軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編 僕の腕は

冷たいね、と。彼女は言った。

強い日差しに暖かな風。

真夏というには涼しくて、春というには日差しが強い。

額に浮いた汗が頬を伝って落ち、その感触が気持ち悪くて服の袖で拭う。周囲には陰になるようなところは無くて、見上げると燦々と輝く太陽。

「あっつ」

遠くで、海鳴りが聞こえる。

海鳥の声が、海から吹く風で揺れる木々のざわめきが。

高い崖の上。景色のいい場所だというのに、人の気配は皆無。

周囲にあるのは――墓。ここは墓地で、この場所に近寄る人は僅かしかいない。

いや。一日に数人は来るけれど、ただ昼時には来ない――人が来るのは、決まって夕方。黄昏時。仕事が終わる時間帯だ。

だから、昼間の内に墓地の掃除を終わらせて、海風で汚れる墓を水で綺麗にしていく。

墓守。

それが、僕の仕事だ。

人がやりたがらないからとか、そういうのじゃない。

沢山の人が死んだから、だからそのお墓を綺麗にしてあげたいと。そう思ったから、この仕事に就いた。

あと……好きだった人がこの街出身で、この墓場に眠っているから。

そこに後悔とか懺悔とかがあるわけじゃない。

それは気にし過ぎだとか、考え過ぎだとか皆からは言われたし、僕も一時危機が滅入っていた時があったから。それでも今はこの仕事も悪くないと思う。

「ん……」

今はもう無い左腕が、少し疼いた。

痛みではなくて、強く吹いた海風の所為だろうか。

小さく声を上げて、息を吐く。右手に持った竹箒を杖のようにして少し休憩。

……今頃、皆はどうしているだろう。

聞いた話だと、山田さんはまた旅に出たらしい。先日、転移魔術で商業都市メルディオレに立ち寄ったという幸太郎さんが教えてくれた。

目的は、アーベンエルム大陸の新しい魔神らしい。

それを追って阿弥ちゃん達も旅に出たとか、優子さんはお城に居残りとか。

相変わらず楽しそうというか、賑やかというか。あの人の周りは退屈しなさそうだな、と思う。

まあ、それが阿弥ちゃんや優子さんにとって『楽しい』かどうかは別にして。

幸太郎さんの言葉を思い出しながら、掃除を再開。

太陽の位置から、もうすぐ昼時だと判断。

お昼はどうしようと考えると、ぐう、とお腹が鳴った。

周りに誰も居ないけど、少し恥ずかしい。伸びた白に近い灰色の髪を掻き上げて、また掃除を中断。

集中力が続かないのではなく、いつもこんなペースなのだ。

のんびりと、一日かけて墓場を掃除する。そして、街の人が魔物に襲われたりして死んでしまったら新しい墓を掘る。

墓を掘るのは偶にだけど、忙しいのはその時だけだ。

毎日のんびりと過ごしている。

あと。

「ユウイチロウさん」

昼時になると、この墓地を訪ねてくれる人。いや、僕を訪ねてくれる人。

セラさん。

セラウィ・ゲルニアさん。初恋の人……セレスさんの妹。

黒に近い紫色の髪に、僕の胸くらいまでしかない身長。暖色系のワンピースの上に白いエプロンという出で立ちの彼女は、スカートを揺らしながらこちらに向かって歩いてくる。

表情にはどこかセレスさんの面影があるけど、静かで、お淑やかな女性。そんな事をセレスさんに言ったら怒るかな、と思っていると手に麻で編まれたランチボックスを持ったセラさんが歩み寄ってくる。

