軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三話 精霊銀の剣2

フランシェスカ・バートンという少女を表す言葉は、やはり『魔術師』であろう。

少ない魔力を必死に繰り、見様見真似の体捌きと剣技で今日まで生き残ってきた、冒険者の肩書を持つ魔術師。

晴れた空。工藤が住んでいる家の裏手には、先ほどまで洗っていたのであろう白く綺麗に洗濯された服やシーツが干されていた。風にはためき、微かな緑の匂いと、強い海の香りが鼻につく。 外套(マント) を脱いで、 メダル(エルメンヒルデ) と一緒に阿弥へ預ける。

そして、鞘へ収まったままのショートソードを、相対するように立っているフランシェスカ嬢へ投げ渡す。

「抜け」

俺が言葉少なくそう言うと、僅かに緊張した 面持(おもも) ちで投げ渡されたショートソードを鞘から抜いた。

精霊銀(ミスリル) で打たれた剣。

言葉にするだけならそれだけだが、刀身にはエルフやフェアリー達が使う文字が刻まれており、柄を飾るのは 不死者(アンデッド) や 悪霊(ゴースト) に効果のある銀。フランシェスカ嬢が持つ剣だけで、一体いくらの値段が付けられる事か。

その剣を打った工藤は、いつものヤル気の無い表情ながらも、視線には微かな興味を宿している。自分が作った剣の使い手に興味があるのだろう。

工藤の様子を、視線を向ける事無く感じながら、俺も腰から 精霊銀(ミスリル) の剣を抜く。フランシェスカ嬢が持つものとは刀身の長さが倍近くある 長剣(ロングソード) だ。

切っ先を向けると、緊張していた表情が、余計に強張った。

「打ってこい」

クルン、と。手首の力だけで右手に持った剣を回す。

その一瞬の動作を狙って、フランシェスカ嬢がこちらの間合いに踏み込んでくる。俺はまだ剣を回している最中なので、彼女へ剣を向ける事が出来ない。だからこそ、この間を狙ったのだろう。

打ってこいとは言ったが、どうやら手加減はしてくれないようだ。

魔力によって強化された身体能力は、 二十歳(はたち) にも満たないフランシェスカ嬢の身体能力でも成人男性以上のソレへ引き上げる。

魔術師とは魔術を使う存在だが、それ以上に魔力を使う存在である。自身の四肢へ魔力を巡らせ、身体能力を強化する。この世界に住む住人達が無意識に行っている事を、魔術師はより思考して行う。それは、使い手によっては何倍もの効果を生み出す。

そうやって魔力を巡らせた身体能力での踏み込みは、俺が剣を構える前に俺へと到達する。

狙った箇所は腹。

自分の技量では手首や首を狙うのは難しいというフランシェスカ嬢なりの考えだろう。相手は避け辛く、こちらは狙い易い。それに、腹部を斬り裂かれれば、内臓が飛び出して行動不能になる。心臓や首と違って即死に至る器官が少ないというのも、不意打ちの際に警戒される事無く攻撃を届かせる事が出来る一因となる。

こうやって不意打ちの一撃を狙うには、最適な場所といえるだろう。

「くっ」

フランシェスカ嬢が、苦痛の声を上げる。

腹部を狙った横薙ぎの一撃。 精霊銀(ミスリル) の剣を持った手を、俺が左手で打ったからだ。それなりに強く打ったというのに剣を手放さず、そのまま警戒するように後ろへ跳んで逃げられてしまう。まあ、フランシェスカ嬢が持つ新しい剣の具合を確かめる為の手合わせなので追わなかっただけだが。

距離を開けたまま、次はすぐには攻めてこない。どうやら、必要以上に警戒されてしまったようだ。向こうも俺の実力をある程度は理解していたのだろうが、それでも攻めてこないというのは、フランシェスカ嬢の中で俺という存在がそれなりに高い位置にあるからだろうか。俺など、神の眷属が相手でなければ並の冒険者程度の実力しかないというのに。

