作品タイトル不明
171話 精霊王、彼の温かさに触れる
勇者エレンは、母カルラの手引きで、精霊王と供に異空間へと閉じ込められた。
「ん……」
ふと、ルルイエは目を覚ます。
見慣れぬ天上と、置かれている状況がわからずに戸惑う。
「ここは……?」
半身を起こそうとするが、しかし、彼女は体を起こせないでいた。
「だるい……苦しい……どうして……?」
まるで濡れた衣服を纏っているように体は重く、しかし体全身は炎の中にいるように熱い。
こんなことは初めてだった。
「ルルイエさんっ?」
ふと、愛しい彼の声がした。
視界の端に、エレンの姿があった。
「えれ……げほっ! ごほっ! ごほっ!」
そこでようやく、ルルイエは体調に異変があることに気づいた。
「駄目だよルルイエさん。風邪引いてるんだから」
「かぜ……? でも、それって……人間達しか……」
そう、元来精霊は寝食も必要とせず、さらに言えば体調を崩すこともない。
ある意味で幽霊のような存在の自分が、風邪を引いている。
これは、異常事態だった。
「母さんが言ってたんだ。今のルルイエさんは、精霊の力のほとんどを失って、その体は人間に近い状態にまで退化してるんだって」
「人間に、近い状態……」
このけだるさも、熱っぽさも、人間達が当たり前に感じていることらしい。
「でね、ルルイエさん風邪引いてるみたいなんだ」
「……不便だね、人間の体って」
そこで、ルルイエの意識は覚醒状態になる。
今までのことを思い出し、ルルイエはエレンから距離を取ろうとする。
「げほっ! ごほっ! ごほっ!」
「無理しちゃ駄目だよ、ルルイエさん」
「でも……だって……僕は……」
エレンを傷つけ、エレンに嫌われてしまった。
もう彼にあわせる顔はない。
きっと、怒っているはずだから……。
しかし……。
「ルルイエさん」
スッ……と彼の手が伸びてくる。
殴られる、と思った。
自分を傷つけた腹いせをされると思った。
けれど……エレンは額の上に乗っているぬれタオルを手に取る。
そして枕元に置いてあった器の中に入れて、水を絞り、新しい物を乗せてくれる。
「きもちい……」
ひんやりとした感覚、ほてりが取れていく感覚を前に……彼女は自然とそうこぼした。
「ルルイエさん。とりあえず、体治そ。ね?」
ルルイエは不思議だった。
この少年に自分は酷いことをしたはずだった。
だというのに、彼は弱っている自分に、優しくしてくれる。
「どうし……げほっ! ごほっ! ごほっ!」
「無理しちゃ駄目だよ。寝てないと」
「でも……怖いよ」
生まれて初めて、風邪というものを経験した。
これから自分がどうなってしまうのか。
……そして何より、エレンの本心がわからなくて、怖くて、不安で、仕方なかった。
エレンは微笑むと、彼女の隣に座る。
「じゃあ、ルルイエさんが安心して眠れるように、こうしてるね」
彼はルルイエの手を、きゅっ、と握ってくる。
完全に精霊となった彼は、体温を持たないはず。
なのに……。
「……あったかい。あったかいよ、エレン」
じわじわと、彼女の弱った体に、彼の優しい温かさを感じれた。
それは肉体的な接触によるものではなかった。
彼の持つ温かな心の光が、ルルイエの傷付いた心に染み渡っているのだ。
「……ねえ、エレン」
「なぁに?」
「……そばにいる?」
「うん、いるよ」
きゅっ、とルルイエはエレンの手を握る。
彼もまた自分の手を握ってくれた。
「……どうして」
ルルイエは不思議だった。
悪人へのやり過ぎた制裁、それはエレンの望まぬことだった。
彼は怒っていた。
完全に嫌われてしまったと思った。
けれど彼は自分に会いに来てくれた。
その彼の手をつっぱねて、傷つけてしまった。
これだけ、彼に嫌われても仕方の無いことをしてきたのに、どうして、彼はまだ自分のそばに居てくれるのだろう。
「……どうして、ねえ、どうして」
意味の通らぬ言葉になっているため、エレンからの返答はなかった。
だが、彼は風邪で弱っている自分を見捨てることもなければ、縋っているこの手を離すこともなかった。
……そして、ルルイエは本当の意味で知る。
「……ああ、そうか」
彼は、弱っている人を決して見捨てない、優しい人間だからだと。
いつもうわべだけ、彼の優しさを褒めていたルルイエが……。
人間の体となり、自分が弱い立場の人間となることで、ようやく……。
……ようやく、エレン・バーンズという人間の持つ、心の温かさを、実感することができたのだった。