軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

六百七十九話 ベティさん頑張って

急遽開催を決定した精霊術師講習。それ自体は前回の経験もあり順調に進む。だが、そこに予想外の問題が発生した。ベティさんの体重増加問題だ。一瞬関わり合いにならない選択が脳裏をかすめたが、原因の一部に俺の行いがあることが否定できないので対策を打つことにした。関りが薄いリシュリーさんを巻き込んで……。

「……はぁ、分かりました。本来なら関わりたくないのですが、ほかならぬ裕太様の要請です。私も力を尽くしましょう。ですが、これは冒険者ギルドには関わり合いのない作業ですので、私個人の協力となり、私個人が裕太様に貸しができると判断します。構いませんね?」

少し悩んだ後、リシュリーさんが協力を約束してくれた。まあ借りができてしまうのは痛いが、計算ができるリシュリーさんが俺相手に無茶を言う可能性は低いから問題ないだろう。

それに、俺に貸しがある状況ってリシュリーさんにとっても大きいだろうし、たぶんよっぽどのことがない限りその貸しを使うことはないだろう。

「分かりました。貸し一つということでお願いします」

「承知しました。ですが私が協力したくらいでなんとかなるのですか? あの子と前に話した時は、忙しくなったら勝手に痩せるから問題ないんですとのんきなことを言っていましたよ? しかもかなり忙しそうにしている最中にです」

ああ、前に仕事でボロボロになって激やせしたことが成功体験になっているのか。あの人、実はバカなのかもしれない。

「残念なことに彼女がどれだけ忙しくなっても、今のままでは痩せることはあり得ません。だからこそリシュリーさんの協力が必要なんです」

「どういうことでしょう?」

首を傾げるリシュリーさん。

「リシュリーさんは講習中のベティさんの様子を見ましたか?」

「いえ、講習中は流れを把握するために全体の指揮を執っていましたが……そういえばベティさんの姿は見えませんでしたね。農家の方達は見た覚えがあるのですが……」

そうだよね。リシュリーさんは精霊術師講習を成功させようと頑張っていたもんね。

「ベティさんは隅っこでのんきに鳥の皮のパリパリを食べていました。二袋くらい……」

そう、それがベティさんがこのままでは絶対に痩せない理由。

前は忙しくて食事を摂る暇もなくて痩せてしまったが、今回は携帯性に優れ過剰にカロリーが摂取できる品が存在してしまっている。

しかもその鳥の皮のパリパリの試作、流通に関わっているから補給も万全。このままではどれだけ忙しかろうと、鳥の皮のパリパリに拒否反応が出るまで痩せることはないだろう。

色々と新商品が増えているようなので、太り続ける可能性すらある。

「なるほど、無理ですね。分かりました協力します。ですが商業ギルド所属のベティさんに冒険者ギルド所属の私がどのように協力すればいいのですか?」

「俺が望んでいるのは運動の実行と間食の防止ですね。食事と運動のメニューはこちらから提供します。リシュリーさんに望むのは、ベティさんを監視する冒険者の手配と運用ですね」

ぶっちゃけ、ベティさんが自力で痩せるのは無理だと思う。そして俺もそのダイエットに長々と付き合いたくはない。

だから監視の冒険者を雇ってしまえという暴論。ベティさんからすれば余計なお世話でしかない強制ダイエットだけど、俺の心の平穏と、ちょっとした好奇心のための犠牲になってほしい。

たぶん現代日本でやったら人権無視だとか、セクハラパワハラと言われる行為だが、まあ、ここ、異世界だし、ぶっちゃけると俺が知っているダイエット方法が異世界でどういう効果を及ぼすのかも興味がある。

俺も太るつもりはないけど、最近美味しい物も増えてきたし対策は大事だよね。

「その運動と食事のメニューとは? 裕太様はそのメニューが組めるほどの知識をお持ちなのですか?」

「そうですね、専門家とまでは言えませんが、それなりの知識は有していると思います」

ダイエットは日本でもお金になる分野だから、普通に生活していても勝手に情報は入ってくる。

無論、特殊なダイエットに素人が手を出すのは危険なので、今回は基本的なダイエットをお願いするつもりだ。

まあ、簡単に言えば、適切な食事と適切な運動、これだけだよね。

「内容をお聞かせ願えますか?」

リシュリーさんの瞳がギラリと光る。リシュリーさんは素晴らしいプロポーションをしているのだけど、それでも気になるらしい。

「分かりました。痩せる仕組みと食事についてお話ししますね」

リシュリーさんは協力者だし、知識を持っておいた方が現場がスムーズに回るはずだ。しっかり説明させていただこう。

「裕太様、素晴らしい知識です! なるほど、カロリーですか。食事の時間と内容も盲点でした。これはベティさんの為だけに使われるべき知識ではありません。商業ギルド、料理ギルドを巻き込み、ベティさんを使って検証しましょう。問題ありません、私が指揮を執ります。裕太様は教本を作ってください!」

リシュリーさんが俺の両手を握り熱く訴えかけてくる。顔が近い。良い匂いがする。

まさかダイエットの基礎知識でこれほど興奮するとは。

食事は夕食を軽めにとか、筋肉が多いと痩せやすいとか、野菜とタンパク質中心の食事の効果とか、そんな簡単なことしか話していないのだけど、リシュリーさんが他のギルドを巻き込もうとしはじめた。

しかもベティさんを実験台にするつもりだ。

料理ギルドがダイエットメニューを考え、冒険者ギルドが運動メニューの指導と開発、商業ギルドが、道具その他の面でのフォロー。

新しい仕事が生まれる! とリシュリーさんがつぶやいているが、本当に仕事になるのか?

