軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

三百九十九話 動き出した豪腕トルクの宿屋

「それで、裕太にアイデアをもらったけど、どうするつもりなんだい?」

「おう、まずは爺さんに言って店を買うだろ。それで商業ギルドと料理ギルドに相談だな。あとは大工だ。個室を作るぞ!」

これは駄目だね。冒険に出る前の完全にワクワクしている顔だよ。いや、冒険に出る時は命の危険があったから、もう少し緊張感があったね。どちらかというと、目の前に大好物が並べられた、カルクの顔にそっくりだよ。

冒険者を引退して随分経つのに、息子と同じような顔をしてどうするんだろうね。男は幾つになっても子供と変わらないってのは分かっているけど、自分の旦那がそうだと困ったもんだよ。

でも、こうなると止まらないんだよね。押さえつけると暴走するから、ある程度は思いのままにやらせないと駄目になる。現実を忘れないように釘をさしつつ、暴走させないように軌道修正かい……この宿を建てた時以来の難題だね。

「あんた、相談するのはいいけど、改築中の宿はどうするんだい? 休むのかい? 個室の数は? 人は何人増やすんだい?」

「む……それは、商業ギルドと料理ギルドに相談してから決めればいいだろ?」

「それはそうだけど、いきなり相談しても、こっちがどうするのかがある程度決まってないと、相手も困るだろうさ」

まあ、全部商業ギルドに放り投げて、提案してもらった案の中から無難な物を選ぶこともできるけど、それだとうちの旦那は潤沢に資金を使った案に飛びついちまうから却下だね。

お金を掛ければ、気に入った物になる可能性が高いのは当然なんだ。大切なのは身の丈に合った設備投資だよ。

「でも、裕太のおかげで儲かっているだろ? あんまり難しく考えなくてもいいんじゃねえのか?」

「たしかに儲かっているし、資金の余裕もあるさね。だからと言って、お大尽のように贅沢できるほどじゃないよ。美味い安いがあんたのモットーじゃないか」

これだけ繁盛しているのに、料理の値段を上げないのは、うちくらいだよ。まあ、そんな男だから結婚したんだけどね。

「で、でも、ほら、あれだ! 裕太の提案で個室をつくれば儲かるだろ? だから大丈夫だ!」

たしかにいいアイデアだよね。美味い安いのモットーは中心に置いたまま、その脇で個室を作って旦那の料理欲を満たせて儲けもでそうだ。裕太にはレシピの件も含めて感謝しないといけないよ。

「儲かるかもしれないけど、まだ儲かっちゃいないよ。いいかい、あたしはあんたと心中しても構わないけど、あんたが背負っているのはあたしだけじゃないんだよ。カルクの人生だって掛かっているんだから、しっかり考えな!」

「むっ……そうだな。カルクはもちろんだが、マーサ、お前にも苦労を掛けるつもりはない。ちゃんと考える」

息子の名前を出しての説得なんて、ちょっとばかしガラじゃないけど、使えるものは使わないとね。しかし、これだけ簡単に納得するなんて驚きだよ。カルクを産んでからこの宿を建てれば、あの時の苦労がなかったかと思うと、順番を間違えた気がしてきたね。

「分かってくれたならいいんだよ。何も宿の増築に反対な訳じゃないんだ。無理をしないであんたもあたいも納得できる案を考えようじゃないか」

「分かった。しっかり考える」

ふー。これでしばらく無茶はしないね。まったく、別に頭が悪いって訳じゃないのに、料理のこと以外は途端に頭の回転が鈍くなるんだから困ったもんだよ。まっ、ちゃんと考えるって言ったんだ。考える気になったなら大丈夫だね。

***

「マーサ! これを見てくれ! どうだ!」

「朝っぱらから……なんだいこの紙は?」

「なんだいって、宿の増築計画だよ。マーサがちゃんと考えるように言ったんだろ」

いや、一緒に考えようって言ったつもりだけどね?

