軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

幕間 仲間として出来る事

魔術で作り出した光源を頼りに薄暗い通路を歩く。岩山を刳り貫いて作られた城の地下も廊下は石造りで、歩く旅に足音が反響して大きく響いている。

周囲が岩だからかアーベンエルム大陸の外気よりも空気を冷たく感じ、しかし廊下を急ぎ足で歩いていれば息が上がり汗が額に滲む。

目指している場所は、頭の中に浮かんでいる地図が黄色で示している場所。次で三つ目だで、先に調べた二か所にソルネアさんは居なかった。そして、魔物も。

時折、ソウイチさんやマサキ様が階上で争っている影響か、地価の廊下が激しく揺れて天井から埃が降ってくる。いつ崩れるか分からない恐怖が胸を過ぎるが、その恐怖を振り払うように足を進める。

滲んだ汗を拭うと、先頭を歩いていたムルルちゃんが足を止めた。

それを確かめて、腰に吊った 精霊銀(ミスリル) のショートソードの柄に手を掛ける。隣を歩いていたフェイロナさんも、腰の剣を握った。この狭い通路では、弓より剣の方が使いやすいようだ。

暫く暗闇の先を見つめたムルルちゃんは、警戒を解く事無く周囲を見渡す。

「こっち」

そして、しばらくすると頭の中に浮かぶ地図が示す順路とは違う通路を選択した。

「そっちは――」

「匂いがする」

フェイロナさんが何かを言う前に、ムルルちゃんがソルネアさんの匂いを見付けた事を告げる。

そう言われると何も言えなくなり、二人で顔を見合わせてムルルちゃんの後を追って移動を再開する。

魔物と遭遇したわけでもないのに緊張で息を乱しながら歩いていると、私の周囲に浮いていた光源が瞬くように少し小さく鳴った。

小さく、息を吐く。

「ちょっと、待って下さい」

息を大きく吸って、吐く。それを数回して呼吸を整えると、今まで私達を照らしてくれていた光を消す。

私の魔力が少ないせいで、こうやって何度も魔術の光源を作り直しては進まなければならない。それで時間を無駄にしている事が心苦しくて、光源が無くなった真っ暗闇の中でもう一度息を大きく吐く。

両手で汗が滲む顔を覆い、すぐに顔を上げる。

腐っている暇はない。早くソルネアさんを見付けて、逃げないと。

「行きましょう」

すぐに、頭の中に 創造(想像) する。暗闇を照らす、強い光を。

私の僅かばかりの魔力を糧に現れた光が、先ほどよりも強く岩山を刳り貫いて作られた廊下を照らし出す。

「フラン、大丈夫?」

「うん。まだまだ、大丈夫だよ」

ムルルちゃんの心配の声に、笑顔を浮かべる。大丈夫。このくらい、なんともない。

そして、私が創り出した光源を頼りに廊下を進むと、広い部屋に出た。

狭い廊下の圧迫感から解放され、息を吐く。そんな私とは違い、フェイロナさんとムルルちゃんは即座に周囲を警戒した。

慌てて私も剣を抜いて周囲を警戒するけど、敵の気配――今まで感じた、魔物から敵意を向けられる感覚は無い。

しばらくして、二人は完全に警戒を解かないまま周囲を見渡した。

広い部屋だ。私が創り出した光源でも、部屋の端が見えない。今まで歩いていた廊下とは、明らかに違う。

「ここに、ソルネアさんの匂いが?」

「うん。こっち」

ムルルちゃんの鼻を頼りに、暗闇の中を歩く。フェイロナさんが、背中からデルウィン様から預かった世界樹の枝から作られた弓を抜いて矢を番えると、その矢が僅かな光を放つ。

そうして警戒しながら歩いていると、ようやくここがどういう場所なのか理解できた。

地下牢だ。

歩いていると、時折光に照らされる黒い鉄格子……牢屋が見える。

その中を覗き込むと、殆どは空。けれど、いくつかの牢には既に息絶えて長い時間が経ち白骨化した死体があった。その骨は人間とは明らかに違い、ナニカの魔物を捉えていたのだろう。

