作品タイトル不明
六百七十八話 精霊術師講習とベティさん
図書館の設計を建築家に任せることを思いつき、意気揚々と宿に戻るとジーナから伝言を聞かされた。精霊術師講習の開催についてどうするのか? というリシュリーさんからの伝言を。そのことをすっかり忘れていた俺は慌てて冒険者ギルドに顔を出し、合計三日間の精霊術師講習の開催をリシュリーさんに約束した。
「えーっと……ベティさんですよね?」
リシュリーさんに謝罪してから三日。その間にマリーさんに図書館の設計について相談し、予想通り王都に仕事を流すことになった。
残りの時間はベル達やジーナ達と楽しく過ごし、精霊術師講習の当日を迎えた。
リシュリーさんの焦り具合から大勢の人が集まることは予想していた。でも、やることはテンプレート化しているので問題ないと余裕しゃくしゃくだった。
シルフィ達が振るい落としをして、残った人に精霊との契約を斡旋し厨二な詠唱と動作を教える。
シルフィ達には浮遊精霊のスカウトと教育で少し頑張ってもらったが、それもお酒で解決したのでポイントを提供することすらなかった。
もはや驚くことなど何もない。そう確信するほどの自信があった……が、凡人の想像力など現実が軽々と凌駕していくことを実感することになった。
「あたりまえじゃないですかー。裕太さんが急に精霊術師講習を開催することにしたから大変だったんですからねー。急いで農業希望の精霊術師さん達を集めに村をまわったんですー」
なるほど、ベティさんがプンスコしているのは精霊術師集めが大変だったからか。
前の農業希望の精霊術師を集めるのもベティさんの仕事だったし、経験者に仕事が振られたのだろう。たぶん、おそらく、きっと……。
「そ、それは大変でしたね。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
どうする? ツッコミを入れるべきなのか?
実はすでにベル達から「ゆーたがへんなこといってるー」「キュキュー」「べてぃとはちがう」「ククー」「なかまをまちがえるのはださいぜ」「……」というお言葉を頂いており、その後、ベティさんのYESでベル達が愕然とするという典型的なボケとツッコミの流れは一通り済ませている。
チビッ子達のワチャワチャはとても微笑ましいが、問題はそこではない。ベル達が本人だと認識できないほど変貌してしまったベティさんだ。
もはやポッチャリと言うレベルを通り越してしまったベティさん。
農業をする精霊術師を集めに向かわせられたのは、少しは外に出て運動しろと思われたからではと邪推してしまいそうになる。
普通であればツッコミを入れるか、関わりたくないとスルーするデリケートな話題なのだが、その原因が思い当たるがゆえに迂闊にツッコミを入れられずスルーもできなくなっている。
ベティさんの変貌の原因って、絶対にアレだよね、ラフバードの皮のカリカリ。
美味しいもの大好きなベティさんが関わって味見をしないはずがないし、輸出品としても使える可能性がある物だから商業ギルドも料理ギルドも当然研究をする。
たぶん、新味とかが生まれたら喜んで試食していたんだろうな。新味ではなかったとしても、出来の確認とか品質管理とか言いながら味見を繰り返していたことも想像できる。
つまりベティさんが〇ブ、いや、お太りになってしまった原因の一部に俺が関わっていることになる。
それが、関わるか放置するか、その判断をとても難しいものにしている。
関わり合いがなければ本人の自由だと放置決定なのだが、俺が原因だとすると……うーん。
「裕太様、どうされました?」
俺がジレンマに陥り固まっていると、リシュリーさんが声をかけてくれた。まさしく天の助けだ。
とりあえず後回し、別に放置するつもりはない。ただ、まずは本来の仕事を終わらせないとね。これでもAランクの冒険者なんだし、仕事はきっちり熟そう。
「い、いえ、なんでもありません。準備は整いましたか?」
「はい、本日受講する精霊術師は全員集まり訓練場で待機しています」
リシュリーさん、今あなた、ベティさんを見て苦笑いしなかった?