それとも、もう少し上手く攻撃をいなした方が良かったか。痛みは人を敏感にさせる。良くも悪くも、人が一番警戒するのは痛みなのだ。

「次だ」

もう一度、何もない空間で剣を振る。あからさまな隙。また腹部か、それとも首でも狙ってくるかと思ったが、こんな分かりやすい隙に二度も引っかからないか。

不意打ちに効果的な場所とはいえ、俺だってもう半年近くもフランシェスカ嬢と一緒に旅をしているのだ。彼女の癖ともいえるものは、一つや二つと言わずに覚えている。

例えば、食事の際は好物から先に食べたり、何か言いたい事を内に溜め込んでいる時は愛想笑いを浮かべたり。

……こうやって困った時は、視線が泳いで、剣先が揺れてしまったり。

そんな分かり易い隙を見せるフランシェスカ嬢へ無造作に近付き、順手に持ち直した剣で首を狙う。もちろん寸止めはするつもりだが、横薙ぎに振った剣はくるりと回った彼女に避けられてしまう。白いリボンに括られた髪が遠心力で広がり、剣先が数本の髪の毛を宙へ舞わせた。まるで 舞踊(ぶよう) のような優雅さがあるのは、彼女に“華”があるからか。

そのまま今度は剣を跳ね上げるが、跳ね上げた剣へ合わせるように、同じ 精霊銀(ミスリル) 製の剣で剣筋を 逸(そ) らされる。

たった半年。俺と初めて会った頃は剣の握り方すら 覚束(おぼつか) なかったというのに、今では互角に打ち合ってくる。

その事に舌を巻き、同時に喜びにも似た嫉妬の感情を禁じ得ない。

彼女に剣を振る才能があるかどうかは分からないが……それ以上に、俺に才能が無いのだ。

筋肉の付きにくい体質、この世界の殆どの人間が持っている魔力を持っておらず、女神アストラエラの加護がほとんど無い事。

それらの事実は、どれだけ努力しようが、乗り越える事の出来ない、砕く事も出来ない壁である。

数合打ち合っただけで、右手が痺れてくる。魔力によって強化されたフランシェスカ嬢の腕力は、すでに俺よりも強い。以前は少ない魔力の効率的な使い方が分かっていなかったのだろうが、俺と一緒に旅をして、実戦を経験して、今では同年代の魔術師の中では頭一つ以上抜きん出たレベルへと至っている証拠だろう。

まるで地面に伏せるのかと疑いたくなるほど体を低くして俺の足を狙った一撃を縄跳びでもするように跳ねて避けると、宙に浮いて無防備になった俺へ向けて不可視の弾丸が撃ち込まれた。

風の魔術。以前よりも早く、そして強い攻撃に息が詰まるが、吹き飛ばされるほどではない。踏み止まり、視線を前に向けると、この隙を逃すまいとフランシェスカ嬢が距離を詰めてくる。

振り下ろされた剣を横から弾き、こちらが首を狙った攻撃を逆に跳ね上げられる。その勢いで、数合打ち合うと、そろそろ手が限界を訴えてきた。握りが甘くなったのを、自分でも自覚する。

だから――。

「ふう」

疲れたフリをして息を吐いて、あからさまな隙を作った。斬り合っている最中だというのに全身から力を抜き、 精霊銀(ミスリル) の剣を持つ右腕をダラン、と下げる。そんな俺の様子をどう思ったのか、一合だけフランシェスカ嬢の攻撃が弱くなった。

その一瞬を見逃さず、甘い斬撃へ剣を合わせて下から斬り上げた。その細腕から 精霊銀(ミスリル) のショートソードを弾き飛ばした。

陽光に照らされながらクルクルと回るショートソードを二人揃って見上げ、落ちてきた剣の柄を掴む。

「あ」

そこでようやく、フランシェスカ嬢の口から気の抜けた声が漏れた。

「俺の勝ちだな」

『勝負だったのか?』

ああよかった、と。心底から溜息を吐くと、エルメンヒルデの呆れ声が頭に響く。

その声にかかと陽気に笑う事で応え、抜き身のショートソードをフランシェスカ嬢へ投げ渡す。俺のそういった仕草に驚く事無く、ちゃんと怪我をしないように柄を掴むというのは、俺の行動をよく見ているからだろうなあ、と思う。