私には分からないけれど、結構大きな骨だった。

それがいくつか――そして、そんな牢を幾つか見付けると、先頭を歩いていたムルルちゃんが足を止めた。

「……ここ」

「……フランシェスカ達ですか?」

足を止めると同時に、牢の奥から聞き慣れた声が聞こえた。慌てて牢に駆け寄ると、私の傍にある光源に照らされたソルネアさんの姿があった。

「ソルネアさん!?」

「はい」

その声は、とても弱々しい。

咄嗟に鉄格子を掴むが、私の力ではビクともしない。魔術で強化してもだ。

「え、っと」

どうやって牢を開ければいいのか分からなくて立ち尽くしていると、肩に手を置かれた。フェイロナさんだ。

「離れていろ」

言われるまま牢から離れると、その手に握られていた剣を一閃。

牢の出入り口にあった錠を正確に斬り、二つに両断してしまった。その技量の美しさに、ほう、と息が漏れる。

見惚れている私を置いて、フェイロナさんが牢の中へ入った。慌てて、その後を追って私も牢に入る。

「……酷いな」

その言葉に、何が、とは声が出なかった。

ソルネアさんの足には枷が嵌められ、鎖で繋がれている。その先には、鉄の球がある。これでは逃げられない。

けれど、フェイロナさんは背から弓を抜くと、矢を番えて鎖をあっさりと破壊した。

「歩けるか?」

「いいえ」

ソルネアさんの言葉は、今まで通り端的だ。それを無気力ではなくいつもと同じだと解釈したのか、フェイロナさんがその口元を綻ばせる。

「フランシェスカ」

「はいっ」

「疲れている所を悪いが、ソルネアを背負ってくれるか?」

その言葉に、牢屋の外で周囲を警戒していたムルルちゃんがこちらを見たが、彼女が何かを言う前に返事をして背中を向けてソルネアさんの前にかがむ。

「さ、ソルネアさん」

「……私は大丈夫です」

それだけを言って、ソルネアさんは動かない。その視線も、やはり今まで通りどこかぼう、としたものだ。

「彼らは、私に危害を加えません」

「え?」

「私にまだ利用価値があるから――私が、レンジと同じ『器』だから」

『器』というのが何を指しているのか分からないけれど、私はソルネアさんと向き直るとその手を取る。

ソルネアさんの手は、とても細くなっていた。

あの時――魔王シェルファと黒いドラゴンに攫われてから、もしかしたら何も食べていないのかもしれない。そう思えるほどに細くて……握り返してくる力が、弱々しい。

同時に、地下が大きく揺れた。天井から埃が落ち、少し咳込んでしまう。

「崩れてしまいますから……早く戻りましょう、ソルネアさん」

出来るだけ優しく行って、その手を引く。

ソルネアさんは反応しない。自分で立とうとしない。

そこで……この人は、もう自分で立てないほど衰弱してしまっているのだ、と思った。どれだけ手を引いても、反応しない、手は引かれるままなのだ。

「失礼しますね」

断って、右腕を脇の下に通して支えると、腕を抱えて立ち上がる。

やっぱり、と。ソルネアさんは足に力が入らないようで、倒れないように立ち上がらせた私に体重を預けてくる。その体重も、凄く軽い。

「フェイロナさん、ムルルちゃん。行きましょう」

ソルネアさんには悪いけど、足を引き摺るように移動して……すぐに二人一緒に石床の上に倒れ込んだ。

咄嗟にソルネアさんを庇うと、背中を強かに打ち付けて息が詰まった。

「すみません……」

「いえ、こちらこそ」

立ち上がり、ソルネアさんの怪我が擦り傷くらいの軽い物だと確認すると、今度はフェイロナさんとムルルちゃんに手伝ってもらいソルネアさんを背中に背負う。

軽いとはいえ人一人。魔術で体力を強化しているけど、やっぱり人を背負って、光源を維持して歩くのは結構きつい。すぐに息が上がるけど、フェイロナさんもムルルちゃんも何も言わない。

