軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六話 彼は英雄になれない

「随分と静かになったな」

「今までが騒がし過ぎたのです」

まるで遠雷のような、腹の底に響く声。そして、涼やかな――鈴の音が言葉を成しているようにも思える高い声が耳朶を叩く。

紅の竜王ファフニィル。そして、蒼い先代竜王リヴヤータン。

先日まで沢山の人が居た砦の一角を占める巨大な二頭のドラゴンは、この静けさを意に介していないように地面に身体を横たえながら呑気な声を上げていた。

「のんびりしてるなあ、お前ら」

そんな、見上げるほどに巨大な二頭へ呆れた声を向けると、そこでようやくその瞳が開いた。身体を横たえたままだというのに、黄金色の巨大な瞳が俺を見降ろしてくる。

見下ろされながら、先日ようやく傷が完治した左手を握ったり開いたりして具合を確かめる。

痛みはない。違和感を覚えるのはしばらく使っていなかったからか、それとも……身体にガタが来ているからか。

まあ、今まで傷を負っても騙し騙しやってきた身体だ。どこかで破綻する事は分かっていたのでガタがきていても動揺は無い。

「お前ほどのんびりはしていない、レンジ」

「うむ」

リヴヤータンの言葉に、ファフニィルが同意する。

俺はそんなにのんびりしているだろうかと考えて、頭を掻く。

「他の者達はもう出たというのに、我らはまだ動かぬのか?」

この砦に人が少ない理由。それは、つい昨日、九季、幸太郎、隆、阿弥の四人とオブライエンさんの人間組に、グラアニアとデルウィンのエルフレイムの長二人が一団を率いて砦を出発したからだった。

「もうすぐ出るよ。仲間が準備中だ」

「そうか」

それだけを聞くと、ファフニィルが瞳を閉じる。続いて、リヴヤータンの視線が俺を見た。

「エルメンヒルデの刃も無しに、それでも出るのですか?」

「出なきゃならんだろ」

肩を竦めて言うと、リヴヤータンが溜息を吐く。溜息というか鼻息なのだが、その身体が巨大なので、まるで暴風の様な風圧が前髪と 外套(マント) を大きく揺らす。

その溜息を足に力を込めて耐えていると、遠くから一緒に出る仲間達が歩いてくるところが見えた。

宗一と真咲ちゃん、そしてフェイロナとムルル――フランシェスカ嬢の五人。宗一と真咲ちゃんは、一年前に魔神ネイフェルとの決戦時に纏っていた装備。腰には互いの代名詞でもある 女神(アストラエラ) と 精霊神(ツェネリィア) の加護を受けた聖剣と、感情の震えで姿を変える 魔剣(刀) を帯びている。

その表情には、どこか余裕のようなものがある。フリ、だろう。

いくらあの二人が強いと言っても、もしかしたら魔神ネイフェルに匹敵する力を得たドラゴンと戦わなければならないのだ。僅かに、歩みが遅いように思えた。

俺が気付いた事を気付いたようで、フランシェスカ嬢が緊張の滲んだ表情を僅かに綻ばせた……ような気がした。

「遅い」

「いや、出るのは昼からだよね?」

ファフニィルの声に、宗一が異を唱える。その物言いが気に喰わないと言わんばかりに鎌首を 擡(もた) げると、見下された宗一ではなく一緒に居たフェイロナ達が僅かに身構えた。

そんな三人に、大丈夫だと真咲ちゃんが笑いかける。

「早く決着を付けたいんでしょ。長引けば、この砦も危険だし」

「……我はただ、新しい魔の神とどちらが上かはっきりさせたいだけだ」

「はいはい」

苛立っている、のとは少し違う。ファフニィルに焦りの感情が浮かんでいるのは、この砦から人が減り、自分がこれから魔神の城へと向かうから。

自分が居ない間にこの砦が魔物達に攻められないか――という事を考えているからだろう。

この砦にはまだ結衣ちゃんが居る。戦えない藤堂や弥生ちゃん、工藤も居る。

雄一郎君やスィ、アナスタシアも控えに残っているが、それでも心配なのだろう――契約した結衣ちゃんが。それが契約者だからか、それ以上に想いながら心配しているのかは……考えるまでも無い事か。

「変わりましたね、ファフニィル」

「ふん――我は変わったと思わんよ」

リヴヤータンの 揶揄(からか) い声に、ファフニィルが気にもしていないと 嘯(うそぶ) くような声を出す。そして、右手で口元を隠しながら肩を震わせている俺を睨みつけてくる。

