軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第一話 英雄と魔術師の町

街道をのんびり歩いていると、魔術都市を囲む外壁が見えてくる。

少し気が緩んでしまったのか、少し後ろを歩いていた女性が大きく息を吐いた。

『ようやっと、か』

「そう言うなよ。彼女だって頑張ってるんだから」

魔術都市の方から来た旅人が、独り言をいう俺に怪訝そうな視線を向ける。

だがその視線も、すぐに後ろを歩いているフランシェスカ嬢へと向く。

「大丈夫かい?」

「え、ええ。大丈夫です。心配して下さり、ありがとうございます」

おそらく面識など無いのだろうが、心配されていた。

ここまで十日。夜は野宿で、昼間は歩き。二回ほど村の宿屋に泊ったが、柔らかいベッドで休むだけで疲れがとれるはずもない。

そろそろ、というか既に体力的には限界だろう。

何とか歩いては居るが、足の動きは遅い。

面識のない旅人と話している間でも少し休むか、と足を止める。

『荷物くらい持ってやれば良いだろうに』

そう言うな、とポケットの中の メダル(エルメンヒルデ) を指で軽く叩く。

冒険者なら、自分の事は自分で、だ。

心配してくれた旅人も歩いて行き、フランシェスカ嬢も止めていた足を再度動かして歩き出す。

「もう少しだから。頑張って」

「はい」

そう声を掛けて歩き出す。

この女性も、我慢強い。結局辺境の村から魔術都市までの十日間。弱音を吐かなかった。

歩く速さは日に日に落ちていったが、今日まで荷物を持ってだの休もうだのという言葉は、一言も無かった。

最初の頃の笑顔も陰りを見せ、時折辛そうに歪むほどだ。だが、その姿には好感が持てた。

「旅は大変だった?」

フラフラと歩くフランシェスカ嬢に並び、そう声を掛ける。

話し掛けられるとは思っていなかったのか、ボウ、とした表情で見上げてくる。

髪が汗に濡れる額や頬に張り付いていて、それが妙に色っぽい。

長旅で俺も疲れてるのかね、と肩を竦める。

「こんなに歩いたの、生まれて初めてじゃないか?」

「はい。初めてです」

だというのに、女性はどうしてか嬉しそうに笑う。

その理由がなんとなく判り、俺も嬉しくなる。

目的を持って旅をする。その目的を達成する。人と人の繋がりを感じる。見ず知らずの他人、同じ旅人や冒険者と、道すがらに挨拶を交わす。

それは現代社会では薄れてしまったもので、だからこそそれを感じさせてくれるこの異世界を旅して歩く事が、俺は好きなのだ。

フランシェスカ嬢も俺と同じような理由で旅を好きになってくれたのかもしれない。そう思うと、俺も嬉しくなる。

まだまだ若いな、俺も。

『なんだか仲が良いな……』

「そうか?」

どうしてかエルメンヒルデさんのご機嫌は優れない。

多分フランシェスカ嬢と俺が話しているので、拗ねているのだろう。

偶にある事なので放っておくことにする。俺一人で周りに誰も居ないならいいが、ここは魔術都市近くの街道で、すぐ傍にはフランシェスカ嬢。人通りも少ないわけじゃない。

そんな所でメダル相手にご機嫌取りなどすればい、ただの痛い男である。

いや、痛いどころではなく、危ない人間だ。

「ま、いい思い出になってくれたなら良かったよ」

「はいっ」

今度は満面の笑顔で俺を見上げてきた。

その表情は反則だろう。美人が満面の笑みで見てくるとか。やっぱり無防備だなぁ、と。

旅すがら会った男に向ける表情ではない。変な間違いが起こったらどうするのか。

