作品タイトル不明
七百八十五話 妖精専用
花蜜の採取、花畑に妖精の魔力込め、花蜜の納品という妖精達の一通りのお仕事が無事に完了した。サクラの精霊樹の脇芽の扱いについて少し苦言を呈されたが、桜並木についての打ち合わせも終わり、妖精達にお給料的な物をしはらい自由行動となった。
うーん、ここは介入すべきか?
オニキスに対して執拗にプリンのトッピングを確認するジューン姫を見て悩む。背後に注文待ちの列ができているが、並んでいる精霊達の様子を見るにそれほど不満に思ってはいないようだ。
それどころか、ジューン姫の確認を一緒に聞いて、なるほどなるほどと一緒に頷いている幼い精霊達の姿も見える。
これはこれで困った事態な気がしないでもない。
幼い精霊達が学習して、アレやコレや質問をしたり注文にトッピングをお願いしたりし始めたらルビー達の手が足りなくなりそうで怖い。
「分かったわ。最初は控えめにしておきましょう。プリンにクリームとフルーツたっぷりでお願い。そう、妖精サイズでなく一般サイズよ」
ジューン姫、その注文は控えめとは言わない。
いや、俺が提供した甘味を基準にしていたら控えめということになるのか? 妖精達の気を引くために拘りに拘ったのだが、そのせいで妖精達のハードルが高くなったのかも……。
……徐々に気が付いてもらうしかないな。とりあえずいきなり介入することにならなくて安心した。
あと、ルビー達が妖精の為に色々と工夫を凝らして食器や甘味を用意しているのだから、姫様が率先して無視しないでほしい。
まあ、そのあたりもお金を払う妖精達の自由だから文句は言えないんだけどね。
「ワゴンをご利用になられますか?」
オニキスが一応確認しているが、おそらく使わないだろう。
「ワゴン? ああ、それね、さすがに大きいから必要ないわ」
ジューン姫も必要ないと見切って出されたプリンを収納する。
数を増やしても幼い精霊達に大人気でフル稼働なワゴンだが、さすがに妖精には大きすぎる。
だが、妖精に合うサイズのワゴンを用意しても、おそらく玩具にはなっても本来の目的で利用されることはないだろう。
収納が便利すぎる。
「あちらの日当たりが良い場所に、妖精方専用のテーブルがございます」
オニキスの言葉に俺が驚く。
妖精専用のテーブル? それは初耳なんだが?
オニキスが指したテーブルを見ると、とてもメルヘンな光景が……。
大きなテーブルの上に苔が生えておりフカフカの絨毯状態、その上に様々な花やキノコが生えている。
それがなぜ妖精専用になるのかというと、その花やキノコがテーブルや椅子になっているからだ。
絵本に登場する妖精の住居そのまんまじゃん!
なんというか映画の一場面を再現したテーマパーク、そこで好きな作品の一場面を見たかのような興奮が俺を襲う。
たぶん、自分で妖精の為のテーブルを用意したとしても似たような雰囲気になった気がするが、精霊達が考えて用意した場所が絵本に似ているというのは想像以上に俺の感情を揺さぶった。でも……。
「へー、悪くないわね。でも、ここだとプリンが置けないわ」
そう、ジューン姫の想定外の行動が全てを台無しにした。
ルビー達としては、妖精の為のメニューを用意したのだからその中から注文されると考えていたのだろう。
妖精専用の小さいメニューを想定した花やキノコのテーブルに、一般サイズ用でクリームとフルーツマシマシのプリンアラモードを支えるのは無理だ。
思えばオニキスが何度も妖精のメニューを勧めたり、妖精のテーブルを指したりした時に微妙に表情が引きつっているように見えたのは、ジューン姫がルビー達の想定を超えてきたからか。
想定外なだけで、どちらも悪くないから始末が悪いな。
「姫様、こちらのスペースにプリンを置き、逆向きに座ればちょうどいいのでは?」
「なるほど、悪くないわね」
カシュー君のアドバイスに頷き、地面……テーブルの上の地面にプリンを置き、用意されていた花の椅子に想定とは逆向きに座るジューン姫。
まあ、確かにそれなら食べられそうだけど、背後に用意された花のテーブルから悲し気な気配が伝わってくる気がするよ。
たぶん、ルビー達が妖精達のために一生懸命考え、それをエメが一生懸命形にしたのだろう。
キノコは命の精霊のカテゴリーだし、こっそり大精霊達も協力していた可能性が高いし、俺的には真っ当な方法で活用してほしいところだ。
「お客様、こちらの妖精専用メニューですと、様々な種類のメニューが楽しめてお得です。食器も妖精専用の物を用意しておりますので使いやすいかと」
オニキスも俺と同じ思いなのか、次の妖精達を妖精専用メニューに導こうと奮戦しているようだ。
その甲斐あって、ジューン姫の次にならんでいたポットリアさんが妖精専用のメニューを選択する。
選ばれたのはコインサイズのチョコレートケーキとアイスクリームの二種類。
ポットリアさんは甘味の為に楽園に来て、楽園食堂で働くことも既に決定している甘味ガチ勢なので、妖精メニューを選択しても一種類で満足するつもりはないようだ。
あれはお代わりも想定済みの顔だ。ポットリアさんとお友達になろうと頑張っているキッカが食いしん坊にならないか少し心配だ。