僕はいつもの定位置となっている丁度良い高さの岩の上を軽く掃除して、セラさんに座るよう促す。

セラさんが座ったのを確認してから、僕もその隣へ腰を下ろした。

「お昼、持ってきました」

「うん、ありがと。ちょうど、さっきお腹が鳴ったんだ」

「ふふ……それじゃあ、一緒に食べましょうか」

この墓地から少し離れたメルディオレの町にあるパン屋で働いているセラさんは、昼時になるとこうやって昼食を持ってきてくれる。

手作りのサンドイッチと、ハーピーのような食べられる魔物肉を焼いたものが主。

けど、いつも同じ献立にならないようサンドイッチの具を変えたり、偶には肉ではなく焼いた魚だったりとバリエーションは結構多い。

家でも同じ料理が続く事はないし、セラさんが作ってくれる料理は毎日の楽しみだった。

今日はどんな具材のサンドイッチだろうと内心ワクワクしていると、左腕の無い僕に変わって麻で編まれたランチボックスを開けてくれた。

その中にあったのは、見た目からまだ新鮮と分かる野菜が挟まれたサンドイッチと、赤みの強い焼いた肉……香辛料だろうか。

少し興味が引かれたけど、我慢我慢。

サンドイッチには野菜しか挟まれていないようで、健康に良さそうだという感想が頭に浮かぶ。

「今日もありがとう、セラさん」

「ううん。一人でお疲れ様です、ユウイチロウさん」

そう言って、笑顔を向けてくれる。

それだけで疲れが吹き飛ぶというか、日差しの暑さも忘れるというのは単純なのだろうか?

