作品タイトル不明
第十話 大魔導師の回想1
芙蓉阿弥に父親は居ない。
小学生低学年の頃に両親は離婚し、母子家庭で育っている。母親はそれなりの会社で、それなりの地位についていたため毎日帰りが遅かった。大切な娘である阿弥を育てるために、離婚してからはより一層働いた。良い学校に通わせる為、良い教育を受けさせる為、良い物を買ってあげる為。
そうするためには、働かなければならない。朝早くから、夜遅くまで。その事が苦ではなかった。愛しい娘の為ならば。その為なら、阿弥の母親は何処までも頑張れると思っていた。
しかしそうすると、必然的に阿弥は一人の時間が増えてしまう。父と母の不仲。毎日の喧嘩。怒声。離婚という事実は、阿弥の心に多大な影響を与えていた。
学校では仲が良かった友達ともあまり話さなくなった。喧嘩してしまったら、その友達も居なくなってしまうかもしれない。そう考えると、友達の輪の中に入る事も、下手な事を言って怒らせてしまうのではと思ってしまい、恐怖を感じていた。
簡単に言うなら、自分の殻に閉じこもるようになっていった。
母親は気付かない。娘の異変よりも、娘の将来の方にばかり目が向いてしまっていたからだ。それに、阿弥は子供の頃から聡い少女だった。母親に心配させてしまったら、今以上に迷惑を掛けてしまう。そう思ってしまっていた。
幼馴染みである天樹宗一、天樹弥生との出会いは両親の離婚から二年後。住んでいるアパートの隣同士になったのが縁だ。天樹兄妹は、父親の仕事の都合で引っ越してきた。
ある日、母親が仕事から帰ってくるよりも早く帰宅してしまった阿弥。しかも丁度その日は部屋の鍵を自分の部屋に忘れてしまっていた。
アパートの自室へと入れずに、ドアの前で座って待っていたら丁度天樹兄弟と会った。
天樹宗一という少年は、あまり人を疑わない。善人と言えばそれまでだが、大人からすればひどく危なっかしい性格だと言える。阿弥や宗一達が住んでいる住宅は比較的安全な場所だったが、それでも変な大人が居ない訳ではなかった。お菓子でも貰ったらほいほい付いて行くのでは、という危うさが宗一にはあった。
妹である弥生は、その辺りはしっかりしていた。親からして、兄と妹の立場が逆ではないだろうか、と偶に思っていたほどだ。それでも、宗一は兄で、弥生は妹だったが。
弥生が困ったら、いつでも宗一は傍に居た。何か欲しいものがあったら、兄はいつも我慢した。お菓子も、玩具も。我慢する事で弥生が笑ってくれるなら、宗一はそれで十分だった。嬉しかった。
阿弥は一人っ子だったので、そんな二人の関係はとても羨ましいものに思えた。天樹兄妹とすぐに仲良くなれたのは、そんな宗一を身近で見て、感じる事が出来たからだろう。
部屋の鍵を忘れてしまった日も、何の疑いも無く、部屋に入れずに困っている阿弥を部屋へと招き入れた。
一緒にお菓子を食べて、ジュースを飲んで、ゲームをした。その後、両親から少し怒られた事を、どうして怒られたのか今でもあまり理解していない。困っている人が居るなら助けるべきだ、と思うからだ。
その信念とも言える本質は、阿弥には物凄く眩しく思えた。
彼女には父親が居ない。母親も仕事で朝早くから、夜遅くまでいない。自然と、天樹家族と仲良くなっていったのは必然とも言えるのかもしれない。
宗一が気の弱い性格だったからか、阿弥は気が強い性格へとなっていった。
小学校高学年になる頃には、いつも弥生と二人で宗一を引っ張っていたような気がする。
宗一と弥生の両親も、そんな子供たちの関係を微笑ましく思っていた。学校の友達も増えた。その頃から、阿弥は同学年の女の子たちよりも頭一つ抜けて綺麗だった。可愛いではなく、綺麗だった。母親も美人だから、その血を濃く受け継いだのだろう。しかし、だからといって変に注目されるような事も無かった。
両親の離婚によって、阿弥は人の感情の機微に敏感になっていた。妬みのような感情を抱かれるような目だつ行為は抑え、ひたすら周囲を立てるように生活していた。本人は嫌われない為の無意識の行動だったが、そのお蔭で友達もたくさんできた。
