軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

五百五十二話 熱血

芋煮会が無事に終わった翌朝、ホッとひと息つきたいところで芋焼酎について尋問のような聞き取りが始まった。最初にメルを追い込んでしまうアクシデントもあったし、その後は芋焼酎だけではなく日本酒についてまで根掘り葉掘り質問され、心底疲れ果ててしまった。シルフィ達大精霊にお酒の話題はとてつもなく危険だ。

「ねえ師匠、メル姉ちゃんはだいじょうぶか?」

「……」

「なあ師匠、最近シルフィさん達がご機嫌で忙しそうにしているけど、本当に大丈夫なのか? なんか意味もなく怖いぞ?」

「……」

「ジーナお姉さん、マルコ、お師匠様はたぶんお疲れなんです。そっとしておいてあげてください」

「……」

「おししょうさま、なんでとおくみてるの?」

…ん? なぜか弟子達が不安そうな顔で俺を見ている。何かあったのか?

「みんな、不安そうだけど、どうかしたの?」

楽園で変なことが起こるとは思えないが、精霊は偶に突飛なことをするから絶対とは言えない。なにか困ったことでも起こったか?

「いや、あたし達が話しかけているのに、師匠が一向に反応してくれないから不安になってたんだよ。師匠こそ、どうかしたのか?」

「……なるほど、少し考えごとをしていただけなんだけど、みんな心配かけてごめんね。大丈夫だよ」

正確には現実逃避をしていたんだけど、不安そうな顔の原因は俺だったのか。

「それで話しかけたって言っていたけど、なにを話しかけていたの?」

「えーっと、あたしはシルフィさん達がご機嫌すぎて妙に怖くて、マルコはメルが心配、サラは師匠をそっとしておくように言ってて、キッカは師匠が遠い目をしているのが気になったって感じだったか?」

ジーナが簡潔にまとめてくれたようだ。

「……シルフィ達は、まああれだよ、お酒造りに浮かれているだけだから心配はいらないよ。サラは配慮してくれてありがとう。キッカ、遠くを見ていると考えごとがしやすいからだよ」

シルフィ達がご機嫌なのはどうしようもない。

ノモス達が新しいお酒を造り始めて約二週間。何度か醸造所に様子を見に行ったが、立派に拡張されていて、みんな怖いくらいの笑顔で楽しそうに働いている。

俺も恐怖を覚えたから、今のシルフィ達には関わらない方がいいと判断して遠くから見守るだけにしている。

サラの配慮はありがたいよね。弟子に気を使われる師匠ってのも情けない気がするが、弟子が優しいのは素直に嬉しい。

キッカには…少し強引な説明をしてしまった。でも、現実逃避していた時の視線なんて子供に説明できないからどうしようもない。

「師匠、メル姉ちゃんは?」

うーん、できれば気がつかなかったことにしたくて意図的にマルコの質問に答えなかったんだけど、スルーしてくれなかったか。

俺が現実逃避していたのもメルが原因なんだよな。

別にメルが悪いことをした訳でも、怪我や病気になった訳でもない。むしろ一生懸命に努力し、かなり腕を上げている。

文字通り叩き込むようにノモスから知識と技術を授けられ、メルも幼いころから鍛冶に触れ、親の指導でしっかりとした下地があるものだからスポンジのように知識や技術を吸収している。

素直じゃないノモスが文句なしに褒めるくらいだから、そう遠くないうちにダマスカスの作成をマスターするだろう。

ただ、性格というかジャンルというか、そういったものが変わってしまったようで、マルコもそのあたりを感じとって不安になっているのだろう。

優しく控えめで少し怖がりで頑固。

メルの性格の根本的なところは変わっていないと思うのだが、ふとした拍子に今までと違うメルが現れるようになった。

なんと言えばいいのか…熱血! と言った表現が近いかもしれない。

楽園での日常が漫画で言うところの『ほのぼの』ジャンルなら、メルが修行している工房パートだけ『熱血スポコン』ジャンルになっている感じだ。

『立て! 立つんだジ○ー』的な熱血空間が工房では普通に広がっている。

この熱血空間が広がっている原因は俺だ。

酒造りに集中したいノモスにマッタをかけた結果、一刻も早くメルの修行を完了させ酒造りに集中するためにノモスが熱血指導をするようになってしまった。

俺も様子を見て何度も止めようと思った。

だが、厳しいだけでノモスは無茶なことをしている訳でもなく、何よりメルがその熱血指導に応えるために熱血に目覚め、指導に食らいついている。

たぶん、工房の中だけ時空が歪んで、スポコンの世界に繋がっているのだと思う。スポーツじゃなくて鍛冶だけど……。

しかもノモスとメルの熱血が感染したのか、メラルとメリルセリオにも熱血の兆候が現れている。

熱血や体育会系は苦手なので、俺にはどうすればいいのかがまったく分からない。

どうかこれ以上メルの性格が変わりませんようにと祈る毎日だ。多少現実逃避しても許されると思う。

「師匠?」

「おししょうさま、またとおくみてる?」

おっと、また少し現実逃避してしまったようだ。ジーナ達に心配をかけてしまうし、現実逃避は程々にするようにしよう。

まずは、難しいけどマルコの質問に答えるか。

「えーっと、マルコ。今、メルがとても頑張っているのは知っているよね?」

「しってる。なんだか怖いくらいがんばってる。だからしんぱいなんだ」

「うん。俺も心配だよ。でもね、今のメルは本物ではないとはいえダマスカスの作成という、人の世界では失われてしまった貴重な知識を学んでいる。迷宮都市の工房のこともあるし、時間はあまりかけられない。メルは今が頑張り時なんだよ」

工房を売れとしつこいおっさん達を黙らせるのが目的だったのに、なんか凄まじく話が大きくなっちゃったのはビックリだけどね。

というか、俺もメルを止めたい派なんだけど、なんでメルの頑張りを容認する方向でマルコに話しているんだ?

