軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編 居なかった時間を埋めるために

パチパチと、目の前で燃える焚き火。その中にある枯れ枝が弾け、小さな音を鳴らす。

鼻につく燃える匂い。夜空に上る煙。微かに聞こえる仲間の寝息。夕食の残り香。

後は、遠くで聞こえる風の音。

それだけの、静かな時間。空を見上げれば星一つない夜空。月の明かりすらない、真っ暗闇。焚き火の明かりが届く範囲だけが、視界に映る。

とても暗くて、とても冷たい。そんな夜。

「相変わらず、眠らないの?」

毛布にくるまって眠っていたはずの宇多野さんが、他の皆を起こさないように気を遣って、小さな声でそう口を開いた。

邪魔にならないように纏められた髪。外された眼鏡。身体を温めるために、寝る前に少し飲んだ酒の所為で火照った頬。

上目遣いに向けられた視線を見返すと、少し潤んでいるように見えた。多分、欠伸をしたんだろう。

色気も何も無い感想を抱きながら、焚き火に枯れ枝を足す。

「寝ずの番ぐらいしか、役に立てないし」

「まだ言ってるし……そんな事、無いわよ?」

クスクスと、宇多野さんが笑った。

卑屈になっていた、昔の俺が言った言葉。それを覚えていたのが、面白かったのかもしれない。

「…………」

寝袋代わりの毛布を引きずるようにして、宇多野さんが傍に来る。肩が触れるくらい近く。肩に頭を乗せ、肌を寄せる。

「こんなに冷えて」

「夜だし。アーベンエルム大陸だし」

『…………』

けど、寒いとは思わない。吹く風は冷たいけど、焚き火の明かりと、仲間達の寝息。なにより、旅慣れた所為で少しくらいの気温の変化には慣れてしまった。

そんな俺に体温を分けるように、殺気よりも少しだけ宇多野さんが身体を寄せてきた。

まあ、寒いとは思わないけど、温かいとは思う。昼間、エルメンヒルデに言われた言葉を思い出した。鈍感だ、と。

そんな事はない。

……人の好意に気付かないほど、俺は鈍感じゃない、と思う。気付かないのではなく、気付かないふりをしているのだ。

自分で言っているのだから、結局それは自己満足というか、自己の判断でしかないのだけれど。

「考え事?」

「昼間、エルメンヒルデに鈍感とか言われたから」

「ぷっ……なにそれ」

左腕を抱きしめるようにして抱えた宇多野さんが、肩を震わせて笑う。

その振動が腕に伝わり、女性らしい柔らかさと、柔らかな香りを感じて身動ぎをする。

「もう」

不満そうな声を上げて、抱きしめる腕に力が籠った。

……あれだ。いつもは木を逸らすというか、逃げの口実に使う メダル(エルメンヒルデ) をポケットから出せない。

あと、無言なのが気になった。

エルメンヒルデは眠らない。それは、俺が寝ずの番をする理由の一つ。眠らないコイツを、一人にしたくないという気持ちもあった。けど、今に限って、いつもは空気を読まない相棒が、空気を読んで黙っている。というか、あれだ。これは空気を読むというよりも、俺達の世界ではデバガメとか言う奴だ。バレバレだけど。

宇多野さんも気付いているはずなのに、何も言わない。

エルとエルメンヒルデは違う。……傲慢というか、独りよがりな感想を口にするなら、負い目を感じないからとか……いや、考えるのはよそう。失礼だ。

「難しく考えて、考え過ぎるのよ。山田君の悪い癖ね」

「そうかな?」

「そう。もっと簡単に、気楽に考えればいいのに」

そうかなあ、と。

俺としては、これでも軽く考えているつもりだった。

そんな俺の反応に宇多野さんは溜息を吐いて、首を動かした。周囲を、眠っている仲間達を見回し、また腕を抱きしめる手に力が籠る。

「寒いわ」

「そう?」

「……もう」

だって、旅の途中だし。外だし。

とまあ、色気の無い事を考えながら、抱きしめられていない手に持った枯れ枝で、焚き火の底に溜まった燃えカスを突く。

「イモでもあったら、焼きたくなるな」

「そうね」

そのまま、無言。何かを言うでもなく、しばらくじっと、二人して焚き火の明かりに見入る。

「こうやって、また旅ができるなんて思っていなかったわ」

「うん。もうずっと、城に缶詰めだと思ってた」

衣擦れの音。身動ぎをする感覚。肩に預けられた彼女の頭に、体重が乗る。体重を預けてくる。

軽い。

軽くて、柔らかくて、温かい。女性の温もり。ここ数年、無縁だった温かさ。それが心地よくて――つい、俺も彼女の方へ体重を預けてしまった。

すぐそこに在る髪に顔を無めるようにして、少しの間だけ目を閉じる。胸一杯に息を吸うと、花のように甘い香り。多分、香水のようなモノ。

寝る前にそんなものを付けているのだろうかと考えて、もしかしたらそういう魔術を事前に使ったのかもしれないと考える。何せこの人は『賢者』。自分が知り得るどのような『魔術』『魔法』を使える天才。神に匹敵する魔力を有する阿弥、この世界の誰も使えない『魔法』を使える幸太郎。

その二人に匹敵する、魔術師。

俺が想像も出来ないような魔法を使えても、不思議じゃない。

「また、旅をしたかった」

「そう?」

てっきり、もう旅は懲り懲りとか言うと思っていた。

歩くのは辛いし、何日も水浴びすら出来ない時もある。女の人はそういうのを嫌いだと思うし、疲労で肌は荒れるだろうから。

宇多野さんは……そう言うのは気にしそうだと、何となく思っていた。いや、昔の旅でもそういう事を言っていたのだ。覚えている。

「……山田君と、また旅をしたかった」

そう考えていると、宇多野さんは言い直した。どうやら、そういう事らしい。

また、昼間にエルメンヒルデから言われた事を思い出す。鈍感だ、と。ああ、確かに今のは俺が鈍感だった。

「貴方はきっと、目を話したらどこまでも進んでしまうから。エルメンヒルデと一緒に、ずっと、ずっと先まで。二人で」

『……む』

名前を呼ばれて、エルメンヒルデが反応する。やっぱりデバガメだ、コイツ。

そんな俺の想いとは裏腹に、メダルが入っているポケットが撫でられる。俺じゃない。宇多野さんの手だ。

「羨ましいわ。ずっと、一緒だもの」

『だが、私はユウコのようにレンジを抱きしめる事が出来ない。私は、ユウコの方が羨ましいぞ』

「ふふ」

『はは』

仲良いね、君ら。

俺を抱きしめているのに、俺ではなくエルメンヒルデに話し掛ける宇多野さん。けど、そんな彼女とエルメンヒルデの会話が嬉しくて、口元を緩める。

こんな旅。

姿を消した一年。もう一度世界を救ってからの一年。

その時間を埋めるように、触れ合う。

それだけで、胸が温かくなる。気持ちが軽くなる。

また、焚き火に枯れ枝を足す。

「寝ないと、明日の朝が辛いよ?」

「うん」

そう言って、宇多野さんは……俺の腕を抱きしめたまま、目を閉じた。

寝辛そうだとか、言うのは野暮なのだろう。無言のまま、彼女がしたいようにしてもらう。

すぐに寝息が聞こえるようになる。

虫の声、風の音、火が爆ぜる音。仲間達の寝息。

そして、すぐ間近から聞こえる、宇多野さんの寝息。

『うむ』

最後に、エルメンヒルデが満足そうな声を出した。