階上から感じる衝撃は刻一刻と酷くなり、急いで戻らないといけない。

頭の中に浮かぶ地図を、先ほどまでとは逆方向に、なるだけ速く移動する。

「なぜ」

息を乱して歩く私の耳元で、ソルネアさんが呟いた

「なぜ、来たのですか?」

「仲間じゃないですか。一緒に旅をした……助けるの、当たり前です」

特に何かを考えて言った言葉ではない。

私は、そう思う。そう思った。

仲間なら、助けるのが当たり前だと。それを間違った考えとは思わないし、先を小走りに移動しているムルルちゃん、隣に居るフェイロナさんの雰囲気が少し明るくなったように思う。

背負っているソルネアさんは、やはりいつものように……けれど、いつもより少し掠れた声で「そうですか」とだけ呟いた。

その直後、先頭を歩いていたムルルちゃんが足を止める。右手で止まるように指示を出すと、その腕が彼女の髪の色と同じ白銀の体毛に覆われていく。

それを見て、フェイロナさんも弓に番えた矢を暗闇へ向けて構える。

魔術の光が瞬く。また少し、光が弱くなる。

ごくり、と。息を呑んだのは私だろうか、それともソルネアさんだろうか。

次の瞬間、何の足音もしなかったというのにムルルちゃんが暗闇へ向かって飛び、その勢いのまま真横へ吹き飛ばされた。同時にフェイロナさんが光を纏った矢を放つ。

暗闇を裂いて飛ぶ矢が廊下を満たしていた埃のようなモノを貫く。

それは、不思議な光景だった。貫かれた埃が、まるで時間が戻るようにまた廊下に充満したのだ。

「なんだ――」

「エルフの長が使っていた弓矢か……面倒な」

その埃が喋る。それもまた、変な光景だ。

直後、吹き飛ばされた勢いを利用して壁を蹴ったムルルちゃんが再度埃へ向かって跳ぶ。埃が波打ったかと思うと、飛び掛かったムルルちゃんの腕を捕えて投げ飛ばした。

「困るのだ。その『器』を連れ出されるのは」

その言葉と同時に、埃が一か所に集まり、人の形を取る。

魔族。

さっきまでは何も感じなかった存在感に息を呑み、一歩下がるとフェイロナさんが前に出た。その隣に、投げ飛ばされて戻ってきたムルルちゃんが並ぶ。

「まったく。上のバケモノどもはコレの目眩ましか」

「ベルド――上とは、レンジですか?」

「いいや。『勇者』と『魔剣使い』……残念だが、『神殺し』はもう死んだぞ」

その冷淡とも聞こえる声が、僅かに喜悦を滲ませて上擦ったように聞こえた。

「え?」

そして、その言葉に足から力が抜けそうになる。

レンジ様が死んだ?

