作品タイトル不明
三百七十二話 ガッリ親子5
「ぐははっ」
「ガッリ子爵、どうかされましたか?」
「いや、なんでもない。それよりも油断するなよ」
いかんいかん、久しぶりに感じる愚民どもの尊敬、憧憬、妬み、畏怖、恐れの視線に愉悦を感じてしまった。本来であれば下等な者共の視線など一顧だにせぬのだが、長い苦難のせいで敏感になっておるのだな。
「はっ、お任せください。我が部隊は国軍の精鋭、完璧にお守りいたします」
「うむ。その方の働き、父上に伝えておこう」
ガッリ侯爵家の威光は国軍すら動かす。そうだ、そのガッリ侯爵家の次期当主がこのダブリン様なのだ。完璧に叔父上達を叩き潰し、そのことを国中に知らしめてやる。
軍500に囲まれ、あらゆる羨望の視線を集めながら屋敷に向かう。爺が監視をつけておるから逃げられてもどうということはないが、どうせなら屋敷で捕らえたほうが手間が省ける。少し急がせるか。
「おい、もう私が王都に帰還したことは十分に広まったであろう。屋敷を急襲するために速度を上げるぞ」
「ガ、ガッリ子爵、王都ですので、さすがに速度を上げるのは不味いと思われます」
「ん? お前達は国軍であろう? なぜ速度を上げるのが不味いのだ?」
「我々が請け負った任務は、ガッリ侯爵家の方々を安全にお屋敷にお連れするとなっております。お屋敷に到着したときに安全を確保することも任務の内ですが、駆けて王都を騒がせたとなりますと、謀反を疑われる可能性すらあります」
む……流石にガッリ侯爵家と言えども、謀反を疑われるのは不味い。お爺様の腹心として軍部に影響力を持つ爺でも、さすがにそこまでの手配は無理だったか。そう言えば内密に手配したと言っていたな。まあよい、それならばゆっくりと進み、我らの帰還をじっくりと王都に刻み付けるとするか。
***
「ふむ、叔父上達は屋敷から出ておらんのだな?」
懐かしき侯爵家の雄大な屋敷は、物音一つなく静まり返っておる。それにしても門番すらおらんのはどういうことだ?
「間違いなく」
「では、我らの行動に気づいておらぬのか?」
ガッリ家の係累でありながら、なんとも情けない話だな。我らが死んだとでも考え、油断したか? まあ、どちらにせよ栄光あるガッリ侯爵家を背負う力量がなかったということだろう。
「いえ、見張りの話によりますと、数名の者が慌ててお屋敷に入っていったとの報告がございます。その後、お屋敷が騒がしくなったとのことですので、お二方の帰還は知っているかと思われます」
なるほど、一応我らのことは気が付いているのか。屋敷の中が騒がしくなったということは、我らを迎え撃つ覚悟か?
「ふむ、歯向かうつもりか?」
「いえ、さすがにそれはないかと。ガッリ子爵が国軍を率いて帰還された時点で、抵抗すれば謀反ともとられかねません。油断はできませんが、恐らく大人しく迎え入れるのではありませんか?」
むっ、そうなってしまうと、私が活躍できんではないか。大人しく迎え入れられるくらいなら、一気に突入して拘束してやる。そうすれば少しは私の偉大さが、叔父上達や愚民共にも広まるであろう。
「おい、このまま一気に突入するぞ。叔父上達を見かけたら、構うことはない。ぶちのめして捕らえてしまえ。ただし、殺すなよ」
「お待ちくださいダブリン様。爺が手配したこの兵達の任務は坊ちゃまとダブリン様の保護にございます。抵抗されたのなら戦わせますが、こちらからの突撃はいささか具合が悪うございます」
む、そういえば先ほどの軍人も同じようなことを言っておったな。父上にあまり口出しせぬように言われておる爺が口を出したと言うことは、突撃は悪手と言うことか。
「……しかし爺よ。普通に帰っては私の偉大さが世界に伝わらんではないか」
「ダブリン様。栄光あるガッリ侯爵家の次期当主が小さな手柄に拘ってはなりませぬぞ。この後のデール様達の扱いでも、十分に王都にガッリ侯爵家の威光を知らしめることはできます」
むう、爺の言う通りではあるが、納得はできんな。叔父上達も大人しくせずに歯向かえばよいものを。まったく気が利かんな。せめて逃げだせば、簡単に闇に葬れたものを。
「「兄上!」」
「むっ、ダブトス、ダブシンか」
わずかな兵を引き連れてようやく来たか。遅すぎる。このようなことだから叔父上達にガッリ侯爵家をいいようにされてしまうのだ。
しかも後継争いに夢中で、我等の捜索もおざなりであったと聞いた。叔父上達を懲らしめた後は、こやつらの教育もしなおさねばならんな。
「「兄上?」」
なんだ? なぜ私を見て首を傾げておる?