気恥ずかしくなって、視線を前方の魔術都市へ向ける。

魔術都市オーファン。

その名の通り、魔術や魔道具、それに類する技術を追い求める魔術師たちの都市。

イムネジア大陸に四つある主要都市の一つである。

高い外壁に囲まれ、出るにも入るにも、兵士が常勤している四方の門を通らなければならない。

ここから東に行けば王都があり、王都を挟んで更に東には戦術都市がある。

王都から北には商学都市。南には鋼学都市。

このイムネジア大陸は、王都を中央に据え、東西南北に主要都市、さらにそこから枝分かれして小さな村々がある。

商学都市周辺には小さな村だけではなく、それなりに発展した町もあるが。

あちら側にはあまり行かないので詳しくない。

「旅というものに、少し憧れがありました」

「貴族にはよくある事だな」

『そうだな。冒険者になりたての貴族は、憧ればかりを求めて困る』

そこまで言うつもりは無いんだが、と苦笑してしまう。

何度か貴族の冒険者と組んだが、冒険者という職業をどういうモノか理解していない人ばかりだった。

今まで親の庇護下にあったのに、いきなり身一つで生計を立てる世界に飛び出すのだ。

そりゃ憧ればかりを追い求めるような奴じゃなければ冒険者になろうなんてしないよな、とも思うが。

俺達もそうだ。この世界に召喚され、魔神討伐なんて無理難題を吹っかけられ、それでも心の何処かでは喜んでいた。

右も左も判らない異世界。魔物とは命の奪い合いで、食べ物だって現代社会のソレよりも数段劣る。

あの時は、よく魔神討伐なんて物騒な依頼を受けたもんだ。たとえ依頼主がこの世界の女神様だろうと、だ。

そういう意味では、この世界の状況を知っている貴族連中の方が俺達よりもマトモな理由で冒険者になるのかもしれない。

家を継げなくて冒険者になるしかない、という人もいるのだし。

「憧れじゃ続けられない世界だよ、冒険者ってのは」

「はい。この一月でよく判りました」

そう言って、荷物を背負い直す様に肩を竦めるフランシェスカ嬢。

その仕草が初めて会った頃よりも冒険者らしくて、小さく笑ってしまう。

「でもやっぱり、楽しかったです。冒険」

「はは――これくらいじゃ、まだまだ冒険なんて言えんよ」

この女性が見たのは、辺境の田舎だけ。

ゴブリンに襲われて、オークを討伐して、魔術都市まで歩いただけ。

そんなんじゃ、まだまだ冒険なんて言えやしない。

獣人たちが住むエルフレイム大陸。

魔族が住むアーベンエルム大陸。

エルフやドワーフ、半人半獣の連中や妖精、精霊、他にも沢山の種族。

魔族や魔王。この大陸には生息していないような巨大で強力な魔物たち。

小さな山ほどのゴーレムや魔獣。船を沈めるクラーケンやサーペント。空を埋めるグリフォンやドラゴン。

そして――魔神。

「冒険ってのは命懸けだ」

「ふふ――私なんて、ゴブリン相手で精一杯です」

「そうだな」

普通はそんなものだ。

ゴブリン一匹だって村人の脅威になる。そんな危険な世界なのだ、この世界は。

でも、そんな世界だからこそ、とも思うのだ。

そんな世界だからこそ、人と人の繋がりは強くて、毎日生きている事を実感して、こうやって歩いて旅をするのだって楽しい。

街道を歩いていたら知らない人と擦れ違う。人口はこの世界が少ないし、擦れ違う人数だって全然違う。東京なんて、一瞬で何十人と擦れ違うかすら判らない。

それだけの人間が居るのに、挨拶を交わしてくれる人は何人だろう? 見ず知らずの他人が声を掛けて、怪訝そうな顔ではなく、笑顔で返事をしてくれる人は居るだろうか?

