作品タイトル不明
第五話 英雄と魔術師の町5
魔術都市へ戻る頃には、太陽が傾きだしていた。
ギルドで報酬を貰い、今日の稼ぎである金貨と銅貨が詰まった皮袋を右手に握りながら一つ息を吐く。
今日は本当によく働いた。まさか一日で金貨一枚以上の稼ぎを出すとは……ゴブリン十二体の稼ぎは凄まじい。装備も回収して売ったので、二人で稼ぎを分けても金貨一枚以上だ。今夜は少し贅沢な食事にしよう、と内心でニヤニヤしてしまう。その分、命の危険すら感じたが。
とりあえず、あんなのはもうこりごりだとは思う。稼ぎが良いのは悪い事ではないが、毎回命の危機を感じるのは勘弁してほしい。
「これからどうする?」
「私は森に帰らせてもらう」
「そうか。また縁があったら、よろしく頼む」
「ああ」
それだけ言うと、今日は別れる事にする。
夕焼けの街並み、夕食に使う食材を買っている家族、仕事帰りの人達。
そんな人ごみに紛れて、美しいエルフの美丈夫は俺の視界から消えていった。去り際も格好良いな。背中が男らしいと思う。
なんとなく悔しいとか妬ましいとか、僅かに胸の中に嫉妬を感じながら一つ息を吐く。
「さて、どうするかね」
このまま宿に戻ってご飯を食べて、酒を飲んで寝るのも悪くない。少し早いが。
この世界には、娯楽が少ない。他の仲間がどうやってかチェスやらトランプ遊びやら広げようとしているが、どうにもまだ庶民には広まっていない。
その原因は、単純に製造技術が低いからだ。現代日本のように機械による流れ作業は無理だし、人力で作るとなると手間と暇と人員が必要になる。
一年前まで魔神の脅威に晒されていた国に、そんな余裕はない。若い男は兵役についていたり、魔物や魔族に壊された町などの修復作業に追われている。年寄りや女子供は農作業や家事。
とても娯楽に手を出せないし、遊ぶくらいなら働いて金を稼ぐという考えが強い。もうしばらくは、この状態が続くだろう。魔物の脅威が完全に去った訳でもないのだから、当然と言えば当然だ。
だから夜は、酒を飲んだり見ず知らずの冒険者連中と情報交換をしたり、喧嘩をしたり。する事と言えばそれくらいだろう。
『そろそろ魔術学院が終わる時間なのではないか?』
「ん」
夕焼けに視線を向ける。まぁ、そろそろ学校が終わる時間かなぁ、と。
再度心中でどうするかな、と呟いて頭を掻く。
『まったく……誰かに背中を押されなければずっと前に進めないのか?』
「だがなぁ」
頭の中に響くエルメンヒルデの声にどう答えたものか、と。
会いたいと思う。会いたくないわけがない。丸一年近く会っていないのだ、成長した子供たちを見たいという気持ちは強い。
それと同時に、会って何を言えばいいのか判らないとも思ってしまう。
不安。言葉にすればそれだけだ。会いたいが、会って何を話せばいいのか判らない。
これで年長者だというから笑えない。久し振り、の一言でも話せばいいだけだろうに。そう判っていても、だ。
「はぁ」
『会いたくないのか?』
その声に、下を向いていた顔を上げる。
「会いたいさ」
『なら会え。会えない理由がある訳でもないんだ、単純だろう?』
「さよか」
相変わらず真っ直ぐというか、シンプルというか。
そんな相棒が羨ましく思えてしまう。俺がうじうじ考え過ぎているだけなのだろうが。こんなもの、悩みとも言えないだろう。
エルメンヒルデの声に背中を押され、人ごみに紛れるようにして歩き出す。
アルバーナ魔術学院。魔術都市オーファンで、最も歴史深い魔術学院。
貴族のや才能を見初められた子供たちが通う場所ではあるが、最近は貴族やそれに類する後ろ盾を持つ子供たちばかりが通っている。
つまり、勉強して知識を得る場所ではなく、由緒正しい魔術学院の卒業生という肩書を得る場所になりつつある場所だ。