「どうしたのだ?」
「い、いえ、お会いできて嬉しく思います。お父上は?」
「うむ、父上は屋敷の掃除が終わってからゆっくりと帰還される。いまから掃除をするゆえ、お前達はそこで見ておれ」
「そんな! 私も協力いたします!」
「兄上、このダブシンも兄上のために全力で働きます!」
なぜこやつらはこんなに必死な表情をしているのだ? ……そうか、偉大なる兄の帰還に奮い立っておるのだな。叔父上達を相手に勝てぬ自分達の不甲斐なさと合わさり、尊敬する兄である私が救世主のように思えるのであろう。
しょせん私のスペアでしかない者達だが、存外可愛いところもあるようだ。今後は少しは可愛がってやるか。
「うむ、お前達の兄を思う気持ちは嬉しく思う。だが、私にかかれば叔父上達など相手にもならん。お前達は兄の偉大さをゆっくり見物しておるといい。そう言えば私の従者はどうしておる? お前達に協力しておったのではないのか?」
「兄上の筆頭従者のことですか?」
「そうだ」
なんでこやつらは微妙な顔をしておるのだ?
「あの、兄上。兄上の筆頭従者は、最初兄上を必死に探していたらしいのですが、我等が王都に来た頃には、すでに叔父上にすり寄っておりました。どうも、叔父上に取り入るために兄上の財産等も、叔父上に献上したようです」
「なんだと! あやつ、裏切ったのか!」
しかも私の財産を叔父上に献上だと。……許せん。私に仕える栄誉を賜ったのだ。私が危機に陥ったのであれば、命を賭して私のために働くのが当然であろう。そして、私を救い出せなかったのであれば、自害して果てるのが真っ当な従者の在り方だ。それなのに裏切っただと……。
「くっくっく、恩知らずめ。まあよい。所詮あやつは下級貴族の三男、高貴な者に仕える心構えなど分からぬ下賤なものであったのであろう。あやつには誰を裏切ったのか、思い知らせてやらねばな」
叔父上達は即座に拷問できぬし、旅の間に我等に無礼を働いた者達を拐うにも時間がかかる。その分も含めて、私を裏切ったあやつには地獄を見せてやろう。私の財産は叔父上達を捕らえればすぐに戻ってくる。
「爺。裏切者は屋敷の中か?」
「ほっほっほ、なかなか目端の利く小者のようですな。屋敷を見張っておる者の話では、騒ぎの後、人目をはばかるように屋敷を抜け出したそうです。ですがご安心なされ。屋敷を抜け出した者には見張りを付けております」
「そうか……ダブトス、ダブシン。お前達に仕事を与える。裏切者を捕らえて連れてまいれ。殺すなよ。誰を裏切ったのか、私自ら思い知らせるからな」
本来であれば、私自ら捕らえたいところだが、今は叔父上達を優先せねばならん。
「はっ、必ず捕らえてまいります」
「お任せください」
「うむ。期待しているぞ。さて、ここでグズグズして父上をお待たせする訳にもいかん。さっさと屋敷に入るぞ! 門を開けよ!」
***
「ぬっ! 父上の像が無いぞ!」
門から屋敷までの道の中間には、父上の偉大さを称える巨大な像を建ててあった。叔父上め、父上の姿に怯え像を撤去しおったな。これだけで、叔父上達の反逆は明白。必ず地獄に落としてやる。叔父上達の暴挙を確認し、その罪深さを再確認しながら屋敷に到着する。
「ダブリン、生きておったのだな。私は嬉しいぞ! おお、そんなに痩せてしまって、辛かったのであろうな」
うん? なんで叔父上が笑顔で私を出迎えるのだ? ガタガタと震えて、私に慈悲を乞うのが普通ではないのか?
