作品タイトル不明
六百四十七話 たぶん気のせい
楽園の拡張計画、その第一段階である森の拡張の基礎を終え、お祝いを兼ねてテリヤキバーガーセットを披露した。結果は子供組にはサラを除いて大好評で、大人組は不味くもなければ騒ぐほど美味しくもないといった反応だった。思い出補正……。
「メル、久しぶり」
テリヤキバーガーショックの後、土の補充の前に諸々の用事を済ませるために迷宮都市に移動した。
相変わらず料理に熱を上げているトルクさんの宿で部屋を取り、マーサさんとお話をして、ジーナ達がメルに会いたいということで工房に顔を出した。
「あ、お師匠様、お久しぶりです」
ちょうど店舗スペースに居たメルが笑顔で出迎えてくれて、そのメルにマルコとキッカが笑顔で突撃していく。
それを見ながらメラルとメリルセリオにも視線で挨拶をする。お、ベル達がメラル達に突撃した。
閑古鳥が鳴いていた頃のメルの工房でなら普通にメラル達とも挨拶ができていたのだが、劣化ダマスカスの一件以来、ポルリウス商会のおかげで混雑が緩和していても来客は地味に多い。
さすがにこの状況でのんきに精霊に話しかけることはできない。
それにしても本当に人が増えたな。マリーさんとソニアさんは居ないようだがポルリウス商会の制服を着た人も居るし、下僕三人衆であるゴルデンさん達とその三人に指示を出しているユニスも……ん? なんか視線の先に居るはずのない人が……。
「……ねえ、メル、あの人というかドワーフなんだけどドルゲムさんだったりする?」
王宮鍛冶師長という、なんか凄く偉そうで責任ある立場のドワーフが、下僕に混ざって雑用をしているように見えなくもないのだけれど、気のせいだよね?
あれだ、ゴルデンさん達三人の管理は優しいメルには難しいから、メルの幼馴染のユニスにも管理を任せた。だからユニスのパーティーメンバーがお手伝いに来ているだけのはずだ。
種も若干違うし、俺がドワーフの顔をちゃんと見分けられなかっただけだろう。そうに決まっている。
「……はい、ドルゲムさんです」
困ったように微笑みながら、雑用をしているドワーフがドルゲムさんであることを認めるメル。
畜生、俺、ちゃんとドワーフのおじさんの顔の見分けがついてた。
「……なんでそんなことになってるの?」
「あの、一度だけダマスカスの製造を見せるだけの約束だったんです」
うん、それは俺も知ってる。
「それで一度お見せしたらなぜか騎士の詰め所に居ついてしまって、毎日工房にお手伝いに来てくださるようになりました」
うん、全然分からん。なんでそうなる?
いや、常識で考えるから駄目なのか。あの人、鍛冶の為なら王宮鍛冶師長という偉そうな肩書も放り出しそうだもんな。
たんに劣化ダマスカスに興味津々で、できるだけ近くで謎を解き明かしたいから騎士の詰め所に押し掛けた、騎士達が可哀想ではあるがそれだけなのだろう。
たぶん、迷宮都市の鍛冶師ギルドにも迷惑を掛けているな。
「迷惑なら俺から王様に話を通そうか?」
直接ドルゲムさんに話を通すのは無理だ。理屈じゃ動かないマニアの説得なんて根気が必要なミッションは俺の手に余る。
部下の責任は上司の責任、国のほうで対処するべきだろう。
「いえ、迷惑と言うかなんというか、とても緊張はするのですが、とても勉強にもなるんです」
「あー、なるほど」
ドルゲムさんはこの国でトップクラスの腕前の鍛冶師だろう。そんなドワーフが自分の工房で雑用まがいのことをしている。
気が弱いメルからすればストレス案件な訳だが、同時に鍛冶に強い情熱を持つメルからすればドルゲムさんのアドバイスは値千金の価値がある。双方にメリットとデメリットがあり判断できなくなっちゃったんだな。
うん、しばらく放置で大丈夫だな。
メラルとの契約に失敗しても、店に閑古鳥が鳴いても、周囲から馬鹿にされても、諦めずに鍛冶を続けてきたメルだ。王宮鍛冶師長の技術を盗むチャンスを逃すほど無欲なはずがない。
ここで俺がしゃしゃり出るのは余計なお世話というやつだ。
「とりあえずドルゲムさんに雑用なんてさせずに鍛冶を習ったら? ドルゲムさんの技術を盗めるだけ盗んじゃいなよ。対価が必要なら、そのたびにダマスカスの制作現場でも見せてあげればいい」
「いいんですか!」
おお、メルの表情が輝いた。やっぱりドルゲムさんの技術に興味津々だったんだな。
「うん。一度だけの約束はメルに迷惑が掛からないためだから、メルにメリットがあるなら何度見せても構わないよ」
まあ、精霊術師でもないドルゲムさんに再現は難しいと思うが、ドワーフなら別のアプローチで劣化ダマスカスを再現できる可能性もある。
「ありがとうございます」
キッカに抱き着かれながら喜ぶメル。こうしてみると、ただの可愛らしい少女なんだけど、やっぱり職人なんだよね。喜ぶポイントが普通の女性とズレている。
「あ、大丈夫だとは思うけど国から何かを言われたら、すぐに俺に言ってね」
国としてもドルゲムさんの不在は困るだろうが、ダマスカスの制作方法が分かる可能性と、自意識過剰かもしれないが俺との繋がりが太くなるなら、邪魔をしないほうを選ぶだろう。
