軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

108話 実る思いと実らぬ思い

勇者エレンによって、魔王が撃破された。

討伐から1ヶ月が経過したある日の夜。

トーカの街のはずれ、街を見下ろせる小高い丘の上にて。

エレンはふたりの女性を呼び出していた。

「お待たせ~」

聖騎士のアスナと、賢者のティナ。

ふたりの美少女がエレンの元へとやってきた。

「こ、ここここんばんにゃ……エレン……」

ティナは顔を真っ赤にして、緊張の面持ちであった。

一方でアスナは年長者らしく余裕を保っている。

ふたりには、【言いたいことがあるから夜、自分の元へ来て欲しい】と伝えている。

彼女たちもうすうすは、エレンの意図を察していた。

それでも、ティナは長い耳の先まで真っ赤に染めていた。

「エレン、疲れてない? 毎日大変ね」

「ううん、平気だよ」

勇者エレンは魔王を討伐した後、人間界へと帰ってきてからは、毎日忙しくしているのだ。

だがそれも、ようやく最近は落ち着きだしていた。

だからこそ、思いを伝えるなら今このタイミングだと思ったのだ。

「その……あのね、ふたりとも。ぼく……旅が終わったら言いたかったことが、あるんだ」

「うん、聞かせて」「……にゃ、にゃににょ……」

アスナは微笑みながら、ティナは顔から湯気が出そうなほど動揺している。

「その……ええっと、ぼく、ふたりにすごく、感謝してるんだ。今日までずっと、支えてきてくれて、ほんとうに、ありがとう」

力を貸してくれた使い魔達には、一足先にお礼を言った。

アスナ達を後回しにしたのは、感謝とともに、別の気持ちも伝えたかったからだ。

「こちらこそ、ありがとうエレン。地下で私のことを助けてくれて」

奈落に置き去りになったエレンを、アスナだけは助けようとした。

しかし敵からの返り討ちに遭い、絶体絶命のピンチを救ったのは、精霊使いとして覚醒したエレンだった。

「あたしも、あんたがいなかったら、一生落ちこぼれのままくすぶっていたわ。……その、ありがと」

ティナはエルフであれど魔法が使えずに悩んでいた。

それを解決し、賢者の力を授けたのはエレンである。

「ふたりには、いっぱいいっぱい、支えてもらって……でも、こ、これからも、ずっとぼくと一緒にいてください!」

それはエレンの、彼女たちへの愛の告白であった。

「ええ、こちらこそ♪ 大好きよ、エレン♡」

アスナは微笑んで、エレンにイエスと返答する。

「…………」

一方でティアはぶるぶると体を震わせながら、涙を流していた。

「てぃ、ティナっ? どうしたのっ? ぼく、何か悪いことした……?」

「ち、ちがうわよぉ~……うれしくってぇ~……」

ぐすぐす、とティナが鼻を啜る。

アスナは微笑んで、彼女の肩をぽんぽんと優しくたたく。

「あたし……ちびだし、アスナみたいに、あんたの憧れの人じゃないし……好かれる要素、なにひとつなくって……」

「そんなことないよ! ティナはぼくの仲間になってから今日まで、ずっと弱くて世間知らずのぼくを支えてくれてたよ!」

エレンは確かに強大な力を持っている。

けれど精神的に未熟な部分が多かった。

たとえば、暴食にアスナを食われ、動揺して動けなくなったときがあった。

そのときに、エレンを励ましたのは……ティナだった。

「いつだって聡明なあなたに助けられてきたよ。これからも……できれば、ぼくと一緒にいて。だめ、かな?」

ティナは涙を拭いて、晴れ晴れとした笑顔でうなずく。

「末永くよろしくね、ふたりとも♡」

アスナが笑顔で、ふたりのことをギュッと抱きしめる。

「【かくして、勇者エレンは世界を救い、美しい女達を妻にめとったのだった】……と」

エレン達の様子を、遙か頭上から見下ろす影が2つあった。

「……ルルイエ様、何を書いていらっしゃるのですか?」

空中で足を組んで座るのは、精霊王ルルイエ。

その膝の上には分厚い本がおいてあり、今まさに彼女は執筆作業のまっただ中だった。

【エレン英雄伝】

表紙にはそう書かれていた。

「勇者エレンの活躍を記した大長編だよ! 出生から事細かに彼のことが記されているのさ! 読むかい?」