「フランシェスカ。信じるな――レンジがそう簡単に死ぬものか」

頭が真っ白になり、背負っているソルネアさんを巻き込んで倒れそうになる直前、フェイロナさんの言葉で何とか踏み止まる。

「いいや、死んださ。我らが神……新しい神殺しの炎に焼かれて」

「やはりアレは、エルメンヒルデを取り込んだのですね」

「どういう事ですか、ソルネアさん!?」

後ろからの声に、自分でも驚くほど引き攣った声が漏れた。

首に巻かれた細腕に、力が籠る。それは、落ちないようにではなく――何かを堪えるように。

「上へ行けば分かります」

「いいや、行かせない。お前は、ここで弱り、朽ちて逝け。お前が死ねば、アレも気兼ねなくお前を喰らって糧とするだろうからな」

「いいえ。私は上へ行きます、ベルド」

その声に反応するように、ベルドと呼ばれた魔族が一歩前へ出る。その一歩に合わせて私達も同じだけ下がる。

上への階段はこの直ぐ奥。

地上へ出るには、この魔族を抜ける必要があるというのに……素人の私でも分かるほど、隙が無い。

だから――。

「二人ともっ」

私は咄嗟にレンジ様に教えてもらった落とし穴の要領ですぐ隣の石壁に穴を空けると、その穴に飛び込む。二人も――いや、ムルルちゃんだけが付いてくる。

「フェイロナさん!?」

「先に行けっ」

背後で、私の光源から離れてフェイロナさんの姿は朧気だけれど、光の矢が放たれるのが分かった。

咄嗟に足を止めようとして、ムルルちゃんが後ろからソルネアさんごと私を押す。

「大丈夫、時間稼ぎだから」

「で、もっ」

「大丈夫っ」

ムルルちゃんの大きな声に、止まりそうになった足を必死に動かす。

地図は頭の中に浮かんでいる。地面を掘るのではなく壁に穴を空けるだけなら、それほど魔力を消費しない。いくつかの壁に穴を空けて、あの魔族を振り切る。

階段へ遠回りで移動して反対側から――と。そう考えているとまた地下が揺れた。今度は、とても大きい。

もし天井が崩落したら……その恐怖に震えそうになりながら走り、いくつか目の壁に穴を空けるとムルルちゃんがいきなり私の腕を引いた。

ソルネアさんを落とさないように気を付けて止まると、私の前に出たムルルちゃんが何も無いというのに持ち上げられた。

「フラ、にげ――」

違う。あの埃……いや、霧の腕に首を掴まれているのだ。

その証拠に、段々と朧だった身体の輪郭が実態を纏い、光の中に浮かんでいく。

「逃げたら、首を折る」

その言葉に、足を止める。

私の後ろで、ソルネアさんが――気の抜けた、どこか呆れたような、まるでいつものレンジ様のように溜息を吐いた。

「ベルド」

口を開く。

それは、いつもの平坦な声ではなく――とても、冷たい、初めて聞いた声。

「貴方はレンジの仲間を舐め過ぎだ」

直後、ムルルちゃんは首を掴んでいる手首を掴むと腕を支点に身体を振り、肘の関節を蹴り砕いた。

いくら魔族とはいえ、獣人の攻撃を正面から受けれる強靭さは持ち合わせていない。なにより、このベルドと呼ばれている魔族は人間に近い。書物に載っている、そして以前王都へ向かう際に洞窟内で遭遇した魔族よりもかなり『細い』。

