軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

最終話 戦いの終わり、旅の終わり。

振り回される大鎌を腰を低くして 躱(かわ) すと、返す一閃で胴を薙ぐ。

だがそれは紙一重で避けられ、そのまま大きく後退。距離が空くと、その背にある黒翼が大きく開いた。

放たれるのは、羽の弾丸。無数の羽が目にもとまらぬ速さで放たれ、地面を抉りながらこちらへ向かってくる。

しかしその一つ一つを手に持った剣で斬り、払い、打ち――全弾をやり過ごす。灰色の髪を乱したシェルファの表情が、歓喜に染まる。

「ふは――」

独特の笑い声。聞き慣れた、聞き間違えようのない声を聞きながら、 神剣(エルメンヒルデ) を一閃。その延長線にある大地が裂け、土煙が舞った。

それを見せつけてから――空いた距離を詰めることなく剣を振る。空気を裂く音と共にシェルファが横っ跳びに避けると、一拍の間を置いて遠くにあった低い山が斜にズレた。

「いくぞ」

「来いっ」

宣言して、一歩を踏み出す。魔神の力を宿したドラゴンですら目で追えなかった速さで地を蹴り、その背後に回る。シェルファは反応できていない。その視線は、先ほどまで俺が居た正面を見ている。

そのまま首を刎ねようとして、しかしシェルファは咄嗟に上半身を前に倒して首刎ねを避ける。反応したというよりも、ただの勘。何度も斬り合ったからこそ、こういう時に俺がどう行動するか理解している。そう、感じた。

その反応についていけなかった髪の一房を切り裂くと、身体を倒した勢いのまま後ろ回し蹴り。

左腕で蹴りを受け、たたらを踏んで数歩下がる。

相変わらず、出鱈目な。息を吐いて、呼吸を整える。

俺を蹴り飛ばしたシェルファが、振り向きながら斬られて一部だけ短くなった髪を手に取って口元へ運んだ。

「女の髪を――」

「気にするようなタマかよっ」

笑い合って、どちらからでも無く斬り掛かる。

振り下ろされる大鎌を下から掬い上げるように剣で弾くと、予想した以上にシェルファは体勢を大きく崩した。まるで万歳をするように無防備な胴を晒し、芯から驚いた視線を向けてくる。

その視線に応える事無く、無情に隙だらけの胴を薙ぐ。

咄嗟に魔力で強化したのか、 神剣(エルメンヒルデ) はその胴を両断する事無く打ち据え、シェルファの身体が真横に跳んだ。

斬れなかったが、確かに骨を砕いた感触を剣越しに感じた。もしかしたら、内臓まで潰したかもしれない。

そう思っていると、遠くで打ち据えられた腹を押さえながらシェルファがすぐに立ち上がった。口から血を吐きながら、それでもその瞳は喜悦に歪んで俺を見ている。

「くふ……ああ、ああ――お前は、強いなあ」

不思議と。怒りも、憎しみも無い。

きっと俺は、この女の事が、そんなに嫌いではない。

ネイフェルのように何度も戦って、少しばかりその内面を理解したからとか、そういうのとも少し違う。

そして、ネイフェルも。

強者、対等の存在。それを求めたからこそ世界を壊そうとした神。そんな神と全く同じ感情を抱いた魔王。

俺は、求められた。

神に。

世界を救う事を女神に求められ、強者である事をネイフェルに求められた。

そして――シェルファもまた、俺を求めたのかもしれない。

聞いたわけではないし、確かめようとは思わない。けれど――シェルファは、魔神の力を有すでもなく、ただただ強力な魔力を持っていただけの魔族は、自身が太刀打ちできないバケモノを望んでいた。

