軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

四百五十七話 気を利かせてほしかった

楽園に帰還し、食材やお酒の補充、楽園内の見回りをしながらベル達と一緒にサクラを構い倒し、メルとメラルの微笑ましい触れ合いを見守った後、俺は楽園を出発した。

ふぅ、前回はろくな装備を身に着けていなかったから、門番に止められた上に説教までされちゃったけど、今回は何事もなくベリル王国の城門を通過できた。

装備に関してはどのレベルの装備を身に着けるか迷ったけど、初期装備を身に付けたらなんの問題もなく通してくれた。犯罪者かどうか判別する方法があるにしても、ある程度緩いのは助かるな。

「さて、まだおやつ時だけど、どうしようかな?」

即行で歓楽街に飛び込みたいところだけど、『じゃあ裕太、あんまりハメを外し過ぎないようにね』と言って送還されていったシルフィの言葉が脳裏をかすめる。

……とりあえずリミッターを外すのは夜まで我慢して、日が高い間は王都で手に入るお酒や食料品を買い集めよう。前回は面倒ごとに巻き込まれちゃったし、手に入れたいものは早めに手に入れておいた方が良いだろう。

シルフィ達が気に入っていたミードは是非とも手に入れて帰りたい。マリーさんが大陸中のお酒を集めてくれる予定だけど、現地でしか買えないお酒もあるはずだから、色々と探してみよう。

1人でのんびり買い物をするのも、良い息抜きになるはずだ。

「ふっ、夜まで我慢するはずだったんだけどな……」

なんで目の前に『大きさこそ正義』って看板があるんだろう?

順調に湖の魚やお酒を買い集めていたはずなんだけど、いつのまにか歓楽街に足が吸い寄せられてしまっていた。

そして、気がついたら日が高いにもかかわらず、蠱惑的な雰囲気を漂わせる店々に魅了されながらフラフラと歩き回り、見覚えがある店の前で足を止めてしまっている。

だいたいなんでこの店なんだろう? ベリルの宝石に行くには色々と準備が必要だから無理だけど、前回訪問したお店以外にも魅力的なお店は沢山あるはずだ。

俺は『大きさこそ正義』という正義に共感してしまっているのだろうか? 親切なおじさんの、バインバインのブルンブルンのビタンビタンといった言葉が脳内でリフレインされる。

「……まぁいい、少し早いがリミッターを外すか。無意識ながらもこの店を選んだのなら、俺の魂がこの店の正義を求めているのだろう」

「太郎の兄貴!」

いざ行かんと気合を入れた瞬間、聞き逃せない言葉が耳に飛び込んできた。

太郎? 太郎ってどう考えても日本人の名前だよね?

もしかして、俺以外にも日本人がこの世界に? 今までも異世界人の痕跡は感じていたけど、日本人で日が高い間から歓楽街に足を踏み入れるような男なら、俺と大いに気が合いそうだ。

まあそれでも危険人物の可能性があるから、いきなり接触するのは怖い。太郎がどんな人物かシルフィに調べてもらって接触するべきだな。まずは顔の確認をしておこう。

煩悩で高まっていた俺の脳細胞が一瞬で結論を弾きだし、目立たないように声がした方向に視線を向ける。

……ん? 日本人っぽい人は居ない……かな? あれ? えーっと、なんか見たことがあるガラの悪い男が、笑顔で俺に向かって走ってきているな。誰だっけ?

「太郎の兄貴、お久しぶりっす! 王都に来ているんでしたら声を掛けてくださいっす。親分もジュードの兄貴もずっと太郎の兄貴を待ってたんっす」

ガラの悪い男が俺の目の前に止まり、笑顔で聞き覚えのある名前を含めながら話しかけてくる。

……思い出した。この人、ジュードさんの舎弟だ。ブラストさんを漢とか言って尊敬していた人だな。

そうなると、太郎って俺のことか? 俺の名前は裕太なんだけど……あぁ、そういえば本名で夜遊びするのもあれだったし、偽名で太郎って名乗った気がする。

Hなお店の名前は忘れもしなかったのに、自分の偽名は記憶の奥底に封じられていたようだ。自分の脳細胞の正直さが少し恥ずかしい。

しかし、太郎が俺ってことは、日本人の存在は幻ってことになる。今の生活は充実しているけど、同じ故郷の人間と話したい気持ちもあるから、少し残念だな。日本とこの世界の文化の違いなんかで盛り上がりたかった。

「えーっと、お久しぶりです。ブラストさん達は元気ですか?」

「はいっす。まあ喧嘩やらなんやらで生傷は絶えないっすが、みんな元気でやってるっす」

ブラストさんはスラムの親分だし、その手下なら喧嘩沙汰も多いだろう。生傷が絶えなくても生きているなら問題ないか。

「元気なら良かったです」

「はいっす。良かったっす」

……ジュードさんの舎弟は笑顔で返事をした後、どうしたんっすか? といった様子で俺を見ている。

この舎弟、まったくもって気が利かない奴だ。ここが歓楽街なのはこの舎弟にも丸分かりなはずだよな?

普通なら気がつかなかった振りをして声を掛けないのが礼儀だろ?