全員が全員そうではないのだろうが、大多数がそうだというのがこの町の住人の意見のようだ。酒の席での情報でしかないが、そんな時ほど人間は本心を喋るものだ。
『聞く限りでは、あまり良い噂を聞かない場所のようだな。ソウイチ達が居るのは』
「由緒正しいって事は、それだけ 柵(しがらみ) が多いって事なんだろうよ」
俺には経営の経験が無いので何とも言えないが、とそこまで考えて視線を感じて振り返る。
人混みに紛れているのだろうが、確かに一瞬視線が重なった。
ボロいローブを着た人間。なんだろうか? 変な人に狙われる理由は……いくつか思いつくが。
例えば宗教関係。魔神とはいえ『神殺し』なんて大罪だ、と言ってくる連中。まぁ、判らなくもない。
俺達の力は強力だ。人間が信仰する女神や獣人たちが信仰する精霊神だって殺せるのでは、と危惧する人たちも居る。実際、判らなくもない。
強力過ぎる力というのは嫌われる。漫画や映画の話は、異世界では割と真実味を帯びているから困る。
だからといって無駄に敵を作るつもりもないし、殺し合いをしたいとも思わない。そんな事をしてなんになるのか、としか思えない。俺達を憎むくらいなら、もっと魔神との戦いの爪痕を回復させる努力をするべきだろうに。
他には、純粋にポッと出の英雄が気に食わないという人も居るし、魔神を討伐したのだから俺達はもう必要無いなんて言う人も居る。
そんな人は少数だが……居ない訳ではない。実際、王国の中枢に居る宇多野さんとか九季は結構注目を集めているのではないだろうか。
『どうした?』
「いや」
そう考えている間に、視線の主は人混みに紛れてしまった。
なんだったのだろうか? まぁ、話し掛けてこないとしたら好意的な人間ではないのだろう。
「人が俺を見てた」
『レンジと私に気付いたのか?』
勘弁してほしいんだがな。
俺としては、冒険者として気楽に過ごしていきたいのだが。
それに、あのローブの人間はそんな感じではなかった気がする。漠然とした勘でしかないが。
「……人が多い場所は苦手だ」
『初耳だぞ』
初めて言ったからな。むしろ、人が少ない場所より多い方が良い。人混みに紛れて、山田蓮司という人間が隠れてしまいそうで。
そこまで行くと、もう身分を隠したいというよりも中二病か引き篭もりのような気がしてくるな。
視線の先には巨大な門。……本当に巨大なのだ。
石造りの門は威圧感を感じさせ、来る者を拒んでいるようなイメージがある。幅は馬車三台が並んでもいくらか余裕があるくらい広く、高さは俺が見上げなければならないほどに高い。
その門の両脇には鉄の全身鎧に身を包み、槍を手に持っている衛兵が二人ずつの計四人。
その後ろには、門を見張っている兵士や生徒たちが通る為であろう小さな鉄の扉がある。あんな大きな門を毎回開けていたら面倒だからだろう。
あれって、立ってるだけで給料とか貰えるんだろうか? そんな事を考えてしまう。
「どうやって作ったんだろうな」
『それは、人が石を運び、削り、組み上げて作ったのではないか?』
それはそうだが、本当に凄いな。イムネジアの王城も凄かったが、この魔術学院の入口になっている門も凄い。人間の底力というかなんというか、よくこんな大きな石を運べるもんだと思う。一人でした訳ではないのだろうが。
石はインゴットのように均一の大きさにカットされ、何百、何千という数を使って門という形に作られている。
扉は銀。魔払いの効果があるとされており、王城やこんな古くからある建物に良く使われている。
実際、 悪霊(ゴースト) や 不死者(アンデッド) は銀の扉に触れる事すらできないので効果もある。これだけ巨大な門なら下級の悪霊なら近付く事も出来ないのではないだろうか。……石の部分は普通に壊した透過したりできるが。