戦う事を生き甲斐とする魔族。強者との戦いを求める魔族。

その中でもとりわけ強力で、デタラメな魔族だったシェルファ。……その孤独は、どれほどの物だったのか。

「お前に言われてもな」

もう、シェルファの足は死んでいる。生まれたての動物のように震え、力が入っていない。

けれど、油断する事無く歩きながら距離を詰めながら口を開く。

本当に強いのはお前だ。

俺の強さは、エルメンヒルデと、アストラエラと、ネイフェル。そして、仲間が居るからだ。

……きっと、お前みたいに独りだったら、俺はここに居ない。旅の途中、どこかでのたれ死んでいただろう。

分かっている。だから。

「ふっ」

そんなシェルファに向けて、手加減無しの一閃。それを受けた大鎌ごと振り抜き、シェルファを吹き飛ばす。

だから、全力で殺す。

せめてそれが、お前の手向けになるように。お前が、満足して死ねるように。

――それでいいのか。

頭の中で、誰かが問う。

それでいいのか。殺していいのか。戦いは終わった。もう殺す必要はない。無駄な殺しだ。意味が無い。

誰かが言っている。

やめろ。これ以上殺すな。

戦うのは嫌いだ。死ぬのは怖い。そして、殺すのも嫌だった。

手を血で汚し、肉を斬り、命を奪う。とても気持ち悪くて、おぞましい行為。だけど、でも、けど、それでも……息を、大きく深く吐く。

吹き飛ばされたシェルファが、また立ち上がる。大鎌を杖のようにして。息を乱して。口からだけでなく頭からも血を流し、内出血を起こしているのか打ち据えた腹が変色してしまっている。

痛々しい姿だ。出鱈目な回復力を持つシェルファの肉体でも、回復が間に合っていない。

けど、それでも――その瞳の喜悦は僅かも揺らがず、俺を見ているのだ。

その目を知っている。何度も相対したから理解している。シェルファはまだ、俺に勝つことを諦めていない。これだけの実力差を知っても、その意思は折れていない。

知っている。

きっと、シェルファはずっとこうだった。

俺も――諦めなかったから。

死にたくないと。諦めたくないと。何度も立ち上がった。そうして俺は、『魔神の眷属』達を、シェルファを、ネイフェルを、退けてきた。

だから、油断しない。

……油断したら、死ぬのは俺だ。

殺さなければ、殺される。

そういう生き方しかできないんだ、俺達は。

「ヤマ、ダ、レンジ――」

それだけを口にすると、血を吐いた。大きく咳込み、何度も血を吐く。乾いた地面に、真っ赤な血が落ちる。

「終わりだっ」

そんなシェルファに向けて、上段に構えた 神剣(エルメンヒルデ) を振り下ろす。大鎌を頭上に構えてシェルファが受けるが、しかしそのまま力を緩めることなく地面へ叩き伏せた。