特に阿弥が心を開いたのは、宗一達の父親である。父親が居ないからか、阿弥は宗一の父親に『自分の父』を重ねていたのかもしれない。
しかし、その関係が面白くないのは阿弥の母親である。
娘の為と思って仕事をした。必死に働き、沢山のお金を稼いだ。疲れて帰っても、娘の顔を見ると頑張れた。
だというのに、そんな娘が笑顔を向けているのはお隣の、何の繋がりも無い他人である。
離婚して数年。一番大切な娘の傍に居なかった。阿弥の為に働いたと母親は思う。しかし、そんな事を小学生に理解しろと言うのが間違っている。阿弥も頭では理解していたが、感情では納得できなかった。
何時も傍に居なかった母親より、ずっと傍に居てくれた天樹夫婦に心を開いたのは当然の事だろう。
不仲とまではいかないが、会話が減り、一緒に居る時間がさらに減り、仕事に没頭する時間が増えた。
中学校に上がる頃には、母親は職場で生活するようになり、アパートにはあまり帰ってこなくなった。
阿弥は自分の部屋ではなく、隣の部屋で過ごすようになっていた。弥生が居たからか、泊まる事にも抵抗が無かった。
中学生になる頃には、同い年の異性である宗一を意識し始める。
もしかしたら、初恋だったのかもしれない。それとも、思春期特有の気恥ずかしだったのか。それは、今となっては阿弥にも判らない。
宗一を意識して、目で追って、話すとドキドキした。恥ずかしくて、少し距離を置くようになった。その辺りの事をあまり気にしない宗一は、ズカズカと阿弥に近付いてよく怒られるようになった。
その事を両親に相談すると、決まって自分が悪いと言われて首を傾げたものだ。
小学生と中学生は違う。天樹少年は、その事を理解できずに頭を抱える毎日だった。阿弥は友達で幼馴染みで、大切な親友だ。仲が悪くなるのは避けたかった。
実際は、そうやって踏み込む事で阿弥はさらに宗一と距離を置いてしまうのだが。まぁ、距離といっても隣の部屋。しかも宗一と弥生の部屋くらいの距離でしかないのだが。微笑ましいものである。
弥生は、そんな二人を見て喜んだり嫉妬したり。大好きな兄が阿弥の事ばかりを気にするのは嫌だったが、阿弥の事も大好きだった。
一つ年上の阿弥以上にその辺りの事に敏い弥生は、よく阿弥をからかったものだ。
母親との関係は少し複雑だったが、それでも十分に満たされた毎日だった。平和で平穏な日常だった。
それが終わったのは、中学三年生。春の終わり、夏が始まる少し前の季節。学校へ行く途中、突然浮遊感に襲われた。
ある日突然、日常は終わりを告げた。
『大魔導師』芙蓉阿弥にとって、山田蓮司という人は特別である。
異世界に召喚されるという非日常。その現実に耐えられたのは、宗一と弥生が一緒に居てくれたからだ。その二人が居なかったら、きっと耐えられなかったと思う。
人と、人ではない存在。物語や神話に出てくるような亜人や獣人が人と一緒に生活し、魔物が 蔓延(はびこ) る世界。科学ではなく、剣と魔法の世界。
男の子なら胸が躍るシチュエーションだろう。宗一をはじめ、召喚された十三人の内、男は七人。その内の六人はどこか他人事のように喜んでいたと記憶している。
ただその時、一人だけ妙に現実的だった人。それが山田蓮司である。異世界での生活は、自分達の立場は、元の世界に帰れるのか。異世界という非日常に胸を躍らせる事無く、現実的な事を気にしていた。
その事を、阿弥は今でも覚えている。
実際は、本人も酷く驚いていて、身の振り方を考える為に女神へ質問しただけなのだが。その事が、少女には凄く大人びて見えたのだ。
女神。人からは女神アストラエラと呼ばれる存在。
彼女は言った。世界を救ってほしいと。世界を滅ぼそうとする魔神を倒してほしいと。その為ならば、どんな力も与えると。そうすれば、どんな願いも叶えると。
