軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

四百七十三話 カレーの素晴らしさを説明する歌

脳裏を走った天才的な閃き。その閃きに浮かれて、ジーナに大言壮語をしてしまった。その素晴らしい閃きだと思っていたアイデアに、重大な欠陥があるとも知らずに……。どうしよう、ジーナがあんなに喜んでいたのに、今更無理だとは言えないよね……。

カレー粉。

カレー粉。

カレー粉。

何度もレトルトカレーのパッケージを確認するが、香辛料に当たる部分にはカレー粉としか書いていない。

いいの? これでいいの? カレー粉って大雑把過ぎない? もしかしたらカレー粉に入っている香辛料の中に、アレルギーがある食品が入っている可能性があるじゃん。そんな人はカレーを食べるなとでも言うの?

許せない。そんな不平等は、許されるべきではない。クレームを入れてやる。モンスタークレーマーになってやるぞ! 食品表示は明確にって公約で選挙に出てやる!

……と言いたいところだけど、ここは異世界だから電話は繋がらない。だから食品会社に俺の希望が届くこともない。

……現実逃避はここまでにして、なんとかしないといけないよね。

何か少しでもヒントが見つからないかとパッケージを凝視するが、残念なことにわずかなヒントすら得られない。

ビーフとチキンのエキスって表示されているけど、エキスって何? ビーフとチキンを絞るの? ……謎ばかりが増えていく。

うーん、カレーのパッケージではどうしようもなさそうだし、俺の記憶の中から記憶を掘り起こさないといけないようだ。

……大丈夫なのか?

「裕太さん、大丈夫ですか? 顔が蒼白になっていますよ?」

自分の記憶力を試される試練に固まっていると、ドリーが心配そうに声を掛けてきた。

どうやら俺の顔は記憶力に対しての自信の無さで、蒼白になっているらしい。

あっ、ドリーが居るじゃん。森の大精霊で、植物に超絶詳しいドリーが居るじゃん。なんとかなるかも!

「えーっと、ドリーって香辛料に詳しい?」

「香辛料ですか? たいていの植物は知っていますから、詳しいと言えば詳しいですね」

なんと心強いお言葉。そういえば、お米の時もコーヒーの時もドリーがなんとかしてくれたんだよね。

いつもはシルフィが一緒なんだけど、今日この時、この場所にドリーが居るのは、カレーを作れと天が用意してくれた運命なのかもしれない。

まあ、そうなると、シルフィが黒歴史を生み出してしまったのも運命ってことになるのかな?

……天がバラバラに刻まれそうだから、この考えはなかったことにしよう。

「ちょっと香辛料が必要になったから色々教えてほしいんだけど、大丈夫?」

「はい、大丈夫ですよ。なんの香辛料について知りたいんですか?」

ドリーが上品な笑顔で請け負ってくれたが、どんな香辛料か俺がまず説明しないといけないらしい。

そういえばコーヒーの時は絵を見せたし、お米は実物を食べてもらったりしたな。

この世界にある物なら、あると思って名前を言えば翻訳されるのは学んだけど、香辛料の名前は俺が思い出さないとどうしようもないか。

やっぱり俺の記憶が頼りなのか? いや、まだ方法はある。

「えーっと……ドリーって香辛料なら乾燥して粉々にされて、他の野菜やお肉と何種類もの香辛料が一緒に長時間煮込まれたりしていても、判別できたりする?」

それなら虎の子のカレーを食べてもらえばいい。幸いレトルトカレーは3箱買ってあるから、ものすごく未練はあるが、この世界で気軽にカレーが食べられるようになるのならば、1箱なら提供できる。

「ある程度形が残っているのなら判別できると思いますが、粉々になって調理もされているなら難しいと思います。あぁ、味や香りに特徴があるのであれば、それは判別できるかもしれません」

「そうなんだ……」

いくつかは判別できそうだけど、全部は難しそうだな。

完璧に判別できるのならレトルトカレーを提供するのもやぶさかではないが……まずは自分の力で頑張ってみるか。

決してカレーを提供するのが惜しくなった訳ではない。ただ、ちょっと箱を開ける勇気がなかっただけだ。

最終的にカレーが作れなかったら開けるかもしれないが、まだ可能性があるのなら自力で挑戦しよう。

「なら、ちょっと考えてみるから、後で教えてね」

「分かりました。いつでも質問してください」

「うん」

質問するためにも頑張って思い出さねば……。

王道の香辛料は分かる。ターメリックと鷹の爪、ニンニクとショウガ……あぁ、あと、クミンとナツメグもたぶん入っていた気がする。他には……。

うーん、思い出せない。でも、これだけだとカレーにはならない気がする。

まだまだ俺の記憶の奥底に眠った、カレーの記憶を掘り起こさないといけないようだ。

ヒントは……鉄の腕で走る番組だな。あの番組でもカレーを作っていたし、なんとしても思い出すんだ。

……駄目だ。隠し味に使われたイチゴの汁のインパクトが大きくて、他が思い出せない。

あっ、あと、悪魔の糞! めちゃくちゃ臭いって言っていて、印象的だったから覚えている。あれ? 悪魔の糞って香辛料の名前だっけ?

