軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

七百五十一話 妖精の花蜜酒

マリーさんとソニアさんをチョコレートで撃退し、フィオリーナと別れて最速で楽園に戻ってきた。普通ならサクラの相手をしつつ精霊達に楽園の様子を聞きながらのんびりするのだが、今回は妖精の花蜜酒を呑むための準備に取り掛かる。

近くで香水瓶をぶちまけたような凄まじい香り。それでもまったく不快に感じない不思議な香り。

嗅いでいるだけでふわふわとした気分になってくる。

「裕太、早く」

妖精の花蜜酒の香りに酔っていると、シルフィから催促の声が飛んでくる。シルフィだけではなく大精霊達も焦れ気味で、しかもその背後にはチビッ子組まで集まっている。

香りが大精霊達を焦らし、お酒を呑まないチビッ子達を惑わせる。凄いお酒だな、妖精の花蜜酒。

感心しながらお酒を注ごうとして手が止まる。ミスリルの容器の大きさと形状的に傾けてお酒を注ぐのはこぼしそうだ。

妖精の花蜜酒をこぼしてしまったら、大ヒンシュクだ。

ひしゃくが欲しいが、変なひしゃくだと妖精の花蜜酒を台無しにしてしまうかもしれない。

「ノモス、妖精の花蜜酒を汲むひしゃくが欲しい」

「これを使え」

一瞬で状況を理解したのか、凄まじく早くガラスのひしゃくを作るノモス。ノモスを見ていたはずなのに、いつひしゃくが作られたのか視認できなかった。

ツッコミを入れたいが、これ以上引き延ばしたら大精霊が暴動を起こしそうなので、ガラスのひしゃくで妖精の花蜜酒を汲んでブランデーグラスに注ぐ。

たったそれだけの行為で再び花の香りが広がり、陶酔しそうになる。

「じゃあ最初だけ乾杯しようか。みんなグラスを持って。まあ、サラ達とベル達はジュースだけどね」

グラスを配った時にチビッ子組が残念そうな様子を見せたが、さすがにチビッ子達にお酒を呑ませるのは駄目だ。

特に子供が飲んでも美味しいと感じそうな、この妖精の花蜜酒は危険だ。幼少期の時点でお酒の魅力に気が付かせてしまいかねない。

そうなったら立派な呑兵衛の出来上がりだ。特に精霊組は将来お酒が大好きになる可能性が高いのだから、幼少期に目覚めるとどんなことになるのか恐怖すら覚える。

「みんなグラスを持ったね。では、乾杯!」

まあ、グラスといいつつ、人型タイプではない精霊の前にはおわん型の飲み物入れが並んでいるのだが、細かいことは気にしないで乾杯を宣言する。

「「「乾杯!」」」

全員で乾杯し子供達は躊躇いもなくグラスに口を付ける。一方大人組は、いつもと雰囲気が違う。

いつもなら駆けつけ一杯、いや、三杯……十杯くらいの勢いでお酒を喉に流し込むのだが、今回はグラスを慎重に口に近づけていく。

それだけ妖精の花蜜酒が大精霊達にとって特別なお酒ということなのだろう。

「ふぅ……なつかしいわね……」

「そうねー、お姉ちゃんも呑んだのはかなり久しぶりよー」

「うむ、じゃが昔呑んだ物よりも美味い気がするが気のせいか?」

「いえ、ノモスの言うとおり美味しくなっています」

「熟成されたんだ。俺達は手に入れたらすぐに呑んじまうからな」

「そうだね。この味は時間の賜物だよ」

大精霊達が凄く穏やかな顔をしている。俺では想像もつかないほど長く生きてきたのであろう大精霊達。

その生と同じとまでは言えないだろうが、それでも考えられないほど長く時を重ねてきた妖精の花蜜酒、何かシンパシーのようなものを感じているのかもしれない。

「師匠、呑まないのか?」

「ジーナこそ、呑まないのか?」

「いや、呑むけど……これ、人が呑んで大丈夫なお酒なのか? 大精霊達のあんな様子、初めて見るぞ?」

それな。

人の国が保管していたのだから、人が呑んでも大丈夫なお酒なはずなのだが、それでも躊躇してしまうくらいに想定外の雰囲気だ。

俺的にはいつもよりもテンションが高い大精霊達が大騒ぎするお祭りのような時間を想像していたのだが、これだと落ち着いた高級なバーでゆったりグラスを傾けている紳士淑女でしかない。