「リシュリーさん、落ち着いてください。そもそも仕事になるほどダイエットをする人が居ますか?」

厳しい世界なので日本みたいに肥満に苦しむ人は少ない。マーサさんがふくよかなのが珍しいくらいだし、マーサさんはトルクさんの犠牲者だからしょうがないが、普通に見かける人は大抵がやせ型だ。

「裕太様、体形に悩みを抱えている方々はベティさんは例外として裕福な方々が多いです。その裕福な方々向けに依頼の幅が増えるのは各ギルドに少なくない恩恵をもたらします」

ああ、日本に比べるとパイが小さいのは間違いないが、そのパイの大部分が裕福なら価値が生まれるのか。

貴族の女性とかスタイルを気にしそうだし、スタイルを良くする筋トレも役に立ちそうだな。くびれとかヒップラインに効くやつとか。

俺がヨガをマスターしていたら、この世界に一大ムーブメントを起こせていたかもしれないな。

うん? 俺がリシュリーさんのことを巻き込んだはずなのに、なぜか俺が大変なことに巻き込まれようとしている?

嫌だぞ、楽園のリフォームでなんだかんだ忙しいのに、ダイエット関連で仕事を抱えるとか面倒が過ぎる。

「あの、リシュリーさん。俺から相談したことではあるのですが、話が大きくなっていませんか? 俺はあまり迷宮都市に滞在できないので、ほとんど協力できませんよ?」

ベティさんのダイエットだって、監視の冒険者を雇ってどうにかするつもりだったんだ。富裕層相手にダイエットビジネスはゴメンこうむる。

「ああ、そうでしたね。ではできるだけ教本を充実させていただけますか? それをベティさんで実践しながら経験を積み、分からないことがあれば相談させてください」

ベティさんの説得もまだなのに着々とベティさんのダイエットが既成事実化しているように思える。

でもまあ、痩せることは健康に悪いことではないから大丈夫だよね。余計なお世話だけど。

「分かりました。では、精霊術師講習が終わる前にできるだけ詳しい教本を用意します。ベティさんの説得はお任せしても大丈夫ですか?」

「……そうですね、直接要請するよりも業務命令にする方が良いでしょう。私が各ギルドに話を通しておきますのでご安心ください」

各ギルドが連携したらベティさんは逃げられないな。

……なんか凄く酷いことをしてしまった気がする。

せめてアレだ、あまり苦しまなくても大丈夫な感じで教本を書くことにしよう。

***

「うぅぅ、裕太さんのバカ!」

精霊術師講習三日目、俺が冒険者ギルドに到着するとベティさんが駆け寄ってきて俺を罵ってきた。

そうか、リシュリーさんに相談してまだ二日なのだが、ベティさんに伝わるまで話が進んだのか。

ふむ、余計なお世話をした自覚は十分にある。申し訳なく思っていることも事実。

だけど、頑張って俺をにらんでいるであろうベティさんを見ると申し訳なさが薄れてくる。

頬肉が揺れているのですが? あと、俺に向かって走ってきた時、足音がドスンドスンだったような気がするのだけど?

余計なお世話をしたと自覚しているのに、ベティさんを見ていると良いことをした気になってくるから不思議だ。

世の中には余計なお節介をする人が居るけど、その人の気持ちが少しわかった気がするな。

「ベティさん、頑張ってください」

「違います! 裕太さんがするべきなのは応援ではなく謝罪です。なんでリシュリーちゃんに余計なこと言っちゃうんですかー」

「だって、ベティさんが太った原因って鳥の皮のパリパリですよね? 俺としてもその製造にかかわった責任があるので、仕事を押し付けたベティさんの体調管理くらいは協力しようと思ったんですよ」

責任逃れのために。

「たしかにちょっと太っちゃいましたけどー、お仕事していれば痩せるはずですー」

今のベティさんをちょっと太ったとは言わない。だいぶ太ったと言う。

「でも、その様子だと業務命令が下ったんですよね?」

「はいー。いきなりギルドマスターに呼ばれて命令されましたー。鳥の皮のパリパリも取り上げられて今の仕事は全部なくなりましたー」

続けて、仕事が減るのは嬉しいのですが、鳥の皮のお仕事がなくなったのはショックですーとたそがれるベティさん。

それが太った一番の原因だから当然の配慮だろう。

「まあ、業務命令なので、お給料をもらいながら痩せられると考えればお得だと思いますよ?」

日本だとダイエットの為にそれなりにお金を掛ける人も居る。それに比べれば羨ましがられるお仕事だろう。

俺の返事に、そういうことではないのです。リシュリーちゃんの目が怖いのですと訴えかけてくるベティさん。

うん、リシュリーさんの目は、実験動物を見る目だろうから怖いのは当たり前だね。

ベティさん、頑張って。

そういえばリシュリーさんに借りができたけど、ギルド全体の仕事になったなら借りは消滅するのかな?

教本を渡す時に確認しよう。