軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五話 捨てられた妻イベリス Sideアリッサム

「少し、やり過ぎじゃないかしら?」

「そんなことはないわ。貴女が受けた屈辱を考えれば、これくらい序ノ口よ」

ハイドランジアが出ていった部屋で、私達は、いつものように砕けた言葉遣いで会話をする。

「結婚式の日を思い出してご覧なさい。あれが、花嫁に対する態度だったと言えるのかしら?」

幼い頃から二人で一人。

困ったことがあれば、何でも相談し、解決してきた。

互いを本当の家族と思い大切にしてきた者として、愛人にうつつを抜かし、妻を放置する夫など万死に値する。

「でも、この記憶喪失の演技を、いつまで続けるつもり?」

「あの男が頭を下げて床に這いつくばる姿を延々と眺めていたいものね」

「それは………悪趣味ね。ふぅ」

大きくため息をついたのは、イベリスだった。

あんな男に、同情なんてしなくていいのに。

分厚い日記を手に持ち、ペラペラとページをめくっては、微妙な顔をしている。

「これだけ沢山の嘘を、よく書き綴れるものね」

「あながち嘘ばかりではないわ。貴女のお兄様への思いも込めているから」

フッと本心が漏れた私の肩を、イベリスは、優しく抱きしめてくれた。

「無理は、しないで」

「無理は、していないわ。ただ、どう転んでも報われない思いをどこかに吐き出したかっただけ」

私にとって、隣国に留学中の彼は、物心ついたころから憧れの存在だった。

しかし、2人が結ばれる道など、どこにもない。

なにせ、私は、使用人の娘だ。

イベリスと乳姉妹とはいえ、貴族と平民の垣根を越えることはできない。

それに気づいてから、女としての幸せを夢見ることを止めた。

「ねぇ、アリッサム………私、上手く演じられていたかしら?」

「ずっとそばで見ていたけれど、主演女優ものだと思うわ」

「ありがとう。貴女が言うなら、間違いないわね」

元々、嘘が苦手なイベリス。

そんな彼女が、三年間も演技をし続けるのは、さぞ苦しかっただろう。

そのせいか、私が褒めるほどに、イベリスの顔が暗くなっていく。

そんなに、気に病まなくて良いのに。

でも、とうやら暗い顔をしているのは、イベリスだけではないらしい。

私の顔を心配そうに見つめた後、イベリスは、慰めようとしてくれているのか、髪を優しく何度も撫でてくれた。

こんな風に優しくされたら、離れられないじゃない。

でも、私は、この心優しい人に、新しい道を歩いて欲しいとずっと願っている。

「ねぇ、イベリス。貴女、いつになったら出ていくの?」

「貴方を置いて、行けないわ」

「馬鹿ね。もう、三年よ。貴女のやりたい事を為すには、もう時間がないわ」

私達は、とても良く似ているが、イベリスは、優れた運動能力と知能を持って生まれていた。

長年隣国への留学を望んでいたけど、某国立貴族院への入学年齢制限は十八歳まで。

あと数ヶ月もすれば、どれだけ能力を持っていようが、進路は断たれる。

「安心して。私も、もう暫く遊んだら、ここから離れるから」

私は、窓に映る自分の顔を見た。

とても良く似た乳姉妹。

でも、知っている。

今も美しいイベリスだけど、大きく花開いた時には、更に華やかに咲き誇ることだろう。

そんな姿を、あの馬鹿侯爵に見せてなどやるものか。

私は、細く長く息を吐き、心を落ち着けてから、

「妻の顔さえ覚えてない夫なんて、死んでしまえばいいのよ」

と吐き捨てた。

薄らと軽薄な笑みを口元に浮かべた私は、多分悪魔のように腹黒い。

最初に、入れ替わろうと言ったのは、勿論私。

婚姻の為の顔合わせの時ですら、相手の顔を見ないハイドランジアに、私は、この結婚の失敗を予見した。

「イベリスに傷をつけるなんて、私が、許さないわ」

ずっと侍女として乳姉妹に仕えてきたけど、イベリスは、これほどの無礼を働かれた事など一度もない。

だから、婚約が決まった日の夜、ずっと密かに泣き続けていた。

彼女の兄から、妹を頼むと言われていた私は、行動を起こさないわけにはいかない。

「ねぇ、イベリス、服を脱いで」

「え?」

「今から、私が、貴女になるわ」

私達は、侯爵家へ向かう馬車の中でイベリスと衣装を取り替えた。

もし入れ替わりに気づくようなら、少しは歩み寄ってやっても良いと思った。

しかし、ハイドランジアは、妻が、アリッサムでもイベリスでも、どちらでも良かったようだ。

単に、興味もなく覚えてすらいないのだろうが、このことが、更に私の怒りに油を注ぐ。

止めるイベリスを振り切り、その後も伯爵令嬢兼侯爵夫人として振る舞い続けた。

もし、閨を共にしなければならないのなら、その身を投げ出すつもりだった。

あんな男に、イベリスを汚されてたまるものですか!

でも、そんな心配は、必要無かった。

三年もの間何も起きず、ただ、侯爵夫人としての責務を全うすれば、使用人達からは同情を得られ、イベリスを守ることもできた。

ただ、白い結婚が成立して、奴に罰を与えることなく侯爵家を去るなんてイヤ。

だから、私は、高熱を出したのを良い機会に、記憶を失ったふりをした。

愛人にも良いように利用されるくせに、自分が支配者のように思っているハイドランジア。

ただの侍女でしかない私の足元に這いつくばり、許してくれと懇願し、僅かな可能性に歓喜し、そして、白い結婚による離婚という最後通告を受けて絶望すればいい。

そう思っていたのに、侯爵家は、私の知らぬところで土台から崩れ去っていった。

最初に、愛人だった女は、ハイドランジアに捨てられ、家業も商売敵の台頭で倒産に追い込まれた。

借金返済に、身売りしたと聞いたけど、何処に売られたかまでは分からない。

ただ、後妻に入るなどという幸運には恵まれなかったようだ。

そうなれば、想像できる場所は、一カ所。

お可哀想にと思うけど、三年間も甘い汁を啜ったのだから、後の人生は地獄を這いずって欲しい。

次に、侯爵家の領地で、謀反が起きた。

弟夫婦が、実権を握るべく領民達の協力を得て反旗を翻したのだ。

実際、働いていたのは彼ら。

しかも、伯爵家からの資金は彼らに流れず、全て愛人の生活費に流れていたのだから。

もっと、ハイドランジアの惨めな姿が見たかった。

しかし、実家からのお迎えとして、伯爵家当主様まで来られては、帰らないという選択はない。

私は、最後までイベリスとして振る舞い、使用人達と涙の別れを果たした。

これから先、私は、どうするべきだろう。

叶うなら、イベリスのそばで生きていきたい。