軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

四百八十六話 アグレッシブな迷宮都市の住人達

迷宮都市に到着早々マリーさんとソニアさんの奇襲を受けたが、頼りになる仲間の援護によってなんとかその場を切り抜けることはできた。だが、移動した戦場でも敵は手強く、ダメージを与えはしたものの、こちらも手傷を負ってしまい痛み分けになってしまった。商人はとても手強い。

「裕太! あのカレーって料理は凄いな! なんだあの味は! 驚いたぞ!」

マリーさんとの戦いを終えてトルクさんの宿屋に到着すると、待ち構えていたようにトルクさんが飛び掛かってきた。

いや、実際待ち構えていたんだろう。ジーナ達が先にチェックインしているはずだし、俺が後から合流するのは丸分かりだもんね。

しかし、予想通りトルクさんもカレーに手を出したか。まあ、当然だよな。料理が大好きなトルクさんがカレーの存在を知ったら作るに決まっている。

カレーはジーナの実家の食堂の名物料理の予定だけど、カレーを独占できるわけがないし、おそらく迷宮都市の名物料理として広まっていくだろう。

それでも、ジーナの実家はカレーの元祖って名声もあるし、香辛料でもかなり優遇されるはずだからなんとでもなるはずだ。

ん?

「……トルクさん、ちゃんと寝ていますか?」

鼻息が荒くて興奮状態のようでただでさえ怖い顔が更に怖くなっているけど、目の下にクッキリと濃いクマが浮かんでいる。

俺はピンときた。トルクさん、カレーの調合にハマったな。

「あはは、裕太にも分かるかい? 毎晩毎晩香辛料をゴリゴリして全然寝ないんだよ。裕太、責任取っておくれよ」

「えっ? マーサさん、なんで俺が責任を取るんですか?」

マーサさん、居たんだな。トルクさんが陰になって見えなかったようだ。挨拶が遅れたのは申し訳ないが、俺が責任を取らされる謂れはない。

「旦那がカレーをジーナの実家に習いに行ってね、あそこの嫁さんにレシピの提供を条件に研究を押し付けられて帰って来たのさ。裕太がカレーは未完成で、無限の可能性がある料理だって言ったんだろ?」

たしかにカレーの可能性は無限大だ。スパイスの量や種類だけではなく、肉や野菜にまでこだわれば組み合わせは数えきれない。

だから俺はピートさんに頑張って研究してほしくて、カレーに先があることを伝えたんだけど……なんでその研究がトルクさんの手に渡っているんだ?

嫁さんってダニエラさんのことだよね?

うーん、ピートさんはトルクさんと違って、そこそこ美味しい物を安くお客に提供ってスタイルだから、研究には向かないって判断したのかな?

「あれ? 研究を条件にってことは、トルクさんの研究成果も当然ダニエラさんに流れるんですよね? それで構わないんですか?」

俺がトルクさんに教えた料理のレシピだって、基本的な部分は公開しても独自の工夫は秘密にしていたよね? 料理人ならそれが当然なはずだ。

「それは問題ないさ。こことあっちじゃ客層も料理に使う材料も違うからね。あっちの食堂に合いそうなレシピの提供で話は付けてある。だから問題は寝ずにカレーの研究にハマっちまった旦那だけなんだよ」

よく分からないが、すでに奥さん同士で話がついているらしい。マリーさん、ソニアさんといい、マーサさん、ダニエラさんといい、どうして迷宮都市の女性陣はこうもアグレッシブなんだろうか?

「マーサさんが怒ればトルクさんも無茶はしないのでは?」

基本的にトルクさんはマーサさんに逆らえないよね? わざわざ俺に止めさせるように言わなくてもいい気がする。

「よっぽどカレーの調合が楽しいみたいでね、一緒に寝たはずなんだけど気がついたら厨房に居るのさ。何度言っても聞きやしないんだよ」

マーサさんに叱られても止められないのか。よっぽどカレーの研究が楽しいんだろうな。

ルビー達もカレーの研究にドハマりしているし、スパイス文化が花開いていないこの世界に、カレーは劇薬だったのかもしれない。中毒性まで発揮しているような気がする。

……マーサさんで止められないのに俺が言って止まるとは到底思えないが、一応俺からも注意しておくか。カレーを広めたのは俺だもんな。

「えーっと、トルクさん、ちゃんと寝てください」

「いや、分かってはいるんだが、ベッドに横になっても気になってついな……」

駄目でしたって目でマーサさんを見ると、強い目力で諦めないでなんとかするんだと訴えられる。

……マーサさんのお説教で駄目なら俺の言葉なんかじゃ届かないよね。

そうなると、俺にはエサをぶら下げるくらいにしかできない。

んー、エサか……量産もしていないからまだ出すつもりはなかったんだけど、醤油を少し提供するか。

「マーサさん。これはとても貴重な調味料で、現在は俺にしか手に入れることはできません。トルクさんの生活がまともになったら渡してあげてください。この調味料の研究で生活が崩れたら意味が無いので、少量ずつ渡すのが良いと思います」

魔法の鞄から醤油が入ったツボを取り出しマーサさんに渡す。トルクさんの視線がツボに釘付けだし、効果は抜群のようだ。

「助かるよ。今回の宿代は無料にしておくね」

宿代がタダになったけど、この世界でおそらくここだけしかない調味料と比べると、釣り合いは取れているんだろうか?