「そんなに睨むなよ。なにも言っていないだろう?」

「ふん。そもそも、我が 輩(ともがら) の住む山で決着を付けなかった貴様が悪いのだ」

「耳に痛いね」

言い返す事も出来ないので聞き流すと、それが気に喰わないとばかりに溜息。先ほどのリヴヤータンと同じように、その暴風のような鼻息でまた前髪と 外套(マント) が大きく揺れた。

「レンジ様、お待たせしました」

「ああ――別に、時間通りだよ。ファフニィルが言っている事は気にしなくていいぞ」

「そ、ういうわけにも……」

視線が逸らされ、フランシェスカ嬢が恐る恐るといった様子でファフニィルを見上げる。その視線に気付いている筈の竜王は、どこかバツが悪そうに視線を逸らして持ち上げていた首を地面へ横たえた。

「それにしても、フェイロナには頼んだけど……よかったのか?」

「はい」

「ムルルも」

「……私は大丈夫」

いつもの、どこか眠たげな視線ではない。しっかりとした意思の光を宿した瞳が、俺を見上げてくる。

その視線がもどかしくて、けれどそう言ってくれることが嬉しくて軽く頭を叩くように撫でる。いつもは子供扱いするなと言ってくる少女だが、今日は何も言わずにそのままだった。一緒に居たフランシェスカ嬢が、声に出さずに肩を震わせていた。

それに気付いたムルルが、少し恥ずかし気に一歩下がって俺の手から逃げた。

「危険だぞ?」

「ですが、私達もソルネアさんの顔を知っています」

「私は鼻が利くし、フランの魔術があればいろいろと便利……かも」

「そこは便利って断言してくれると嬉しいなあ」

珍しく、ムルルがフランシェスカ嬢を揶揄う。もしかしなくても、緊張しているのだろう。

「レンジの方こそ大丈夫なのか?」

その声がした方へ視線を向けると、デルウィンから預かった世界樹の弓を背にしたフェイロナが一歩離れた位置からこちらを見ていた。

「ああ、大丈夫だ」

その言葉に、間を置く事無く答える。俺の言葉を聞いた宗一と真咲ちゃんも、ファフニィルへ向けていた視線をこちらに向けてくる。

「すまないな」

「なにが?」

真咲ちゃんが、明るい声でそう聞き返してくる。フランシェスカ嬢達は、静かに続きの言葉を待っている。

「俺はしばらくまともに戦えない――力を貸してくれ」

それだけを言うと、照れ臭くて背を向け、ファフニィルの背によじ登っていく。

「昨日した宣言のように、もっと胸を張ればいいでしょうに」

「うるせえ」

リヴヤータンの笑い混じりの声へ、ぶっきらぼうに応える。

昨日――魔神の城へ通じる唯一の端へ築かれつつある『門』へ向けて皆が出発した。その皆へ俺が向けた言葉を、ファフニィルとリヴヤータン……いや、この砦に残っている皆が聞いていた。