車や電車、飛行機。

便利だけど、便利さを追い求めた世界がどうなるのかを俺達は知っている。

そして。便利じゃないからこそ、人との繋がりが強い世界。その世界がどれだけ暖かいか知っている。

だから多分――俺達はこの世界を選んだのだ。

便利じゃない。ネットも無ければ電話も無い。

傷を負えば痛いし、少しの油断がすぐ死に繋がる。

それでもこの世界が魅力的だから。命の危険が隣にあっても、それでもこの世界が良いと思ったのだ。

「フランシェスカ嬢なら、ゴブリン程度ならすぐに相手にならなくなるさ」

「そうでしょうか?」

「多分」

「……そこは絶対とか、他にも色々と言葉が……」

ぶつぶつ言っているフランシェスカ嬢から視線を外し、前を向く。

魔術都市の入り口となっている門は目の前だ。

入る為には検問があり、検問待ちをしている人たちが十数人。そこでパスしなければならない。まぁ、俺達なら問題無いだろう。

最後尾に並び、一つ息を吐く。

「これでお役御免か」

「御迷惑をお掛けしました」

先程まで疲れ切っていたのに、今は元気に笑っている。

目的地――というか、住んでいる町に着いたので気が緩んだのだろう。

「なに。仕事だからな」

『素直じゃないな』

そう言って、肩を竦める。

「仕事、ですか……」

エルメンヒルデの呆れ声と、フランシェスカ嬢の少し悲しそうな声。

だが、俺には他に言い様がない。仕事。依頼。後は、報酬を貰えば終わりだ。

貴族は嫌いじゃないが、積極的に関わろうとも思わない。

俺はのんびり、異世界で冒険者生活を満喫したいのだ。今のところは。

厄介事を自分から抱え込もうとも思わない。

だから――。

「そ、仕事。まぁ、相手が美人だったから楽しい仕事だったよ」

「……もぅ」

美人という言葉に頬を染めるフランシェスカ嬢。

やっぱり可愛いと思う。

『だらしない顔だな』

「そりゃ生まれつきだ」

溜息を吐き、ポケットの中のエルメンヒルデを指で軽く叩いた。

まったく……口が上手い相棒だ。

久しぶりに来た魔術都市は、以前とは随分変わっていた。

魔神討伐の旅の際に何度か立ち寄ったが、あの時は今より活気が無くて、人の数も少なかったような気がする。

それに、亜人や獣人のような人間以外の種族ももっと少なかった。

なのに今は、大通りには人が溢れ、露店や店は活気に溢れ、道行く人並みの中には人間外の種族の姿もちらほら見える。

田舎の村とは違い、石造りの家屋が立ち並ぶ大通りには、少し圧迫感を感じてしまう。

……田舎ののんびりとした雰囲気に慣れ過ぎたのかもしれない。

そして、そんな大通りを歩いているのは人間以外にも森の民であり、人間嫌いで有名なエルフ。

十センチほどの大きさで、羽を持つ妖精。

体の一部が獣のような獣人。

魔神が討伐され、人間と獣人や亜人の間でも色々と 蟠(わだかま) りが解消されたからだろう。

それに、まだ世界の脅威――魔物の脅威が無くなった訳ではない。

魔神討伐は一つの契機で、これから少しずつ歩み寄っていけるのかもしれない。

ここ半年ほどはずっと田舎の村々を転々としていたので少し後悔の念を抱いてしまう。

……が、人間の町に獣人がたくさん居る。笑っている。人と並んで歩いている。

それを見れただけでも、俺達の旅は意味があったのだと思える。無駄ではなかったと、笑える。

「しばらく見ないうちに、随分と変わったもんだ」

『まるで田舎者だな』

「そりゃまぁ、最近はずっと田舎暮らしだったからなぁ」

そう呟き、肩を落とす。

しかし、獣人はともかく、エルフや妖精が町中に居るのは驚いた。

きょろきょろと周囲を見渡す姿は、完全な田舎者である。否定のしようが無い。服装も、それに拍車をかけている。

周囲の視線が一瞬俺に向く。少し恥ずかしくなって、とりあえず周りを観察するのを止める。

「私はこれからアルバーナ魔術学院に戻ろうと思いますが、レンジ様はどうなさいますか?」

「んー……取り敢えず、適当に宿を取ってから休むかな」

人混みを眺めながら、そう返事をする。

折角魔術都市に来たのだから、すぐに離れるのも勿体無い。

懐も温かいのだ。美味しい料理と酒を味わってから次の旅に出るのも悪くないだろう。

それに、黒いオークの事を伝える事もある。

宗一達は学生生活を楽しんでるだろうから、あまり面倒を持っていきたくないという思いがある。これでも一応年長者というか、保護者的な考えもあるのだ。一応。

最悪の場合は手を借りることになるだろうが、子供は子供らしく生活してほしいと思う。

面倒事を抱え込むのは、大人の仕事だ。……それで失敗する事になっても。

そう考えると、やはり王都まで足を運ぶ必要もあるだろう。宇多野さん……はアレだから、やはり藤堂辺りと一度会いたい。

旅の準備の事なんかも考えると――。

「まぁ、しばらくはオーファンに居ると思う。何かあったら、ギルドに仕事でも持ってきてくれ」

とりあえず、長居はしないだろうが。

そう言うと、フランシェスカ嬢の表情が明るくなった。

「宿のアテなどは……」

「まぁ、どこかの安宿かな。いつも通り」

『私は、少しは良いベッドで眠りたい』

お前にベッドの良し悪しは関係無いだろ。金属かは怪しいが、メダルだし。

そう心中でツッコミ、肩を竦める。変に人間臭い 相棒(メダル) である。

そこまで宿に拘る性格でもない。食事を用意してくれて、安い所だろう。これだけ大きな町なら、酒場と一緒になってる宿もあるかもしれない。

「でしたら、もしかしたらまた会えるかもしれませんね」

「そうだな。まぁ、縁があったらまた会おう」

そう言って、別れる。それだけだ。未練なんか在りはしない。

一期一会なんて堅苦しい考え方じゃない。仕事を受けて、報酬を貰う。会って、別れて、再会して。

この町に居るんだから、また会う事もあるかもしれない。

この町を出ても、冒険者を続けていたら何処かで会うかもしれない。

さっき言ったように、また仕事を依頼されるかもしれない。

世界は広いが、人の繋がりはそう簡単には切れない。

この世界は――そういう世界なのだ。

「結局、何も無かったな」

『面倒は嫌いなんだろう? 良かったじゃないか』

そう言われると、肩を竦めるしかない。

「ま、面倒なんてそう簡単には起きないか」

『面倒は巻き込まれれば面倒だが、巻き込まれなければただの対岸の火事でしかないからな』

「それもそうだ」

そこには同意する。

そして、対岸の火事に進んで近寄る趣味も無い。報酬を貰えるなら別だが。

俺はしばらく、温かい懐のお金で少しばかりの贅沢を楽しませてもらうとしよう。

『で? 何処へ向かっている?』

「酒場と宿屋が一緒になってる店」

ポケットから溜息が聞こえた気がしたが、気の所為だろう。