「……とりあえず呑んでみる」

さすがにジーナを実験台にする訳にはいかないので、俺が呑む覚悟を決める。呑まないという選択肢も考えたが、その選択肢を選ぶには妖精の花蜜酒の香りが魅力的すぎた。

「大丈夫か?」

「大丈夫じゃなさそうだったらヴィータに診察を頼んでくれ」

ヴィータが居れば生きてさえいればなんとでもなるので、その点は気楽だ。

覚悟を決めて妖精の花蜜酒を傾ける。綺麗な琥珀色の液体がゆっくりと口に近づいてくる。少しとろみを帯びているような動きをしているので、かなり粘度が高いお酒のようだ。

妖精の花蜜酒が口に入ると、強烈に香っていた花の香りが爆発したかの如く増殖し、口や鼻どころか体の隅々、細胞の一つ一つにまで染み渡るように広がる。

続いて強烈な甘味と強烈でしびれるほどに強いアルコールが舌に広がる。甘くて強い。

体が熱を帯びるような甘味と酒精の強さ。それが波のように体に伝わっていく。

ああ……なんだか分からないが溶けてしまいそうだ。

ゆったりと感動と余韻に浸っていると、波が小さくなるかのごとく徐々にその余韻が消えていく。

強烈な甘味と強烈な酒精もその余韻と共に去っていき、後味はわずかに鼻に残る花の香だけ。

強烈なインパクトを与えながら、最後は全てを連れて何事もなかったように去っていく。余韻はわずかな残り香だけ、なんというか粋なお酒だ。

「うわっ!」

いつのまにか閉じていた目を開くと、ヴィータの顔が間近にあり驚いて情けない声を上げてしまう。

「ふふ、裕太、妖精の花蜜酒はどうだった?」

「言葉に言い表せないくらい美味かったよ」

「僕達精霊のお気に入りのお酒だからね、気に入ってくれて良かったよ。じゃあ僕は戻るね」

ヴィータが何事もなかったように自分の席に戻っていった。いったい何だったんだ?

「師匠、本当に大丈夫なのか? 十分くらいボーっとしていたんだぞ?」

「え? 十分?」

たしかに余韻に浸っていた自覚はあるが、それでも一分程度の感覚だった。マジか、妖精の花蜜酒は時間の感覚まで狂わせるのか?

「ああ、妖精の花蜜酒を口に含んだ後は、微動だにしなくなった。だからヴィータさんを呼んだんだ」

「なるほど、あまりに美味しくて、そんなに時間が経ったことに気が付かなかったみたいだ。心配を掛けてごめんね。でも、問題はないからジーナも呑むといい。感動する味だよ」

全てを連れて去っていく感覚なので、麻薬のような依存性は考えられなさそうだし、依存性があるならヴィータが呑むことを許さないはずだ。

「ちょっと怖いんだが?」

ジーナが少し引いている。まあお酒を口に含んだだけで十分も微動だにしなくなったら怖く思うのも当然だ。俺だってビビる。

「気持ちは分かるけど、それほど素晴らしいお酒ということだよ。一口飲んでみれば分かる」

「ええ……でも、今の師匠は大丈夫そうだし……呑んでみるよ」

そう言ったジーナがおそるおそる妖精の花蜜酒を口に含み、微動だにしなくなった。

なるほど、傍目から見ると確かに怖い。

俺はジーナが今、どのような感覚に陥っているかなんとなく理解できるからいいが、知らなければ大慌てでヴィータを召喚しただろう。

「…………あれ? 大丈夫なんだよね? あれ?」

俺がボーっとしていたのは十分程度だと聞いていたのに、もう二十分くらいジーナが微動だにしない。長すぎる、ヴィータを呼ぶか?

あ、動き出した。

「どうだった?」

「凄かった」

詳しく聞いてみると、ジーナは俺よりも舌も感受性も優れているようで、俺がたどり着けなかった領域まで感じ取り、その余韻に浸りきっていたようだ。

つまり、ジーナは俺の倍くらい舌と感受性が優れていることになるのか?

「え? 本当に二十分くらい動かなかったのか? あたしの感覚だと一分くらいなのに……」

「でしょ、時間が消えるよね」

「ああ、火を扱っている時には絶対に呑んだら駄目なお酒だな」

「たしかに」

ボーっとしている間に火事になったら本気で洒落にならない。

ん? 火事、何かが引っ掛かる……ああ、鍛冶か、メルにもこのお酒を味わわせてあげたいな。

そうなると弟子の中で差別したくないからフィオリーナにも……シルフィ達が一緒だと俺がミスリルの容器を開けた瞬間騒ぎそうだから、タイミングを見計らって彼女達にもご馳走することにしよう。

あ、弟子ではないがラエティティアさんにも妖精の花蜜酒を味わってほしかったかも。しまったな、呑み始める前にサクラに呼びに行ってもらえばよかった。

まあ、こちらもタイミングを見計らってだな。今回は大精霊達だけのあの空間をできるだけ壊さないようにしておきたい。

その後は会話もポツリポツリとしか交わさず、少しつまみを口に入れて、妖精の花蜜酒を一口飲んで余韻に浸る、そんな時間が流れた。

騒がしいのはチビッ子組が食事をしているライトドラゴンテント周辺だけ、その賑やかな音を遠くに感じながらゆったりとした時間を過ごしていく。

なんだかとても幸せだ。

***

朝、パチリと気分よく目が覚める。

昨晩はゆっくりと呑んでいたのだが、妖精の花蜜酒の呑みやすさの影響か、あるタイミングで急激に酔いが回り始めてすぐに撃沈してしまった。

ジーナも似たような感じだったので、そういう特性のお酒なのかもしれない。

視界がグルグル回るほど酔っていたから二日酔いを覚悟していたが、お酒が残っている感覚が一切無い。

こういう部分でも妖精の花蜜酒は優れているようだ。

スッキリとした気分で部屋を出ると、既に目覚めて遊んでいたベル達が俺が部屋から出てきたのに気が付いて群がってくる。

いつもの朝の楽しい日常だ。

「裕太! 妖精を引っ張り出しましょう!」

いつもの日常が始まったと思っていたら、いつもと違うシルフィの行動と言動。

妖精を引っ張り出す?

なんだか分からないが、凄く予想外な事が始まりそうな予感がする。

「おはようシルフィ。とりあえず話は朝食を食べてからにしようか」

雑貨屋と宿屋が建設中で、後には図書館建設が控えている。強化ガラスの作成にも挑戦したいし、地味に予定が詰まっているのだが……でも、妖精はロマンだよな……。