軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十九話 魔神と神殺し

差し出された手は、とても小さい。

少し力を込めれば、壊れてしまいそう。

その手を取って、洞窟を進む。

阿弥の視線は少し厳しく、そして、そんな阿弥を見て皆が笑う。

――ただ、一人を除いて。

その変化は、劇的だった。蒼い光を放っていた 水晶(クリスタル) から光が失われ、しばらくの間を置いて地面へ落ちる。重力に引かれて地へ落ちた水晶は、一度だけ高い音を立てて砕け散ってしまった。

それは、やはり見覚えのある光景だった。

ただ、水晶の大きさと、その中に誰も居ないという事。それ以外は、あの時と同じ。

ソルネアが目を覚ました時と、変わらない。

「大丈夫か?」

「はい」

そう振り返ったソルネアの表情は、やはり今までと変わらない。感情の波が感じられない瞳と、ほとんど動く事の無い表情。その小さな唇が、いつものように同意の言葉を口にする。

そんなソルネアの傍で、阿弥が砕けた水晶の欠片の一つを手に取った。

「もう、何の魔力も感じませんね」

阿弥がそう言うと、フランシェスカ嬢やフェイロナも水晶の欠片を拾い上げる。

蒼い光が失われた洞窟の中は暗く、岩壁の隅々までランタンの灯りは届かない。そんな薄暗闇の中、幸太郎がソルネアの周囲を歩いて回りながら変化が無いかを観察していた。

何となく考えている事は分かるが、だが女性をそうまじまじと見るものではないだろう。

「幸太郎、失礼だぞ」

「あ、ごめん」

呆れながら指摘すると、すぐに謝罪の言葉が口から出る。どうやら本人も悪いと思っていたようだ。

しかし、そう口にしても興味があるのか視線はソルネアへ向いてしまっている。それに、当のソルネアがその視線を気にしていないのも問題か。

「ソルネア、邪魔だったら邪魔と言っていいんだからな?」

「酷いよね、それ!?」

幸太郎が大声を出すと、その声が洞窟の岩壁に反響してしまう。耳を塞ぐほどではないが出した声以上の大きな音へ当の本人がびっくりして、そしてこの中で最も聴覚に優れているムルルが耳を押さえながら無言の抗議とばかりに幸太郎を睨んだ。

だが、睨まれた幸太郎はと言うと、ムルルのそういう仕草が可愛らしかったのか、睨まれるのとは別の理由で視線を逸らしていた。口元がにやけているので丸判りである。

「おい、変態」

「……違うよ?」

返事をする 間(あいだ) にあった、その 間(ま) は何だと聞きたい。

まあ、それはともかく。

「何か変わった事はあるか?」

ソルネアへ視線を向けながら聞くと、首を傾げられてしまう。

本人でも分からないという事か。

そうして、次は幸太郎を見る。

「さあ。魔力を手に入れたのはソルネアさんだ。何が起きたかは、本人しか分からんだろうよ」

格好良く言ってはいるつもりだろうが、結局はなにも分からないという事である。そうなると、肩を竦める仕草がなんとも間の抜けたものに見えてしまう。

阿弥やフェイロナ、フランシェスカ嬢も特に何かを感じる事も無いようだし、俺やムルルも同様だ。

結局、ソルネアに何か変化が起こるまで待たなければならないという事か。

そう思い、阿弥達が水晶の欠片を観察している間にムルルと二人で洞窟の端まで歩き、他に何か目ぼしい物は無いかと思て探してみるが……やはりなにも見つからない。

「結局、アレは何だったの?」

『分からない。コウタロウの言葉を借りるなら、ソルネア本人にしか分からぬことだ』

「……役に立たない」

『なっ』

エルメンヒルデとムルル。仲の良い会話を聞きながら、洞窟の隅に落ちていた石ころを適当に拾う。まあ、ただの石ころだ。そのまま岩壁へ向けて投げると、かつ、と乾いた音を立てて地面へ転がった。