「ちっ」

腕を砕いて解放されたムルルちゃんが一気に距離を空けて私の隣に来る。そこで、大きく咳込んだ。

「この程度で」

有り得ない方向へ折れ曲がっていた肘が、見る見るうちに治っていく

その声にも痛みの色は無く、余裕も失われていない。

直後、風切り音。それを確かめる事も出来ず、しかしその音の正体は魔族の眉間に突き刺さった。光る矢だ。

「こっちだ!!」

声は、暗闇の中。ぼう、と白い光が浮いている。

「フェイロナさん、無事で――」

「早くしろっ、巻き込まれるぞ!!」

その言葉を言い終わるより早く、私達の横にあった石壁が吹き飛んだ。

大きな音を立て、埃を撒き散らしながら現れたのは――普段とは雰囲気の違う、髪を逆立てたソウイチさん。

一度、武闘大会で見た。聖剣の力を解放した姿だった。

「くそっ、もう――」

眉間から矢を抜いたベルドが、ソウイチさんへ悪態を吐く。同時に、何も無い階上を見る。

「シェルファは――」

「あの人なら」

聖剣を持つ右手ではなく、左手に持っていた……腕を床に放った。

「能力を封印したんだって? あんな半端で、僕と真咲さんに勝てると?」

言うと、ソウイチさんが霞んだ。私の目では負う事も出来ず、次の瞬間にはベルドが腹から左肩に掛けて大きく斬り裂かれ、斬られた勢いで反対側の壁に叩き付けられた。

瞬間、その身体が霧になって消える。

「吸血鬼の能力に、ドラゴンの再生能力」

呟き、また視界からソウイチさんが消える。また、鮮血が散った。

「けど、遅い」

まだ霧になっていない右腕が斬り落とされていた。

「フランシェスカ先輩、今のうちに上へ」

「は、はいっ」

ムルルちゃんも、何も言わないけど私と一緒にその場から離れる。

そして、轟音。

最後に見えたのは、石壁を破壊しながら逃げる魔族と、それを追うソウイチさんの後姿だった。蒼い聖剣の魔力光が暗闇の中に浮かんでいる。

ソウイチさんは、この暗闇の中でも敵の姿が見えているのだろうか……けど、私が心配してもどうしようもないのか。

「だから言ったのです。ベルド、貴方はレンジの仲間を舐め過ぎだ」

その声は、どこか哀しそうだった。

「ソルネアさん?」

「……いいえ。何でもありません」

ただ、彼女は小さく「シェルファ」と呟いた。

レンジ様がずっと気にしていた、決着をつけたがっていた魔族。魔王。

ソウイチさんが持っていた腕の持ち主。……彼女も、死んだのだろうか。

分からない、けど。

「とにかく、上へ行きましょう」

「うん」

ムルルちゃんが走り出す、その後を追って私達も移動するとすぐに階段を見付ける事が出来た。

息が乱れ、心臓が破裂しそう。それでも一気に駆け上がり、魔術の光源を消す。地下へ向かう際に通った場所は、しかしその姿を一変させていた。

まるで巨大な魔物が作ったような大穴がそこかしこに空き、岩山を刳り貫いて作られたという城の壁や柱は黒く炭化してしまっている。いったいどれだけの熱量の炎が放たれたのか、死体の一つも残っていない。

天井にも、最上階まで通じているのではないかと思えるほどの穴。私達が地下へ潜った僅かな間に、何があったのか想像も出来ない。

「フランシェスカ、外へ」

「あ、は、はいっ」

その光景に竦んでいた足が、ソルネアさんの声で動き出す。

まずは外に。

いつ崩れるか分からない城から出ると、灰色の空が視界に映り――そして、巨大な黒いドラゴンと、そのドラゴンに喰らいつく紅の姿が映った。

「やはり」

ソルネアさんの声が遠い。

フェイロナさんもムルルちゃんも、私と同じように言葉を失っていた。ドラゴン同士の争い。黒いドラゴンと、紅のドラゴンはファフニィル様。

ファフニィル様が黒いドラゴンの首を噛み、鱗を砕き、肉を食い千切る。絶叫と怒号。悲鳴を上げているのは、その神話の闘争ともいえる光景から逃げようとする魔物達。それらが城から出て来ては引き返し、悲鳴を上げている。

