軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

四百八十三話 一件落着

うな丼の完成、そして実食。それだけで俺の脳内は幸せで満ち溢れた。この世界に紛れ込む前までは毎日味わっていた醤油味、それを失ってからの禁断症状にもにた醤油への渇望。そこに投入されたうな丼はもう……あれだ……なんていうか……めちゃくちゃ美味しかった……。

「ふー。幸せ過ぎて怖い……」

うな丼のお代わりを配布して、自分もお代わりをしてうな丼をかっ込んだ。同じ丼を二杯連続で食べてもまったく飽きなかったのは、それだけ醤油味に餓えていたのか、それともうな丼が凄いのか……。

まあ、幸せならどっちでも良いか。

心地いい満腹感を抱えながら周囲を見渡す。すでに集団は二手に分かれ、一つは大人な精霊達が酒盛りをし、もう一つはちびっ子精霊達が楽しそうにデザートに群がっている。

……デザートに群がっているちびっ子精霊を羨ましそうに見ながらお酒を飲んでいるライト様が……見栄を張ってデザートを取りに行けないんだな。

今はタイミングが悪そうだし、あとでコッソリデザートを差し入れしに行こう。ライト様にはお世話になっているからな。

しかしあれだ。みんな楽しそうだ。最初の死の大地での生活は苦しかったけど、今ではマイホームを手に入れて、醤油と味噌まで完成した。

弟子もできたし頼もしい精霊の仲間も増えた。この世界に来たことで沢山の物を失って、今でも悲しい気持ちになることはあるけど、でも、今見ている光景もなかなか悪くない。

失ったものは多くて、その多くは取り返しのつかないものだけど、それでも、醤油みたいにすべてが取り返せないものじゃない。

失くしたものを全部失くしたまま諦めるんじゃなくて、コツコツと取り戻せるものを取り戻しつつ、この世界でしか手に入れられないような物も手に入れていこう。

そうすれば、この場所は俺にとっても楽園になるだろう。

……久しぶりに醤油を味わったからか、妙にしんみりした気持ちになってしまった。でも、うな丼の効果か同時にポジティブな気分でもあるな。

「ねえねえ裕太。カレーは?」

……まったりしていると突然ウインド様に声を掛けられた。さっきまで大人組のところでエールをがぶ飲みしていたよね。いつの間に? 今は俺の回想タイムなんだけど?

そもそも、たっぷりうな丼を食べたあとなのに、まだカレーを食べるつもりなの?

だいたい、こんな状況でカレーを出せる訳ないじゃん。

「えーっと、ウインド様。カレーは無理です」

「えー、なんで? 夜に食べさせてくれるって言ったよね」

僕を騙したの? 的な顔で不満を漏らすウインド様。ぽってりとデフォルメされた小竜の姿だから、可愛らしくて罪悪感が凄い。

「少ししかないって言ったよね。ここでカレーを出すことはできるけど、そうすると、あそこにいるちびっ子精霊達も押し寄せてくるよ? 皆に見守られながら、精霊王様達だけでカレーを食べる?」

それができるのならカレーを提供するのもやぶさかではないが、そうなったら今から他の子達の分もカレーを仕込むことになりそうだし、できれば遠慮してほしい。

「むっ……たしかに、カレーの匂いはすさまじかったね。他の子達も興味を持つのは間違いないか……」

むむむっといった表情でウインド様が悩み始めた。精霊王でも、ちびっ子達の無垢な視線に晒されながらカレーを食べるのは難しいようだ。

それでもどうにかならないかと悩んでいるウインド様。よっぽどカレーが気になっているようだ。

「どうしても食べたいのなら……こっそり移動して遠くでカレーを食べて戻ってくる? もしくは明日の朝ならちびっ子達も離れていると思うから大丈夫かな?」

離れた場所ならちびっ子精霊も気がつかないだろうし、カレーを出せないこともない。宴会が終わった明日の朝なら、俺達のプライベートスペースみたいなこの場所にはちびっ子達はあまり近づかない。

「……いや、仮にも精霊王という立場で、コソコソと子供達に隠れながら美味しい物を食べるのはちょっと……明日の朝は……急に出てきたからさすがに泊まるのは難しいし……今回は諦めるよ……」

一瞬、良い考え! って感じでウインド様の表情が輝いたが、精霊王の矜持的な何かにふれたのか、心底残念そうに諦めた。ちょっと申し訳ないな。

でも、急に出てきたって自分でぶっちゃけたな。アルバードさん、今頃頭を抱えている気がする。アルバードさん用のお土産も準備しておいた方がよさそうだ。

「そっか。でも、今回はそれで正解だと思うよ」

「ん? なんで?」

「俺の中ではカレーはまだ完成していないんだ。今でも不味くはないと思うけど、カレーはもっと美味しくなるよ。その時に食べた方が良いんじゃない?」

ルビー達なら80点越えのカレーの完成も、それほど時間を掛けずに達成してくれるだろう。

「……それなら、もう少し我慢するよ」

「美味しいカレーが完成したらシルフィに頼んで連絡するよ。だからその時はちゃんとアルバードさんから許可をもらってきてね」

アルバードさん。のんきな精霊達に囲まれて苦労している精霊だから、できるだけ優しくしてあげてほしい。人間ならともかく、精霊が社畜だとファンタジーが台無しだ。

ウインド様の表情が引きつった。たぶんアルバードさんの名前が出たことで、帰ったら文句を言われることでも思い出したんだろう。自業自得なんだから諦めてほしい。

「それでウインド様。一つ質問なんだけど……」

「ん? なに? カレーのこと?」

なんで俺がカレーについてウインド様に質問があると思うのか、とても疑問だ。

「カレーは関係なくて、この宴会のことだよ」

「宴会? みんな楽しそうだけど?」

そうだね。みんなとっても楽しそうにはしゃいでいるね。

「楽しそうなのは俺も嬉しいんだけど、今回の宴会って新築祝いのはずなんだよね。ちびっ子達はともかくとして、精霊王様達どころか新築を手に入れた俺の契約精霊達まで、家のことを一言も口に出さずにお酒を飲んでいる気がするんだけど……どう思う?」