今回の場合は、俺がブラストさん達にとって恩人的な立場で、久しぶりに顔をだしたんだから声を掛けるのは分かる。

でもそれなら、挨拶をした後はさっと立ち去らないと駄目だろ。もしくは、俺に暇な時間を聞いて、親分と会う段取りをつけて立ち去るとか、色々とやり方があるはずだ。

「じゃあ、太郎の兄貴、一緒に行くっす。親分達も喜ぶっす」

なのになんでこの舎弟は、俺を連れて行こうとしているんだ? そんなんだから舎弟の立場から抜け出せないんだぞ。

どうする? ここは男らしく『大きさこそは正義』で遊ぶから行けないって断るか?

……俺が恩人の立場とはいえ、風俗で遊ぶためにスラムの顔役に会いに行くのを断わるのはまずい気がする。

用事があるからまた今度って言っても、裏社会と繋がりが深そうな歓楽街で遊んでいたら嘘が簡単にバレるよな。

そうなると、どれだけ風俗で遊びたかったのかもバレて、大恥を掻くのは確定だ。

ジュードさんにはお勧めのお店を教えてもらったりしたから、俺の気持ちも分かってくれるだろうけど……嘘をついて歓楽街ではしゃいでましたってバレるのは、さすがに恥ずかしい。

「……そうですね、ブラストさん達のところに顔を出すつもりでしたし、一緒に行きましょうか」

「はいっす。行くっす!」

ガラの悪い舎弟に連れられて、歓楽街をあとにしてスラムに向かうことになった。予定通り日が暮れるまで買い物をしていたら、この舎弟とは会わなかったんだろうか?

なぜだか分からないが、子牛が売られていく歌が聞こえる気がする。

「あれ? あの屋台で焼かれているのってウナギですか?」

暗い気分で舎弟と歩いていると、屋台から香ばしい覚えがある匂いが漂ってきた。

「はいっす。あれは太郎の兄貴が教えてくれた捌き方で捌いたウナギの屋台っす。親分がしっかり話を通して、ウナギはスラムの利権になってスラムで大人気っす。まだまだ堅気の衆には受け入れられてないっすが、歓楽街では密かな人気になっているっす」

舎弟が自慢げに話す。ウナギの捌き方を教えた時にそんなことを言っていたけど、ブラストさんは上手に漁師ギルドと話を通したようだ。

水槽がある魚屋ではウナギを見なかったから、どうなったのかと思っていたけど、少しずつでも広まっているのなら、いずれは魚屋にウナギが追加される日も来るだろう。

そうなると漁師のギルドとのもめ事の種にもなりかねないが、スラムの利権になったならブラストさんがしっかり守るよね。

日本だと裏社会に利権が流れると大問題なんだけど、ブラストさんなら子供達に優しいし、飢えた子供の為になるからギリギリセーフなはずだ。

ブラストさんの跡目はジュードさんっぽいから、しばらくウナギは子供達の救世主になりそうだな。

その後は……まあ、無責任だけどなるようになるだろう。ただ、ウナギが食べたかっただけなので、そんな先のことまで責任は持てない。

「じゃあ、スラムの子供達も順調に漁をしているんですか?」

俺の為に大量のウナギを捕まえてくれた子供達が思い出される。ウナギ漁がしっかりあの子達の糧になってくれていたら嬉しいな。

「はいっす。まあ、スラムの大人達もウナギ漁に手を出してるっすが、親分がベリル湖の王都側をガキ達の縄張りに指定したっすから、ガキ達もしっかり稼いでるっす。前に比べたら、少しは太ったかもしれないっすね」

「へー、それなら良かったです」

子供達専用の場所を用意したのか。王都側ならある程度安全だろうし、大人とかち合わないなら根こそぎ乱獲でもしない限り、長く子供達の利益になるだろう。ブラストさんって脳筋っぽいのに、結構やり手だよな。

「あっ、ちょっと待ってください」

スラムの入り口に近づいたので、ローブを取り出してフードを被る。ブラストさん達には顔を晒しているけど、他のスラムの住人にまで顔を晒す必要は無いよね。夜遊びがしにくくなってしまう。

なんか懐かしいっすね。あの抗争が思い出されるっす。とか言っている舎弟の言葉を聞き流し、スラムに侵入する。

前回はジュードさん達に囲まれてシルフィを召喚したけど、今回は舎弟が一緒なので絡まれることなくスラムを歩ける。

偶にガラの悪い男達に頭を下げられているから、このガラの悪い舎弟もそれなりの立場があるのかもしれない。それなら気を利かせて歓楽街では無視してほしかった。

不満を押し殺して歩いていくと、見覚えのある広場に出た。ここでブラストさんが大暴れしたんだな。

ヴィータのチートクラスの治療による、ブラストさん一家のゾンビアタック。相手にとっては悪夢だっただろうけど、俺としては……まあ、良い思い出ってことになるのかもしれない。

いや……四つん這いになって、お尻に剣をブッ刺さしたまま治療を待っているブラストさんを思い出してしまうから、俺にとっても良い思い出にはならないな。

広場を通り抜けてブラストさんのお屋敷に近づくと、ちょっと待っていてくださいと言って舎弟が走っていった。

「太郎の兄貴が来たっす! 親分と兄貴に知らせるっす。お出迎えするっすー!」

屋敷の前で大声で叫ぶ舎弟。その声に反応してワラワラと屋敷から出てくるガラの悪い男達。

あれだな……あの舎弟、ろくなことをしないな。

今晩、俺は歓楽街で遊ぶことができるんだろうか?