作品タイトル不明
73話 魔族、全てを失う
テイマーのエレンが、魔族クロウを撃退した。
その後、クロウはゲートを通じて魔界へと帰還した。
魔界。
魔族やそのほか魔なる物たちがすむ、異次元の世界だ。
通常、人間がこちらの世界へ自力でやってくることは不可能。
魔族の作るゲートが、唯一こちらへ来れる手段なのだ。
「まったく、酷い目にあったよ……あの 人間(サル) め、下等生物の分際で調子に乗りよって……!」
クロウがいるのは、彼が所有するオークション会場だ。
魔界随一の規模を持ち、かなりの数の魔族達が、クロウの出品する珍しい品を求めてやってくる。
「今に見てろよ……! あのクソガキ……ただではすまさぬからな!」
そのときだった。
「くすくす……随分と威勢の良いことを言ってくれるじゃあないか」
オークション会場の廊下にて。
背の高い、見たことのない女がいた。
「…………」
クロウはその女の美しさに見とれてしまう。
彼女は、クロウが見てきたどんな魔族、人間の女よりも美しかった。
流れるようなストレートの髪も、抜群のプロポーションも、彼女を構成する全てが完璧に整っていた。
「あまり熱心に僕を見るなよ。僕を見て良いのは彼ただひとりなんだから」
「お、おまえは……だれかね?」
「名乗るほどのものじゃあないかな」
フッ……と女が消える。
次の瞬間、クロウのすぐ隣に出現していた。
「!? み、見えなかった……貴様、いったい……?」
女は微笑むと、クロウの心臓のあたりを手でなでる。
ドクンッ……!
「ぐぁああああ!」
突如心臓を捕まれたかのような、激しい痛みが生じる。
『貰ってくよ、君の大事なもの、1つ残らず』
だがすぐに痛みは消え、そして女もまたいなくなっていた。
「な、なんだったのだ……いったい……」
呆然としていた、そのときだ。
「く、クロウ様! ここにいたのですか! 探しましたよ!」
クロウの信頼している部下が、こちらに慌ててやってくる。
「どうした、そんなに慌てて? 今夜のオークションはつつがなく終えたか?」
毎晩オークションは開いている。
それほどまでに、クロウの出す品は魔族達に好評なのだ。
「すぐにオークション会場へ来てください! 大変なことになっているんです!」
「なに……?」
クロウは部下とともに、会場へと向かう。
そこで……愕然とした表情で、膝をつく。
「なんだ……これは……いったい……?」
眼前に広がるのは、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
メイン会場は劇場のような造りになっている。
舞台があって観客席がある。
「うぎゃぁあああ!」「ひぎぃいいい!」「だずげでぇええええ!」
魔族達が血を流し、あちこちで倒れていた。
みなが重傷を負って、うめき声をあげてぐったりしている。
「な、なにがおきたんだ……?」
「やいてめえ! クロウこの野郎ぉおおお!」
魔族のひとり、侯爵級の男が、クロウにつかみかかってきた。
「てめえちゃんと商品を管理しやがれ!」
「こ、侯爵様……落ち着いてください。一体なにがあったのですか?」
「何があったのかじゃねえ! てめえんところの 商品(にんげん) が反旗を翻し、おれらを襲ったんじゃあねえか!」
話をまとめると以下の通りだ。
・突如、人間が複数の女を連れてこのメイン会場に乗り込んできた。
・出品していた 宝石(にんげん) たちがすべて元の姿に戻った。
・人間が会場を出て行こうとするのを、魔族達が全員で襲いかかって止めようとした。
・しかしあまりの強さに返り討ちに遭った。
「エレンとかいうガキがリーダーらしいな! おまえが魔界へ連れてきたんだろ! おれらを殺すために!」
「ち、違います……! 完全な事故です!ワタクシはそんなこと……」
「ばか言うんじゃねえ! いったいどうやって人間が魔界へ来れるって言うんだ! ゲートのスキルは魔族しか使えないんだぞ!」
そう、人間が魔族の手引きもなく魔界へ来ることは不可能。
ゆえにエレンを連れてきたのがクロウであると、誤解されても仕方ないのだ。
……ただ、おかしい。
なぜエレンは魔界へ来れたのだ……?
