軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

幕間2 終わりの足音

冷たい。

石の壁と、出入りを塞ぐ鉄の檻。長く使われていないこの部屋には苔が生え、カビ臭い。

両腕は手首の所で鉄の枷で一纏めに拘束され、左足の手首にも同じ鉄の枷。その先には、私の力では持ち上げるのも困難な鉄の塊が座している。

薄暗い空間はただこの場に居るだけで体温を奪い、じっとしている事すらも苦痛。しかし、身動ぎをする体力すら残っておらず、ただただぼうとした視線を鉄檻の先、暗闇の先へ向ける。

何も見えない、真っ黒な暗闇ではない。薄ぼんやりと、純白に近い色であろう石壁が蒼く光る闇。

そんな闇の向こうに、一対。

こちらを見ているモノがある。暗闇の中で、動く事無く、瞬きもせず、ただただじっと見ている瞳。黄金色の、巨大な瞳。

「貴方は、何者ですか?」

掠れた声が、口から漏れた。

この暗闇の中へ誰かが来るわけでもなく、必然的に水すらも与えられないのだから口内が渇き、喉が枯れていた。

言葉を発するだけで、水分不足で乾いた唇が割れ、口内に血の味が広がる。

そうして滲んだ自身の血で口内を潤し、 嚥下(えんげ) する。普段であれば特に意識する事の無い動作にも、酷く体力を消耗する。

けれど、それでも……この問いを止められない。

「何故、私を必要とするのですか?」

問う。

答えが無い事は分かっている。しかし、問う。

地下牢に捕らわれ、眼前には暗闇の中で自身を見つめ続ける一対の瞳。普通であれば気が触れるであろう状況だというのに、しかし私の胸に恐怖や怯え……何かしらの感情が湧く事はない。

「…………」

瞳は何も答えない。

しかし、私の言葉は届いている。――そう、感じる。

あの時。エルフレイム大陸で見つけた、私が眠っていた結晶と同じ物。

アレが私の中に入り込んできた時に感じた……私以外の、けれど私に同調するナニカ。それを、暗闇の中から見つめている瞳から感じられる。

だから――。

「何故、私を生かすのですか?」

問う。

問い続ける。

コレは、私だ。私の半身だ。

レンジは私を魔神の器だと言ったが、コレもそうだ。

器が、二つ。魂は、一つ。

私……ソルネアと、名を与えられていない魔性。そして、魔神ネイフェルの 魔力(魂) 。

魂の殆どは眼前の巨大な瞳の持ち主が有し、それは私の中にあるソレが微々たるものに思えるほど。

だからあとは、私を喰らって、咀嚼し、嚥下し、血肉と変え、取り込むだけ。

そのはずなのに……眼前の瞳は、鉄の檻越しに私を見ているだけで何もしない。ただただ、じっと見つめているだけ。

「貴方も、生きたいはず」

このままでは、死ぬ。

神殺しに、殺される。

完全な神でも勝てなかった神殺しに、不完全な神が敵うはずもない。だからこそ、私はこの場で拘束され、食事も与えられず、日に日に弱り、ただただ魔力の塊と成り果てるしかないというのに。

