軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

七百六十九話 ジューン姫の行動

俺達が妖精界に干渉した結果、妖精界に労働争議が巻き起こってしまった。シルフィの提案で戦略物資である甘味を大盤振る舞いしたことが功を奏したのか、その翌朝にはジューン姫自身から勝利宣言を聞くことができた。終わりよければすべてよし、そういうことにしておいてほしい。

「そうね、どこから話そうかしら?」

この二日、私は平穏な妖精界では珍しく騒がしい時間を過ごした。いえ、この二日だけではなく、妖精門が開いてからは刺激的な日々だったわね。特に甘味が素晴らしいわ。

「では、初めからお願いできますか?」

甘味に思考を奪われていると、裕太からのリクエストがきた。

「その方が分かりやすいわね。分かったわ、私が城に戻ってからのことを話すわね。あれは―――」

「姫様、お帰りなさいませ」

「ええ、無事に戻ったわ。お父様はいつもどおりかしら?」

城に戻り側付きのメイドの出迎えに応える。城と言っても古くから妖精が根城にしてきた巨大な木。人間は石や木を加工した家に住むことが多いそうだから、この城を見たら裕太やその弟子達も驚くかもしれない。

いえ、あの場所は聖域、精霊樹もまだ子供とはいえそれなりの大きさだからそれほど驚かないかもしれないわね。

「陛下のご予定が変わったとは知らされておりません」

「そう、それなら執務室ね。ちょっと行ってくるわ。カシュー、行くわよ」

カシューもどうせ報告に行くのだから、連れて行ってあげましょう。

「姫様、本当にあの人間の提案を受けるのですか?」

お父様の執務室に向かって飛んでいると、カシューがおそるおそる質問してくる。

カシューは人間を警戒しているから、関りが増えるのが嫌なのだろう。

「ええ、受けるわよ」

気持ちは分からなくはないけど、妖精界は平穏すぎて私にとって退屈なのよね。こんな面白い機会を逃すつもりはないわ。

私が断言したからか、カシューは不満そうに黙り込んだ。カシューが一般的な妖精の反応だと考えるなら対策を考えておかないといけないわね。

このままだと提案が通っても向こうで遊ぶ……妖精の花畑を作る時に人員がそろわないことになりかねないわ。

「お父様、入るわよ」

執務室に到着し、部屋の中に入る。

「おお、ジューンベリー、無事、戻ったか。これで満足したか?」

お父様は私が人間界に出向くのを嫌がるのよね。

強引に止めると私が逃げ出すと知っているから好きにさせてくれるけど、隙あらば護衛の兵士を付けようとするから油断できないわ。

「満足は全然していないわ。だから面白い提案を持って帰ってきたの。お父様、向こうの世界の聖域と貿易しましょう」

「姫様!」

お父様の返答の前に傍に控えている爺から怒声が飛んできた。予想はしていたけど、やっぱり爺が最大の関門になるようね。

「爺、声が大きくてうるさいわ。もう少し小さくしてちょうだい」

「それは失礼……ではありません! 姫様、そのバカげた提案を受けるなどと人間と約束したのではありませんな?」

「人間とは約束していないけど、風の大精霊とは約束したわ」

「な、風の大精霊様と!」

爺やお父様もそうだけど、大精霊という存在に少し恐れを抱いているのよね。たしかにすさまじい力を持つ超越した存在だと感じるけど、根本は善良で無暗に力を振るう存在ではないわ。

でなければ人間なんてとっくに滅んでいるはずだもの。

「そうよ、大精霊とよ。爺も報告で聞いて知っているでしょ。門が開いた場所は新しい聖域で、そこには何人もの大精霊と上級精霊、そして無数の精霊が滞在しているわ。それだけで向こうの安全が確信できるでしょ?」

爺が難敵だと考えていたけど、この調子なら説得は簡単ね。

駄目だったわ。

久しぶりの爺の本気のお説教はなかなか堪えたわね。私が怒られている間、カシューが妙に嬉しそうだったのが少し気に入らないけど、そこはまあ、後日しっかり対処することにしましょう。