「どうかしたのか?」
「ああ、いえ。立派な造りだな、と」
「何だお前。オーファンは初めてか? このアルバーナ魔術学院の大門は有名だと思うが、見た事無いみたいだな」
『おい、私たちが田舎者扱いされてないか?』
魔術学院の門を物珍しく見ていたので、そう勘違いされていた。兵士の一人に声を掛けられ、不振がられない程度に返事をする。
そして、内心でエルメンヒルデの言葉を肯定する。実際田舎者だろうと思わなくもない。この一年は、田舎で細々と過ごしていたし。
それに、そう勘違いされた方がこちらも助かる。変に 勘繰(かんぐ) られても面倒なのも事実だ。
「学び舎にはあまり興味が無い生活を送っておりましたので」
「なるほどなぁ。金持ちしか通えんからな、こういう所は」
「ええ。残念ながら、私も冒険者としてその日暮らしの生活ですから」
「ああ、そうだろうな」
俺の格好を見て、冒険者――しかも、そう腕が立つとは判断されなかったようだ。
良い事なのか、悲しむ所なのか。
とりあえず、ポケットの中の相棒は深い深い溜息を吐いていた。
『……嘆かわしい』
「仕事を探すなら、ここじゃなくてギルドへ行ってくれ」
「ええ。それがちょっと、アルバーナ魔術学院に用事がありまして」
「――ふぅん」
その視線が、胡散臭い男を見るように、俺の全身へと向く。
実際、胡散臭い男だろう。装備はチュニックとズボン。それに 外套(マント) を羽織っているだけだ。貴族が通う学院に相応しい男には、とても見えない。
装備というよりも、普段着としか言いようがない。冒険者というよりも、町の住人と言われた方が信憑性があるだろう。
冒険者を証明できるものと言ったら、見た目からは腰に差している鉄のナイフくらいだ。ここで帯剣でもしていれば、また少しは印象が変わっただろう。
外套(マント) がゴブリンの帰り血で汚れているのが、少しは冒険者らしく見せてくれているかもしれない。
「依頼か?」
「いえ。知り合いがこの学院に通っていましてね。旅の途中でオーファンへ来たので、顔を見ようかと」
「知り合い?」
「ええ」
『レンジの名前を出せば良いのではないか?』
そんなの、騙りだと思われるだけだろ。それこそ変に疑われて、事情聴取をされかねない。
宗一達の名前を出しても、おそらく同じ結果になると、容易に想像がつく。
英雄に近付こうとする、無名の冒険者。もしくはただの町の住人。そんな所だろう、この仕事熱心の兵士からしたら。
「ですので、しばらく門の前で待たせてもらっても良いでしょうか?」
「……なんだ、中には入らないのか?」
「貴族の学院でしょう? 肩身が狭いどころか、面倒の元にしかならんでしょ」
そう肩を竦めると、兵士の緊張が和らいだような気がした。
「判っているようだな」
「一応、これでもそれなりに歳は重ねてますんでね」
「なら、特別に言う事は無いな。とりあえず、変な気は起こすなよ?」
そう言って、門の見張りに戻る兵士。お仕事ご苦労様です、と声を掛けると笑顔を向けてくれた。
結構気さくな人のようだ。
『……納得がいかん』
「納得しとけ。残念ながら、俺は英雄なんて大層な肩書は持ってないんでね」
魔術学院の周囲は、人通りが少ない。
何人かが俺と同じように学院の銀扉を見ているが、それだけだ。
後は見張りの兵士だけ。夕焼けに染まる高い石壁は、威圧感を感じると同時に、少し寂しさも感じさせられる。
よく見ると、雑草もあまり生えていない。きちんと手入れされているようだ。
『何度聞いても、レンジの敬語は慣れない』
「失礼なやつだな、相変わらず」
これでも、最低限の礼儀は守っているつもりだ。
むしろ、旅をしたメンバーの中で、その辺りに一番気を使っていたのは俺じゃないだろうか?