「増築計画は分かったけど、なんで昨晩相談したのに、今朝には計画ができているんだい? 寝なかったのかい?」

「おう! なんか最近、体も絶好調だから楽勝だったぜ」

「はぁー……まあ、分かったよ。ちゃんと見ておくから、あんたはさっさと朝食の仕込みをやっちゃいな。ジーナとサラもそろそろ来るよ。ほら、カルクも寝ぼけていないでシャキッとしな。あんたは宿の外の掃除だよ」

「おう!」

「ふぁーい」

しかし……ちょっと見誤ったね。トルクがやる気があるのは分かっていたけど、料理をするんじゃなくて、考えごとで徹夜ができるなんて尋常なやる気じゃないよ。あたしも気合を入れなきゃ制御できないね。

「マーサさん、おはよう!」

「マーサさん、おはようございます」

おっと、2人が来たね。

「おはようジーナ、サラ。今日もよろしく頼むね」

「うん、頑張るよ。それでマーサさん、今日も厨房の手伝いでいいの?」

「そうだね。あたしは食堂の掃除をやっちまうから、2人は厨房の方を頼むよ」

元気に返事をして厨房に向かうジーナとサラ。この子達も朝から元気だね。ジーナはともかく、スラムにいた頃から知っているサラは、本当に元気になったよ。

あたし達では残り物を食べさせるくらいしかできなくて、ガリガリに痩せていたけど、今では普通の子達と変わらない、いや、それ以上に元気ではつらつとして見える。

精霊術師の評判は悪いから少し心配だったけど、あの様子なら裕太はしっかりやっているんだろうね。とても戦いに向いているようには見えないんだけど、冒険者ギルドのギルマスを追い込んだり、ファイヤードラゴンを倒したり、ビックリさせられっぱなしだね。

ああ、そういえば、ジーナについて心配事があるんだった。あたしは裕太に相談したほうがいいってジーナに言ったんだけど、ジーナが嫌がっているんだよね。どうしたものか?

だいたい、あの親子はどうなっているのかね? ジーナの父親と兄が休憩時間ごとにうちの宿に来るし、ジーナの様子を見るために厨房を覗こうとしたり、ジーナに自分達が来ていることを伝えようと大きな声で注文したり、恨めしそうにあたしを見て、ジーナは実家の食堂を手伝うべきなんじゃないでしょうか? なんて聞いてきたり……まあ、手伝い云々(うんぬん)は分からない話でもないけど、あの執着具合はちょっと怖いよ。

ジーナの身内の恥を師匠に相談するのは恥ずかしいって気持ちも分かるから、旦那に話をさせようかとも言ったんだけど、あたし達にも迷惑は掛けたくないって言うんだ。水くさい話だよ。

あと、あの親子が頻繁にうちに来る方が迷惑な気もするんだよね。まあ一応、料理を注文するし、真剣に味わっているようだから追い出しはしないけど、何かあった時の対策くらいしておきたいね。

ふむ……裕太達が迷宮都市を出たあとにでも、こっそりジーナの母親に話をしておこうかね。ジーナの話では、母親は比較的まともだって言っていたから、なんとかなるだろう。比較的って単語がちょっと気になるね。

「ふー、よし、食堂の掃除は終わったよ」

あとはカルクに朝食を食べさせて……まだ時間もあるから、旦那が考えた増築計画ってのを読んでみるかね。

……情熱は伝わってくるね。情熱は。

ただ、増築中も宿屋はできれば続けたいとか、個室と宴会部屋はできれば沢山欲しいとか、厨房は雇う料理人とは別に、自分専用の厨房が欲しいとか、増築費はできるだけ安くしてほしいとか……これは計画じゃなくて、ただの夢だよ。

とはいえ、旦那がこれだけやる気になっているんだ。協力しないってのも女が廃る。全部は無理だろうけど、できるだけ力になってやろうじゃないか。朝食の時間が終わって手が空いたら、商業ギルドで相談だね。