黒いドラゴンの鱗すら難なく斬り裂いた神剣が、しかし魔王の大鎌を斬る事は出来ない。

神を殺した事で、制約が強まっている。

けれど――もうシェルファは戦えない。大鎌を杖に立ち上がる事も出来ず、俺を見上げてくる。

その右手が、大鎌を握る。握る手に、力はない。けど、その大鎌を遠くへ蹴りやった。

油断はしない。してはいけない。

全力で、迎え撃つ。たとえそれが命を奪う事でも――それを、コイツは望んでいるのだ。全力の俺を。神殺しを。山田蓮司を。

こんなにも求められたのは、今までの人生で、初めてなのかもしれない。

それとも、シェルファが女で、俺が男だから。特別に感じているのか。

分からない。

殺し、殺される仲。殺さなければ殺される。何度も殺されそうになって、何度も殺しそうになった。

それでも、今日まで生きてきた。

ああ――殺してくれと願った俺を殺さなかったから、俺はお前を殺す。

何という因果だろう。

仰向けに倒れたシェルファに向けて、両手に持った剣を振り上げる。

「死ぬのは、怖いか?」

「あ、あ」

血を吐く。放っておいても死ぬ――とは思わない。

この手でトドメを刺さなければ、きっとコイツは死なない。そう思う。分かっている。

歯を食い縛る。

殺す。

また、命を奪う。

いつまで、それは続く。

ネイフェルを殺し、ネイフェルの力を継いだドラゴンを殺し、そして今……シェルファを殺す。

いつまで俺は、殺し続けなければならない。

「レン、じ――」

俺の名前を呼ぶ。

「れ……んジ」

歯を、食い縛る。

殺したくない。けど、殺さなければならない。

だって――それを、望んでいるのだ。望まれているのだ。

シェルファの瞳が、訴えている。口では死ぬのが怖いと言いながら、けれど喜悦ではなくやさしさの浮いた瞳が、俺に望んでいるのだ。

俺の勝手な思い込みではなく、その声を俺へ刻み込むように何度も名前を呼びながら。

呪いのよう。

きっと、その為にシェルファは俺を呼んでいる。

「れんじ」

「ああ」

「やまだ、れんじ」

「シェルファ」

楽しかったなんて口が裂けても言わないし、明日世界が滅ぶ事になったとしても思わない。

けど。

きっと。

一年後、十年後――思い出したら、悪くなかったくらいには、思うかもしれない。

そんな存在。そういう存在。

これは、きっと、そういう終わり方だ。

「やくそく」

「うん」

「やくそ、く――まもれ……なか、た」

「いいんだ」

その胸を、貫く。

躊躇いは無い。けど、肉を裂く、貫く感触は、やっぱり好きになれない。

ごぽ、と。血を吐いた。口元を、紅い血が濡らす。汚いとは、思わなかった。

「俺は、エルメンヒルデと一緒に生きる」

その口元が、綻んだ。

そして、唇が動く。

――儂より、その女を選ぶのか。

声にはならなかった言葉。

けれど、確かにその声は聞こえた。耳に届いた。

頷く。しっかりと、その瞳を見返して。笑顔を浮かべて。

「ああ」

シェルファも、笑った。

エルもそうだった。どうして、死に際に笑えるのだろう。死ぬのが怖いと言いながら、笑って死ねるのだろう。

そう思いながら、笑う。

エルが、そうだった。笑ってほしいと言った。最後に見るのは、笑顔がいいと。

だから笑う。

シェルファ。お前が最後に見るのは、笑顔だ。

神剣(エルメンヒルデ) に魔力を込める。残る全てを。全力を。この光が――遠く、戦っている仲間達、待っている友人達、そして……死んでいった戦友達へ届くように。

「さようならだ――シェルファ」

突き立てた剣を中心に、翡翠の光が天へ昇る。青空を貫き、遥か空の先へ。どこまでも、遠く。

もしかしたら存在するかもしれない『あの世』まで。

届くように。

これで良かったのだろうか。

もっと他の方法があったのではないだろうか。

お互いに生きる道。進んでいける道。

そういうのを、探しても良かったんじゃないのか。

見上げた空には、もう翡翠の輝きは無い。

――そんな事を考えながら、剣を抜く。

「ふう……珍しく黙ってたな」

『私だって、空気を読むさ』

「……気にしてたのか、ソレ」

明るく笑って、右手を振る。何の飾りも無い、斬る事だけを追い求めた 神剣(エルメンヒルデ) が翡翠の魔力光となって霧散する。

向こうから、宗一達が駆けてくる。手を振ると、満面の笑みを浮かべて宗一が飛びつくように抱き付いた。

「いてえ!?」

「あ、ごめん」

俺はもう普通の人間なんだからな、と言うと宗一が照れたように笑った。忘れて、全力で抱き着いてきたのだ。腰が折れるかと思った。

そして、周囲を見渡す。

「なんも残ってないな」

「吹き飛ばしたの、山田さんだけどね」

「……張り切り過ぎたな」

呆れたように、けど楽しそうに真咲ちゃんが言う。

その言葉に笑って返事をすると、二人から溜息。

そんな二人から少し遅れて、フランシェスカ達が歩いて来た。

「無事だったか、三人とも」

「なんとかな」

「……レンジからの攻撃が、一番危なかった」

『だから言ったのだ、張り切り過ぎだと』

「すまん」

ちゃんと謝ると、皆が笑う――と、声を聞いていないのが二人。そちらを向くと、固まっているフランシェスカと、いつも通りあまり感情の波が浮かんでいないソルネアの姿。

ソルネアが黙っているのはいつもの事だが、フランシェスカが黙っているのは変だ。その顔をしげしげと見る。

「どうした?」

「え!? あ、レンジ様、名前」

名前?