「剣の調子はどうだ。使い辛くなかったか?」

「大丈夫です。とても握り易かったですし、なんだか魔力も強くなったような……」

「それは、剣に刻まれている文字のおかげだな」

「え?」

投げ渡されたショートソードを陽光で照らしながら、その刀身を眺めていたフランシェスカ嬢の視線がこちらへ向く。

「剣の刀身に刻まれて居る文様。エルフ達亜人がずっと昔に使っていた言葉だからな」

「……そうなのですか? 学院の書物でも見た事がありませんが」

「そりゃあ、何世紀――何百年も昔の文字だからな。人間と亜人の交流が無かった時代に使っていた文字だ」

そもそも、記録に無いのでまだ人間がエルフレイム大陸の存在を知らなかった頃の文字かもしれない。歴史学者ではないので興味は無いが、良く考えるとこの 世界(星) が創られて何年になるのだろうか。

そう考えて、答えが分かったとしてもどうでもいい事か、と思考を切り替える事にする。フランシェスカ嬢の視線を感じたからだ。

考え込むと無言になってしまうのは、俺の悪い癖だと分かっている。

「エルフレイム大陸へ渡れば、いくらでも見れるさ」

俺の言葉に驚いたのか、一瞬固まった後に疑わしげと言うほどでもないが、いつもより1オクターブほど低い声がその艶やかな唇から紡がれる。

まあ、若いエルフでも知らない言葉なので、フランシェスカ嬢が知らないのも当然か。

エルフレイム大陸の エルフ(友人) から教えてもらった言葉だが、知っている人はあまりいない。いくら魔術都市、しかも由緒正しい魔術学院の生徒だからとて、図書館にある本に書かれているようなありふれた文字ではない。その一字一句に意味があり、力が宿り、繋がる事でその効果を何倍にも引き上げる。そんな、使い手によってはチートのような効果を持つ文字である。

……その文字が刻まれた剣を、家の掃除と引き換えに作ってくれる辺り、工藤の感性はどうかしていると思う。俺的にはとても助かるが。

阿弥から 外套(マント) とエルメンヒルデを受け取ると、視線を感じた。振り返ると、フェイロナ達も俺へ視線を向けている。

「どうした?」

「いや……」

「最後のは卑怯」

フェイロナが言い淀んだ事を、ムルルが代弁する。その視線には賞賛ではなく呆れの感情が多分に含まれているような気もするが、気にしない事にする。そもそも、俺達の中で一番経験が浅いフランシェスカ嬢に勝ったからと賞賛されては、俺の方が悲しくなってしまうのだが。

しかし、しばらく見ない間に、また強くなったな、と。声に出す事無く感心する。正面から斬り合ってもまだ負けるつもりは無いが、ああいう搦め手を使わないとそろそろ辛いというのも事実なのである。その辺りに気付いて生暖かい視線を向けてくれる阿弥とフェイロナの優しさが心に沁みる。

「ばあか。実戦で、魔物が正々堂々と戦ってくれるとでも?」

「う」

まあ、魔物や魔族がこんな搦め手を使ってくるとは思わないが。

その事は心中に伏せ、 外套(マント) を纏う。

「随分、面白い戦い方をするのね」

「うん?」

「貴方の弟子よ」

「あ、そんな。弟子と言われるほど私は……」

工藤の言葉に謙遜するフランシェスカ嬢を横目で見ながら、肩を竦める。俺が何を言いたいのか分かった工藤が溜息を吐くと、座っていたベンチから立ち上がる。

「ま、彼女なら私の剣を十二分に使えそうね」

「合格か?」

「私が決める事ではないわ。私は作った。後は、使い手の問題よ」

嘘吐け。半端な技量しか持たない人間が使えば怒るくせに。

そういう所は職人肌というか、 拘(こだわ) りがあるのだそうだ。おかげで、こうやって工藤の前でフランシェスカ嬢の実力を見せる必要があった。

その工藤に剣の作成を依頼したのは俺なので、なんとも言えないが。工藤のこだわりは横に置いておくとして、物造り――傷薬より効果の高い霊薬や武器防具の作成は、女神の加護という異能があるにせよ、頭に超が付くような一流の職人並の物を片手間で作ってしまえるのが工藤だ。

異世界(元の世界) の知識もあり、この世界では職人達が考えた事も無い道具だって作成できるというのも強みだ。そうやって作られた物の一つが、俺や阿弥の腰に吊られている 精霊銀(ミスリル) の剣。あまりというか、かなり仲の悪い 精霊銀(ドワーフの技術) と 魔力付与(エルフの技術) の複合技術。その効果は凄まじく、魔力があれば同じ 精霊銀(ミスリル) のゴーレムすら斬れるほどの切れ味を発揮する。