「叔父上、我等がおらぬ間にずいぶん好き勝手しておったようだな。我等が戻ったからには、もはや言い逃れはできぬと知れ。覚悟するがいい!」
「覚悟? どう言うことだ? 私は兄上とダブリンが行方不明になり、必死でガッリ侯爵家を支えておったのだが?」
むっ? 私の素晴らしい最後通告になぜ動揺せんのだ? 叔父上はガッリ侯爵家の乗っ取りを企んだのではないのか? ……いや、これは狡猾な叔父上の罠だ。分家とはいえ、さすがガッリ侯爵家の血を引く者だ。侮れぬ。
「白々しいな。それではどうして父上の像を撤去したのだ? それこそ叔父上がガッリ侯爵家の乗っ取りを企んだ動かぬ証拠であろう」
「ああ、あの像か。兄上が行方不明になって私も色々と考えたのだ。それで、兄上とダブリンの帰還を祈願して、あの銅像を別の場所に移転し、もっと巨大で兄上とダブリンに相応しい像を作ろうと思ってな」
ぬぬっ? 私と父上の立派な像だと? 叔父上がガッリ家の乗っ取りを企んだのは誤解であったのか?
「ダブリン様。デール様はたしかにアダマンタイトの像を注文しております。しかし、その像は坊ちゃまとダブリン様の像ではなく、デール様の像を注文されておりますな。そもそも、ダブトス様、ダブシン様と争い、王にガッリ侯爵家を継ぐ許可をお求めな時点で、ガッリ侯爵家の乗っ取りを企んだのは明白ですな」
危うく騙されるところであった。やはり叔父上は侮れぬな。
「爺! お主、なぜ私の邪魔をする。私とて偉大なる父上の息子。ガッリ侯爵家を継ぐ資格は十分なはずだ」
「そうはおっしゃられても、先代様が後継にお選びになったのはデール様ではなく坊ちゃまです。ならば爺はそのご意思を守るだけですな」
「ふはは、やはりボロを出したか。私の思った通りだな。叔父上! ガッリ侯爵家の次期当主である私を騙そうなど、百年早い。もはや言い逃れはできぬのだ。諦めて罪に服すがいい」
「ダブリン、なにを言っておるのだ? 私はダブトス、ダブシンではガッリ家が危ういと思い王に願い出ただけだ。別に罪は犯しておらんぞ」
……そうであった。明確な罪を犯しておらぬから、外聞を考え一気に攻め滅ぼせぬのであったな。
「ふん、まあよい。叔父上達には色々と疑惑がある。しばらくは大人しくしていてもらおう」
今のところ、素直に従うようだが、叔父上達もこのままでは消されるだけだと分かっているだろう。まあ、どれだけ悪あがきをしようが、我等が帰還したからには無駄なことだがな。
簡単に済んで私の活躍が際立たなかったが、なあにこれからだ。邪魔な奴らが消えたら叔父上達にはたっぷり後悔してもらうぞ。
まずは我等に無礼を働いた者達の捕縛。そういえば私に逆らった身の程知らずの精霊術師もいたな。まとめて捕縛して、身分の差というものを骨身に刻んでやろう。