でもまあ、体を動かさなくとも生活できる日本と違って、体を動かすのがデフォルトなこの世界なら、少しくらい食いしん坊でも構わないか。
これで妖精達も専用メニューに興味を持つだろう。
……そんなに簡単に事が運んだら苦労しないよね。
俺達も注文が終わり、妖精専用テーブルの隣に席を確保した。座りながら妖精専用テーブルを確認するが、半数は妖精専用メニューではなく一般メニューを注文しているようだ。
さすが変わり者、もしくは甘味ガチ勢が集まった先発隊。こちらの思惑に大人しく沿ってくれるなんとことはなかった。
ちなみに俺はかつ丼、ベル達とサクラはお子様プレート、ラエティティアさんはクリームパスタ、ジーナとサラはシチューでマルコはステーキ、キッカはお子様プレートだ。
このお子様プレートも、ルビー達が独自に編み出したメニューだったりする。
遊びに来るチビッ子達は短い期間しか楽園に滞在できない。だからその数少ない食事の機会に様々な味を体験してほしい、そんな思いから生まれたメニュー。
ルビー達のそんな気持ちが伝わったのか、楽園食堂の一番人気にまで上り詰めている。
しかもお子様プレートは決まったメニューではなく、その日その日でメニューが微妙に変えられて飽きが来ない仕様になっている。
様々な料理が並ぶお子様プレートを食べ、その中で気に入った料理を次の機会にちびっ子達が注文する、なんてことも起こっているようだ。
ルビー達の工夫が詰まった楽園食堂を見渡し、その努力と心遣いに感謝しながら本命である妖精専用テーブルに視線を向ける。
うん、妖精は蛮族という訳じゃないし、ジューン姫とかお城関連の妖精達はマナーもしっかりしているように見える。
でも、混沌としているようにも見えるんだよな。
テーブルの上の設備がメルヘンだし、妖精もメルヘンなのだからあの空間はメルヘンで溢れていてもいいはずなのだが、なんか違うんだよな。なんでだ?
……あ、分かった。
アレだ、妖精の半分くらいは俺の想像通りメルヘンを振りまいている。で、残りの半分は真剣勝負というか果し合いみたいな雰囲気で甘味に向かい合っている。
メルヘンに対抗する甘味ガチ勢の場違いな空気があのテーブルを混沌に落とし込んでいるんだ。
遊びというか社会経験の為くらいの気持ちで妖精のアルバイトを決定したが、甘味ガチ勢は料理修行……いや、パティシエ修行くらいの気持ちで働きに来ているようだ。
ルビーも料理仲間が増えるのは大歓迎だろうし、花蜜が中心っぽい妖精界に楽園仕様の料理人&店舗が爆誕しそうな気がする。
たぶん大人気になるだろうな。
その結果が妖精界に良い影響を与えるのなら喜ばしいのだが、労働争議を思いだすと妖精界に波乱を巻き起こす気しかしない。
不安でいっぱいだ。
嫌な未来を想像してしまったので、落ち着く光景をみて心を落ち着けようと視線をベル達に向ける。
ミートソースで口を汚して満面の笑顔のベル。動物タイプのプレートに盛られたお子様プレートを一心不乱に食べているレインとタマモ。
綺麗な所作だがハンバーグを食べて満面の笑みを浮かべるトゥル。
なぜかエビフライをカッコよく齧ってドヤ顔を晒しているフレア、プレートに乗っかりプルプルしながら消化しているムーン。
みんな可愛らしくてホッコリするが、ベルはもう少しマナーの練習が必要かな?
レインとタマモはある程度仕方がないが、両手が使えるベルが口周りを真っ赤に染めているのはさすがに問題に思える。
ジーナ達は安心というか。サラのマナーが完璧だからか、みんなそれを参考に食事が上品になっている。ちなみに俺も、サラのマナーをコッソリ学習していたりする。
そんなジーナ達に影響されてフクちゃん達も意外とお行儀が良い。つまり、サクラを除けばベルが一番食事が下手ということに……よし、今度ベルのマナー特訓だな。
ベルとレインとタマモを呼び寄せて口の周りを拭ってあげる。キャッキャと喜ぶベル達がとても可愛い。
別にマナー特訓が必要ない気がしてきたが、ここで甘やかすのは駄目だろう。
ちなみにサクラはラエティティアさんに抱っこされながらお子様プレートに挑み、口の周りを汚しまくっているのだが、その都度ラエティティアさんが拭いてあげているのでとても綺麗な顔をしている。
さすがにサクラにマナー特訓はまだ早いよね。
一緒に来ているシルフィは食事をする気分ではなかったのか、紅茶を頼んでのんびり考え事をしている。
大精霊達は楽園ができてから食事をする機会がかなり増えたらしいが、それでも食べない時は食べないんだよな。
お酒が入るとおつまみは喜んで食べるんだけどね。
「あら、裕太も来ていたのね。ちょうどよかったわ」
大精霊達のことを考えていると、ジューン姫が俺に気づいて飛んできた。プリンに夢中だったから周囲が見えていなかったんだろうな。カシュー君を大切にした方が良いと思う。カシュー君は気づいていたよ?
「裕太、しばらくお茶会はキャンセルでお願いね。私は当分この食堂の甘味に集中するわ」
…………一応お茶会って楽園と妖精界の政治的な意味が少しはあった気が……しないでもないが、まあ、甘味を提供しておしゃべりするだけだし構わないか。
「分かりました。楽園食堂を楽しんでください」
しばらくお茶会のメニューに悩まなくて済む素晴らしい提案だし、素直に受け入れておこう。