俺が離れているから家の話が聞こえていないだけなのかな? でも、それなら家の方を向いたり指さしたりするよね? せっかくなんだから、家にもっと注目してほしい。

「あぁ、それならみんな裕太を待っているんだよ。家主はシルフィ達かもしれないけど、お金を出したのは裕太だから、裕太を放って家を見に行けないからね」

うな丼を食べて満足したから宴会が終わった気になっていたけど、まだ俺の役目が残っていたらしい。そういうことなら、案内することもやぶさかではないな。

***

ウインド様の言ったとおり、みんな俺の案内を待っていてくれたようで、案内するよと言うと全員が喜んでついて来てくれた。

まあ、みんなお酒や甘い物をしっかり手に持ったままだったけど……。

そして、途中でアルバードさんが口元を引きつらせながら精霊王様達を迎えに来て、精霊王様達は途中で離脱してしまったが、おおむねの精霊達には新築の家を喜んでもらえた。

ついでに、途中離脱の精霊王様達とアルバードさんにもお土産を渡すと喜んでもらえたから、まあ、新築祝いは大成功だと思う。

「ねえ、裕太。裕太もわざわざ家の中の滝から魚を落とさなくても良いと思うわよね?」

「裕太ちゃんもお魚を甘やかすのはいけないと思うわよねー」

大成功だったんだからそのままめでたしめでたしでいいはずなのに、シルフィとディーネのもめ事が再勃発してしまった。

うな丼、二人とも美味しそうに食べていたじゃん。宴会でも仲良くお酒をのんでたじゃん。

せっかくだからと朝食をシルフィ達の家で食べようって言ったのは俺だけど、なにも穏やかな朝食が終わってまったりと一息ついているこのタイミングで喧嘩を再開しないでほしい。

そして、俺を巻き込まないでください。理不尽な世界が辛い。

「あっベル。ホッペにご飯粒がついてるよ。取ってあげるから動かないでね」

あぁ、ベルのぷにぷにホッペと、笑顔での『ありがとー』にとても癒される。どれ、他の子達のホッペにもご飯粒がついていないか確認しないとな。

契約者として、師匠として、この子達のことをしっかり見守るのは大切な役目であり義務だ。

だからシルフィ、ディーネ。俺に面倒な話を振るのは止めて。

「裕太?」

「裕太ちゃん?」

俺の気持ちは大精霊達には届いてくれなかったようだ。刺すような視線が質問に答えろと迫ってくる。

正直、魚をどうしようとどうでもいい。なんなら過去に戻って水路に魚を放すこと止めさせたいくらいだ。

でも、素直にその気持ちを暴露したら、今度はシルフィとディーネがタッグを組んで俺を責めることになるだろうな。それくらい俺にでも分かる。

そして、こういう場合にどちらか片方の味方をしてしまうと、下手をしたら家庭崩壊につながりかねない。まったく、どこの嫁と姑だ!

「うーん、俺、生き物について詳しくないから、どちらが正しいのか分からないな。命の大精霊であるヴィータはどう思う?」

「えっ、僕?」

そう君だ。普段はあまり朝食の席に交ざることはないヴィータ。新居初日の朝食ということで気を利かせて来てくれたヴィータ。

そんなヴィータを生贄に捧げることは酷く申し訳ないと思う。でもごめん。家庭の平和の為には、俺が矢面に立つわけにはいかないんだ。分かってくれ。

ちなみに、ノモス、ドリー、イフも朝食に参加してくれているけど、ノモスとイフはもめ事に更に燃料を投下しそうだから却下で、ドリーはもめ事には巻き込むのは申し訳なさすぎるから却下。ヴィータしか頼れる精霊はいないんです。助けてください。

「うーん、そもそも魚の野生や滝がどうのこうの以前に、水路の生態系のバランスが悪いのが問題なんじゃないかな? 肉食魚とまでは言わないけど、もう数種類の魚を増やせば自然と緊張感が生まれると思うよ。あぁ、縄張りを持つタイプの魚なんか良いんじゃないかな」

ここにきてヴィータから提案される第三の選択肢。どちらの意見を選んでも角が立つなら、新たな選択肢を用意するべきだということか。勉強になります。

ヴィータの意見に顔を見合わせるシルフィとディーネ。

「裕太ちゃん。お姉ちゃんも新しい魚を増やすべきだと思うわー」

「無理矢理魚を吸い込んで滝から落とすよりもいいんじゃない? 裕太、魚を取りに行くなら連れて行ってあげるわ」

あっさりと意見をひるがえすシルフィとディーネ。そんなに簡単に納得できるならもめるなとか、俺が魚を捕りに行くんだねとか、言いたいことがいくつかあるが……まあ、それで解決できるのであれば文句は言うまい。

とりあえず、これからは何かあったらヴィータに頼ろうと思う。