まだ、マサキ様の姿を見ていない。城の中に居るのは、マサキ様だろうか。

そう考えるが、頭も、思考も、視界も。指一本すら動かせない。

「まだ生きていますね」

生きている。

その言葉にはっとなる。よく見ると、黒いドラゴンが暴れると時折その背が見え、そこに小さな人影が見えた。

レンジ様だ。

黒いドラゴンが大き過ぎて分からなかったが、レンジ様がその背に張り付いていた。

「レンジ様!!」

声を出す。けど、私の声はドラゴン達の咆哮によって掻き消され、レンジ様に届かない。

翼の羽ばたきが暴風を起こし、とても立っていられない。地面へ座り込むようにして、 外套(マント) で口元を隠す。

「逃げるぞ、フランシェスカ!」

座り込んだ私の肩を、フェイロナさんが掴む。顔を上げると、初めて見るくらい必死な顔をしたフェイロナさん。

ムルルちゃんも、腰が抜けたように座り込んでいる。

そのムルルちゃんの方へ這うように移動すると、そこでようやく背負っていたはずのソルネアさんが居ない事に気付いた。

私がドラゴン達の闘争に目を奪われている間に自分の足で立ち、ただじっとその戦いを見ていた。

「ソルネアさん……?」

名前を呼ぶ。けれど、返事も、顔をこちらへ向ける事もしない。

地下では分からなかったけど、身に纏っている服はボロボロだった。頬も、腕も、どこかしこも汚れている。

レンジ様と同じ黒い髪が、ドラゴン達の羽ばたきで生まれる暴風に大きく揺れている。けれど、それを気にもしないで見ている。

ドラゴン達を――ではない。レンジ様を。

この人は、初めて会った時からそうだった。レンジ様を。レンジ様だけをじっと見ていた。そして今も――。

「ここまで来てくれて、ありがとうございます」

やはり、顔はこちらを見ない。けれど、その唇が開いた。

漏れた声は――なぜか、とても悲しそうだ、と感じた。

「フェイロナ。フランシェスカとムルルを連れて城の中へ」

「お前は!?」

「見届けます。それが――私達の願いです」

見届ける?

何を?

それを訪ねる前に、フェイロナさんが私の腕を掴んだ。ムルルちゃんも同じように腕を掴み、引っ張られる。

「ソルネアさん!?」

「フランシェスカ」

やっと、その顔がこちらを見た。

とても……とても、悲しそうに見えた。

ここでその手を取らないといけない。そう思うのに、身体に力が入らない。フェイロナさんに腕を引かれるまま、ソルネアさんから遠ざかっていく。

どうしてか――涙が出た。

だめだ、と思った。

思っても、身体が動かなかった。

「単純な話なのです」

ダメ――。

「神の戦いに、人は立ち入れない。近寄る事も出来ない――それだけの話です」

始めて。初めて見た笑顔は、物凄く悲しくて、今にも泣き出しそうで、ここまで一緒だったから、旅をして来たから、仲間だから……。

「さようなら」

その声を最後に、フェイロナさんに引かれて城に戻る。外の暴風が嘘のように、城の中は静かだ。静かで……。

「フランシェスカさん?」

城の中に居たマサキ様の声が、とてもよく聞こえた。

顔を上げる。

「ソルネアって人は?」

「……外だ。レンジ達の戦いを見届けている」

「そっか。宗一君は?」

「地下で、霧のバケモノを追って……」

「それじゃあ、私一人かあ」

手に持った片刃の、反りのある剣が血を滴らせている。

その剣を肩に担ぐと、マサキ様は瓦礫を足場にして階上へ移動する。

「何処へ!?」

「どこって――助けなきゃ。山田さん、一人だと危なっかしいから」

そう笑って、マサキ様の姿が見えなくなる。

私は……。

「そう、ですね」

……立ち上がる。まだ、膝が笑っている。それくらい、ドラゴン同士の戦いは衝撃的だった。

凄く、怖かった。

けど。

「まだ、何かできる事があると思いますか?」

「分からない――けど、私はまだ動ける」

「私もだ」

三人で、笑う。フェイロナさんもムルルちゃんも、口元が引き攣っている。多分、私も。

そして、また地震のような衝撃。それは、すぐ近く。

外へ出るとソルネアさんはまだ立っていて、そして……地へ、紅の竜が蹲っていた。

「ファフニィル様!?」

「……フランシェスカ、何故」

「レンジ様から、貴女を守るように言われたから!」

走り寄りながら、叫ぶ。

違う。

「貴女を守りたいから」

そう言い直して、その手を掴む。

「そうですか」

はじめて、ソルネアさんが――私を見て笑ってくれた。

そして、見上げる。

黒いドラゴンの背を。

そこに居る……『英雄』を。

私は、私達は神じゃない。戦いの邪魔になるだろうし、立ち入れるとも思わない。

けれど、せめて。

――見届けたい。一緒に旅をして来た、こちらからの一方的な思いかもしれないけれど……仲間だから。