「ドリー、悪魔の糞って香辛料、知ってる?」

「悪魔の糞? 糞を食べるんですか?」

ドリーがとても嫌そうな顔をしている。ここまでハッキリ嫌そうな顔をするドリーは珍しいな。気持ちは分かるけど。

「本物の糞じゃなくて、それくらい臭い香辛料らしいんだけど、この世界には無いみたいだね」

悪魔の糞が翻訳されないってことはそう言うことだろう。

たしか別名みたいな感じだったから、本来の植物の名前が分かれば翻訳される可能性はあるけど、手に入れるのは望み薄っぽい。まあ、隠し味的な扱いだったし、他で補おう。

ドリーに問題ないと告げて、再び記憶の奥底に潜る。カレー、カレー、カレー……。

おうふ!

凄いこと思い出した。これだ、これを完璧に思い出せれば、カレーが作れる。

ある3姉妹の日常を描いたアニメ。そのアニメのキャラクターで、いつもシャツをはだけて胸板を露出する先輩。彼がカレーに使う香辛料の歌を歌っていた。

妙に頭に残るメロディと歌詞で、好きになって覚えて何度かカラオケで歌った。数年前のことだから歌詞の記憶があやふやだけど、メロディは覚えている。

歌えば思い出すか? たしか最初は……。

***

「それで、精霊術師のあんたが、料理を教えてくれるんだって? こんなに夜遅くに……ご苦労なこった」

ジーナのお父さんのピートさんが、不機嫌そうに俺をにらんでいる。わざわざ精霊術師って言ったのは、嫌味のつもりなんだろう。

ちょっとジーナから引きはがしたくらいで、そこまで不機嫌にならないでほしい。

「おやじ! その態度はなんだよ! あたしが食堂の為に師匠にお願いしたんだぞ!」

「ジーナが俺の為に?」

ジーナの怒りの言葉に、一瞬でピートさんの機嫌が直った。怒られているのに機嫌が直るピートさんがとても気持ち悪い。

おそらく、ジーナが食堂の為って言ったのを、ピートさんは自分の為って変換したんだろうな。便利な耳をしている。あっ、ジーナがピートさんに掴みかかった。

……しっちゃかめっちゃかってこんな時に使う言葉なんだろう。ジーナのお兄さんが居なくて良かった。居たらたぶん、もっとひどいことになっていただろう。

「わざわざジーナの為にありがとうございます。夫には罰を与えますので、ご容赦ください」

ジーナの母親、ダニエラさんが謝罪と同時にお茶を出してくれた。たぶん、お茶でも飲みながら少し待っていてねってことだと思う。

お茶を出してくれたダニエラさんが微笑んだままピートさんの元に向かい、オボンをふりかぶった。

「ぐわっ!」

鈍い音と共に聞こえるピートさんの悲鳴。結構な勢いで殴打されていたけど、あれで生きているんだろうか?

倒れたピートさんが無理矢理引き起こされて、ダニエラさんとジーナのお説教が始まった。生きているのにはホッとしたけど、料理を始めるのはお説教が終わってからだな。

ベル達とサラ達を宿に置いてきたのは正解だった。こんなに簡単にわき道に逸れていたら、徹夜は確定だろう。

まだ掛かりそうだし、手順を確認しておくか。歌から導き出したスパイスは……。

コリアンダー シナモン ハラペーニョ カルダモン ターメリック パプリカ サフラン チョコレート ガラムマサラ

これだけのスパイスを思い出すために、昨夜は何度もカレーの素晴らしさを表現した歌を熱唱してしまった。

小声のつもりだったけど、何度も熱唱している間に少し声が大きくなっちゃって、ベル達を起こしてしまい、喜ぶベル達におだてられて、エンドレスでの熱唱。

ベル達も完璧に歌を覚えてしまい、全員でのカレーの素晴らしさを表現した歌の合唱。

楽しそうに歌を歌うベル達はとても可愛らしかったし、ドリーも一緒に歌ってくれたから、何気に幸せな夜だった。

これに他で思い出した香辛料。クミンとニンニク、ショウガを加えれば、おそらくカレー粉が完成する。おそらくだけど……。

チョコレートは隠し味だし、ガラムマサラは何かの漫画でミックススパイスだって聞いた覚えがあるから、たぶん歌に出てこなかったクミンとかを混ぜたらOKだと思う。

翌朝、この思い出した香辛料達をドリーに詳しく教えてもらい、シナモンが木の皮だったのは衝撃的だったけど、迷宮のコアに生み出してもらう準備を整えた。

その後、迷宮に行ってコアに廃棄予定素材をあげて、ドリーの協力を得ながらコアに説明。ついでに迷宮の低層と中層に各種香辛料を生やしてもらった。

本当はカレーの人気が出てから香辛料を生やしてもらう予定だったけど、時間を空けてまた説明するのが面倒になったし、香辛料として使われていない植物が結構あるらしいから、たぶん問題は無いと思う。

精霊達の力をフル活用して香辛料を加工したら夜になり、明後日には帰る予定だからこの食堂に押し掛けた。

これから研究しながらカレーを作ることを考えると、結構なハードスケジュールだ。でも、美味しいカレーの為なら、俺は頑張れるぞ!

「師匠」

おっ、お説教も終わったな。さて、いよいよ正念場だ。