「フランシェスカ」

「ぅ」

名前を呼ぶと、恥ずかしそうに頬を朱に染める。

その反応が、ちょっと面白い。

「命を助けてもらったからな」

「あ」

黒いドラゴンから落ちた時、地面を柔らかくして受け止めてくれた。

その事を思い出したようだ。

「もう、半人前扱いは出来ないだろ。それとも、子供扱いの方が良いか?」

「い、いいえっ!! いいですっ。名前、今のままでっ」

「ああ――?」

続いて、左手を強い力で掴まれた。

顔を向けると、何やら笑顔の真咲ちゃんがそこに居た。

「私、まだちゃん付けなんだけど?」

「子供は、何時まで経っても子供――痛い、痛いっ」

冗談を口にすると、骨の芯まで痛みが残るほどの強さで腕を掴まれてしまう。

しばらくして宗一が助けてくれなかったら、腕を握り潰されていたかもしれない。

溜息を吐いて、解放された腕を何度も振る。

「さて」

そんな騒動を無かった事にして、ソルネアと向き合う。

最後に会った時より少しやつれて、汚れて、けれどその瞳は……今までで一番感情が浮かんでいるような気がした。

「お別れだな」

「はい」

フランシェスカとムルルが、悲しそうに顔を伏せた。フェイロナも、珍しく大きな息を吐いて感情を落ち着けている。

ただ、これからどうすればいいのか分からない。

ソルネアを神の座へ導く。

ネイフェルが座していた玉座に出も連れて行けばいいのかとも思ったが、ちょっとばかり派手にやり過ぎて城すら残っていない。

「レンジ」

「うん?」

名前を呼ばれる。

返事をするとソルネアは――笑顔を浮かべた。

「今なら私も、ネイフェルの、そして名を与えられなかった彼の考えが分かります」

その細い指が、胸元に添えられる。

名も与えられなかったというのは、あの黒いドラゴンの事だろう。その死骸の方へ視線を向ける。

「きっと、いつか私も――」

「大丈夫だ」

その言葉を、最後まで言わせない。

「俺は、お前を独りにしない」

ネイフェルも、シェルファも、そうだった。

独りだったから、敵を求めた。強者を求めた。そして――アストラエラは、それを理解して異世界から俺達を召喚した……のかもしれない。

結局、確かめたわけではない。

でも、そう思う。

そして――ソルネアが言いたい事も。

「寂しくなったら俺を呼べ。顔くらいは見せに来るさ」

笑って、伸びをする。

手の中には、翡翠色の鱗が一枚。これ、アストラエラに頼めばメダルに戻してもらえるだろうか。

……帰ったら聞いてみよう。

「それじゃあ、帰るか。遠足は、無事に帰るまでが遠足だ」

「小学生じゃないんだから……」

真咲ちゃんが、呆れて俺の右手を軽く叩いた。

フランシェスカ達が、伏せているファフニィルの方へ歩いていく。アイツには悪いが、叩き起こして戻るとしよう。

そして俺もファフニィルの方へ一歩踏み出す。

「レンジ」

呼び止められる。足は、止めない。

「貴方を呼ぶには、どうすればいいのでしょうか?」

「さあな。自分で考えろ」

振り返らない。背中越しに手を振って、離れていく。

さようならは言わない。俺も、ソルネアも、皆も。

「貴方は、残酷ですね」

「今頃気付いたのか?」

笑って振り返る。

笑顔で別れようと思ったのだ。

けど、そこにはもうソルネアの姿が無かった。

どこに行ったのか分からない。

けど。

『あのような別れでよかったのか?』

「いいんだよ」

笑っていた。

俺も、皆も、ソルネアも。

それでいいんだ。

さあ、帰ろう。

言いたい事、伝えたい事、沢山ある。皆に、そしてエルメンヒルデに。

歩き出して、また振り返る。

ソルネアが居た場所ではない。

黒いドラゴンの死体。そして――シェルファが居た場所に。

「…………」

何を言えばいいのか分からなくて、結局何も言わずにまた歩き出す。

見上げる空は青。

雲一つない晴天。

もう、雨は降らない。

……胸に、手を当てる。

きっと、もう、『魔神の眷属』や 女神(アストラエラ) 、 精霊神(ツェネリィア) の使徒と戦う事も無い。

エルの力を借りる事はない。

だから。

「さよならだ」

万感の思いを込めて、そう呟いた。

きっと、この言葉が正しいのだろう。

――息を、大きく吐く。

不思議と、そんなに悲しくない。

ただ。

もう会えないと思うと、ちょっとだけ寂しい気持ちになった。

帰りたい。宇多野さん、阿弥、結衣ちゃんにデルウィン達。アナスタシアの 喧(やかま) しさも。別れて一日だって経っていないのに懐かしい。

皆の声を聞きたい。そう思った。