***

「ベティ、ちょっといいかい?」

「ひうっ……あのー、マーサさん。宿屋に派遣する人員は、その、鋭意捜索中でして……」

声を掛けただけで怯えられると、申し訳ない気持ちになるね。

「ああ、そのことも関係はあるけど、ちょっと相談があってきたんだよ。この前はちょっと余裕がなくて怒鳴っちまって悪かったね。申し訳なかったよ」

うちの宿屋がレシピやら牛乳やら裕太やらで、半端な人を送り込めないってのは知っていたけど、あまりにも忙しすぎて怒鳴り込んじまったから気まずいよ。

「い、いえ、頭を上げてください。トルクさんの料理が食べたいなとか、牛乳を使ったデザートが食べたいなとか思いましたけど、怖くてお店に行けなかったこととか、全然気にしていませんから! なんの問題もありませんから!」

……嫌味を言われたのかとも思ったけど、これはベティが慌てて本音が出ているだけだね。なんでこの子が商業ギルドの受付に座っていられるのか、ものすごく不思議だよ。奥に座っている上司が頭を抱えているけど、大丈夫なのかね?

まあ、美味しいものに執着しているだけあって、飲食店や食材に関しては無類の強さを発揮するらしいから、そこら辺がこの子を救っているのかもしれないね。

「……そう言ってもらえると助かるよ。それで、ちょっと時間が掛かりそうな相談だけど、大丈夫かい?」

「あっ、そうでしたね。はい、では、奥にご案内いたします」

***

「豪華なトルクさんの料理ですかー。食べたいですぅー」

……ざっと計画を説明したけど、この子、ちゃんと聞いていたんだろうね?

「ベティ、ベティ、ちゃんと話を聞いておくれよ」

「はっ……もちろん聞いていました。必ず食べに行きます」

相談する相手を間違えたかもしれないね。

「食べにきてくれるのは嬉しいけど、今聞きたいのはそれじゃないよ。個室や小宴会用の部屋を作った場合、商売になるのかい?」

「そうでした。そうでした。大丈夫です。えーっと、間違いなく商売になると思います。トルクさんの料理は有名になりましたけど、元々が冒険者をターゲットにした宿屋でしたので、食べに行くのを躊躇っている一般の人は大勢います。特に、立場がある方達は、なかなか利用し辛い雰囲気でしたから、喜ばれますね」

まあ、洒落っ気なんてない、冒険者用の宿屋だから、それはしょうがないね。

「個室を用意したら、大丈夫なのかい? 料理の値段も上がるんだよ?」

「それは利点になりますね。むしろ、大金を投じて無茶な注文をしてくる客を警戒するべきかもしれません」

「大金ってどれくらいだい?」

「1食で10万エルトとか、100万エルトとか言ってくる人は出ると思います。美食のためにお金に糸目をつけない方は一定数いらっしゃいます。うらやましいです」

なんでこの子は、話の間にいちいち私見が交ざるんだろうね?

「100万エルトだって? バカなのかい? そんな注文をされたら、部屋中に料理を並べたって使い切れないよ」

「あはは、そうですよね。でも、そういう人が必ず出てくると思いますよ」

「はぁ、金額の上限も決めておいた方がよさそうだね」

10万エルトくらいまでなら、大丈夫かね?

「最初はそうした方がいいかもしれません。高級な食材を手に入れる伝手ができれば、100万エルトでも大丈夫ですが、高級食材は先に一流店が押さえてしまいますから難しいです」

高級食材……裕太に頼んだらどうなるのかね? 駄目だね。ドラゴンの肉がポコポコ出てきたら、今度こそ宿がパンクしちまうよ。

「まあ、とりあえず、あまり高級な食材は考えないようにするさ。相談に乗ってもらって助かったよ。本格的に計画が決まったら、また相談に来るからよろしく頼むよ」

「は、はい。こちらでも更に詳しく調査しておきます。それと、メニューの相談なんかも大丈夫ですので、いつでも呼んでください!」

「あ、ああ、分かったよ」

……新メニューの試食の機会があれば、呼んでほしいってことかね? まあ、それでやる気が出るタイプだから、そういう機会があれば呼ぶのも悪くないね。

しかし、思っていた以上にお客が集まりそうな感じだよ。もっと詳しく調べてみないと分からないけど、少しは良い厨房が作れそうだね。さて、昼も忙しいんだ。さっさと戻るとするかね。