だから阿弥は願った。折角異世界に来たのだから、魔法を使いたいと。想像したのは、神話の物語に謳われるような奇跡の魔法。
どんな相手にも――魔神にも負けない魔力。
その願いは叶えられ、決戦の際にはこの世界を破壊しうる強力な魔神と一対一で魔術の撃ち合いをした。
宗一は誰にも負けない力を、弥生はどんな傷でも癒せる力を。
他の人達も、各々が欲しい力を女神に願った。
一番最後に願ったのは、山田蓮司だった。彼は女神に『神を殺せる武器』を願った。
それは異世界を楽しむ為ではなく、この世界を救って元の世界に帰る為の力。ただその為だけの力。
事実、彼は神相手なら無敵の力を手に入れた。魔神、精霊神、女神だけではない。魔神の眷属、精霊神の使徒、女神の神官。神の眷属にもその力の影響は及んだ。
その為に、沢山の人から憎まれた。沢山の怒りを買った。沢山の敵を作った。
人類の天敵である魔物には何の役にも立たない、ただの丈夫な武器でしかないエルメンヒルデ。
その武器で沢山の人を守ろうとした。その中には、阿弥や他の仲間達も含まれていた。
全部を守れないと達観した事を言っていたが、その実誰よりも全部を守ろうとしていたのは彼だったと思う。
何かを守れなかった時、いつも悲しみを隠していた。夜、焚火の前で何度も悔やんでいた。異世界と言う場所を、誰よりも怖がっていた。
その事に気付いたのは、この世界に来てから半年くらい経った頃。ふと夜目が覚めて、いつも火の番をしている蓮司がエルメンヒルデすら仲間の一人である優子に預けて落ち込んでいた。
大人で、弱いけど頑張っていて、誰よりも責任感が強い人。
それが阿弥が蓮司に抱いていた感想だ。実際、そう間違いがない評価だろう。
山田蓮司は、誰よりも一番前に立っていた。翡翠色の武器エルメンヒルデを持って、一番前で敵と戦い続けた。
阿弥達のような魔術師を守る為に。宗一達のような子供を守る為に。心配させないように気を使っていた。安心して眠れるように、いつも火の番をしていた。
いつしかそれが当たり前になって、頼り切っていた。
その背中を、今でも覚えている。
慢心していた。油断していた。勝って当たり前だと思っていた。
そう思った時、阿弥は死に掛けた。
相手は今日と同じ 一角鬼(オーガ) 。自分の力を過信して、前に出過ぎて殺されようとした。
どんなに強力な魔術を使えようと、阿弥達は人間である。殺されれば死ぬ。怪我は弥生が直せても、死者までは生き返らせることが出来ない。
死者を蘇らせることが出来る魔術も魔法もあるが、それには制約があるし、何より禁忌だと言えた。
だから、死んだら終わり。女神から力を与えられたチート持ちでも、それは当たり前の事。
その日の夜は、怖くて眠れなかった。異世界で心細くて、元の世界の事を考えて眠れない事はあった。でも、死の恐怖に怯えて眠れなかったのはその時が初めてだった。
だから、火の番をしている蓮司に話し掛けた。蓮司は異世界に来てからずっと、気を張っていた。緊張していた。すぐ隣に死がある事を誰よりも理解していたし、だからその日のように阿弥が危険な状態になった時真っ先に動けた。
その事でお礼を言うと、嬉しそうに笑ってくれた事を、今でも覚えている。
その笑顔が眩しくて、自分に向けられた事が嬉しくて、それから蓮司とよく話すようになった。相談もした。魔術の事、人間関係の事、自分の事。
不思議と何でも話せたのは、蓮司の人柄だろうと阿弥は思う。
話しやすいというのもあるが、蓮司は阿弥の目を見て話してくれた。阿弥の事を考えて話してくれた。心配してくれた。
それは、どこか宗一の両親に感じた安心感を阿弥に与えてくれた。
芙蓉阿弥には父親が居ない。
最初、蓮司に求めたのは父性だったのかもしれない。
「どう? 変じゃないかしら?」
「大丈夫だよ、阿弥ちゃん。全然変じゃないから。良く似合ってる」
そう何度聞いただろうか?
身嗜みを整えるのを手伝ってくれた弥生に確認すると、少し疲れたような声。気にし過ぎだろうか?
