軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

七百六十七話 言葉の戦場

ジューン姫と出会った翌日、宣言通りジューン姫は元気いっぱいに現れた。俺はそんなジューン姫様を案内するために楽園観光コースを練りに練ったのだが、ジューン姫の暴走で一瞬で無に帰した。それでもジューン姫はかなり楽しんでくれた様子なので良かったのだが……シルフィが交渉を始め、場が緊張感に支配された。

「妖精の花蜜酒が目的ではなく、妖精の花蜜酒を呑むことが目的? 消費方法が違うだけで結果は同じに聞こえるのだけど?」

「ぜんぜん違うわ。私達は奪わないし強制もしない」

シルフィとジューン姫の視線が強く交わる。おそらく漫画やアニメだったら、視線が衝突して火花が散っているだろう。

息が詰まりそうな緊張感。

和やかなお茶会だったはずのこの場所が、外交と言う名の戦場に変貌してしまった。

凄まじい緊張感が漂っているが、こちら側の本音はただの呑兵衛だ。歴史的問題があり被害者である妖精達にはとても申し訳なく思う。

「奪わないのであればどうするというのかしら? 我々はもめ事の原因になった妖精の花蜜酒を妖精界から出すつもりはないわよ?」

ああ、それは確かに大切な保身だ。

妖精の花蜜酒どころか妖精自体が引き籠ったことで、妖精の花蜜酒は古文書の中のみの存在となり、お城に仕える偉そうな、というか偉いであろうお爺さんくらいしか存在を知らなかった。

完全に風化して存在が消えていない点が人間の業の深さな気もするが、もはや妖精を探す人すらいなくなったのだから保身は成功している。

お酒に凄まじい執着を示す某大精霊さえいなければ、本当に歴史から消え去っていただろう。

あれ? なんか俺達、お酒が呑みたいという欲望だけで妖精にとんでもない迷惑を掛けてないか?

……うん、掛けているな。だが、サイコロは既に手から離れてしまっているので今更止まれない。というか妖精の花蜜酒、呑みたい。

「妖精の花蜜酒を妖精界から出す必要はないわよ」

「あら? まさかあなた達が妖精界にお酒を呑みに来るつもり?」

そんなことは許さない。ジューン姫の目がそう言っている。

妖精界には興味があったのだが、この様子では観光で訪れるなんてことはできなさそうだ。

とはいえ、それは今の話。人間に対する信頼は回復できなくても、聖域であるこの楽園だけならば新しい信頼を生み出せるかもしれない。

自分達のことしか考えていない独善的な思考だが、そもそも、俺はこの世界の人間じゃないし、あと、あまりにも昔すぎて、人間側が妖精の存在すら疑問視するレベルなのだからどうしようもない。

ここは妖精の花蜜酒の為にも自分本位でいかせてもらおう。

「いいえ、そんなことまったく考えていないわ。ところで話は変わるけど、森の近くの空き地は見た?」

本当に話しが急激に変わったな。まあ、事情を知っている俺達からすると、シルフィが勝負に出たのが分かるんだけど、妖精側はジューン姫だけではなくカシュー君までキョトンとした顔をしている。

「? ええ、なかなか良い土地なのに活用していない様子だったからもったいないと思ったのを覚えているわ」

おお、妖精のお姫様から見ても俺達が作った土は良い物に見えるのか。

まあ、場所はともかく、ローゾフィア王国の大森林、その栄養豊富な森の土を移植し、土の大精霊のノモスと森の大精霊であるドリー、そして命の大精霊であるヴィータが土の調整をしたんだ。

草野球のメンバーにメジャーリーガーを呼ぶレベルの贅沢をぶちかましているのだから、評価が上々でないと困る。

「あそこを妖精の花畑にする気はない? 妖精の花蜜酒を妖精界から出す必要はないわ。無論出してくれたら嬉しいけど、それが駄目ならこの楽園で作ってしまえばいいわ」

「バカなことを!」

あ、ジューン姫が話す前にカシュー君がキレた。人間への不信感が強いカシュー君だからシルフィの言葉に我慢できなかったのだろうが、姫様の会話を遮るのは駄目だろう。

でも、怒るのも分かる。だって屁理屈だもん。

「そうバカな事でもないわ。何度も言うけどここは聖域。あなた達が警戒する人間は裕太とその弟子達しか存在しないわ」

「あら、その裕太と弟子達が裏切ることもあるわよね?」

酷い。誠心誠意お相手をして結構仲良くなれたかも、なんて思っていたが幻想でしかなかったようだ。

外交の場に個人の友誼や情を持ち込んでいては話にならないと理解はできるが、結構ショックだな。

「舐めないでちょうだい。裕太は楽園と言う名の聖域を生み出し、精霊王様にも私達大精霊にも精霊樹にも認められる存在よ。裏切るくらいなら正面から叩き伏せるわ」

シルフィ、交渉の為だとは理解しているけど、シルフィが言っている裕太って俺じゃないよね。あと、正面から叩き伏せるくらいならさすがに妖精の花蜜酒を諦めるよ。

楽しみがなくなるのは悲しいが、妖精の花蜜酒の為に戦いを起こそうとは思わない。

「でも、あなた達妖精の被害を考えれば、信用できないのも理解できるわ。万が一、裕太とその弟子達が妖精に理不尽を及ぼしたら、私達大精霊が責任をもって対処すると誓いましょう」

「……精霊は自然を司る存在。その在り方は契約以外で俗世に関わらないはずよ。契約者であるあなた達ならともかく、契約をしていないはずの他の精霊達まで裕太を信頼しているのはなぜなの?」

あ、カシュー君は詳しく精霊のことを知らなかった様子だったけど、ジューン姫は精霊のことを知っているのか。王族教育とかに精霊の話が含まれているのかな?