「でも……」

「ですがお師匠様、メルお姉さんは頑張り過ぎていると思います。修行が終わってからも、クッションの作成や学んだことの復習、常に何かをしています。休まないと体を壊してしまうかもしれません」

言葉が続かないマルコをフォローするようにサラが話に加わってきた。サラはメルを見守るスタンスだと思っていたけど、表情を見るに心配は心配だったんだな。

それにしても体を壊すか。どうやら弟子達と俺は心配している部分が違ったらしい。

「体については心配いらない。食事はしっかりとるように約束しているし、毎日ヴィータに健康チェックしてもらっているから体を壊すことはないよ。先に伝えておけば良かった、ごめんね」

メルが心配になってヴィータにお願いした。ついでに俺とジーナ達の健康チェックも定期的にしてもらうことにしたから、俺達の体調管理は万全だ。

たぶん、この世界で一番健康に気を使っているレベルだろう。

「あっ、そうだったんですか。それなら安心ですね。ね、マルコ」

「うん!」

メルに問題がないと知って弟子達の表情が一気に晴れた。みんな心配していたんだな。

俺も一緒に喜びたいところなんだけど、俺が心配しているのは精神面だから素直に一緒に喜ぶことができない。

ヴィータにも聞いてはみたが、感情に関係する部分はどちらかというと闇の精霊の領分なのだそうだ。

無論、大精霊であるヴィータならある程度は理解できるそうなのだが、デリケートな領域なので迂闊に手を出すのは危険らしい。

メルのスポコン状態をどうにかしようとして、ガラリと性格が変わってしまったら本末転倒だ。

オニキスや他の闇の精霊と契約してどうにかするという方法もあるが、そもそも精神をいじくる時点でなんか嫌だし、手詰まりになってしまっている。

「お師匠様! 完成しました!」

突如バタンとリビングの扉が開かれ、興奮状態のメルが飛び込んできた。

前までのメルなら、扉を音を立てて開けるなんて考えられないし、異様に迫力がある美しい金属を高々と掲げながら大声で報告に来るなんてことはしなかっただろう。

やっぱり、性格に影響がでているのは確実だな。でも、完成したということは修行が終わったということだ。

それほど大きな変化ではないし、期間も短かったから時間が経てば元のメルに戻りそうだな。ちょっと……いや、かなり安心した。

「おめでとう、メル」

安堵の気持ちと共にメルに祝福の言葉を送る。俺に続いてジーナ達もメルにおめでとうと声をかけ、一気にリビングが賑やかになる。

俺の不安も取り除かれたことだし、お祝いも兼ねて今夜はご馳走にしよう。

「うぅ、まさか本当に私に本物のダマスカスが造れるなんて……両親もご先祖様もきっと喜んでくれます。これもお師匠様とノモス様のおかげです! ありがとうございます!」

「いや、ノモスはともかく俺は何もしていないし、メルが頑張った結果だから胸を張るといい。おめでとう、メル……ん? 本物? 本物はメル達では造れないんじゃなかったっけ?」

あれ? 俺の記憶違いか?

「あっ、それは間違いありません。今回本物のダマスカスが造れたのも、ノモス様が手伝ってくださったのでなんとかなったからで、私達だけでは到底無理でした」

「なるほど、ノモスが手伝ったんだ」

酒造りに集中したいとか言っていたノモスが、わざわざ教える必要がない本物のダマスカスを造るところまでメルに教えるなんて、メルのことを気に入ったから経験させてあげたかったのかな?

ノモスも職人気質だし、意外といい師弟なのかもしれない。

「ということはメルが目標にしていた方はどうなったの?」

「あっ、そちらは数日前に造れるようになりました。すみません、本物のダマスカスを造るのに夢中で報告していませんでした!」

慌てた様子でペコペコと頭を下げるメル。そっか、数日前には完成していたのか。

……心配していただけに少しやるせない気持ちになるが、まあ、誰が悪い訳でもないから受け入れるしかないだろう。

「まあ、それは構わないよ。それで、今回の修行は終わったってことで良いのかな?」

「はい! あとは自分で技術を磨くようにとノモス様に言われました! 私、頑張ります!」

目に炎が灯っているように見えるんだけど、気のせいだよね?

とりあえず修行が終わったのなら、メルを早く迷宮都市に戻そう。そうすれば少しは落ち着いてくれるはずだ。

……決してメルの熱気がベル達に感染するのを恐れた訳ではない。ただ、メルの工房が心配なだけだ。