姿見の前で、自分の格好をもう一度確認する。
魔術学院の制服姿だが、髪を梳いて、薄く化粧をしてみた。私くらいの年頃なら当たり前の身嗜みだが、どうにも慣れない。化粧をした事が無い訳ではないが、見せたい相手が居なかったのでそこまで気にした事が無いのだ。
私よりむしろ、年下の弥生が化粧の仕方に慣れているのが少し気になったが。あまり物が多くない私の部屋に、弥生が持ってきてくれた化粧道具がやたらと浮いている気がする。
「これで、蓮司お兄さんもイチコロかも?」
「……それは無いでしょ。うん。それは無い」
どうしてそこで蓮司さんが出てくるのか、と問い詰めようとも思ったが今更だ。
今でも私が蓮司さんに抱いている感情が好きなのか、憧れなのか、親愛なのか判らない。
男の人として好きなのか。何度も助け、守ってくれた人への憧れなのか。それとも父親のように想い、慕っているのか。
ただ、こうやって少しだけ綺麗に化粧をした姿を見て欲しいと思う人は蓮司さんだけなのは事実だ。
だから今は、それでいいと思う事にする。
「そうかな? 蓮司お兄さん、女の人にだらしないから判らないよ?」
「それはそれで嫌だから、やっぱり無い方がいいわ。うん」
確かに、蓮司さんは女の人にだらしない。同い年か少し下、もしくは年上の綺麗な女の人にはいつもだらしない顔をしてた。なんでも言う事を聞いていた気がする。
あと、宗一や仲間の男の子達に変な事を教えていた。
大人だけど、子供っぽい。そんな人だから、私達はいつも笑顔でいられたのだと思う。
辛い時も笑っていられたんだと思う。旅が終わって、その旅の事をゆっくりと回想すると、蓮司さんはいつも変な事をして私達を笑わせてくれていた。
緊張しないように、潰れないように、支えてくれていた気がする。
「それに。私ってまだ、あの人の中だと妹とか娘とか……そんな感じだろうし」
私の中でも、蓮司さんが兄なのか、父なのか、一人の男性なのか曖昧だし。
人の事は言えないが、一つ溜息を吐く。
「阿弥ちゃんって、蓮司お兄さんには奥手だよね」
「そうかしら?」
「お兄ちゃんには無遠慮に近付いて、すぐ叩くじゃない」
「宗一は馬鹿だから。そうしないと気付かないもの」
いや、そこまでしても気付かないだろう。
アレは鈍感とか朴念仁とか、そんな感じのヤツだ。クラスの女の子達とも、ただの友達感覚で話しているし。
向こうは英雄として、勇者として、一人の男の事として見ているのに。何とも罪作りな幼馴染みである。そこは一つ、気付かせるために手を上げるのも私の仕事だろう。
「そこが良いんだけどね」
「そうかしら……アレはアレで苦労するんだけど。幼馴染として」
宗一の鈍感さにどれだけ振り回されたか……思い出すだけで溜息が出てしまう。最初は誤解して、私と蓮司さんを仲良くさせようと考えていた時もあった。
行動が早いのは宗一の美点なのかもしれないが、その為に最短距離を突っ走るのは悪い所だろう。
「そろそろ、レストランの方に行かないと間に合わなくなるわね」
「蓮司お兄さんも、ゴブリンの死体処理なんかしなくてもいいのにね」
そこには、私も同意する。
蓮司さんは英雄だ。世界にとって。そして、私にとっても。
ゴブリンの死体処理なんて、冒険者の下っ端の仕事だ。新人にやらせればいい。そう思う。
「でも、そういう小さなところを頑張れるの……凄いと思うわ」
どんなに偉くなっても、そこは最初から変わらない。
この世界に召喚されたばかりの頃、女神様から授かったチートが弱くて足手纏いになっていた頃。
強くなるために、どんな事でもしていた。戦い方、剣の振り方、知識、沢山のモノに手を伸ばしていた。
最初はそんなところ全然見てなかったけど、今思うと、本当に凄いと思う。
私達には突出した何かがあったけど、蓮司さんにはソレが無い。たった一つの能力は、神と戦う事だけに特化してしまっている。