年少組も、最初は気を張って警戒していたが、慣れてくるとタメ口というか、砕けた口調になっていたし。
偉い人と接点が多かった俺と宇多野さんの年長組ばかりが、こんな気を使う言葉遣いをしてたもんだ。
その辺りを一番気にしていなかったのは、中高生組だろう。異世界召喚なんて非日常に興奮して、物凄く喜んでいた。
最初の頃は、自分達を特別だと思っていたくらいだ。そんな余裕も、旅を始めたらすぐに消えたが。
旅というのは疲れる。歩くのも、馬に乗るのも、馬車に揺られるのも。
車なんて上等なモノじゃない。足は痛いし、馬は揺れるし、馬車の座る場所は硬いし。
すぐに愚痴が零れるようになり、旅に少し慣れてきたら山に登ったり、森へ入ったり。異世界召喚の楽しみなんて簡単に消えてしまい、必死に生きるようになり、苛立って喧嘩したり、仲直りして笑い合ったり。
『ソウイチ達は元気だろうか?』
「元気だろうな。宗一と阿弥は、喧嘩してそうだが」
『確かに』
一人と一枚で、その光景が簡単に想像できてしまいクツクツと笑う。
仲が良い幼馴染み――仲が良すぎるのも問題だろう、と言うくらいいつも喧嘩して、すぐに仲直りしてたのを思い出す。
魔物と戦う時に無茶をして、食事時の好き嫌いの事で、疲れて苛々して、些細な事や大切な事で喧嘩していた。
でも、今でも仲が良いんだろうな、と簡単に想像が出来てしまうのだ。
「ん?」
昔の事を考えていたら、耳に重苦しくすら感じられる鐘の音が夕焼けの世界に響いた。
意識が現実に向く。
こういう時に鳴るのは、授業終わりの鐘とかが定番なんだが、どうなんだろうか?
しばらく、ぼんやりと魔術学院の方へ視線を向ける。
そうしていると、先ほど話しかけてきた兵士がまた近寄って来てくれる。
「いま授業が終わったぞ。学生寮は向こうの方だが、このまま門で待つのか?」
指で、寮のある方を教えてくれる。というか、寮住まいなのか。貴族の連中が住む区画にあるようで、建物がどれも平民が住むようなものではない。
良い所に住んでるみたいだなぁ、と。そう口に出すと、兵士の人に笑われてしまう。
「ここで待ちます。どうやら寮の方も、居心地が悪そうだ」
「賢明だな」
『退屈だぞ』
お前は偶に、本当に堪え性が無くなるなぁ。
不意の言葉に苦笑してしまうと、兵士の人からまた笑われる。
「貴族の連中がもっと質素な生活をしてくれたら、平民の生活も楽になるんだがな」
どうやらエルメンヒルデへの返事を何か勘違いされたようだが、話を振ってきてくれて助かる。
こうやって待っているのは退屈なのだ。エルメンヒルデと話すのも、周囲の人に気を使わないといけないのだし。それはそれで疲れる。
「ですね。金は持ってる者の所に集まり、持ってない者からは遠のいていく物ですから」
「世知辛いもんだ。俺も、豪華な食事とかしてみたいもんだ」
肩を竦められ、俺も同調する。
ま、それで生活に困るほどではない。質素な生活も、それはそれで良いものだ。
贅沢をしなくても、人は生きていける。むしろ、贅沢な生活に慣れてしまって、質素な生活を出来なくなる方が可哀相だと思ってしまう。
人が多いこんな場所も悪くないんだろうが、御近所付き合いはどうだろうか?
俺としては、田舎ののんびりとした雰囲気と温かみのある生活の方が好きなんだが。やっぱり人は、贅沢な生活に憧れるものなんだろうな。
そうやってしばらく兵士の人と話していると、銀の大扉が開いて、授業が終わった生徒たちが出てくる。
開くのかよ、あの扉。どうやら門の裏側にも人が居たようで、その人達が開いたようだ。
小奇麗な服の上からでも判る筋肉。……人力か、と。あと、六人居たのだが、全員がスキンヘッドだった。何か意味があるのだろうか。たぶん関係無いのだろうが。