……魔力があれば、だが。

「ま、死なないようにね。私は剣を打ったけど、それで身を守るのは貴女の技術なのだから」

「そうだな。肝に銘じておくよ……ありがとうな」

「ありがとうございましたっ」

もうどうでもいい、と言わんばかりにこちらへ背を向けると、本当に面倒臭い雰囲気を背中越しに感じさせながら家の中へ戻ろうとする工藤。剣を作るのは楽しかったようだが、作った後はもう飽きてしまったようだ。

そういう奴なのだ。今更な事なので、呆れの感情すら浮かぶ事無く礼を言うと、フランシェスカ嬢が頭を下げた。

「暑苦しいわねえ」

『私は嫌いではないが?』

「貴女はね。私には無理よ。暑苦しくてヤル気が蒸発しちゃいそう」

元からヤル気のヤの字も無いような気もするが、そこは言わない方が良いのだろうか。取り敢えず、そう言っている表情の時点でヤル気が感じられないのだが。

物凄く面倒臭そうな表情の工藤を見ながら、俺も普段はこんな表情をしているのだろうかと心配になってくる。流石にこんな表情を浮かべるほど、堕落した生活は送っていなかったと思いたい。

「ふふ。燐さん、熱血とか苦手ですもんね」

「……俺もフランシェスカ嬢も、熱血な性格なんてしてないけどな」

『してもいいのだぞ?』

「いやだよ、疲れる」

『本当に似ているな、レンジとリンは』

「……ここまで酷くは無いと思いたい」

「相変わらず失礼ね、山田さん」

疲れた表情の工藤がジト目で俺を見るが、いつもの事なので気にしない。こうやって話題を振らないと、コイツは本当に会話の輪の中へ入ってこないのだ。俺や宗一達ならまだしも、フェイロナ達が相手では放っておくと気付いた時には姿を消すかもしれない。

それを失礼だなんだと思うのではなく、本当に「どうでもいい」と思っているから質が悪い。今ではそれほどでもないが、昔は本当に自分がやりたいこと以外にはとことん興味を持たなかったものだ。異世界に召喚された当初は、本気で割り振られた部屋に引き籠っていた事を思い出す。……引っ張り出すのに、苦労したな。

思い出すだけで、涙が出そうだ。

工藤が興味を持ちそうな話題を調べて、必死に勉強して、興味を惹きそうな情報を教えて。錬金術師や薬師、鍛冶師でもないのに薬草や鉱石関係に詳しくなったのは、半分以上は工藤の所為である。

おかげで、冒険者稼業でもある程度楽が出来るのだが。やはり、知識というのは武器になるという事だ。

「阿弥。今からでも遅くないから、ツンデレな山田さんなんて捨てちゃえば?」

「そんなことしませんっ。もう、燐さんっ」

「あら、怖い。でも、ツンデレは否定しないのね」

「そこは……まあ」

『ツンデレとは何だ?』

「聞くな」

男がツンデレだなどと言われて喜ぶだろうか。勿論、答えは否だ。少なくとも、俺は嬉しくないし、自分をツンデレだとも思わない。どちらかというと、 天邪鬼(あまのじゃく) な性格だと思っている。

疲れて溜息を吐くと、服の袖を引かれた。視線を向けると、今まで黙っていたソルネアが興味深そうな顔で俺を見ている。

……嫌な予感がした。

「つんでれとは何ですか?」

「さあな。阿弥に聞いてくれ」

「蓮司さん!?」

即座にそう言うと、阿弥が驚いて俺の顔を見た。まあ、女の子にツンデレの説明を指せるというのも妙な話なのだろう。阿弥が何か言っているが気にしない。

頭が良いので、きっと俺よりも分かりやすく説明してくれることだろう。ツンデレの何たるかを。

とても他人事のように考えていると、そんな遣り取りを僅かに口元を緩めながら聞いていた工藤が家の中へ戻っていく。せめて何か一言くらい声を掛けて行けばと思う。

これが俺や阿弥、少しは慣れているだろうダグラム達なら一言くらい何か言っていくのだろうが、あまり面識が無いフェイロナ達には少し抵抗があるようだ。人見知りにもほどがあるだろう。ある意味、中二病を半端に 拗(こじ) らせた幸太郎よりも厄介な性格である。

