軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

七百六十四話 ジューンベリー第三王女

妖精の高い警戒心を感じ、シルフィは時間を掛けることを選択した。その方針に俺達も従い、午前中は妖精と仲良くなるための時間に当てることにした。といっても、妖精門の近くでお茶会をして、シルフィと妖精のポツリポツリとした会話を聞いているだけなのだが。だが、そんな地味な努力を開始して五日、その方針が根底から覆りそうになっている。その原因はジューンベリーと言う名の妖精のお姫様の登場だ。

「えーっと……私は裕太と申します。初めましてジューンベリー第三王女様」

とりあえず、妖精のお姫様から飛んできたド直球な質問はスルーして自己紹介をしてみる。

「ああ、挨拶がまだだったわね。私はジューンベリー。別に第三王女様なんて面倒な言葉は必要ないわ。ジューンと呼んでちょうだい。私も裕太と呼ぶわね」

妖精の権力構造は知らないが、さすがに王女を呼び捨てにしてはいけないことくらい理解できる。

だっていまだにお姫様を妖精界に連れ戻そうと奮闘している妖精君が、お姫様の言葉を聞いて鬼のような形相で俺を見ているもん。妖精は臆病という言葉に疑問を覚える形相だ。

「……ありがとうございます。では、ジューン姫と呼ばせていただきます。ああ、この子達は私の弟子達です。みんな、自己紹介を」

俺の言葉にジーナ達がジューン姫に自己紹介をする。ジーナは簡潔に、サラは上品に、マルコは元気いっぱいに、キッカは怯えながらも仲良くなりたいと気持ちを込めて、みんな良い自己紹介だ。

「ふふ、こんなに沢山の人間を見るのは初めてだわ。まあ、人間を見たのが今日が初めてなのだけど」

人間を見るのは初めてなのか。分かってはいたが妖精界は完全に鎖国状態だったんだな。

「でも、やはり聞いていた話とは違うわね。欲深くもなさそうだし、私達を捕らえてどうこうしようという下賤な企みも見受けられない。面白いわ。妖精の言い伝えが間違いだったのかしら? それとも人間が変わったの? ねえ、どっちなのかしら?」

そんなこと俺に言われても知らないよね。

ただ、俺には余裕があるから妖精をどうこうしようと思わないだけで、財政的にピンチだったら邪な考えを抱かなかったかと言われたら断言できない。

いや、まあ、さすがに捕まえて売り払うなんて思い切りのいいことはできないだろうが、最低でも商売くらいは持ちかけただろうな。

それはともかくとしてジューン姫の言葉から考えるに、妖精界では人間の悪辣さが教育に組み込まれているようだ。

その教育がでたらめな物だったら抗議案件なのだが、実際に完全鎖国を決断するほどの被害に遭っているようなので、たぶん、その教育内容は間違っていないのだろう。

そりゃあ妖精君の警戒心も高くなるよね。むしろ警戒心よりも好奇心が勝っているジューン姫の方が問題な気がする。

「……人は沢山居ます。良い人も悪い人も普通の人も利益に弱い人も沢山です。ジューン姫が学んだ人間像は、悪い人と利益に弱い人のことではないでしょうか?」

俺に答えられるのはこれくらいだな。どちらかというと俺も妖精と同じく死の大地に引きこもっている側だし。

「なるほど、では、悪い人間に見えない裕太は良い人か普通の人なのね?」

デリケートな質問を続けないでほしい。

「いえ、私は利益に弱いですが、現状に満足している人間ですね」

確実に自分は良い人間ではないと断言できる。良い人間は裏社会の争いに関わってゾンビアタックを実現させるなんて行為をするはずないもんな。

自分では平凡なタイプだから普通かとも思うが、欲望、特に性欲と食欲に弱く、開拓ツールも精霊との関係も普通ではないので、普通からは逸脱した人間だと思う。

「難しいけど面白いわね。どうやって見分けるの?」

「見分けるのは無理なので、学ぶことと警戒心を高く持つこと。あと、妖精の皆さんが決断した、人間との関りを断つというのも効果的だと思いますよ」

善悪の判別ができるのであれば、世の中に騙される人は居なくなるだろう。同じ人間でも騙されるのに、人間を知らない妖精ならばなおさら判別は難しい。

危険な場所や人には近寄らない。それが正しい保身だと思う。まあ、分かっていても実行できないんだけどね。

夜の街とか……社会の闇が関わっている可能性が高いと分かりつつ、火に飛び込む虫のように近づいちゃうんだよね。ネオンの光、この世界では色付きの光球だけど魅力的すぎて困る。

「あら、裕太は妖精との繋がりを求めて妖精門を開いたのではないの?」

妖精との繋がりはロマンだけど、俺としては妖精の花蜜酒が主な目的だ。うん、俺は確実に欲深い人間だな。

「私は責任のとれないことはしない人間なので、人間と妖精を繋ごうとは考えていません。妖精と精霊が繋がり、その繋がりの中に私と弟子達などの親しい人間を含めていただければと思っています」