……まあ、釣り合いが取れていなくても問題はないか。お世話になっていて色々と協力してくれるトルクさんの健康の方が大切だもんね。

「お、おい裕太。新しい調味料ってどんな調味料なんだ? 美味いのか?」

予想通り、新たな調味料に心を奪われるトルクさん。チョロい。

「マーサさんからもらえたら試してみてください。では、マーサさん、部屋の場所教えてもらえますか?」

「ああ、あたしが案内するよ。このツボをしっかりと隠さないといけないからね」

こちらに力なく手を伸ばすトルクさんを放置して歩き出すマーサさん。

トルクさんは醤油が気になってしょうがなさそうだし、今晩から全力で体を休めるだろう。最低でも目の下のクマが消えない限り醤油は手に入らないから、仕事が終わったら即行で眠りにつきそうだな。

マーサさんに案内してもらいながらマーサさんの愚痴を聞く。

トルクさんはカレーの調合にハマりすぎて、スパイス用の秤や薬研、小分け分類するための容器まで買いそろえてしまったそうだ。

俺は大変ですねとしか言えなかった。言ったらにらまれたけど……シルフィ、笑っていないでこういう時こそ助けてほしい。

「ゆーたー」「キュー」「おかえり」「クー」「おそいぜ!」「……」

マーサさんと別れてサラ達の部屋を開けると、ベル達がお出迎えしてくれた。

少し離れていただけなのにこれだけ歓迎してくれると、とても嬉しい。お礼に沢山甘やかしてあげよう。

「あの、お師匠様。ちょっといいですか?」

「いいよ。なに? 真面目な話?」

ベル達を撫でくり回しているとサラが声を掛けてきた。

サラは状況を理解しているとはいえ、一人パントマイム状態に見える俺だと真面目な話はし辛いだろうし、真面目な話ならベル達とのスキンシップを終了しなくちゃいけない。

「いえ、ジーナお姉さんからの伝言なので、そのままで大丈夫です。ちょっと実家に行ってくるけど、夜までには戻る。だそうです」

自分の部屋に居るんだと思っていたんだけど、出かけていたのか。

普段なら迷宮でラフバードやオークを狩ってから実家に顔を出すのに、迷宮都市に来た当日に実家に行くのは珍しいな。

「ジーナの実家に何かあったの?」

カレーが関係している感じかな?

「ジーナお姉さんとマーサさんが何か話した後、慌てて出ていきましたので何かあったのかもしれません」

うん。十中八九カレーが関係しているな。たぶんトルクさんに研究を押し付けたことを聞いて文句を言いに行ったんだと思う。トルクさんはジーナの料理の師匠だもんね。

サラだけじゃなくてマルコとキッカもジーナのことを気にしているようだし、トルクさんの研究のことも説明しておくか。それだけで心配する必要が無いことを理解できるだろう。

***

「師匠……」

夜になるとジーナが疲れた表情で戻ってきた。相当な激論を交わしてきたようだ。

「師匠、なんか食堂が改築工事してた」

「へ?」

食堂でカレーを作ってからまだ10日も経ってないよね? あの時は改築の話なんて微塵も出ていなかったはずなんだけど……。

「師匠が商業ギルドとの交渉を親父に任せただろ?」

たしかに面倒だと思ってピートさんに丸投げした覚えがある。食料品なんかも安く手に入るようになるかもとか言って焚きつけたな。

「あれってピートさんじゃなくて、ダニエラさんが交渉するってことにならなかった?」

ピートさんは交渉に向かないから、私が交渉しますってダニエラさんが立候補したのを覚えている。とても気合が入った様子だった。

「そうなんだ。あの後、すぐにおふくろがベティさんを連れて商業ギルドに乗り込んで、食料品の優遇だけじゃなくて食堂の改築費用まで交渉で手に入れたんだ。おふくろが師匠を利用しちゃって……ごめんなさい」

ジーナが申し訳なさそうに謝る。

……なるほど、身内の行動って、妙に謝りたくなる時があるよね。俺にも覚えがある。

そこまで変なことをした訳じゃなくても、なぜか申し訳なさが先に立つというか、妙に困惑してしまうというか、理屈ではなくて感情の問題。今のジーナもそうなんだろう。

「いや、交渉を全部任せたのは俺なんだし、俺を利用したってことにはならないよ。それに、大きな利益が約束された商談なんだから、その中からダニエラさんがしっかりと利益を確保しただけの話だよ」

カレー関連で迷宮都市に新名物が生まれて、更に迷宮に新素材が増えた。改築どころか新築でも問題は無さそうな案件だから、食堂の改築くらい商業ギルドにとっても安いものだろう。

「それに、元々が食堂の力になるための話で、食堂の取り分が増えるのは俺にとっても嬉しいことなんだから、ダニエラさんの行動は間違ってないよ」

俺の説明が少しは効果を発揮したのか、ジーナの表情が少し明るくなった。少しはジーナの気持ちを軽くすることができたようだ。

……ふぅ。ダニエラさんのこともウソを言ったつもりはないけど、迷宮都市の住人って少しアグレッシブ過ぎないか?

なんで10日も離れていないのに、食堂の改築が始まっているんだよ。そう言った交渉はもっと時間を掛けてやってほしい。

今日、迷宮都市に戻ってきたばっかりなんだよ?

なんでその当日に女性に土下座されて、友人のコックの生活態度を改めさせて、弟子の母親のフォローをしないといけないんだ?

……明日は冒険者ギルドに行って色々と相談するつもりだったけど、一日休憩を挟もう。

精神の疲労は思わぬミスを生む。ベル達との戯れでリフレッシュだ。

……短い期間とはいえ教え子になる精霊術師達……まともな人達でお願いしたい。