世界を守る為。救う為、皆の力と命を俺に預けてくれ、と。

どこかのマンガで見たり聞いたりしたような、二番煎じともいえる言葉。――けれど、それは本心だった。

この世界に住む人達にとって、世界の為の戦い。守りたい人の為の戦いに命を掛ける事に躊躇いは無い。それを、俺は一年前の決戦で知っているのに。

――俺がそう言えば、皆が奮起して戦うと知っているのに。

その結果がどうなるか、知っているのに。

それでも、俺はその言葉を口にした。

世界の為に、守りたい人を守る為に――女神の為に、戦えと。

「蓮司兄ちゃんは、凄いね」

俺に続いてファフニィルの背に乗った宗一が、隣に座りながらそう言ってきた。

横を見ると、俺ではなく前――ずっと先。曇天の雲に覆われた空を見ている。その視線の先には、何が見えているのだろう。

「…………」

「僕には、ああいう事はまだ言えないや」

「言わなくていいんだよ……お前は」

ああいうのは、俺の――大人の仕事だ。

そして、お前が大人になる頃にはあんな事は言わなくていい世の中になっている……してみせる。

それが、俺と宇多野さんの願い。頑張れる理由の一つ。

宗一、弥生ちゃん、阿弥、真咲ちゃん、結衣ちゃん。

子供達が、人に『命を掛けてくれ』『死んでくれ』と言わなくていい未来。魔神の脅威、魔物の脅威。それらが無い未来。その為に。

「皆を助けたいんだろう? 犠牲を一人も出す事無く、この戦いを終わらせたいんだろう?」

「……うん」

それは、この少年が誰にも言っていない事。もうずっと昔、この世界に来たばかりの頃に抱いた願い。けれど、もう失う事に慣れてしまった少年の記憶。

この世界で、人の命はとても軽い。騎士や兵士、冒険者達は愛しい人、守りたい人、家族の為に戦う。その為に命を投げ出す事が出来る。

現代日本では、考えられない事だ。

それは俺達にとってとても異質で、けれど――言葉に出来ないけれど、とても……心動かされる行動。

誰かの為に。

世界の為に。

未来の為に。

――その為に命を掛ける同胞たちに生きてほしいと思う。

けれど、人は毎日死んでいく。魔物に、魔族に、魔王に、魔神に。魔との戦いで、死んでいく。

「お前は、まっすぐ前だけを見ていろ」

その頭を、乱暴に撫でる。

いいんだ。お前はそれで。他人の為に戦って。

人の死を見慣れただろうけど、それでも人が死なないように頑張っていいんだ。

「きっと、皆がそうやって戦ってほしいと思っているから」

頭を撫でているのとは逆の手を、強く握る。

けれど、俺はそれでは駄目なんだ。

俺は。山田蓮司は。――神殺しが神殺しを成すためには、人の命が、犠牲が、死が必要だから。

だから俺は、俺の為に死ねと命令しただけなのだ。

神を殺すために。世界を救う為に。俺が勝つために。

人を守る為に、愛する人の為に。

理由としてはどれも同じ。人の犠牲があってこそ、俺は戦える。

死ねと言う事に変わりはない。

そんな俺が英雄なのか。エルメンヒルデに、エルに課せられた枷。制約。ソレに気付いてから、ずっと思考の隅にあった疑問。

その答えは、もう出ている。

俺は英雄ではない。

犠牲が無ければ勝ちを拾えない俺は、英雄にはなれない。

だったら。ただ――人を犠牲にしてでも、人の敵を殺すだけだ。

魔神ではない。魔王でもない。

俺は、人の敵を殺す。

それが神であろうが、王であろうが。人の敵であるなら、殺す。

それが、人の為だと信じて。

それを、神が望むなら。

「皆、準備は良いか?」

後ろを振り返る。

もうすでに、全員がファフニィルの背に乗っていた。代表するように、真咲ちゃんが明るい声を出す。

「準備万端。さあ――人助けに行きましょう」

「人助け、ね」

俺の内心を気遣う声に、苦笑する。

命を賭けよう。

命を貰うのだから、当然だ。

エルメンヒルデは手元に無い。彼女が居なければ、俺はただの人間でしかない。

それでも――後ろに隠れるのではなく、前に、前に出て魔物と、魔族と……魔王と戦おう。魔神が待つ戦場へ行こう。

沢山の人を犠牲にする俺は、せめて英雄を演じ、そして絶対に勝たなければならないのだ。

「それじゃあ、行くか」

軽く、ファフニィルの厚い鱗に覆われた首を叩く。

紅い竜の王が、その首を持ち上げた。

翼を大きく広げ、空を叩く。羽ばたきに合わせて巨体が持ちあがり、暴風が土煙を舞い上げる。

「行くぞ、レンジ」

「ああ。行こう、ファフニィル」

一つの決着を。

シェルファ。俺はもう一度神を殺す。止めるのか、それともお前は――神を殺した俺を殺したいのか。

ファフニィルの巨体が空へ上がり、空を切るように加速していく。

「ヤマダレンジ――」

リヴヤータンが、俺の名前を呼んだ。何を言ったのかは、聞こえない。

視線を眼下へ向けると、数日の間だけ滞在していた砦があっという間に遠ざかっていく。今頃、オブライエンさん達は『門』に辿り着いているだろうか。

そう考えていると、砦の窓からこちらを見上げて居る宇多野さんが見えた気がした。脳裏に、阿弥や仲間達の顔が浮かんでは消えていく。

俺は死なない。死ぬつもりも、負けるつもりも無い。……けど。俺が死んだら、皆は悲しんでくれるだろうか。

ふと、そんな事を考えてしまった。