そう思いながら、ランチボックスと一緒に持ってきていた水袋を渡される。

水で喉を潤してから、まずは気になっていた赤色が目立つ肉を手に取る。

爪楊枝のようなものが刺さっていて、大きさは食べやすさが考えられている一口大。

それを口に含んで咀嚼すると、下の上にピリッとする刺激。

「ん……少し辛い」

「あ。珍しい香辛料が手に入ったから使ってみたけど、辛いのは苦手じゃなかった、よね?」

「うん。大丈夫、辛いのが久しぶりだったから驚いただけだよ」

そう言って、今度は野菜が挟まれたサンドイッチ。こっちは見慣れた、三角形で結構な大きさだ。

辛みの後に、爽やかな水気の多いサラダのサンドイッチがよく合う。

さっぱりとした食感で舌の上が落ち着くと、また少しから見のある肉を食む。今度は触感をじっくりと確かめて、その肉が食べ慣れたハーピーの肉だと分かる。

味付けだけで、随分と印象が変わったように思う。

元の世界だと香辛料なんて当たり前すぎて気にしていなかったけど、滅多に食べる事の出来ない異世界だとその違いが顕著に感じられる。

「美味しいよ。セラさんも食べなよ」

「ふふ」

僕の言葉に小さく笑って、その手が僕の頬に伸びる。

そのまま指が頬に触れ、引かれると指の先にパンの欠片が付いていた。

「気に入ってもらえたみたいで、よかった」

「もちろん。セラさん、料理上手だし……いつも、凄く美味しいご飯を作ってくれて、ありがと」

「うん」

指に付いたパンの欠片を口に運んでから、セラさんが満面の笑みを浮かべて頷いてくれる。

その笑顔だけで僕も嬉しい気持ちになって、胸の奥が温かくなる。

肩が触れるくらい近くに座って見つめ合っていると、その吐息までこっちに届きそう。そして、僕の吐息がセラさんの綺麗な髪を僅かに揺らしているのが分かってしまう。

「それじゃあ、私も食べようかな」

「そうしなよ」

一瞬の甘い空気は、すぐに霧散する。

いや、まだ昼間だし。ここは外だし。

この女性と一緒に暮らすようになって、もう随分長い時間が過ぎた。……セレスさんと一緒に旅をしたあの二年間より、長い時間だ。

もう、その事を『寂しい』と思う事も少なくなった。

偶に思う時はあるけど、セラさんが一緒の時は……二人で居る時は、寂しくない。

心の傷は時間が癒すとか聞いた事があるけど、こういう事なのかな、と最近思う。それはそれで寂しいけど、それは『寂しい』で『悲しい』じゃない。

いつのまにか、『悲しい』と感じなくなっていた。時間が癒すというのは、きっとそういう事なんだろう、と漠然と思う。

「うん。美味しい」

そんな思いすら『美味しい』という言葉で薄れ、ともすれば消えてしまいそう。

僕が『悲しい』と、セラさんも一緒に悲しんでくれる。

僕が『苦しい』と、セラさんは僕の手を握ってくれた。

だから――僕は笑おうと思う。僕が嬉しいと、セラさんも笑ってくれるから。

その笑顔が、好きだから。

「ご馳走様」

笑顔でご飯を食べ終えると、セラさんが持ってきていたハンカチで頬を拭いてくれた。

ちょっと恥ずかしいけど、これはこれで嬉しいので成すがまま。ハンカチの柔らかな感触を頬に感じながら、さっきよりも近い位置にあるセラさんの表情をじっと見る。

その目に、僕が映っている。

見つめていると気付いているのに、セラさんは視線を逸らさない。

少し、胸が高鳴る。けどそれは興奮のソレじゃなくて、もっとゆっくりとした暖かなモノ。

先程食べたご飯とは違う理由で胸が満たされていく。

……ずっと、こんな時間が続くといいな、と。そう思ってしまう。

右手で、セラさんの頬に触れる。

そして、そこにあったパンの欠片を指で取って彼女の見える位置に持ってくる。

「あ」

「食べ残し、あったよ」

言って、その欠片を口に含むとセラさんの頬が真っ赤に染まった。

さっき僕がされた事、だけどセラさん的にはとても恥ずかしい事だったみたいで耳まで真っ赤にして俯いてしまった。

僕より年上の彼女だけど、こんな所はとても可愛い。

海風で揺れる髪を間近で眺めながら口元を緩めると――僕達以外に人の気配。

少しして、人が歩く音が耳に届く。

隠す様子もないし、警戒する事無く音がする方へ視線を向けると珍しい顔があった。

いや、知っている顔だけど、その人がここを訪ねてくるというのが予想外だったのだ。

「燐さん」

工藤燐。僕と同じ異世界から召喚された『女神の使徒』。

同じメルディオレに住んでいるけど、基本的に家に引き籠って外に出ない彼女がこんな町はずれにある墓地まで来るという事に驚いて声を上げてしまう。

そんな僕の声に、セラさんも顔を上げた。

「あら。お久しぶりです、リンさん」

「うん、久しぶり、雄一郎君、セラウィ」

そう挨拶をして、くあ、と大きく口を開けて欠伸。

女の人が逸れはどうだろう、と思うけど燐さんだしなあとも思ってしまう。

「どうしたの、こんな所に」

「ん。ほら、前に話してた」

「まえ?」

何か話したかな、と首を傾げるとまた燐さんが欠伸をした。

どうやら、凄く眠いらしい。よく見ると、目の下に隈のようなものが見える。徹夜明けだろうか。