「ムルル、変な匂いとかはしないか?」

「別に」

やはり、あの 水晶(クリスタル) 以外には何も無いのか。

吸血鬼(ヴァンパイア) があの魔力へ引き寄せられ、その 吸血鬼(ヴァンパイア) に噛まれた 巨大猿(エイプ) を阿弥が捕まえてソルネアが反応した。

そんな所だろうか。

収穫が無いのは少し気がかりだが、無い物を探すのは時間の無駄か。そう考えて、阿弥達の元へ戻る。

「何かあったか?」

「いいえ。蓮司さんは?」

「こっちもだ」

肩を竦めると、全員の気が抜けるのが分かった。

フェイロナでさえ、大きく息を吐いている。まあ、魔物を探して森を歩き、魔物に襲われて。その結果が、ソルネアが蒼い魔力を手に入れただけなのだ。

しかも、その魔力の使い方さえ分かりはしない。

――まあ、いずれ分かるのかもしれないが。

ただ、分からなければいいな、と。そう、何とはなしに思う。

人間らしいというには少しばかり無感動というか無感情というか……反応に乏しいソルネアだが、それでも外見は人間で、特別な力を持っているわけではない。だから、荒事などには関わらず――。

そこまで考えて、首を横に振る。

「それじゃあ、戻るか」

そう軽く言って、先ほど通った洞窟の通路へと足を向ける。

まあ、洞窟探索で目ぼしい物が見つからないというのも珍しい話ではない。目に見える報酬として、綺麗な 水晶(クリスタル) を見る事が出来た事と、ソルネアが何かしらの力を手に入れた。……かもしれない。

それを見る事が出来ただけでも十分か。

ゆっくりと歩く俺を追い越すように、フェイロナとムルルが先を行く。そして、阿弥が俺の隣に並ぶと、 外套(マント) が引かれた。強い力ではなかったが、しかし不意の出来事につんのめりそうになってしまう。