最悪、俺不在の時にメルに何かをしようとしても、メラルとメリルセリオが一緒だから身の安全は問題ない。まあ、迷宮都市の安全が若干脅かされるかもしれないが、この国の王様は優秀に見えたので馬鹿な判断は下さないだろう。
……とりあえずメルの工房は問題ないとして、次はマリーさんのところと言いたいが、マルコとキッカはもう少しメルとお話がしたいみたいだ。
忙しそうなところ申し訳ないが、しばらくジーナ達を預かってもらって俺は別行動ということにするか。
ごめんねメル、ワガママな師匠を選んでしまった自分の不運を恨んでおくれ。
***
「裕太さん、ようこそいらっしゃいました!」
店に到着するなり、マリーさんとソニアさんに熱烈にお出迎えされるが、メルの工房にポルリウス商会の制服を着た人が居たから予想はしていた。
そういえば最近ソニアさんから驚かされることがなくなったな。最初の頃以降、ほぼ完璧に対処し続けたから、ソニアさんも諦めたのかもしれない。
完全勝利だな。
別になにか報酬がある訳でもないが、これはこれで気分が良い。
「それで裕太さん、獣人に変装するイベント、結構人気なんですよ。期間限定で本気でやっているのがいいのか、わざわざ足を運んでくれるお客様も多くて―――」
応接室までの道すがら、マリーさんが上機嫌に獣人コスプレの評判を教えてくれる。そもそものきっかけが罰ゲームだったことを覚えているのかすら疑問だ。
「え? 今、なんて?」
理解が追いつかなくてスルーしそうになったが、マリーさんがとんでもないことを言った気がした。聞き間違いであってほしい。
「ですから、服飾ギルドと提携して、ケモミミとシッポの生産を始めたんですよ。クオリティにも拘って、獣人の方達にも協力をお願いしました」
聞き間違いじゃなかった。
マジか。この人、店のイベントにするどころか、それで商品まで作っちゃったよ。
え? これって俺がこの世界にコスプレ文化を広めた切っ掛けになったってこと?
コスプレは楽しい趣味だけれど、それを異世界に持ち込んだ主犯にはなりたくないぞ。あ、いや、そういえばベリルの歓楽街ではコスプレっぽいお店も存在したな。
うん、俺が主犯じゃない。もしかしたらそのフォローをした可能性が無きにしも非ずだが、主犯でないのなら気持ち的に大丈夫だ。
心の中で自分の行為に折り合いをつけていると、応接室に到着した。さっさと商談を終わらせて、目的を果たしてから帰ろう。
商談を切り出そうとするタイミングで、ソニアさんが現れ持ってきた鞄をマリーさんに手渡した。
「裕太さん、見てください、自信作です!」
満面の笑みと共に鞄の中から出てきたのは、先程話していた獣人コスプレアイテム。商談を切り出す前にマリーさんに畳み込まれてしまった。
しかも一種類じゃなく何種類も出てきた。もしかしなくてもメジャーな獣人は全部作っちゃってる?
「うわっ、これ、質感もそのままじゃないですか」
どうぞご確認をと手渡されたケモミミのカチューシャの質感に驚く。形からして狼のケモミミなのだが、手触りがマルコのケモミミの感触にかなり近い。
「お分かりいただけましたか。そうなんです、迷宮の素材からこれだというものを探しだしました。その分値段が少し高くなってしまいましたが、協力していただいた獣人の方達も納得の一品なんです」
分かりたくはなかったけど、手の感触から嫌でもマリーさんの本気が伝わってきたよ。あと、服飾ギルドに言いたい。何やってんの?
「えーっと、凄いクオリティなのは認めますが、これ、売れるんですか?」
安いならジョークグッズとして売れる可能性があるけど、少し高くなったと言っていたよね。
「店でのイベント用ですから売れなくても経費にできるんですが、実はすでに結構売れています。面白がって買う方も居ますが……飲み屋等の夜のお店でもイベントとして人気なようです」
飲み屋等って言葉を濁したけど、ぶっちゃけアレだよね、風俗だよね。
異世界でも男の罪深さは変わらないらしい。
「……売れているのなら良かったです。では、そろそろ商談に入りましょうか」
この話題を続けるのは危険な気がするので話を本題に戻す。
「ではこれで、あっ、最後にこれもお願いします」
すでに何度も商談しているので、エルフ絹のところで少し躓いた以外はおおむね順調に商談が終わった。
そして忘れてはいけない今日一番の目的である手紙をマリーさんに手渡す。
「なんですかコレ……まさか恋文? ついに裕太さんが私の魅力に陥落したのですね。OKです、私と裕太さんが組めば世界が狙えます」
マリーさんの思考回路はかなりバグっているようだ。
「それはマリーさんに入手してほしい商品の詳細が書いてあります。ちょっと要望が細かいので紙に書いておきました。あとで確認をお願いします」
「え? 無視ですか?」
「ではそろそろ失礼します」
マリーさんに手渡した手紙は風車の作成依頼だ。こっそり注文しようと思っていたが、迷宮都市ではほとんどシルフィと一緒に居るので手紙と言う古典的で確実な手法に頼ることにした。
予算も大盤振る舞いだし、マリーさんへの手数料も高額で設定してあるからしっかりと依頼を果たしてくれるだろう。
軽く頭を下げて応接室から出る。背後で何か言っている気がしないでもないがたぶん気のせいだ。
マリーさん、美人なんだけどね……。