「左腕。義手でも付けてみる、って聞いたじゃない」

「……ああ」

そう言えば、そんな話をしたようなしていないような。

うろ覚えだったので思い出すと、三か月くらいに話したような気がする。

「たしか、失くした腕の代わりに鉄の腕をつける、という話でしたっけ?」

「そうそう。本人よりセラウィの方が覚えてるし……」

「あはは……」

どこか咎めるような声に愛想笑いをすると、燐さんが溜息を吐く。

「試作品が出来たから、付けてみて」

「もう出来たんですか?」

「まあ、アストラエラから貰った『異能』のおかげで、作り方は頭の中に浮かぶからね」

「便利だなあ」

「雄一郎の影の腕の方が便利だと思うけど……」

言いながら、燐さんが手に持っていた鉄製の腕を差し出してくる。

本当に、腕だ。太陽の光を弾いて輝く、鉄の腕。

……なんというか、剣と魔法のファンタジーな世界なのに、凄く近未来チックというか。

「……凄く浮いてるね」

「銃も車も無い世界だから、余計にね」

「ジュウ? クルマ?」

「私達の世界に在る、機械の道具よ、セラウィ……ふあ」

「眠そうね、リンさん。昨日、遅かったの?」

「いや、義手作りが楽しくて気を失うまで起きてたから」

「そのうち死んじゃうわよ……」

「大丈夫大丈夫。身体だけは丈夫だから」

そういう問題でもないと思うけど、というセラさんの呆れ声を聞きながら燐さんに手伝ってもらって義手を取り付けてみる。

左肩の傷口に装着し、肩と首のところで固定。

当然というか、鉄の義手なので動かす事は出来ない。

「うん、サイズはピッタリね」

「……動かないの?」

「まだそこまでは。これから、もう少し改造するから……もしかしたら動くかも?」

「ほんと!? 良かったね、ユウイチロウさん」

義手の構造は分かっていないだろうけど、我が事のように喜んでくれるセラさん。

ただ、やっぱり初めて見る鉄の腕には思う所があるのか、その表情はどこか曇っているようにも思う。

まあ、突然こんな腕を見せられたら、驚くのが普通だろう。オーバーテクノロジーとか、なんかそんな感じで。

「けど、義手なんて無くても僕には影の腕があるのに……」

「雄一郎にはね。でも、普通の人には影の腕なんてないでしょ?」

「あ」

「まだ試作品だし、鉄だと重いからもっと軽いモノで足とかも作れば、魔物に襲われた人達の助けになるかもしれないじゃない」

「義手とか義足とかを広めるつもり?」

「さあ? そもそも、失くした部分を補うことに抵抗があるかもしれないし……思い付いたから作ってみたってところかな」

相変わらず、凄い事を考えるなあ、と。

「取り敢えず、電気信号とかはよく分からないし、部品も作れないから……魔力を使って動く義手でも作ってみようかなあ、とここに来る途中に思い付いたわけよ」

「来る途中にって……」

そんな僕の言葉に、燐さんはニヤリと笑った。

女性らしいというよりも、なんか『格好良い』と感じる笑顔だ。

「そういうわけで、これから偶に私の家まで来なさい」

「僕が?」

「セラウィのお陰で人と話すようにはなったみたいだけど、この墓地からあんまり出ないんでしょ?」

「うん」

「ギルドのダグラムとかも心配していたし、そろそろ町の方に出てもいいんじゃない?」

……言外に、僕に墓地の外――町の中へ入るように言っているのか。

それが自分らしくないと思っているのか、燐さんは恥ずかしそうに視線を逸らしていた。

「ありがとう」

「いいのよ……まあ、あれよ」

感謝の言葉に、燐さんはまた男らしく満面の笑みを浮かべた。

「腐れ縁みたいなものかもしれないけど、仲間じゃない?」

左腕を失くして、同時に好きな人も失った。

その人の故郷で墓守をしながら、その死に思いを馳せ続けていた。

……けど、それは周りの人からするととても危うく見えるのかもしれない。

僕は普通のつもりだったけど、きっと燐さんやセラさん、この街に住んでいる人達。そして僕を仲間と言ってくれる人たちからすると心配させてしまっていたのだろうか。

「うん。近いうちに、家へ遊びに行くよ」

「そうしてちょうだい。私、基本的に家から出ないから……太陽が眩しいのなんのって」

そう言って肩を落とす燐さんを、セラさんと二人で笑う。

「ありがとう」

「いいのよ。気まぐれとか、思い付きとか、そんな感じだし」

「それでも……ありがとう」

僕は守られている。助けられている。

沢山の人から。沢山の仲間から。

……もし、この墓地から出る時が来たら。

今度こそ、僕が守ろう。沢山の人を。仲間を。

「セラさん、そろそろ仕事に戻る時間じゃないかな?」

「あ……大丈夫、ユウイチロウさん?」

「うん。大丈夫だよ」

笑顔を向ける。心から、嬉しくて。

「いってらっしゃい」

その時は、この人を守ろう。

セラウィ・ゲルニア。

僕を支えてくれた人。

その美しい顔を見つめていると、セラさんはまだ嵌めたままの鉄の腕に触れて、笑顔を浮かべた。

「冷たいね」

護る。僕の『腕』は、その為にあるのだから。

「……ごめん。目の前で惚気るの、やめてくれる?」

そんなつもりは無かったけど、燐さんが疲れたように呟いた。