「……大変興味深いですが、今は遠慮しておきます」

ルルイエの背後に控えているのは、勇者の協力者アウルこと【ふくろう】。

「……エレン様はさすがでございますね。魔王を倒し、世界を救ってしまうのですから」

「ふふーん、だろ~? 僕のエレンは超超超すごいんだ!」

精霊王は得意げに胸を張る。

「……ところで、ルルイエ様。よろしいのですか?」

「ん~? なにがだい。今日の僕はとても機嫌が良い、何でも答えてあげよう」

ルルイエは英雄伝を異空間に収納しながら言う。

「……エレン様を奪った2人の女性に、ペナルティは与えないのですか?」

ルルイエは首をかしげる。

「何を言ってるのかさっぱりだよ」

「……エレン様とあの女達が付き合うことに、反対なさらないのですか?」

エレンのことが大好きで、彼を溺愛するルルイエのことだ。

そんな彼が、他の女と付き合うと知ったら、怒りで世界が滅んでしまわないかと気になったのだ。

果たしてルルイエの反応は、というと……。

「何を言ってるんだい? 大賛成さ!」

ふくろうの予想に反して、ルルイエは笑顔で答える。

「……賛成、なのですか?」

「当たり前じゃんか。だってあの2人はエレンの子を産むって大仕事を担ってもらうことになるんだからね! 僕は喜んで彼らを祝福しようじゃあないか」

精霊王の発言に、ふくろうは違和感を覚えた。

「はぁん♡ どんな子供が生まれるんだろ~? 愛するエレンの愛する息子? 娘? どっちでもいいや! とにかくあの子らには、エレンの子をたくさん生んでもらわないとね!」

うっとりとした表情でルルイエはつぶやく。

そこでふくろうは気づいてしまった。

「……ルルイエ様は、別にあの女たちを、一個人として、人間として、認めているわけでは、ないのですね?」

ルルイエはきょとんとした表情で言う。

「何言ってるんだい、当たり前じゃないか」

精霊王はあっけらかんと、アスナ達の人格を否定する。

「僕は精霊だから人間の子を孕むことができない。僕の代わりにエレンの子をなす母体が必要だったのだよ」

「……だから、エレン様と彼女たちの交際を許す、と」

ルルイエはうなずき、慈愛に満ちた母のような瞳を、愛しの彼に向ける。

「あの2人ならエレンに逆らうような愚かなマネをするとは思えないし、愛玩用においてやってもいいかなってさ」

ふくろうは悟る。

上位存在たる精霊王にとっては、アスナもティナも、 愛玩動物(ペット) に等しい存在であるということを。

ルルイエは、エレンがペットを飼ったと思っているのだ。

エレンの彼女らに向ける愛や好意は、主人が愛玩動物に向けてのそれらだと思っているのである。

……ようするに、ルルイエは自分とエレン以外の全存在を認めておらず、見下しているのである。

「早くエレンの子供が見たいなぁ~。さっそくお膳立てしてあげないと! 運を操作して温泉旅行へのチケットが福引きで当たるようにしてあげるとかどうだろう! うっわ、僕って天才じゃん!」

上機嫌にルルイエが次の作戦を練っている。

「……ルルイエ様、発言よろしいでしょうか?」

「なんだい、褒めて欲しいのかい? 君にはエレンが魔王を倒す手伝いをしてくれたって言う恩がまあ少しあるからね。少しだけならほめてやってもいいぜ?」

ふくろうはアスナ達を見下ろしていう

「……もしエレン様があなた様よりも、あの2人の方を愛してるとしたら、どうします?」

ルルイエは彼女を見やり、はんっ、と小馬鹿にしたように言う。

「なにそれ。あり得ないよ」

彼女はエレンに熱烈な視線を向けていう。

「僕とエレンは真実の愛で結ばれている。あの女どもとは、比べものにならないほど、大きな大きな愛で……ね」

「……根拠は?」

よくぞ聞いてくれた! とばかりに、ルルイエが笑顔で言う。

「だって僕がこぉんなにも、愛してるからさ!」

両手を広げてルルイエが言う。

「お荷物だと追放され、地下で朽ち果てるだけの運命を変えたのは誰だい? 魔王を倒した勇者にしてあげたのは誰だい? 多くの力と奇跡を授け、悪を退ける最強の存在になれたのは、いったい誰のおかげだい?」

