作品タイトル不明
六百七十四話 平穏の時
ジーナ、マルコ、キッカの教育の為に頑張っているサラに報酬を渡そうと、何か欲しい物がないか聞いたら本という回答を得た。そこからなぜか俺の思考が暴走し、精霊の村に図書館を造ることを決意。命名は精霊図書館、立派でファンタジーな図書館を造りたいと思う。でもその前に、シルフィ達の報告を聞かないとな。
「それでシルフィ、伯爵領はどうなったの?」
逸れた話題を軌道修正し、シルフィに伯爵領の反応を聞く。
「そうね、最初は明るくなってから見張りの兵士が石橋を発見したわ」
まあ、そうだろうな。暗い間は城門が閉じるから、最初に外に出る兵士が発見する可能性が高かった。それが予想通りになっただけだ。
「その兵士は遠くに見えている石橋を現実だと思わなくて、しきりに首を捻ったり頬をつまんで眠気を払おうとしたりしていたわ」
ちょっとシルフィの声が楽しそうだ。その兵士はなかなか面白いリアクションをしたのかもしれない。
「それで同僚に自分の目がおかしくなったかもしれないと相談して、同僚と一緒に見張り台に、それから大騒ぎになったわ。上司に報告し、上司が確認して目を疑って、それからまた上司に報告、それを繰り返してようやく伯爵に話が伝わったの」
気持ちはよく分かる。俺は原因とノモスの実力を知っているから理解できるけど、普通の人は一夜にして巨大な石橋が現れても現実とは思えないよね。
「伯爵は子爵領の石橋のことを知っていたから、すぐにそれを知っている部下に確認に行かせたわ」
ああ、見張りの兵士の方は子爵領の石橋を知らなかったのか。それなら余計に混乱しただろう。
「その報告が事実だと分かって大騒ぎになったわ。身の安全の為に兵を招集し、領都の不審者の洗い出しも内密に指示して、ああ、子爵領との境にも警戒を指示していたわね」
なるほど、素早く自己保身に走れるのは貴族として優秀な証なのだろう。まあ、全部無駄なんだけどね。俺達はよっぽどのことがない限りこれ以上干渉するつもりはない。
ん?
「兵を集めたり領との境に警戒の指示を出したりしたみたいだけど、そのまま子爵領に攻め入ったりはしないよね?」
ちょっかいを出して暴発されてしまうと、それはそれで面倒だ。精霊達に頼めば鎮圧できるだろうが、そこまでする義理はない。
「全部自分の守りを固めるためだから問題ないわね。伯爵側もようやく自分達に危害が加わる可能性を理解したのか、子爵家へのちょっかいを忘れて自分達の身を守る方法を議論していたわ」
なるほど、自分の身を守るために子爵領を滅ぼす! なんて決断さえしなければ侍女の身の安全は保障されそうだな。
「思った以上に恐れてくれたみたいだね」
「そうね、罪の擦り付け合いが始まるくらいには恐れていたわ」
伯爵家はちょっとした恐慌状態のようだ。狙い通り平地に巨大な石橋を造るという意味不明な行動が恐怖を誘ったのだろう。
その結果、謀略を仕掛けていたら意味不明の敵が現れたから、藪を突いたやつを責任者にして責任を取らせるってところかな?
貴族社会の闇は深い。
「それで、その会議の結果はどうなったの?」
「結論は警戒しながらの様子見ね。謀略を仕掛けた側だから、下手に目立つ行動もできないようよ」
あー、こんな謀略を仕掛けるくらいだし、他にも後ろ暗いことを沢山していそうだね。注目を浴びて調べられると不味いのか。
それならもう介入しなくても大丈夫だろう。祝福の地を視察するだけだったのが、変なことに巻き込まれてしまったが、これでひとまず一件落着だ。
「了解。ありがとうシルフィ。とりあえずお酒を用意するね」
仕事をしてくれたお礼のお酒を……部屋の隅に用意しよう。部屋の外に護衛兼監視が付いているから、騒がずに飲んでもらいたい。
このお礼、本来なら新たに導入したポイントをさっそく要求されるかと思っていたのだけど、一般的な契約精霊の仕事ではポイントが発生しないことをシルフィ達はちゃんと理解してくれていた。
こういう判断基準がしっかりしているところがシルフィ達の凄いところだと思う。
「あ、裕太、お酒の前に相談したいことがあるんだけど……」
立ち上がろうとしてヴィータに止められる。命の大精霊であるヴィータの相談?
「えーっと、どうしたの?」
ヴィータにお願いしたのは、子爵領の石橋を造ったせいで仕事が大変になった村長さんの健康管理だが、何か問題でも起きたのか?
