軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

五百九十三話 迷宮都市の日常

迷宮都市到着初日、いつもは大体のんびりしているのだが、今回は妙に忙しかった。トルクさんがオークの骨を煮込んで異臭を漂わせていたり、ベルが迷宮都市マップ作成のために歓楽街に突撃していたりと盛り沢山で、ついでに冒険者ギルドから厄介ごとを任されそうな気配も感じる。忙しい……俺はただ、ちょっとだけ気晴らしがしたいだけなのに……。

ん? メルの工房の近くに見慣れない建物が……あれは兵士か?

ベル達の迷宮都市探索報告にしっかり付き合った翌日、メルの工房に向かうと兵士が立ち番している見知らぬ建物が増えていた。

奥には騎士の姿も見えるし、どうやら王様はちゃんと約束を守ってメルの工房の近くに詰所をつくってくれたようだ。

これで物理や権力からは騎士達が守ってくれるし、最後の砦としてメラルが居る。ダマスカスで目立ったが、身の安全は確保できただろう。

おっ、メルの工房の横でゴルデンさん達三人が、掃除をしたり荷物を運んだりと甲斐甲斐しく働いている。

ユニスは居ないようだし、監視がなくてもしっかり働くように調教済みなようだ。

「おししょうさま、いかないの?」

詰所やゴルデンさん達の様子を見ていると、キッカに声をかけられる。ちょっとソワソワしているし、メルと早く会いたいのだろう。仲良しだもんね。

まあメルは姉として、キッカは友達としてと、認識に違いはあるけど。

「ごめんごめん、じゃあ行こうか」

キッカの頭を撫でて、メルの工房に向かう。

「メル、久しぶり。あれ、ソニアさんも?」

工房に入るとメルとソニアさんが一緒に居た。珍しい組み合わせだが、ダマスカスの騒動の時に関係ができたのだろう。

マリーさんとソニアさん、工房に押しかけてきて張り切っていたもんね。

「お師匠様、迷宮都市にいらしていたんですね。お久しぶりです」

「裕太様、お久しぶりです」

挨拶を終えると、ベル達はメラルに突撃し、マルコとキッカはメルに突撃した。

「ソニアさん、お願いしたいことがあるんですが、大丈夫ですか?」

メルはマルコとキッカの相手で忙しそうだし、頼みたいことがあったのでソニアさんに声をかける。

「はい、メル様の工房での用事は済んでいますので、なんなりとお申し付けください」

「助かります。後で各種薬草を卸にマリーさんの店に足を運ぶつもりなんです。ついでにいつものお酒や廃棄予定物資を受け取りたいので、伝言をお願いできますか? あっ、あと銅貨も必要なのでお願いします」

マリーさんのことだから、俺が迷宮都市にきたことくらいは掴んでいるのだろうが、アポが取れるなら取っておいたほうがいいだろう。

「畏まりました。マリーをしっかり磨いてお待ちしております」

……ソニアさんってたぶん優秀なんだろうけど、何か大切な部分が故障しているよね。具体的には上司に対する敬意とか。

「適当にお願いします。あと、別にマリーさんは磨かなくても大丈夫です」

ツッコミを入れても疲れるだけなので流したいが、否定しておかないと言質を取ったということでマリーさんが酷い目に遭いそうだから、しっかりと釘を刺しておく。

頭を下げて工房を出ていくソニアさん。とても残念そうな顔をしていたので、俺の釘はちゃんと刺さったのだろう。

「メル、問題は起こってない?」

ソニアさんとの話が終わったので、キッカに抱きつかれているメルに話しかける。

「問題と言っていいのか分からないのですが……」

俺の質問にメルが困った顔で言葉を濁して答える。何かあったようだ。

「ダマスカスの制作依頼? それともあの三人が問題を起こした?」

「いえ、ダマスカスについてはマリーさんとソニアさんが対応してくださいますし、ゴルデンさん達もユニスちゃんの指示に従ってしっかり働いてくれています」

「そうなの? じゃあ何に困っているの?」

「その、王宮の鍛治師長様から弟子入りのお手紙が……」

「あぁ、うん、分かった」

あの人か。途中で捕まえてお城に放り込んだのだけど、まだ諦めていなかったのか。後で対処しようと思って、すっかり忘れていた。

「メル、弟子入りは断っていいよ。それで弟子入りを諦める条件として、一度だけダマスカスの制作工程を見せるってことにすればいい」

あとは勝手に研究に没頭するはずだ。あの人、職人が極まった感じだったもんな。

「いいんですか?」

「うん。ああでも鍛治師ギルドと同じ手順でやるようにね」

鍛冶師ギルドでも公開したのだから、無理に隠す必要はない。

「分かりました。少し緊張しますが、見せるだけなら大丈夫です」

メルの表情に明るさが戻った。相手が偉い立場だからプレッシャーを感じていたのだろう。

それでも以前のメルなら鍛治を見せるだけでも怖じけづいていたように思う。最近のあれやこれやで精神的にも鍛治師としても成長したのかもしれない。

師匠として誇らしい気分だ。まあ俺は精霊術師としての師匠なんだけどね。

***

「お待ちしておりました」

俺とシルフィだけメルの工房を後にし、マリーさんの雑貨屋に足を運ぶと、なんとなく湯上がりの雰囲気を漂わせたマリーさんとソニアさんに出迎えられた。

ソニアさんに磨く必要はないと釘を刺したはずなのだが、しっかり磨かれている気がする。

「ソニアさん?」

どういうこと?

「自発的です」

なるほど、自発的か。都合がいい言葉だな。

この人達、確実に俺を狙っているよね。最初はもう少し控えめだったのだが、時が経つにつれて段々露骨になっている気がする。

いや、時が経つというか、利益が積み上がるにつれて、が正しいかな?