「それじゃ、お仕事頑張って」
「おう。アンタも知り合いの子に会えるといいな」
「ありがとうございます」
門の方へ歩いて行く兵士の人を再度見送り、ポケットからエルメンヒルデを取り出す。
「さて、会えるかね?」
『一年も経ってるからな。どれだけ成長したか、楽しみだ』
「まったくだ」
ピン、とメダルを指で弾くと、表。
ふぅ、と息を吐いてエルメンヒルデをポケットへ戻す。
「緊張してきた」
『可愛いな』
やめてくれ。そんな事を言われても、喜べる歳じゃない。そもそも、男に可愛いという言葉は褒め言葉じゃない。
学生連中も、門番の兵士だけではなく俺が居る事に気付いたのか、チラチラと視線を向けてくる。
まぁ、確かにこんな場所には不釣り合いな服装だな、と自覚はある。
もー少し服装に気を使うべきだったかな、と少し後悔。まぁ、気を使ってもたかが知れるだろうが。俺の服装のセンスなんて、並程度だし。
こんな服装じゃ、宗一達も話し辛くないだろうか、とも思う。
「あれ?」
そんな感じで自分の服装を見直していたら、どこか聞き覚えのある声が聞こえた。
声の方へ視線を向けると、一人の女生徒と視線が合う。
金の刺繍が高級感を出している青いローブ。赤いリボンに白いブラウス。膝元までの青いスカート。頭にはベレー帽のような帽子。アルバーナ魔術学院の制服。
そしてなにより、黒い髪と黒い瞳。髪は腰――お尻近くまで伸びている。丁寧に手入れされている艶やかなストレートヘア。少し垂れ目の大きな瞳。
どこか見覚えのある容姿を、少しの間見詰めてしまう。
「弥生ちゃん?」
「蓮司お兄さん?」
二人してお互いの名前を呼ぶ。
一瞬阿弥だろうか、とも思ったが雰囲気が全然違う。
たった一年であの阿弥がこんな穏やかな雰囲気になったら、別人かと疑ってしまうだろう。
「大きくなったなぁ」
「蓮司お兄さんは……髭が生えてますね」
そう言われ、くすくすと笑われてしまう。
『だから。髭くらいはちゃんと剃れ。似合ってないからな、髭。だらしない……』
ヒドイ言い草である。喋れて、同じ意見の人を見つけたからか、いつも以上に容赦が無いように思える。
そんな事は無いだろ、と顎を撫でる。少しチクチクした感触も悪くないと思うのだが。
「エルさんも、お久しぶりです」
『ああ。久しぶりだな、ヤヨイ。綺麗になったな』
「ありがとうございます」
なるほど、そう言えば良かったのか。
……いや、言わないけど。妹とか娘みたいな子に綺麗になったとか言えるわけがないだろう。
「それと、私もエルさんに一票です」
「ん?」
「髭。あまり似合いませんよ?」
その一言に、視線を逸らしてしまう。
そっか、似合ってないか。
女の子に笑顔で言われるとクるものがあるなぁ。胸というか心臓にナイフを突き立てられたような。
『もっと言ってやってくれ。私の言う事は聞かないからな、レンジは』
「そんな事無いと思いますけど……」
「この一年で口煩くなったからな、エルメンヒルデは」
『レンジがだらしないから私が言うんだろうがっ』
そうやっていつものじゃれ合いをすると、また小さな声で笑われる。
口元を手で隠して笑う様子は、年齢以上に綺麗に思えてしまう。
「蓮司お兄さんもエルさんも、あまり変わってませんね」
『そうか? レンジは、随分とぐーたらな生活が板についてしまったと思うが』
「おいやめろ。そこまでぐーたらな生活はしてなかっただろ」
「ふふ」
そのままエルメンヒルデと言い合いになりそうになると、弥生ちゃんから笑われてしまう。
うぅむ。
「やっぱり、変わってないです」
「弥生ちゃんは大きくなったなぁ」
「……女の子に大きくなったは、あまり褒め言葉じゃないかも?」
そうだろうか?