そう思っていたら、ドアを開けた体勢でこちらに振り返った。

「家の掃除、最後までよろしくね」

「お前、俺達が居なかったら、掃除はどうする気だったんだ?」

「 家政婦(メイド) を雇うのも面倒臭いし、そのままだったと思うけど」

その言葉に、阿弥と一緒に溜息を吐いてしまう。そんな俺達の事など気にもせず、家の中へ入る工藤。

外見はいいのだ。美女と言って差し支えは無いだろう。街を歩けば十人中八人か九人は振り返るかもしれない。外見だけなら、美女なのだ。

これで少しでもヤル気というか、身の回りの事を自分でしようとする殊勝な心があればと思う。

「何か怒らせてしまったのでしょうか?」

「アイツは誰にでもあんな感じなんだ。人見知りが激しくてね」

実際は、興味の無い事にはとことん興味を示さないだけなのだとか。本人が言うには。

それはそれでどうかと思うが。

「それにしても、しばらく見ないうちに動きが良くなったな」

「そうですか?」

「ああ」

以前は腰を据えて斬り合う事はあっても、地面に顔が付きそうなほど身体を低くするような戦い方はしなかったはずだ。

そう思いながらフランシェスカ嬢と仲の良いムルルを見ると、薄い胸を張っていた。 所謂(いわゆる) 、ドヤ顔である。もちろん、ドヤ顔なんて単語もこの異世界には存在していない。

何事かあったのかと阿弥とフェイロナへ視線を向けると、二人はムルルの表情が意味する事を知っているようで、苦笑いをしていた。

「レンジが嫌がる事を教えてみた」

「どんなイジメだよ」

ムルルがそう言うと、フランシェスカ嬢が困ったような顔をして頬を掻いていた。

「まあ。俺が嫌がる事は、大抵の相手が嫌がる事だろうからな。憶えておいて損は無いだろ」

「次は勝とう」

「もう戦わないぞ。疲れる」

『またそんな事を……』

というよりも、次に戦ったらどうなるか分からない。

確実に勝てる状況でしか戦わないのが理想だが、現実はそうそう甘くない。だから勝てる確率が高い状況を作り出して戦うのが普通なのだが――今回のように訓練という形での勝負となると、正面から戦わざるを得ない。それは実力勝負であり、おそらく次は今回のような搦め手、奇策は通用しないだろう。

フランシェスカ嬢は努力家だ。同じ轍は二度踏まない努力を 怠(おこた) るような人物ではない。それも、この半年でよく分かっている事だ。

だから戦わない。

弟子だなんだは横に置いておくとしても、二十歳にも満たない女の子に負けるというのは、俺の 自尊心(プライド) に傷が残ってしまう。

そんなもの、とうの昔に、そのほとんどを 道端(みちばた) かドブにでも捨てたような気もするが。

「さあて。それじゃあ、フランシェスカ嬢の剣を打ってもらった代金分、働くとするかね」

「う……すみません」

「もう」

俺がそう声を上げると、フランシェスカ嬢が申し訳なさそうに俯き、阿弥が呆れ、ムルルが脇腹を拳で小突いてくる。

それに悪びれる事無く肩を竦めて、ソルネアと一緒に家の中へ移動する。というよりも、一人で行動するつもりだったのにソルネアが付いて来た。

「どうした?」

「レンジ、つんでれとはなんですか?」

「……阿弥に聞け」

そう言うが、ソルネアに動く気配は無い。やはり感情の浮かばない瞳で、俺をじぃっと見ている。

最近は慣れたが、こうやって美人から何も言わずに見つめられるというのは、どうにも落ち着かない気持ちになってしまう。それは、ずっと以前……初めて会った頃のエルに仕草が似ているからだろうか。

ふとそんな事を考えて、首を振る。いったい俺は、何を考えているのか。下らない。

『レンジから聞きたいのだろう』

「そうなのか?」

「はい」

どうやらそうらしい。

天井を見上げて嘆息すると、ドアの向こうに気配を感じた。おそらく、阿弥が聞き耳を立てているのだろう。

「何でまた」

そして、俺としてはそう聞き返すしかない。

誰から聞いても同じだろうに。

『私からは、何も言えないな』

「さよで」

肩を竦め、もしかしたら何かを期待しているのかもしれない、しかし感情の読み取れない瞳を見返す。

さて、どう説明したものか。