阿弥が驚いて俺を見て、続けて後ろ―― 外套(マント) を掴む手の主を軽く睨んだ。

「ソルネアさん、危ないです」

「申し訳ありません」

その言葉へ素直に謝るが、しかしその手は 外套(マント) からは離れない。その事に怒ったのか、それとも何か感じるモノがあったのか。

阿弥がソルネアの手を掴んだ

「――――」

そして、すぐにその手を離す。そのまま、驚いたように自分の手をまじまじと見る。

「どうした?」

阿弥の様子が変でそう声を掛けると、そこで我に返ったように俺を見た。

その表情には、驚きが浮かんでいる。はて、阿弥とソルネアの行動は見ていたが、特段驚く事など無いはずだが。

そう思って、阿弥から視線を逸らしてソルネアを見る。そのソルネアの左右へ居たフランシェスカ嬢と幸太郎も、何やら腑に落ちない様子で阿弥とソルネアを交互に見る。

「一つ、思い出しました」

しんと静まり返った洞窟内に、その声が響く。

『思い出した?』

その言葉を、エルメンヒルデが聞き返す。その声には、純粋な疑問が浮かんでいる。

そして、それは俺もだ。

ソルネアには“何も無かった”。アストラエラの言葉通りなら、生まれたばかりのソルネアに何も無いのは当たり前なのだが……思い出したとは、どういう意味だろうか。

俺達が以前討伐した巨大な『魔神の眷属』。その死体があった場所から生まれたというソルネア。

そのソルネアの言葉に、知らず固唾を飲み込んだ。

「何をだ?」

「 精霊神(ツェネリィア) の言葉を」

『……ん?』

「私は、魔神ネイフェルの、願いの形だと」

ああ、と。思い出したという事は、その言葉か、と。落胆と、安心。それを同時に感じて、溜息を吐く。

しばらくして、何に安心するのか、と自問してしまった。

どうにも……俺も、少しおかしい。まあ、それは。真面目に自分から魔物討伐を言い出した辺りから、おかしいのか。

「そうなんですか?」

「……そういえば、言っていなかったな」

「――――ええ、聞いていません」

少し怒ったように、阿弥が言う。怒ったようにと言うか、声音が静かなだけで、多分内心では怒っているのだろう。

何故言わなかったのか、ではなく。俺とソルネアが知っていて、自分が知らない事に腹を立てているというか。そういう所は、まだまだ子供らしい。

まだ十八歳なのだから、子供で当然なのだが。

だが。当人としては、やはり何事かを内緒にされるのは嫌らしい。それを、視線という形で俺へ訴えてくる。

そんな視線を向けられながら肩を竦めると、エルメンヒルデだけではなくフランシェスカ嬢と幸太郎まで溜息を吐いた。いや、俺が悪いのだけれど。別に、意図して伝えなかったのではなく、本当に忘れていたのだ。

……なお悪いかもしれない。怒られそうなので、その事は黙っておこう。

「レンジ」

「おう」

ソルネアの声に、視線を向ける。無視したわけではないのだが、少しソルネアの視線が険しい物のように感じてしまった。

宗一や九季ではあるまいし、女難など勘弁してほしいのだが。

「その、ツェネリィアの言葉。その意図が、分かった気がします」

『ふむ』

続きを促すように、口を 噤(つぐ) む。

「あの方は、暗がりを嫌っていました」

訥々と、“思い出した”事がその口から紡がれる。

「独りだったから。暗がりは静かで、冷たくて……」

その独白は、続く。

その独白を聞きながら、俺も思い出す。

いつかの夜、ソルネアと話した事を。ソルネアが語った事を。夢が無いと言ったこの女性が、どうして“俺”と一緒に行動しているのかを。

彼女の口から紡がれる“思い出した”事は、彼女が暗闇に問いかけていたものと同じだ。

暗闇は冷たくて、誰も居なくて、静かで――誰かを望んだ。その声に応えたのが俺だった。

……だから。

「取り敢えず、洞窟から出るぞ」

突然そう言いだした俺に、フランシェスカ嬢だけではなく阿弥まで驚いた視線を向けてくる。幸太郎だけは、何も言わずに肩を竦めていた。

その先の言葉を、ソルネアの口から聞くのを躊躇った。聞きたくなかった、のかもしれない。

ネイフェルとソルネアが同じだと。そう、思いたくなかった。

『魔神の器』『次代の神』。そのソルネアがネイフェルと同じなら……俺はいつか、ソルネアを斬らなければならなくなるのでは。

そう考える事すら、嫌だった。

「レンジ」

「…………」

「貴方は私の声に応えてくれた」

「…………」

「ネイフェルの声は、聞こえましたか?」

――『楽しかったな』

ただ、その言葉だけを思い出した。

きっとそれがネイフェルの『声』。ネイフェルの、願い。

退屈だった。だから……世界を壊そうとした。その結果がどうであれ、アストラエラやツェネリィアがどういう行動に出ようと……自分を殺せる存在が召喚されようと。その退屈を忘れられるのであれば、自分の欲求を満たせるのであれば。

ネイフェルという一つの意思に、真っ向から向かってくる意思があれば。

きっと、それで満足だったのだ。

退屈は神を殺す。

……ソルネアの言う『ネイフェルの声』は、もしかしたらソレなのかもしれない。

「さあな。俺とネイフェルは水と油だ。理解し合えないさ」

理解している。俺とアレは、理解し合えない存在だと、互いに理解していた。

そう考えて、笑ってしまう。

理解し合えないと理解する。矛盾を孕んだ思考に笑うと、阿弥とフランシェスカ嬢だけではなく、幸太郎も驚いた顔で俺を見た。

「洞窟を出よう。暗がりだと、厭な事ばかり考えてしまうからな」

そう言って、洞窟を出る為に歩き出す。

ネイフェル。

――ソルネアがネイフェルの願いの形なら、ソルネアが俺を呼んだのもお前の願いなのか。

もう聞く事の出来ない問いが、胸に浮かぶ。

「は……」

だから、なんだ。

アレが何を望み、何を願おうと……俺はあいつを憎んでいるし、きっと殺す。

ほら。

俺とあいつは、水と油だ。