軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

二百九十七話 忘れてた

ジュードさんに頼まれて親分と呼ばれる人物を治療した。その親分は元気になったとたん、証拠もないのに襲撃してきたと思わしき相手のところに殴り込もうとしています。元気いっぱいですね。

「親父、落ち着いてくれ。今は殴り込みよりも、親父を治療してくれた先生にお礼を言うのが先だろう。筋を通さねえってのは親父が一番嫌いな事じゃねえのか!」

ジュードさんが余計な事を言った。それって確実に俺が巻き込まれるパターンじゃん。

「ん? 先生? 俺は治療を受けたのか?」

キョトンとする親分。そうだよね、襲撃を受けたって事を思い出して速攻で荒ぶってたもんね。

「そうなんだ。俺達では親父を治せなかったんだ。どうしようもなかったところで、そこの先生が現れて助けてくれたんだ。それだけじゃねえ、俺には分からねえが親父の右膝や腰も治療してくれたんだ」

「膝、腰? おお、本当だ、まったく痛みがねえぞ。……バカヤロー、そんな大事な事は早く言わねえか。あんたが先生か、礼が遅れて本当にすまねえ。俺はブラスト。命の恩は命で返す。俺にできる事ならなんでも言ってくれ」

もうヤダ。俺、この状況って苦手。しかしこの人達、ヤクザって言うよりも任侠って感じなのか? ……ヤクザと任侠の違いがよく分からないし、中世ヨーロッパのような世界観で任侠ってのも似合わない気がするが、なんかちょっと思ってたのと違う気がする。

「えーっと、ブラストさん、申し訳ありませんが、俺は今名前を隠して行動していますので、名乗れません。それと治療に関しては通行料の代わりですので、命で返してもらう必要はありません。それと、殴り込みを止める権利はありませんが、数日は安静にしたあとにしてください。これはブラストさんを治療した者としての要請です」

こういえば、数日くらいは安静にしてくれるだろう。俺が王都にいる期間中にスラムが平和であれば、とりあえずは問題ない。

「先生も色々あるんだな。分かった、詳しくは聞かねえよ。だが、それだけじゃあ恩のつり合いが取れないってもんだ。先生が言うなら数日安静にするのは約束する。他に何か役に立てる事はないか?」

いや、色々はないんだよ。ちょっと地元で有名になり過ぎちゃって、うかつに遊べなくなった人間が、海外に出てはっちゃける。旅の恥はかき捨てが目的なんです。ブラストさん、ジュードさん夫婦、そんなに労わるような目で俺を見ないでほしい。……心が痛い。

うん、切り替えよう。このままだと俺の心に大ダメージだ。それに、全力で恩を返そうとされると逆に怖いな。うーん、なにもないって言っても納得してくれそうにない雰囲気だ。任侠っぽいとはいっても、こういう人達からお金をもらうのはちょっと遠慮したい。……スラムにきたメインの目的を手伝ってもらうか。

「では、スラムに詳しい人を案内に貸してください」

「それだけでいいのか?」

ブラストさん、明らかにそれだけじゃあ足りないって顔をしているな。

「ええ、他にはなにも思いつきません。なにかお願いしたい事ができたらその時にお願いします。まあ貸しって事にしておいてください」

「分かった。いつでもなんでも言ってくれ。できる限り力になる」

「お願いします」

貸しを使う予定はないけど裏社会とのコネを得たと考えれば……いずれなにかの役に立つかも。なんの役にたつのか分からないけど。

「じゃあ、案内人だな。本当なら俺が案内したいところだが、先生との約束でそれはできねえ。ジュード、お前が先生をおもてなししろ」

「はい。先生、しっかりと案内しますんでご安心ください」

よく分からんがスラムの親分の義理の息子なら、色々と融通が利きそうだ。ちょっと敵対組織の襲撃が気になるが、スラムなら案内がないと普通に絡まれそうだし変わらないだろう。でも、一緒にくるなら出会った頃の、胡散臭いヘラヘラしたおじさんに戻ってほしい。

……言っても無理っぽいか。じゃあそろそろお暇してウナギをゲットしに行こう。ジュードさんに話しかけようとすると、扉から一人のガラの悪い男が入ってきて、ジュードさんに耳打ちした。

「先生、患者を集め終わったとの事なんですが、どうしましょう」

……あっ、親分を治療してすっかり忘れてた。スラムの人達を治療するって約束したんだったな。時間がないから、患者はできるだけ一ヶ所に集めるようにって言っちゃってた。

ちくしょう……親分の治療で十分貸しは作れたんだし、余計な事を言わなきゃよかった。面倒だし疲れたって言って断るか?