身長も伸びたし、雰囲気も落ち着いた。一年前も落ち着いた雰囲気だったが、今は大人っぽくなったと言える。
子供の成長は早いというのは本当だな、と思う。前は俺の胸くらいの身長だったのに、今は肩に届くか届かないかくらい。
同年代の女の子たちよりも少し高い身長が、より一層天樹弥生という少女を大人っぽく感じさせる。
長い髪とローブが風に 靡(なび) き、ゆらゆらと揺れる。夕焼けの中に立つ弥生ちゃんが、とても大切なものに思えて、胸の奥が暖かくなる。
何を話そうか、という悩みがゆっくりと薄れる。会えて良かった、心から、本心からそう思えた。
『目立ってるが、どこかゆっくり話せる場所に移動しないか?』
そのエルメンヒルデの声に、弥生ちゃんが周りに視線を向ける。
俺も、そこでようやく周囲に気を配る余裕が生まれる。
学院でも有名なのだろう。授業終わりの生徒が集まり、人だかりの様なものが出来上がってしまっていた。
「困りましたね……」
「そうだな」
「少し歩いた所に公園がありますから、そこで話しませんか?」
そう言うと、手を握られてしまう。
小さくて柔らかな手に、少しだけドキリとしてしまう。
「弥生ちゃん?」
これじゃ余計に目立つのでは、と声を掛けるが当の本人はニコニコ笑顔で俺の手を引いて歩いている。
「良いじゃないですか。一年振りなんですから、少しくらい甘えても」
「こういう甘えは、彼氏としなさい」
「ふふ」
その俺の言葉への返事は、楽しげな声と満面の笑顔。
……どうやって会おうか悩んでいた俺が、一人馬鹿みたいだな、と。いや、馬鹿なのか。
『だから言ったのだ。会いたいのなら会えと』
「ごもっとも」
俺の下らない劣等感の為に、一年前姿を消した。
その方が良かったのだと思ったし、今でも思っている。俺という存在は、他の 英雄(神殺し) の皆の重荷になる。
神を殺す事しかできない。誰かを巻き込まなければ戦えない。一人では――誰よりも弱い。
それでも、再会がこんなにも嬉しいものなら……偶には会えば良かったな、と。
手を引かれながら、嬉しそうに笑う弥生ちゃんを見ながら、そう思えた。
「えぇっと……久し振り。元気にしてた?」
「はい。私もお兄ちゃんも、阿弥ちゃんも元気いっぱいです」
「そうか。なら良かった」
何を話せばいいか判らなかったが、一度話し出すと不思議と言葉が口から出てきた。公園のベンチに並んで腰掛け、沢山の事を話した
学院の事、友達の事、宗一の事、阿弥の事、弥生ちゃんの事。俺の事は……少しだけ。恥ずかしいじゃないか。田舎でダラダラと過ごしていたなんて。話すような事じゃない。
夕暮れ時の公園には子供たちが走り回っていて、しばらくすると親が迎えに来る。
この世界には弥生ちゃん達の親は居ない。宇多野さんや九季が親代わりに接していた。そして、俺も……偶に相談やら聞いたりしていた。
その事を思い出し、少し懐かしい気持ちになれた。
今はもう、親代わりの俺達は必要無いのだろうな、と思うと寂しくもあるが。
弥生ちゃんの方を向くと、以前は浮かんでいた寂しさは無く、嬉しそうに笑っていた。
その横顔はとても綺麗で。この一年の間の出来事。学院生活は本当に楽しいのだろうと教えてくれる。
「異世界に召喚されて」
「うん」
「怖くて、寂しくて、悲しくて……私にはお兄ちゃんと阿弥ちゃんしか居なくて」
ぽつぽつと、言葉が紡がれる。
だがその声音は明るくて、表情は楽しそうで。
だから俺も、ポケットからエルメンヒルデを取り出してその 縁(ふち) を指でなぞる。
「今は優子さん達が学校に通わせてくれるし、友達もたくさんできたし、他の皆も偶に手紙をくれます」
「そうか。なら――」
「それに今日、蓮司お兄さんに会えたから」
寂しくないな、と言う言葉に弥生ちゃんの言葉が重ねられる。
視線が重なる。
「やっぱり、私は十三人皆……一緒の方が良いです」
「そっか」
「これから、皆が揃う事は少ないだろうって優子さんは言ってたけど。私はまた、みんな一緒に会いたいです」
寂しい思いをさせてしまったとか、悪い事をしたとか、心配させてしまったとか。
その視線に乗った感情に、胸が苦しくなる。真剣な表情に、視線を逸らせない
「もう勝手に消えないで下さい」
「……わかった」
そう頷くと、真剣だった表情が和らぐ。
「約束、してくれますか?」
「ん、判った。約束する――勝手には消えない。消える時は、一言言うよ」
「まず、消えないで下さい……」
そう溜息を吐かれた。
でも笑顔で……約束をしてしまったという事に、頬を掻いてしまう。
約束は重い。どんなに軽く、簡単な事でも――絶対に守りたいから。守らなければならないと思うから。
『大変だな、年長者は』
「しょうがないんですよ、エルさん。蓮司お兄さんは、皆のお父さんだから」
「そんな年じゃないだろ。宇多野さんなら母親が似合うだろうが、俺ならどうやっても兄とかその辺りだ」
「もう……蓮司お兄さんは相変わらずですね」
『まったくだ。嘆かわしい……』
なんか、二人から呆れられていた。
父親なんて……そんなキャラじゃ無いだろう、俺は。宇多野さん辺りに知られたら、爆笑される未来しか思い浮かばない。
「それと、蓮司お兄さん。阿弥ちゃんが凄く会いたがってましたよ?」
『ああ。ギルドにレンジ宛の依頼を出すくらいだからなぁ』
「阿弥なぁ。というか、薬草採取に銅貨五十五枚とか……逆に怪しすぎて受けないだろ」
そう言い、ポケットから依頼が書かれたメモを取り出す。
依頼主は芙蓉阿弥。報酬額は銅貨五十五枚。通常の薬草採取の報酬約十倍の額だ。
こんな依頼、どんなバケモノと戦う事になるんだ、と誰だって警戒するだろう。
「それに、その依頼には魔法がかけられてますから」
「魔法?」
「はい」
『……魔力は感じないが』
というか、依頼書に魔法ってどういうことだろうか? 阿弥なら魔術じゃないのか?