「それほど長い期間ではないけど、裕太と出会って裕太の成すことを私達は見てきたわ。死の大地の開拓を始めた裕太は精霊の中でも注目の的だった。その多くの精霊が判断したのよ、悪い人間ではないし、精霊の怒りを買うほど愚かでもないとね」

え? そんなに注目されていたの? じゃあもしかしてベリル王国でのあんなことやこんなこともみんな知っていたりする?

……いかん、恥ずか死にそうだ。

深く考えるのは止めよう。でなければ二度と夜遊びができなくなる。それはそれで辛い。

あれだね、信用されていると断言されたのに、微塵も嬉しくないね。

「アレが?」

ショックに打ちひしがれる俺を見て、アレ呼ばわりするジューン姫。地味に酷い。

「アレだから悪いことができる性格じゃないのよ」

シルフィまで……。

「私は別に人間を信頼しろと言っている訳ではないのよ。ただ、ここは人の生存圏から隔絶された場所だし、妖精にもこの世界でしか手に入らない物があるでしょ? この場所を利用したらどう? という提案よ。対価はこの地で作る妖精の花蜜酒でいいわ」

シルフィ、それはべらぼうに高価な対価なのですが?

まあ、自家生産している妖精からすると、それほど高価という訳でもないのかな?

「…………悪くない話かもしれないわね。たしかに妖精界にも不足している物はあるし、この地には目新しい物が溢れているもの」

「姫様!」

物に釣られたという訳ではないのだろうが、ジューン姫が肯定的な意見を出したからかカシュー君が悲鳴を上げる。

「でも、さすがにこれだけのことは私の一存で決断できないわね。帰って話し合う時間が欲しいわ」

なんかいきなりジューン姫が積極的になった気がする。もしかしたら妖精界では賄うのが難しい物資があるのかもしれない。

「無論構わないわ。話し合うにも条件が定まらないと難しいでしょうし、ある程度話を詰めておきましょう」

「そうね、私も頭が固い老人達を相手にすることになるから、その方がありがたいわ」

なんかトントン拍子な展開だな。カシュー君は完全にスルーされているけど。

「分かりました。その辺りは私がなんとかします」

私が、というか、マリーさんに丸投げするだけなんだけどね。マッサージチェアにチョコレートと色々と貸しを作りまくっているから、俺の代わりに馬車馬のごとく働いてもらおう。

まあ、マリーさんは強制しなくても自分から馬車馬のごとく働いているけどね。

ジューン姫との交渉で見えてきたのは、妖精界では金属が不足しているようだ。しかも鉄とか銅のようなこの世界ではありふれた金属が……。

妖精界にもない訳ではないようだが、そもそも妖精は採掘や金属加工に便利な能力が身に付きづらい種族らしい。

それに加えて、自然破壊に繋がりやすい精錬や加工が嫌いらしい。これは人間の悪行が深く関係しているようだ。

現在の妖精界の金属事情は、はるか昔、この世界と接触を持っていた頃に入手した貴金属を大切に扱い、壊れたらリサイクルしながら使い続けてきたらしい。

だが、再利用するにも限界がある。ましてや妖精界は気が遠くなるほど長い間引き籠っていた。残されている貴金属は少なく、不自由しながら代用品で賄っていたのだそうだ。

だが、楽園との接触を認めればこの辺りの問題は解決する。

おそらく楽園が鎖国時代の日本の長崎の出島のような扱いになるのだろう。

「さて、面倒な話はここまでよ。大切な条件を詰めましょうか」

シルフィと厳しい表情で条件を詰めていたジューン姫が明るい表情に切り替わった。

大切な条件? 今までその大切な条件を詰めていたのでは?

……甘味の融通についてだった。

昨日今日のおもてなしが功を奏していたらしく、楽園と妖精界の貿易のメインは貴金属と甘味が通貨代わりになりそうだ。

いや、その妖精の花蜜酒も楽園で生産されるのだから、妖精界の貿易ということにはならないのか?

……分からん。でもまあ、貴金属と甘味の対価で妖精の花蜜酒が手に入るなら好条件だろう。

ん? 妖精の花蜜酒が潤沢に手に入るようになるなら、妖精の花蜜酒を利用した甘味が作成可能になるということか?

あの甘く芳醇な味と香りのお酒、絶対に甘味にピッタリなはずだ。仕入れられるようになったらルビーと一緒に商品開発だ。

「これでなんとかなるかしら? でも、あの老人達、本当に頭が固いのよね。でもまあ、頑張ってくるわ。じゃあ、また明日ね。行くわよカシュー」

そうか、まだ仕入れられると確定した訳じゃないのか。ジューン姫には頑張ってほしい。

それにしても、最初のピリピリした雰囲気はどこにいったんだろう? 条件を詰めている間にシルフィとジューン姫、なんか意気投合しちゃっていたけど……どのタイミングで仲良くなったかサッパリ理解できなかったよ……。