル様は私の飛行術を褒めてくれた。

「上手だよ、アニエス」

「ありがとうございます」

スピードを上げるジェニと共に私たちは森の方へ進んでいく。

時期が時期だからか、森からは大きな魔獣の咆哮が聞こえた。

空に飛び出しては来ないだろうけれど、怖くて思わず身震いしてしまう。

「もうすぐ新月ですよね。魔獣がいつにも増して人間を襲いに来るという……」

「そうだね。その日は俺も現場に出なきゃ」

ナゼル様の言葉を聞き、私は改めて心配になった。

辺境スートレナの責任者である彼が、ぬくぬくと屋敷にこもれないのは知っている。

彼には領地全体の報告を取りまとめて指揮するなど、現場でやらなければいけない領主の役目があるのだ。

領主の安全を最優先すべきだという意見も上がっているが、ナゼル様は騎士団での経験もあって強い上に、現場対応が的確にできてしまう。なにより、スートレナの住民を危険にさらして自分だけ引きこもるのを良しとしない。

「ナゼル様が心配です」

「大丈夫だよ、アニエス。危ないから君は屋敷にいるようにね。中心街は危険が少ないと思うけれど」

「私も何か、人々の役に立ちたいです」

「アニエスにはたくさん助けてもらっているよ。柵や建物の強化は君にしかできない」

そうはいっても、何もしないのは却って落ち着かない。

トニーのように正面から魔獣と対峙するのは無理だけれど、他にできることはないかな。

あ、そうだ。

「ナゼル様、領主の屋敷には無駄に大きな広間がいくつかありますよね。そこを、領民の一時的な避難所にしてはいかがでしょうか。さすがに全領民の家の強化は不可能ですし、不安を感じる人も多いと思います」

領主の屋敷なら中心街だし高い塀に囲まれている。あと、屋敷全体に私の強化魔法を施している。

「誰彼構わず招き入れるのも心配だけれど」

「そこはほら、トッレもいますし。出入り禁止スペースは鍵を閉めて扉も強化します」

「俺が心配しているのは、屋敷ではなくアニエスだよ。君に何かあったら……」

「じゃあ、私にも強化魔法をかけましょうか。ナゼル様もお守り代わりにどうぞ」

冗談で自分とナゼル様とジェニに魔法をかける。

人体に変化はないと思うけれど、これも気持ちの問題。

「ありがとう、アニエスの心遣いが嬉しいよ。次は、回転飛行に挑戦しようか」

「いきなり回転だなんて、難易度を上げすぎでは?」

「アニエスの筋がいいからね。空を飛ぶ魔獣から逃げるときや、矢を避けるときなんかに役立つよ」

そんなことをする日は永遠に来ないと思う。

「回転はワイバーンも面白がって喜ぶし」

「やります」

ジェニのためならと私は即答した。

回転飛行の訓練では短い取っ手を使うので、ナゼル様が私に覆い被さる形になる。

聞こえてきた彼の心音が、心なしか速いように思えた。

そこで、私はひらめく。

もしかして今は、告白をする絶好のタイミングなのでは?

考えた私は、すかさずナゼル様に話しかけた。

「あ、あの、ナゼル様」

「どうしたの?」

「前から言おうと思っていて、タイミングを逃し続けていたんですけど。私はナゼル様のことが……」

瞬間、ジェニが回転訓練なのを察して、くるりと一回転する。

ワイバーンは聡い生き物で人間の気持ちを敏感に感じ取るのだ。空気は読まないけれど。

ぐるんと回る視界や、障壁の中でも微妙にかかる重力。さらに密着するナゼル様。

いっぱいいっぱいの状況下で、私は声を振り絞った。

「しゅき!」

この想い、ナゼル様に届け――