だというのに、魔力の塊である私を、コレは食べようとしない。

この世界でたった二人。魔神の器としての、同族意識か。哀れみか。ただの興味か。

最初は私達を遠くから眺めていた魔王も、もう居ない。立ち寄らない。彼にとって、私は魔神の魔力を有する 器(肉) でしかなく、暗闇の中に居る存在は武器でしかない。

武器。

レンジにとってエルメンヒルデがそうであるように。

魔王にとって、神殺しの武器とは暗闇の中に存在する暴力。

翡翠の光と、薄暗い闇。

まるで、対極。

だから、私はレンジに憧れた。 魔神(ネイフェル) も、彼の生き方を知りたかった。

私が、魔神の願いの形ならば、きっとそれも神の本心なのだろう。

そして、目の前の存在も。

レンジとの戦い。永遠の闘争。

ようやく出会えた、生きたいという意思、純粋な殺意、その塊。女神アストラエラの後押しはあれど、人の身で神に挑み、神と共に在り、神に愛され、神を愛した男。

その願い。その形。

ああ、と。

その思考に至ってようやく、何故目の前の存在が私を喰らわないのかが理解できた。

どちらが正しいのか。

否。

どちらがより強い願いなのか。

共に生きたかったのか、永遠に戦い続けたいのか。

それを、知りたいのだ。

死して 尚(なお) 、魔神ネイフェルはヤマダレンジとの決着を望んでいる。その結末がどういう形になるのか……。

そこで、耳に何かが近付いてくる音が聞こえた。

石造りの通路は音を反響させ、ただでさえ今まで耳鳴りがするほどの静寂だったからその音へ過敏に反応してしまう。

しばらくの間、足音だけが暗闇の中に響く。

誰かは、分からない。

ただ、反響していた足音が少しずつ大きくなっているような気がした。

「……やはり、か」

声は、男。

まだ若い、男の声。

聞き覚えがあった。レンジを打倒したシェルファという女を退けて魔王の座に就いたという、男だ。

「何故食わぬ。食わねば、神には至れぬというのに」

違う。

神の座に興味は無い。

興味があるのは――どちらが強い想いか。決着か、共生か。それを確かめる事。

分かる。

少しずつ、理解できる。

きっと。

魔王である男が手を下さずとも、私か暗闇の中の存在か。どちらかは、消える。消えて、一つになって、神と成ろう。

口を開こうとして……もう、その体力、気力すらも無い。

ただ、声がした方へ視線を向ける。暗闇の中、その姿は見えない。けれど、魔王はこちらが見えているようだ。雰囲気で、そう感じた。

「下らない……人の姿など、何故ネイフェル様は、このように脆弱な……」

違う。

人は、強くない。けれど、弱くも無い。

人は、強くなれる。

それを、証明した。

なんの魔力も無い。知識も、経験も無い。それでも、懸命に生きて、足掻いて、神を討った男が居る。

だから私は生まれた。人の形で。

操り糸の無い、けれども定められた運命の上を歩く人形かもしれない。それでも、私は 魔神(ネイフェル) の願いの形。

「……ちがいます……」

喉が痛い。

唇が痛い。

血の味が口の中に広がる。

それでも、声を出す。

「ひとは、よわくない」

「ふん」

がん、と。甲高い音。

おそらく、魔王が鉄の檻を殴ったのだろう。もしくは、蹴ったのかもしれない。

どちらにしても、その音が暗闇の中を反響して耳に痛い。

「肉体も、魔力も。何もかもが劣る人が、強いものか」

その言葉は、私に向けたものなのだろうか。

……違うように感じる。

なら、誰に。

暗闇の中、私を見つめる存在か。それとも、自分か。

それを考える余裕も無く、また暗闇の中に足音が響いた。今度は、魔王が歩いていた時よりもゆっくりとした歩み。足音も、高くない。

「ふうむ――これはまた、随分と酷い有様だな」

『ソルネア、無事か!?』

足音の主であろう、どこか老成した雰囲気を感じさせる、けれども若い女性の声。

そしてもう一つは、耳ではなく頭の中に響く、男性とも女性とも取れる聞き慣れた中性的な声。

「…………」

その名前を口にしようとして、言葉が出なかった。

『おい、ソルネアを外に出せ! このままでは――』

「死んでも構わん。どうせ、殺すのだ」

「そうだな。女一人、どうでもいい事だ」

魔王の言葉に、女性が応える。

くつくつと、くぐもった声は女が漏らした笑い声だろう。

『だが、ソルネアはそのドラゴンと同じネイフェルの器だ――お前達の神の……』

「何度も言うたであろう、神殺しの神。儂らの神は、力の象徴だ。軟弱な、人などではない」

『……それでいいのか、シェルファ』

「いいさ。のう、魔王ベルド。神殺しを望む魔王」

「ああ、それでいい。それが正しい。ネイフェル様が人の形を模すなど、あってはならないのだ」

どうやらそれが、私が拘束されている理由らしい。

人の姿をしているから。

それだけで。

……そうか、と。特に何かを思う訳でもなく、言い争う三人の声に耳を傾ける。何時もレンジが疲れたように溜息を吐いていたのを思い出す。

真似をしようとして、けれど溜息を吐く気力も無い。

「くふ――だが、エルメンヒルデ。他人の心配をする余裕など貴様にはあるまい?」

『……なに?』

「ヤマダレンジが居らねば何も出来ぬ貴様は、無防備そのものという事だ」

暗闇の中で、ナニカが動いた。

私を、ただただじっと見つめていたナニカ。

それが音を立てて身を起こし、巨大な黄金色の瞳が遠ざかる。

その瞳は、もう私を見ていない。

新しい獲物。餌へと向けられた。

「ほれ」

軽い声。

一瞬の間を置いて。

『なあ――』

エルメンヒルデの声が聞こえなくなった。

「なにを……」

掠れた声を、必死に溢す。

「餌を与えただけだ。本当なら貴様も食わせたいところだが、どうやら我らの神は同類を喰らう趣味は無いらしい」

かかと、明るく、まるで無邪気な子供のように女が笑う。

「えるめんひるで、は?」

「我らの神は、同類は喰わんが、同族は喰らうようだ」

それが、答え。

瞳を、暗闇の向こうへ向ける。

黄金の瞳が、やはりじっと私を見ていた。先ほどよりも高い位置から、見下ろすように。

「ふ、ふは――ふははは!!」

途端、響いたのは魔王の声。

甲高い笑い声。

「喰らえ、喰らえ! 人も、大地も、神も。何もかも、食いつくしてしまえ!」

笑っている。

「……それで、いいのですか?」

誰に向けたわけでもなく、口を開く。

人間との決着を願う神。

レンジとの決着を願う女。

神殺しを願う魔王。

神殺しの武器が失われた今、レンジはただの人間となる。

――暗闇の中。笑い声が響いている。

静寂に慣れた耳に敗退、高い声だ。その笑い声を聞きながら……溜りに溜まった疲労から、私は気を失った。