それにしても、信頼うんぬん以前に人間界と繋がることで恐怖する妖精の気持ちが問題になるとはね。

人間の危険性を忘れぬように意識して語り継いできた人間の悪行。

そのことを積極的に広めてきたのは私達王家だ。

それは正しい行いだと思っているが、そのことに自分が足を引っ張られることになるとは思わなかったわ。

でも、ここで黙って引き下がってしまえば、また私の生活は退屈を紛らわせる何かを探す毎日になる。

そうはさせないわ。

貿易についてはお父様もそれほど拒否感が無く、民と王家の体面が守れるなら説得は可能な印象だった。

それならば爺さえなんとか説得してしまえば、貿易は可能。

……さて、爺の言葉を考えるに、妖精が怖がらなければ問題ないのよね。それでいながら人間への警戒心を薄れさせては駄目なのが難しいところね。

……危険を冒しても人間と付き合うことにメリットがある。でも、油断はできない。この辺りがバランス的に丁度良さそうね。ならやることは決まったわ。

カシューが人間界から持ち帰った品物は……毒を調べた後に味見をして、余ったものは確か厳重に倉庫に保管されているはず。

裕太が沢山お土産をくれるから、まだまだ余っている。手始めに城の妖精達を骨抜きにしてしまいましょう。

「姫様、これは本当に食べられる物なのですか?」

倉庫で裕太の甘味を強奪した後、見回りの兵士にチョコレートを切り取り手渡す。

私は一粒丸々食べるのが醍醐味だと思うけど、それだと数が足らない。それに足りないくらいが欲望を刺激してちょうどいいわよね。

「当然よ。色は確かに黒いけど、王女である私でさえ心を奪われた至高の甘味よ。心して味わいなさい」

チョコレート。私の目には輝いて見えるのだけど、味を知らなければ黒い塊でしかない。見た目が良ければ世界を変える甘味だと思うから、とても残念ね。

「……分かりました。ではっ!」

兵士が目をつぶってチョコレートの欠片を口に放り込む。そこまで気合を入れなくても大丈夫なんだけど……。

「こ、これは! 姫様、この魅惑の食べ物はなんという物なのですか?」

堕ちたわね。

「チョコレートよ。人間界で私自ら手に入れてきた物よ」

「なんと、人間界に姫様自ら出向かれたのですか!」

「ええ、人間界は油断できないけど、安全な場所を見極める目と、危険に対処する実力があればどうにかなるものなのよ。ただし、迂闊に行動すれば酷い目に遭うことも確実なのよね」

私も実際に確認した訳ではないが、裕太とシルフィの話ではいまだに人間は利に弱く戦争を繰り返しているから、この言葉は嘘ではない。

「むむ、このチョコレートでしたか? 魅力的ではありますが、その味に見合う危険も付きまとう訳ですな」

残念な顔をする兵士。味と危険、それを天秤にかけているのでしょう。

「そうね、普通に手に入れようとしたら命がいくつあっても足りないかもしれないわね。でも、安全な場所は見極めたわ。後はお父様と爺の許可が下りれば妖精界に新たな風が吹くでしょう」

あの聖域は裕太達と精霊達を怒らせなければ安全は確実。どれほどの数の人間が攻め寄せようとも、大精霊が力を振るえば安全は保たれる。

「陛下と宰相ですか」

「ええ、お父様はなんとかなりそうだけど、爺の頭が固いのよ」

「宰相が反対しているのでしたら簡単にことは進みませんな」

「ええ、だからみんなに味を知ってもらって、爺と対抗する時に力を貸してほしいのよ。別に無理をする必要はないわ。チョコレートをまた食べたいと思ったら、そのことを口にしてくれるだけでいいわ」

兵に無理をさせると、温厚なお父様を怒らせることになるから注意しないとね。

「その程度でまたチョコレートが食べられるかもしれないのであれば、協力させていただきます」

「ええ、お願いね」

とりあえず一人。でも、このペースだといつになったら望みが叶うか分からないわね。もっと効率を上げないと。

「姫様、このような場所でどうされたのですか?」

「クコ、良いところに来たわ」

手が足りないのであれば手を増やせばいい。

クコは私の側付きだから、私の自由に行動させられるし信頼もできる。そして王女の側付きであることからも分かるとおり優秀で顔も広い。

この子を手伝わせれば、城の女性達の大半を味方に付けられるはず。

「姫様、また何か悪いことを考えていますね」

疑問形でもなく断言しているところが小憎らしいわ。

「失礼ね。とても素晴らしいことを考えていただけよ。クコ、これを食べて気に入ったら力を貸してちょうだい」

でも、あなたが甘い蜜にかなりの拘りがあることは百も承知している。あなたが私を知るように私もあなたを知っているのよ。なにせ生まれた時からの付き合いなのだから。

「では、姫様、後はお任せください」

「ええ、お願いね。でも、つまみ食いはしたら駄目……少しだけなら許すわ」

私の言葉に悲しい顔をするのでつい甘やかしてしまった。

でも予想通りチョコレートを食べたクコは簡単に味方に付いた。予想通りだけど、少し心配になるわね。

でも、これで城の女性の大半は味方に付けられるはず。クコを通してお母様、お兄様、お姉様達にもチョコレートを届けられるし、残りは男性ね。

甘いものが好きで影響力があって顔が広い……妖精騎士団の副団長ね。彼を味方に付ければ、かなりの数を味方にできるはずよ。

***

「とまあ、こんな感じで味方を増やして要求を通したのよ。まあ、味方を集めたのに爺の頭が想像以上に固くて、最後には少し騒動になってしまったけど、まあ、要求が通ったのなら問題ないわよね」

わよね、と言われましても……たしかに最初の方は想像以上に真っ当で穏便な方法だったけど、騒動は絶対に少しではないだろう。

その部分を端折ったということは、王族として国の恥を外部に晒せないからか?

うーん、詳しい話を聞きたい気もするが、藪蛇になりそうだからスルーしよう。

大切なのは妖精の花蜜酒が定期的に手に入るということ。妖精界の物は出してくれないから、楽園での完成待ちだけど、希望があるのであれば待つことはできる。

それだけで十分だ。シルフィも同じ意見なのか頷いているし、これにて一件落着ということにしよう。

「あ、裕太が用意してくれた追加のお土産、かなりの力になったわ。ありがとう」

にこりと笑うジューン姫。一瞬あくどい表情の笑みが裏に見えた気がしたが、たぶん気のせいだよね。

カシュー君がとても物言いたげな顔をしているようにも見えるが、それも気のせいということにしておこう。