「あの村長なんだけどね、毎日限界まで働いて精神もボロボロになるほど追い詰められているんだけど、僕が毎日隅々まで治療しているから体だけは元気いっぱいなんだよね」
ヴィータは精神までは癒せないんだったな。
なるほど、ヴィータが申し訳なさそうにしている理由が分かった。
村長はストレスを抱えながら終わりのない地獄を走り続けているってことだね。
「精神は闇の精霊の領分だったよね? さすがに契約もしていないオニキスやダーク様に治療をお願いする訳にもいかないし、闇の精霊と契約をした方が良いのかな?」
今でも大精霊達には渡す魔力を絞ってもらってベル達に流してもらっているから、新たに精霊と契約するのもどうかと思わなくもない。
面識のないお爺さんの為にそこまでする必要があるのかが疑問だ。俺が迷惑を掛けた相手でなければ考慮する必要すら感じないだろう。
「裕太が闇の精霊と契約するべきだと思うのならそれでも構わないけど、僕としてはそろそろ休ませてあげたいんだよね」
あ、そっちなんだ。いかんな、思考がどうやったら健康なままに働かせ続けるかで固まっていた。
体が健康なんだし精神が復活すれば問題ないよね、なんて思ってしまったが、普通に考えたら人の心がないと言われても否定できない。
「聞いてはいたけど、そこまでなんだね」
「どうにも向いてないみたいなんだよね。村人からも慕われている良い村長なのだけど、長く平穏の中で暮らしてきたようで、偉い人が近くに居るだけで精神を消耗してしまうんだ」
村の長としてそれで良いのかと思わなくもないが、陸の孤島の更に外れの小さな村の村長ともなると、上との付き合いなんて税を納める時くらいしかないのだろう。
そんな村を思い付きで嵐に巻き込んだことには、ちょっと、いや、かなり申し訳なく思う。
「了解。じゃあ村長に休息をとってもらえるようにしようか。でも、どうすればいいのかな?」
聞いた話をまとめると、ヴィータが手を引いたら村長の休息が永遠になる気がしないでもない。
「そうだね、回復量を減らして、徐々に体力が落ちていく様子を見せるのが無難なのだけど、それだと体はともかく心がもたない。だから、回復させるのを止めて一気に疲れが出たと思わせるよ」
高齢の村長ならそっちの方が無難かもしれない。燃え尽きてからのボケが心配ではあるが、まあ、脳もヴィータなら治療できそうだしヴィータなら上手くやるだろう。
「じゃあ、それでお願い。細かいところはヴィータに任せるよ」
よし、これで本当に一件落着……でいいのか?
経済的に考えれば他領との玄関口として栄えることになるから、それが報酬と言えなくもない。
でも、その村の人、特に村長が村がそれほど栄えることを願っていたのかというと、ちょっと違う気がする。
多少経済的に苦しくとも、穏やかな日常、想像でしかないでそれを願っていたように思う。
ようするに俺は余計なお世話をしてしまったということだ。
だから俺の心の平穏を保つためにも、村長にこっそりとお詫びをしておきたいのだが、これもまた難しい。
単純に考えると、ドリーに頼んで村の近くに貴重な植物を生やしたり、ノモスにお願いして貴重な鉱石なんかを集めてもらったりだけど……村長のストレスが増えるだけな気がする。
「ねえ、ヴィータ。村長は何か困ってなかった?」
こういう時は知っている人に聞くのが基本。押し付けなプレゼントは迷惑になることがある。
「村長は全てに困っている様子だったね」
そうだった。村長はかなり追い詰められていたんだった。
村長の息子とやらを素早く村に送り届けるのが一番な気がするが、それはそれで息子に迷惑が掛かりそうなので却下だ。
「俺達が目立たず解決できそうな困りごとはなかった?」
「あー、そうだね……人が増えて水が足りないと困っていたかな」
開発の為の人員と守備の為の兵士が増えたんだったな。
「ん? 近くに川があるよね?」
「谷底にある川は深すぎて利用できないから、水は別の水脈から確保しているようだよ」
それもそうか。気軽に利用できるなら陸の孤島になるはずもない。
「じゃあ、ディーネとノモスにお願いして水場を増やしてもらおうか」
色々とキリがないから、それで一件落着ということにしておこう。
***
とある子爵領の村
「なあ、最近村長の体のキレが悪くなってねえ?」
肩を落として去っていく村長を見つめて呟く村人。
「そうだな、この前までキレッキレで動いていたのに、なんか辛そうに見える」
「だよな。あと、顔色も悪い気がする」
「ああ、この前、突然水が湧いた時には目をギラギラさせながら狂喜乱舞していたのに、今はなんか死ぬ一歩手前の家畜の目に似ている気がする」
「「……ヤバくね?」」
村人二人が顔を見合わせ冷や汗を流す。
「村長の家の家政婦は……たしか駐屯地の手伝いで不在だったな」
「ああ、様子を見に行った方が良いかもしれねえ」
村人二人は去っていった村長を追いかけ村長の家に向かう。
「「そ、村長!」」
村長の家に入るとそこには……椅子に腰かけ悟ったような微笑を浮かべたまま気絶している村長の姿が……。
「お、おい、医者を呼んで来い。たしか駐屯地に軍医が居るはずだ」
「わ、分かった」
村人の一人が走って家を出ていき、残った男は村長をそっと抱え上げてベッドに向かう。
「村長、こんなに軽かったんだな。満足そうに笑っているが、そんなに村の発展が嬉しかったのか? でも、俺は村の発展よりも、村長が元気で居てくれる方が嬉しいよ……」
村人は少し悲しそうに笑い、村長を優しくベッドに寝かせる。
その姿をヴィータが見守っており、村長の笑みは満足そうな笑いではなく、限界を迎えて辛い現実から逃げられる笑みだと理解していた。