そんな疑問が顔に出たのか、弥生ちゃんが口元を隠して肩を震わせる。
「阿弥ちゃんが、蓮司お兄さんにだけ気付いてもらえますように、って。そうお願いしながら出した依頼ですから」
弥生ちゃんのその言葉に、首を傾げてしまう。
それのどこが魔法なのだろうか、と。
「願いも想像の一種です。強い願いなら、奇跡として発現する事もあります」
「そのお願いが奇跡として発動したと?」
奇跡なんて、神様の御業だろうに。
だが、人間の思いが奇跡を起こすというのはあり得ない事ではないのだろう。
魔神討伐の旅で、そんな奇跡を何度も見てきたから否定はできない。しかし、なんとも限定的な奇跡過ぎるだろう、と。
『ふむ。中々にロマンチックな魔術だな』
「……お前からロマンチックなんて言葉が出るなんてなぁ。成長したな、エルメンヒルデ」
『チッ』
エルメンヒルデの舌打ちに、弥生ちゃんが肩を震わせる。
「阿弥ちゃんに、ちゃんと会って下さいね?」
「ああ。それに宗一にもな」
「はい」
そう言って、ベンチから立ち上がる。
長く話した所為で、辺りはもう薄暗くなってしまっていた。
魔力光の街灯が淡く光っている。
「寮まで送っていくよ」
「よろしくお願いします」
冷たい風が 外套(マント) とローブを揺らす。
夜空を見上げると星が瞬き、薄い朱色の月が其処に在る。
「蓮司お兄さんは」
「うん?」
「変わってなくて良かったです」
弥生ちゃんが何を言いたいのか判らなくて、首を傾げてしまう。
そんな俺を見て、くすくすと、小さく笑う。
「明後日、学校が休みなんです。お兄ちゃんと阿弥ちゃんも誘って、四人で会いませんか?」
『それは良いな』
「そうだな」
それから、王都に行く事にするか、と頭の中で考える。
あまり長く居ても、未練が生まれてしまう。もう少し、もう少し、と考えてしまうだろう。
だから、そろそろこの街を発つ事にする。まだ言わないが。
「約束ですからね?」
「残念。俺の約束は、一人一つまでなんだ」
『……お前というヤツは』
相棒から溜息を吐かれるが、こればかりはどうしようもない。
「約束を守るのも大変だからな」
「はい」
しかし、約束と言った本人は、どうしてか嬉しそうに笑って頷いてくる。
「蓮司お兄さんは、絶対約束を守る人だから」
「…………」
その信頼がムズ痒い。
そんな事は無いのだ。約束を守る。それは当たり前の事。普通の事。だから、そんなことで信頼されても、と思うのだ。
阿弥との約束。守るという約束。俺より強い仲間を守るという約束。
宇多野さんとの約束もある。他にも数人との約束も。
そして、弥生ちゃんとの約束も増えた。
――ああ。
『大変だな、お兄ちゃんは』
「なんだろうな。お前に言われると、似合わないというか、面白いというか……」
『……チッ』
楽しいな、やはり。“仲間”と一緒だというのは。