「……分かりました。講義を開始しましょう。まずは選別ですね」
とりあえず精霊術師講習に集中するか。
***
シルフィ達による阿鼻叫喚の選別の儀式が終わり、それを突破した者達のホノボノな精霊契約にホッコリし、厨二満載の講義で少し心を痛めて初日の講習は無事に終了した。
ホッとしたところで始まったのは、冒険者達による青田買い。
訓練場の外に人が集まっているのはシルフィ達に聞いていたが、まさか市場のセリのように勧誘が始まるのは予想していなかった。
すでにパーティーやクランに所属している受講生と農業専門の精霊術師達は除外され、なぜかリシュリーさんが司会となって受講生の紹介が行われる。
俺が教えた精霊術はめちゃくちゃ強力という訳ではないが、それでもそれなり以上に活躍できることは以前の受講者達が証明してくれている。
基本的に魔法職は貴重なので、こういったギルドの仲介が必要なのだそうだ。無論、受講者達にも意思確認はされており、選択の権利も与えられている。
それがなかったら人買いと変わらないので、そこは少し安心した。
それにしても凄い熱気だ。
冒険者達の会話を聞いていると、分かったことがある。
上を目指す冒険者は自分のパーティーに足りない要素を精霊術師に求めていて、稼ぎを優先する冒険者は自分が拠点としている階層に対応した精霊術師を求めている。
精霊術師側も上を目指すか稼ぎや安定を優先するか等のパーティー事情を聞かされており、それも判断の目安としているようだ。
まるでお見合いパーティーみたいだな。
一人の少女が壇上に現れると、冒険者ギルド内が熱狂に包まれた。あの子は命の精霊と契約した女の子だな。
今日の講習で命の精霊と契約したのはあの子だけだから、回復職を欲しがっている冒険者達の熱狂も理解できる。
「この子に関しては冒険者ギルドからのお知らせがあります」
リシュリーさんが勧誘の前に冒険者ギルド側の判断を話し始めた。
どうやらあの少女は初心者なので冒険者ギルド預かりになるらしい。ギルドの治療所で学びながら経験を積み、いずれどこかのパーティーに加入するとのこと。
冒険者側からブーイングが起こるかと思ったが、意外とギルド側からの提案に納得している様子で驚く。
なるほど、前に命の精霊と契約したおじさんもギルドの治療所で働いていて、ギルドの治療所が充実することで受ける恩恵を冒険者側も理解しているらしい。
自分のパーティーに加われば恩恵は独り占めだが、別のパーティーに加われば恩恵は皆無。それなら広く浅くでも全員が恩恵を受けられる方がという判断のようだ。
命の精霊と契約すると、特別待遇が凄まじいな。
日本でなら他の受講者から不満の声が聞こえるレベルなのだが、直接命が関わっているからか、その辺りもシビアに判断されているようだ。
あと、今回は農業を仕事にする精霊術師が増えていた。
どうやら成長の加速と野菜の自衛、収穫の簡略化が上層部にまで届いたようで、様々なところから人が送られてきているらしい。
まあ収穫が増えれば税に反映されるし村の生活も安定する。利に聡い人なら動いて当然だろう。
驚くこともあったが、無事に精霊術師講習初日は終了。リシュリーさん曰く、残り二日も同程度の人数が控えているそうだが、おそらくなんとかなるだろう。たぶん。
「あの、リシュリーさん、ちょっといいですか?」
精霊術師講習も勧誘も終わり、冒険者ギルド内が静かになったところでカウンターに居るリシュリーさんに声をかける。
「あら裕太様、どうかしましたか?」
「お忙しい中すみません。少し相談があるのですが、お時間頂けますか?」
「……はい、構いません……精霊術師講習の中止といったお話でなければですが……」
たしかにリシュリーさんの立場なら、講習中止は困るよね。
よっぽどのことがなければ、さすがにそんな酷いことはしないのだが、冒険者ギルドとは色々あったので信頼度が低いのだろう。自覚はとてもある。
「いえ、まったく別の話です。あ、少し込み入った話になるから、ジーナ達は訓練場で体を動かしておいで」
「分かりました。応接室にご案内しますか?」
「……えーっと、では、お願いします」
一瞬悩んだが、デリケートな話題なので応接室をお願いする。
「それで相談なのですが、ベティさんのことです」
応接室に移動し、お茶を飲んで一息ついてリシュリーさんに話を切り出した。精霊術師講習の間に俺はベティさんの問題に関わることを決めた。
理由は、俺が原因でいろんなところに成人病予備軍が増える可能性に思い至ったからだ。
自分の欲望の為とはいえ、色々とバラまいて迷宮都市に高カロリーな美味しい物が増えた。深夜のラーメンとか……。
その問題を放置して将来苦しむ人が増えるのは心が痛む……ということではなく、自己保身のためだ。
現状を憂い、対策を提案したというアリバイを確保しておきたい。
「ああ、たしかにあれは裕太様の責任ですね。鳥の皮のカリカリ、私達の間でも止められないと話題になりました。それを食の誘惑に弱いベティさんに任せる判断は悪意が感じられます」
いや、俺が任せた訳ではないんだけどね。でも、切っ掛けではあるので強く否定はできない。
「えーっと、色々と誤解があるようなのですが……」
「そもそも、なぜ私に相談を?」
そこまで親しくありませんよね? とリシュリーさんの目が言っている。
たしかにそこまで親しくはないが、美女にそんな目で見られると悲しくなる。割とガチで。
「えーっと……女性の意見は貴重ですし、商業ギルドや料理ギルドに相談すると騒ぎになりそうだからですかね?」
あと、相談できる女性があまりいないからだ。悲しいから言わないけど。
サラとキッカはまだ小さいし、ジーナやメルは師匠として相談し辛い。マーサさんはふくよかなタイプなので相談が地雷になりかねないし、マリーさん達はお金の臭いに暴走しかねない。
頼りのシルフィ達はそもそも太らない。
という訳で、自分の人脈の弱さを嘆きながら、そこまで親しくはないが立場上有利なリシュリーさんを巻き込むことにした。ごめんね。