二人とも美人なのだから男として喜ぶべきなのだろうが、違うんだよな。

こういう行いを不潔だというほど清くも正しくも子供でもないが、骨の髄までしゃぶり尽くされそうなところが嫌だ。

できれば多少の利益供与くらいで、いやんうふふなお手軽なお付き合いを所望したい。

どこか開拓村でのエルティナさんと通じるところがあって、喜ぶよりも引く。

「……とりあえず、薬草を卸しますね」

「畏まりました。どうぞこちらに」

いつもの応接室に案内され、期待の視線を一身に浴びながら各種薬草と精霊石の成り損ないをテーブルに並べる。

「これで全部です」

並べた物を食い入るように確認するマリーさん。たまに悪どい顔をしているのは、これらをどう利用するのか考えているからで、若返り草を確認する時が一番真剣で悪どい顔をしているのは、この薬草が一番影響力が大きいからだろう。

「確認しました。ありがとうございます」

表情で丸分かりだが、ご満足いただけたようだ。

俺が卸す品物の確認が終わり、続いてお酒の受け取りに別の部屋に案内される。

最初は応接室に酒樽を運んでもらっていたのだが、俺が世界中のお酒を集めるように要請した結果、大きめの部屋いっぱいに酒樽が集まるようになったので、運ぶんじゃなくて自ら受け取りに行くようになった。

「ふふ、どんなお酒があるのかしら?」

ご機嫌な様子のシルフィ。風で探知すればそれくらい分かりそうなものだが、直接確認するのを楽しみにしているのか、毎回ウキウキと部屋に向かう。

この部屋に行く時がシルフィの迷宮都市で一番機嫌がいい時間だ。とても分かりやすい。

「いくつか遠方からの新しいお酒が届きました。リンゴから作ったお酒もあるんですよ」

マリーさんの言葉にシルフィの瞳が強く輝いた。確実に今晩ねだられるな。

それにしてもリンゴのお酒か。たしかシードルだっけ? あんまり飲んだことはないけど、リンゴの香りが爽やかで飲みやすいお酒だった気がする。俺も少し楽しみだ。

***

お酒と廃棄予定物資を受け取り、次は迷宮に向かう。

迷宮のコアには香辛料も生やしてもらったし、しっかりお礼をしなければいけない。まあ届けるのは廃棄予定のゴミなんだけど。

でも、こういうのは気持ちが大切だよね。それに俺達からするとゴミだけど、迷宮のコアからすればエネルギーになるのだからウインウインなはずだ。

と言っても、俺の方がもらい過ぎているような気がして、微妙に罪悪感もある。

一応、命懸けの探索の結果とはいえ、各種薬草に国宝級を含む山盛りの財宝や装備品、それに加えて空を飛ぶ島まで強奪してしまった。

何度も廃棄予定物資を届けていると愛着も湧くし、今回はゴミ以外のものもプレゼントしてみよう。

迷宮に入りコッソリ魔法陣を設置した部屋に向かいコアのところに転移すると、ピカピカと激しい点滅でコアが出迎えてくれる。

最初に会った時は怯えて激しく点滅していたけど、最近は喜んでくれるから結構可愛く思えてしまう。

「コア、久しぶり。今回も色々と持ってきたよ。いま出すね」

魔法の鞄からマリーさんに貰ってきた廃棄予定物資を取り出すと、掃除機のように吸い込んでいくコア。

普段ならこれで終わりなのだが、今日はプレゼントを用意する。

と言っても、何をあげよう。

迷宮から手に入れた物だと、エネルギーにはできるが驚きがない。だからと言って木や土だと味気ない。

「…………これも食べる?」

たいしたエネルギーにはならないだろうが、興味本位でクレープをコアの前に差し出す。生クリームたっぷりのフルーツミックスだ。

「裕太、迷宮のコアまで餌付けするつもりなの? というか、ゴミを吸収しまくっているのに、味が分かると思っているの?」

興味本位だったのだが、シルフィに冷静にツッコミを入れられると少し恥ずかしくなってきた。

無機物? にスイーツをあげたら喜ぶかも? なんて、たしかにまともな思考ではない気がする。

「おっ? シルフィ、なんだかすごく喜んでいるように見えない?」

クレープを吸い込んだコアが、ランダムに点滅している。嫌がっているというよりも、興奮しているように見える。

「……否定はできないわね。迷宮のコアってなんなのかしら?」

地球の知識を別にすれば、シルフィが知らないことを俺が知るわけがないよね。

今度からコアに会った時はスイーツをプレゼントすることにしよう。

続けてスイーツをあげてもいいが、コアの食欲は底なしだから一回に一つくらいがちょうどいいだろう。

でも、クレープ一つだけというのも味気ないな。他にも何か……おっ、これなら良さそうだ。

「コア、これも食べる?」

取り出したのはサクラから貰った花びら。気まぐれに持ってきてプレゼントしてくれるから、魔法のカバンの中にはかなりの数の花びらが眠っている。数枚程度なら問題ないだろう。

普通に考えたら花びらなんてエネルギーにならないと思うのだが、サクラの花びらは精霊樹の素材。

迷宮から精霊樹の果実をゲットしたし、コアにとって珍しい物ではないはずだが、貴重な物であることは間違いない。

スルッとコアが花びらを飲み込む。

……廃棄予定物資よりも点滅が早い。結構喜んでいるみたいだ。精霊樹の花びらはエネルギーとして、スイーツは娯楽として優秀といった感じだろうか?

まあ喜んでくれているのだから、細かいことは考えなくてもいいだろう。

あとはコアが用意してくれた薬草を摘んで帰るか。