「なんだ?」「どうしたの……?」
他の魔族達が、騒ぎを聞きつけて近づいてきた。
「みんな聞け! さっきのエレンとかいう強いガキは、このクロウが連れてきたんだとよ!」
「「「なっ!? なんだって!?」」」
魔族達がクロウをにらみつけてくる。
「てめえよくも裏切りやがったな!」
「人間と結託してアタシたちを殺すつもりだったのね!」
魔族達が【不自然なほど】、【さっきの魔族の言葉】を信じた。
みな完全に、クロウが悪事を働いていたと信じている。
まるで、洗脳されたかのように。
「ち、違うんです! 本当に! やつらが勝手に……」
「嘘つけ!」「人間が単独で魔界に来れるわけないだろ!」「ほんと最低!」
得意先だった魔族がクロウを見て失望の表情を向ける。
「クロウ……貴様を信じて懇意にさせてもらっていたが……どうやらこれまでのようだな」
何人もの上客が、同様に冷たい目を向けてくる。
「お、お待ちください! これは事故なのです! 本当なのです! 信じてください!」
だがクロウがしゃべればしゃべるほど、魔族達の高ぶった感情はさらに燃え上がる。
「ざっけんな!」「今日買った商品にまで逃げられたぞ!」「金返せ!」
クロウは罵声を浴びせられながら、滝のような汗をかいていた。
「この責任はどうしてくれるんだよ!」
「そ、それは……わ、ワタクシが! 皆さまがご購入された商品は、責任を持って連れ戻して参ります! 治療費も全額こちらで負担をします! 慰謝料も払います! なので、ここはどうか怒りをお収めください!」
魔族達は依然として、クロウに不快感を向ける。
だが金が手に入ると言うことで、少しばかり溜飲が下がったようだ。
「さっさと捕まえてこい!」
「今日中にだぞ! できなきゃ……わかってるだろうな?」
彼らに脅され、クロウは慌てて頭を下げる。
「存じ上げております! なのでなにとぞ、なにとぞー!」
その場に土下座し必死に頭を下げることで、いちおうその場は乗り切った。
ほどなくして。
クロウはメイン会場を出て、出品されている品々が保管されている部屋へと向かう。
「……バカな、あり得ぬ。なぜ、宝石が元の姿に戻ったのだ」
すっからかんとなった部屋を見て、クロウは愕然とつぶやく。
大量にあったはずの宝石達は、ものの見事にすべて消失していたのだ。
「いったい、一体誰が……?」
「決まっているでしょう?」
バッ、と振り返る。
先ほど廊下ですれ違った女が、入り口に立っている。
「な、なんなのだ貴様! 貴様がやったのか!?」
「そうであるともいえるし、そうでないとも言えるね」
「ふざけたことを……!」
クロウがバッ……! と手を前に出す。
「貴様も宝石に変えて売り飛ばしてやる!」
「へぇ……やってみな?」
彼女に睨まれただけで、クロウはその場で崩れ落ちそうになる。
目の前の女が放つ、異様な殺気に膝が震える。
「く、喰らえ!」
変化の呪いを使用する。
だが……発動しなかった。
「なぜだ!? どうして発動しない!」
くすくす、と彼女が笑う。
「おしえてあげようか? エレンの力だよ」
「なに……? あ、あの人間のガキが、どうしたっていうのだ……?」
微笑みを消して、彼女が指を鳴らす。
その瞬間、クロウの身体が、無数の真空の刃で切り裂かれた。
「うぎゃぁあああああああああああ!」
全身から血が吹き出る。
クロウは痛みでその場に這いつくばる。
「おまえ、今なんと言った。愛しいエレンを、人間のガキだって……?」
音を鳴らしながら、彼女が近づいてくる。
肉食の猛獣に近寄られてるような、異様なプレッシャーを感じた。
「ひぃいいい!」
「口を慎め魔族風情が。おまえの目の前にいるのが、一体誰と心得る?」
「だ、だれぇ……」
「僕は精霊王。この世全ての奇跡を司る存在さ」
「せ、せいれいおう……? まさか、そんなおとぎ話に出てくる、空想の産物では?」
精霊王は哀れみの目をこちらに向けてくる。
「目の前の真実を受け入れられないとはね、まったくバカな魔族だよ。おっと、そうだった」
にぃ……と精霊王は笑う。
「君、もう魔族じゃないんだったね」