精霊はお酒以外は信頼できると確信できるからな。だって精霊って基本的にお酒以外に欲がほとんどないから、もめる理由がお酒以外にない。

まあ、最近は食事にも興味を持つ精霊が増えたが、それを独占したり更に多くを求めたりしないから信頼できる。

「面白いわ。面白いわね。じゃあ、裕太は―――」

「―――姫様、これ以上はいけません! 至急お戻りください!」

俺と話し始めたことで限界がきたのか、妖精君が大きな声をあげてジューン姫の言葉を遮った。

「もう、せっかく面白いところなのに、カシューは融通が利かないわね」

妖精君の名前はカシューと言うのか。シルフィと話していた時と違って声に感情が籠っているのが新鮮だ。

ただ、その感情もジューン姫にはまったく伝わっていないようで、面倒臭そうに受け流されている。

お姫様なのだから偉いのだろうが、下からの真摯な意見は聞かないと駄目だよ。まあ、忠告はしないけど。

なぜなら、ジューン姫と交渉したほうが話が早く進みそうだからだ。ごめんね、カシュー君。

シルフィも俺と同じ意見なのか、こいつは使える、そんな目でジューン姫を見つめている。

「妖精王様に報告しますからね!」

一向に話を聞かないジューン姫にカシュー君がブチ切れ、最終奥義、親に言いつけるを発動。

なるほど、王女という言葉から予想はしていたが、王様は妖精王と呼ばれているらしい。

妖精王、響きからしてとてもカッコいいな。

「好きにすればいいわ。怒られるのは慣れているもの」

それには慣れたらいけないのでは?

「沢山話して疲れたでしょ? お茶でもどう?」

ジューン姫とカシュー君の争いが収まった瞬間を見計らったシルフィがジューン姫をお茶に誘う。

「あら、良いわね頂くわ」

「姫様!」

カシュー君の制止の声を無視して、スルスルとテーブルにやってくるジューン姫。

「裕太。用意してちょうだい」

「了解」

魔法の鞄から妖精専用のティーセットを取り出し、ジューン姫の前に配膳する。

本来、このティーセットはカシュー君と仲を深めた時に使用するために準備した物なので少し武骨だが、うちには姫様が使用するに足るティーセットを作成できるメンバーが居ないので仕方がない。

この少し武骨なティーセットも、ディーネやドリー、ルビー達の意見を聞きながらノモスに作ってもらった物なので、事前に姫の来訪を知っていたとしてもどうしようもなかったんだが……。

こんどフィオリーナあたりにデザインをお願いするかな? 専門家ではないだろうが、確実に俺達よりかはセンスがあるはずだ。

「紅茶とパンケーキのセットになります。お好きな蜜を掛けてお召し上がりください」

ジューン姫に提供したのは無難なパンケーキ。ルビーに頼んで焼いてもらった、ミニサイズながらもしっかりとパンケーキの形を保った一品だ。

五百円硬貨程度の大きさのパンケーキは俺達からすると小さすぎるが、妖精のサイズで考えると顔くらいの大きさになるので足りないということはないだろう。というか大きすぎるな。無理そうだったら残すように進言しよう。

「まあ! これはカシューが持ち帰ったものの一つね。私も興味があったのだけど、食べられなかったのよ!」

ジューン姫のテンションが上がる。カシュー君に渡したお土産は、お姫様の目の届くところまで移動していたようだ。

でも、さすがにお姫様の口には入らなかったか。

ハイテンションのジューン姫の背後でカシュー君が頑張って制止しようとしているが、ジューン姫は完全にスルーすることを決めてようで返事すらしなくなっている。

俺としては心の隅でカシュー君を応援しているのだが、現実問題、取り入りやすいのはジューン姫なので利益優先で対処させてもらおう。

「べるわねー、これがすきー」

ノモスが作ったミニカトラリーを上品に構えたジューン姫にベルが自分の好きなミックスフルーツのソースをお勧めする。

このフルーツソースはルビーが開発した物で、様々な楽園産のフルーツを、手頃な大きさにカットし、形を崩さないように砂糖水で煮込んだ一品だ。

ジャムほどしっかりと煮込んでいないので、水分量が多いがその分フルーツの瑞々しさと爽やかさが味わえる。

あ、いかん、ジューン姫に出した小さなパンケーキを見て、ベルの口元にキラリと光るものが。

「みんなもおやつにしようか」

ジューン姫に集まる注目を軽減するために、テーブルにベル達やジーナ達のパンケーキを並べると、チビッ子達が競うように席に着く。これでジューン姫も落ち着くだろう。

「これ、美味しいわね!」

ベル達の注目なんて気にせずに既にパンケーキに手を付けていた。強い。あ、姫だから周囲の注目を浴びることくらい慣れているか。

まあ、喜んでくれているならいいか。

やはりジューン姫は好奇心が旺盛なようで、俺が用意した様々なソースをすべて試すようにパンケーキを堪能している。

掴みはOKなようだ。

ジューン姫にとっては巨大なサイズであろうパンケーキが凄まじい速度で切り崩されていく。

ただ、食べる速度がかなり早いのに、優雅な雰囲気が失われていないのはさすが姫といったところだろう。

背後に顔を蒼ざめさせているカシュー君が居なければ、一枚の絵画としても魅力的な構図かもしれない。

この様子なら話はまだ続きそうだし、カシュー君の胃は大丈夫かな?