広げた腕で、ルルイエは自分を抱きしめる。

「全部全部、僕のおかげじゃあないか!」

はぁ……と色っぽくルルイエがつぶやく。

「エレン、僕は君が大好きだ。心から愛してる♡ ……だから愛する君が素晴らしい人生になれるように支えてあげたよ。こんなにも深い愛情、他に存在しないだろう?」

ルルイエは慈しみの目を眼下の彼に向ける。

「こんなにも僕が愛してあげているのだから、さぞ君は僕に感謝しているだろう。僕が感じるよりも遙かに大きい愛情を覚えていることに違いない……♡ はぁん♡」

ようするにルルイエは、エレンに愛情の見返りをもとめているわけだ。

……見返りをもとめている時点で、真実の愛からほど遠いというのに。

「言わずとも伝わってくるよ、エレン、君の僕への愛が……♡ だから僕は君が死ぬまで君を愛し続ける。君が素晴らしい人生を歩めるよう、最大の努力をする。君の内助の功であり続けるよ」

誰がどう見ても、このふたりの間にあるものは、一方通行の愛。

愛情の押しつけだった。

「僕らの真実の愛が、あのペットたちの愛に劣るだって? そんなバカなこと、ありえるわけないよ」

呆れたようにルルイエが言う。

一方でふくろうは、にこりと笑った。

「……左様でございますね。エレン様は果報者です、ルルイエ様に、こんなにも愛してもらえるのですから」

「だろだろ~? よくわかってんじゃん! なんだいふくろう、おまえもっと嫌なヤツかと思ってたよ。考えを改めてあげる」

ばしばし、とルルイエはふくろうの背中をたたく。

「……恐縮です」

ふくろうは笑顔を崩さない。

……端から見れば主に仕える忠臣にも見えなくもないが、口の端はぐにゃりと歪んで見えた。

「……ルルイエ様、あなたのエレン様への愛情の深さはわかりました。ですが……もしも、エレン様から直接、愛していないと言われたら……」

そのときだった。

「嫌だ」

ポロポロ……とルルイエが、涙を流したのだ。

ぎょっ、とふくろうが目をむく。

あの、恐るべき邪悪なる女が、まるで失恋した乙女のように、その場で泣き崩れたからだ。

「いやだ……いやだよぉ~……」

止めどなくあふれる涙を、ルルイエは手でぬぐいながら言う。

「エレン……嫌だぁ~……僕を……捨てないでよぉ~……君に捨てられたら……僕は……僕は……うわぁあああああああああああああああああああん!」

大地が、天が……否、星が震えた。

精霊王の深い悲しみは、世界に天変地異を起こしたのである。

地震、津波、竜巻……あらゆる場所で災害が発生した。

それだけじゃない、この星に向かって無数の彗星が降り注ごうとする。

地中深くの各所マグマが活性化し、地上へと今にも吹き出そうとする。

「じょ、冗談です! 仮定の、あくまでももしもの話でございます!」

このときばかりは、さすがのふくろうも焦って、すぐさまルルイエを慰める。

「あ、なーんだ仮定の話か!」

ニコッと晴れやかな表情を浮かべるルルイエ。

すぐさま全ての天災は収まり、不発に終わる。

一瞬の出来事だったので、世界レベルの危機が訪れたことを……誰も感知していない。

ホッ……とふくろうは額の汗を拭う。

「あり得ないよね、エレンが僕のこと嫌いになるなんて、愛してないなんて、あり得るわけがないよね!」

「……ええ、もちろんでございます」

うんうん、とルルイエは上機嫌にうなずくと、立ち上がって背伸びする。

「色々動いて疲れたから、少し休むよ。おまえはどうするんだい?」

「……もう少し、ルルイエ様とエレン様のおそばに仕えさせてくださればと」

「許可する。引き続き僕のエレンのために身を粉にして働くが良いさ」

ふくろうはルルイエの前に跪いて、深々と頭を下げる。

「……ありがたき幸せ。わたくしは幸せ者です。こんなにも【愉快な職場】、他にありません故」

ふくろうは、実に愉しそうに笑うのだった。