「は……? いったい、なにを……?」
くすくす、と笑いながら、精霊王が手のひらを広げる。
そこにあったのは、赤黒い目玉のような結晶だ。
「これはね、 魔核(イビル・エレメント) っていう魔族の力の結晶なんだ。君のね」
「は……?」
精霊王は魔核を握りしめる。
パキンッ、と割れる。
その瞬間……クロウの身体から力が抜ける。
そこにいたのは、みすぼらしい姿の、少し大きめのカラスだった。
「【ブラック・クロウ】。たしかD級のモンスターだったね。君の存在を退化させた姿だよ」
「も、モンスター……? わ、ワタクシが……モンスターに……退化した……だって……?」
実に愉快そうに精霊王が笑うと、クロウを踏みつける。
「ぎゃっ!」
「おまえが悪いんだよ? 僕の大事なエレンを危険な目にあわせただけでなく、敵意を向け、あまつさえ悪口を言ったんだから」
精霊王はクロウを見下ろす。
「言っただろ、僕は君の全てを奪うと。魔族じゃなくなった君は、もうゲートを作れない。帰っていった人間達をどうやって捕まえるのかな?」
「そ、そんな……」
「他の魔族達からの信用を失い、魔族としての力も地位も失い、大事な商品を失った。でもね、まだ足りないよ」
精霊王は愉快そうに笑うと、ぐりっ、と踏みつける。
「足りない、足りない……僕の愛するエレンを傷つけた慰謝料には、まだまだ足りない。不幸が足りないよ」
「こ、これ以上……ワタクシから……何を奪うというのだ……?」
ぱちんっ、と精霊王が指を鳴らす。
彼女の周囲に、赤く輝く精霊達が集う。
「そぉら、燃やし尽くしてきなさい」
舞い散った精霊達が、オークション会場の床や天井にくっつく。
ドゴォオオオオン! と激しい爆発音が、部屋の至る所から聞こえてきた。
「なんだ!? 何がおきたのだ!?」
「え、君の大事なオークション会場を、ちょっと爆破しただけだけど……それがどうしたのかなぁ?」
「そ、そんなっ!」
精霊王の足から転がり出て、廊下に飛び出る。
「うぎゃぁああ!」「火が! 火がぁあああああ!」
会場が瞬く間に燃え上がっていく。
「あぁああああ! ワタクシの財産が! 築き上げたワタクシの城がぁあああああ!」
火を消そうと羽を羽ばたかせる。
だがそれは炎をより強くするだけだった。
「クロウぅうう! てめえやっぱりおれたちをはめやがったなぁあああ!」
「ころすぅううう! 見つけ次第ぶっころしてやるぅううううう!」
各所から魔族達の怨嗟の声。
がくがくと震えるクロウに、精霊王が優しく微笑みかける。
「よしんば魔族として復帰できたとしても、これじゃあ戻る場所ないね。魔族達の強い恨みを買ってしまった。報復は明らかだよ」
「あ……ああ……」
その場にぐしゃっと跪く。
「大事な大事なオークション会場も燃えちゃって、おまえが必死にため込んだ財宝も今や炎に飲まれた。魔族としての地位も名誉も、積み上げてきたものぜーんぶ奪ってあげたよ」
「なんで……そこまで……するんだよぉ……」
みっともなく涙を流しながら、クロウが精霊王を見上げる。
「言ったでしょう、おまえがエレンを傷つけたからだよ」
「そんな……ことで……」
すっ、と精霊王から表情が消える。
指をパチンと鳴らす。
がくん、とクロウの身体から、さらに力が抜けた。
「おまえをFランクのスモール・クロウへと降格させた。スライムと同等のゴミカスモンスターだ」
魔物としての格が落ちたことで、しゃべることすらできなくなった。
「それとおまえに【不死】のスキルを授けたよ。おまえは永遠に、その底辺モンスターの惨めな姿で逃げ惑い、死ぬことすら許されないんだ」
クロウは泣き叫ぶ。
だがただのカラスのような声しか上げられない。
「じゃあねエレンに逆らった愚か者。永遠にその汚く惨めな姿で過ごすんだね。ああ、そうそう。いくら頑張ってレベル上げても絶対に魔族に戻れないようにしてあげたから」
バイバイ、といって精霊王は手を振る。
全てを失ったクロウは……。
「かー! かー! かぁあああああ!」
もはや考えるのをやめて、ただのカラスとして……永遠を過ごすことにしたのだった。