軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

172話 精霊王、看病してもらう

勇者エレンと精霊王ルルイエは、異空間に閉じ込められている。

ルルイエは霊王の力のほとんどを失い、人間に近い状態へと弱体化。

折り悪く風邪を引いてしまい、現在、ルルイエはベッドから動けないで居た。

「…………」

目を覚ましたルルイエは、まだ体にだるさが残っていることに気づく。

「エレン……?」

自分の隣で、彼が眠っていた。

椅子に座り、上半身をベッドに倒している。

「あ……」

ルルイエは自分の左手を、エレンが掴んでいることに気づく。

「ずっと……握っててくれたんだね」

とくん、と小さく心臓が高鳴った気がした。

きゅっ、と胸が締め付けられた。

「これは……なに? げほっ! ごほっ!」

ルルイエが咳をすると、エレンがパチリと目を覚ます。

「おはよう、ルルイエさん」

エレンは起き上がって、にこりと笑う。

……頬が赤くなって、ルルイエは目をそらしてしまう。

「お、おはよ……げほっ! ごほっ!」

咳き込んでいると、エレンが体を起こし、顔を近づけてきた。

「にゃっ!? にゃに……を……?」

ゆっくりとエレンの顔が近づいてくる。

突然のことで戸惑うルルイエ。

カルラの言葉が脳裏をよぎる。

……性行為をしないとでれない部屋。

そして、お膳立てはしたと。

「あにょ、そにょ……まだ……はやいというか……その……」

しかし期待に反して、エレンは自分の額と、ルルイエの額とをくっつけるだけだった。

「ふぇ……?」

「うーん、まだ熱は下がってないね」

エレンが顔を離す。

……どうやら、熱を測る以上の意図はなかったみたいだった。

ホッとする反面、期待を裏切られたことにがっかりしてしまう。

「お薬飲もうか。その前にご飯かな。待っててね」

エレンは立ち上がって、その場から居なくなろうとする。

「あ……」

きゅっ、とルルイエはエレンの腕を取る。

「どうしたの?」

「……ううん。なんでもない」

エレンは少し考えて、ニコッと笑って言う。

「ご飯作ってくるだけだよ。ここ、台所まであるんだ。大丈夫、すぐもどってくるよ。いなくなったりしないから」

「うん……ごめんね……」

「気にしないで」

エレンは手を振って、ルルイエのそばを離れる。

さっきまで握っていた手が熱く、そして自分の顔もなんだか、熱かった。

エレンが顔を近づけたことで、心臓がどくんどくん……! と強く脈打っている。

「……なんなの、これ?」

風邪を引いたことも、この異常な現象も……彼女にとっては初めてのこと。

さもありなん、精霊は実体を持たない存在だ。

生理現象は彼らには起きない。

だが今のルルイエは限りなく人間に近い身体となっている。

ゆえに風邪も引くし、愛しい男を前にして、心臓が脈打つなどの現象が起きる。

もっとも、生粋の精霊たるルルイエ本人とって、それらを知識として知ってはいれど、経験したことは一度もないことだ。

ゆえに彼女は、初めての感覚に翻弄されている次第。

ややあって。

「おかゆ作ってきたよー」

「……別に、いらないよ」

お鍋を持って、エレンが近づいてくる。

テーブルの上に鍋をのせて蓋を取る。

ふわりと香る炊きたての米の香り。

ぐぅ……とルルイエはお腹が鳴った。

「え、エレン……今の……なに?」

「あはは! 不安がらなくて良いよ。体が食事を欲してる音だから」

「そ、そうなんだ……」

一度意識すると、何だか妙に、お腹の奥が締め付けられるような感覚がした。

これが空腹というものなのかと彼女は理解する。

「ご飯食べたらすぐに元気になるよっ。ほら、ルルイエさん」

エレンはレンゲでおかゆをすくうと、彼女の口元に運んでくる。

ルルイエは小さく口を開けて、ひとくち食べる。

口の中で米とだし汁、そして卵。

それらが渾然一体となって、彼女の体に【うまみ】という未知の感覚を発生させる。

「どう?」

「……おいしい、けど、味があんまりしない……」

「風邪引いてるからね。元気になればもっと美味しく食べられるよ。はい、あーん」

「あーん……」

ルルイエはこうして、恋人のようにご飯を食べさせ会うことに憧れを覚えていた。

それがかなって嬉しい反面、できれば自分がエレンに食べさせてあげたかったのに……と悔しく思う。

ほどなくして、彼女は食事を終える。

「ごめんね、残しちゃって……」

まだ体調が万全と言えないルルイエは、全てを食べきることはできなかった。

作ってもらったのに申し訳ない気持ちでいると、エレンはしかし笑って言う。

「気にしないで。むしろこれだけ食べられたんだもん。体が健康に向かっている証拠だよ。良かったね!」

……ルルイエは、エレンが心から喜んでいるのだと感じた。

なぜ彼は、ルルイエが健康になると、喜ぶのだろう?

ふと考えて、思い至る。

彼は、他人の幸せを喜べる人間なのだと。

「はい、お薬の時間ですよ」

エレンは粉薬とコップを手に言う。

出された粉薬を素直に受け取り、口に含む。

「!?!?!?!?!?」

あまりの苦さに、昏倒しそうになった。

「ほら、ルルイエさん。お水飲んで」

エレンからコップを受け取り、ごくごくと水を飲む。

舌の上に残っていた苦みは、ある程度洗い流せた。

けれどまだ余韻が残っている。

「にがぁい……にがいよエレン……ひどい……」

「良い薬は苦い物なんだよ」

「しらなかった……人間達は、いつもこんな苦い物をのんで病魔と闘ってたんだね……」

「そうだよ。でも苦いのをみんな我慢してきたんだ」

「……人間って、ほんとうに不便だね」

病気で倒れたとき、誰かの手を借りなければならない。

苦い薬を飲まなければ、風邪一つなおせやしない。

「……ひとりじゃ、何にもできやしないなんて」

「そうだよ。けど、それが人間なんだ」

「……そっか」

あまりに人間は無力で非力だった。

人間は不便だ、その感想は変わらない。

けれど……ひとつ、心境の変化があった。

「……エレン」

「なぁに?」

「……ありがとう」

人間は確かに弱い。

けれど、支え合うことができる生き物なのだと。

動けない自分に食事を作り、食べさせてくれる。

熱が引くように、薬を飲ませてくれる。

誰かが弱っているときに、他の誰かが助けてくれる。

人間の社会では、ごく当たり前の営み。

精霊として生まれ、霊王としての、絶対的な強者として育ってきた彼女にとって……それは初めての経験だった。

「エレン……眠いよ……」

「お薬が効いてきたんだね。ゆっくり寝ようね」

「……エレン。手ぇ」

「うん、いいよ」

ルルイエはエレンの小さな、それでいて暖かい手を握る。

病床に伏し、不安な気持ちは、こうして誰かのぬくもりで払拭することができる。

これもまた、人間でなければ、わからないこと。

「……エレン」

「なぁに」

「……ごめんね。いっぱい、迷惑かけて」

それは今日この場に対する謝罪ではなかった。

彼には多くの迷惑をかけてしまったのだと、人間の立場に近づいたことで……理解した。

「迷惑なんて思ってないよ」

それでも、離れずそばにいてくれる彼の優しさに触れて……ルルイエは遅まきながら、理解する。

……ああ、僕は、彼に恋してるんだと。

ルルイエはようやく、言葉だけでなく、上っ面だけでなく……心から。

エレンという男の子を、好きになったのだと……実感を得たのだった。