魔物相手には無力。でも、それでも何かを守ろうと必死だった。英雄ではないというけれど、誰よりも英雄だった。
英雄は名詞ではなく動詞だと言ったのは誰だっただろう。
肩書きではなく、行動で示してこそ英雄。
自分で名乗るのではなく、誰かから言われてこそ英雄なのだと。
「私達も英雄だ、神殺しだって言われてるけど。それってただの肩書だから」
今は、学生として魔術学院に通っている。
『賢者』と称される優子さんが、私達はまだ子供だからって、通わせてくれている。
でも蓮司さんは英雄としての肩書を捨て、国王様から賜った名剣を手放し、その身とエルメンヒルデを手に過ごしている。
その事がとても誇らしいのだ。
英雄と言う肩書を持つ私達。誰かを救い続ける蓮司さん。蓮司さんらしいって思う。口ではどんな事を言っても、手を貸してしまうのが蓮司さんだって。
そんな私達と蓮司さん。どっちが『英雄』かなんて……と思う。
「難しい事ばっかり考えるよね、阿弥ちゃん」
「そうかしら?」
「私は、蓮司お兄さんってやっぱり凄い、って理由で十分だと思うけどね」
「……まぁ、私も真ん中の部分はそれと 殆(ほとん) ど同じだけど」
そんな簡単な言葉ではなく、もっと着飾った言葉で紡ぎたい。
そう思うじゃないか。大切な人の事なんだから。
「それじゃ、そろそろ行きましょうか?」
「もう? 少し早くない?」
「待たせるのも悪いじゃない」
「阿弥ちゃんって、男の人に尽くすタイプだよね」
「そうかしら?」
弥生が何を言いたいのかは判るが、自分がそうだとは……どうだろう。判らない。
そんな事を気にした事も無かった。
「それか、男の人を引っ張っていくタイプ」
「……真逆じゃない、ソレ」
「まぁ、どっちが本当の阿弥ちゃんか、私も知らないし」
そう、カラカラと笑う。
本当に、この子は他人の前だと猫を被っているな、と思ってしまう。
私や宗一の前だとこんな感じなのに、クラスの皆の前だと丁寧語全開で物静かなお嬢様って感じだし。
「そんな笑い方をしたら、『聖女』様のファンが減るわよ?」
「いいよ、別に。私は、傷付いてる人、痛がってる人を治すだけだから。変な偶像を押し付けられると疲れるし」
「それは同感。やっぱり、本音を話せる人が傍に居ないと疲れるわ」
「阿弥ちゃんは良いじゃない。お兄ちゃんがクラスに居るから。私なんて、クラスの皆が……」
そのあと、いくつかクラスの事で話が盛り上がって、蓮司さんの事を思い出して部屋から出る。
身嗜みを最後にチェック。軽く香水を振り掛け、淡い香りを確かめる。下品じゃないだろうか?
そう尋ねると、弥生に呆れられた。
「蓮司さんの事。たくさん聞けると良いね」
「ええ」
また前みたいに、沢山色んな事を聞けたら、と思う。
あの、二人で焚火の前で話したように。自分の事、蓮司さんの事、学院の事、旅の事。
話せたら……また少し、蓮司さんに近付けるかな、と。
でも――。
「たくさん話したいわ」
きっとあの人は、今日の事を気にしてるんだろうな、とも思う。
死者四名。
その事は、私達の耳にも届いている。
魔物と戦ったのだ。犠牲は出る。魔神と戦っている時は、もっと沢山の人の死を見てきた。何十人、何百人。たくさんの人が死んでいった。
感覚が麻痺したとは思わない。その数に、胸が痛んだのは事実だ。
でも、その事に囚われたら次に死ぬのは自分になる。その事を、身体が、心が、理解している。死者が出ても、私達は前を向く。向かなくてはならない。死なない為に。
だけど蓮司さんは、きっと心を痛めているんだろうな、と思う。また少しだけ立ち止まって、あの焚火の前で一人でいた時のように、下を向いているのだろう。
あの人は、守りたいと願った人だから。でも、守るには力が足らない人だから。
だから伝えよう。
今日、守ってくれた事を。
また、守ってくれた事を。
ありがとうございます、と。
四人を守れなかったけど、守れた人も居るのだと。