「かなりの人数が集まってるわね」

……シルフィがポツンとつぶやく。そんなに? ヴィータを見るが特に問題はなさそうだ。そうなると俺がやるかやらないかだよな。

心情的には面倒なんだが、たぶんスラムの人達って治療を受ける機会とか少ないだろう。そんな人達を治療してあげるって集めて、やっぱり面倒だからなしって言うのか? ……無理だな。言っても怒られないだろうが、気持ち的に無理だ。

ふー、自分で蒔いた種だからしょうがないか。ヴィータ、迷惑かけてごめんね。シルフィにもあとで楽園に戻ったら、追加でお酒を出す事を伝えておこう。

「……分かりました。では、手早く治療してしまいましょう。案内してください」

***

おおう、集まり過ぎなんじゃなかろうか。俺がスラムの住人を無償で治療する事を聞き、テンションが上がるブラストさんを頑張ってベッドに戻し、ジュードさんの奥さんも休ませてから、屋敷を出ると、家の前の広場にみっちりと人が集まっていた。

……こんなにケガ人や病人がいたんだね。ヴィータなら問題ないとは思うけど、この数はビビる。

「先生、誠に申し訳ありません。部下に患者を集めるようにまわらせたんですが、予想以上に集まりまして……」

ジュードさんが困った顔で頭を下げている。部下の人達はどういう風にスラムをまわったんだろうね。すごい薬師様が無償で治療してくれるってのは、まあいい。そんなうまい話、信じられねえとか言ってる否定的な意見も納得できる。

でも、伝説の!っとか、貧しい者達を無償で助ける聖者!っとか、ものすごく美化された内容もチラホラ聞こえてくる。噂の一人歩き感がすごい。

あとでわざわざジュードさんに嘘くさい噂を流してもらう前に、すでにマックスで嘘くさい。まあ、この訳の分からん噂に加えて、更に変な噂を流してもらえば訳が分からなくなるだろう。噂話は事実よりも面白い話題の方が広がるからな。

「えーっと、ちょっと考えますので、少し時間をください」

「分かりました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。すぐに解散させる事も可能ですので、無理はなさらないようお願いします」

ジュードさんの言葉に少し心が揺れるが、やれる事はやっておこう。

「いえいえ気にしないでください。落ち着いて考えたいので、少し離れていてもらえますか」

俺の周辺にいたガラの悪い男達に離れてもらい、シルフィとヴィータに小声で話しかける。

(えーっと、まずヴィータ、あんな感じなんだけど大丈夫? 魔力とか足りる?)

「うん、あれくらいなら、裕太と契約してからもらった魔力で十分に足りるから、問題ないよ」

さすが命の大精霊。ハンパないっす。そうなると、あとはシルフィとヴィータに対する補償だな。

(ヴィータ、悪いけど力を貸してね。それと、シルフィとヴィータは飲み会の最中に呼び出しちゃたけど、俺が楽園に戻ったら酒樽を渡すから勘弁してね)

「必要ないわ。私達は裕太と契約してるんだから、召喚するのは当然の権利よ。その事でお詫びをしてもらう必要はないわ」

「うん、シルフィの言うとおりだね」

(あれ? でもシルフィ、俺がジュードさん達に囲まれてた時、機嫌が悪くなってたよね)

「それはそれ、これはこれよ。あんなくだらない話し合いの裏で、ディーネ達が楽しくお酒を飲んでるかと思うと、それはそれで腹が立つでしょ。普通に行動している裕太にお詫びしてもらうのとは別よ。あっ、でも、裕太の感謝の気持ちとしての酒樽なら、喜んでもらうわよ」

……どちらにせよ、酒樽を渡す事には違いがない気もするんだが、お詫びと感謝、この違いはシルフィ達の中では大切の事のようだ。でも、今までもお詫びに酒樽を出した事はあるんだよな。うん? 俺が直接迷惑をかけたパターンと、他人の影響で迷惑がかかったパターンの違いか? よく分からんが、なかなか難しい。

(了解。今回の事でもとっても感謝しているから、楽園に戻ったら酒樽を渡すね)

「ふふ、楽しみにしているわ」

「あはは、役得ってやつだね」

シルフィもヴィータも嬉しそうに頷いてくれた。とりあえずこれでシルフィ達の方は問題ない。あとは治療のやり方だな。ヴィータはどのくらいの人数を一度に治療できるんだろう?

(ヴィータ、広場にいる人達を一度に治療する事は可能?)

「うーん、可能だけど、そうなると治療したあとの注意点何かを伝えられなくなるね。病やケガを癒して体力を回復させても、なにが悪かったのかを伝えておかないと、同じ事の繰り返しになっちゃうよ」

……別にそれでもいいじゃん、そこまで親身になる義理はないよって俺は思う。でも、命の大精霊としては治療してもいい機会があるのなら、しっかり治療したいんだろうな。

スラムの状況だと、注意点を教えても改善できるか疑問だけど、どうせならできる事をやっておくか。俺みたいな自分本位な人間に力を貸してくれるんだ。契約精霊が望むことくらい、面倒臭がらずにしっかりと熟そう。

(分かった。じゃあ個別に治療する方向で考えるね)

「ありがとう、裕太」

(どういたしまして)

さて、個別の治療って事になると、フードを被って顔くらい隠した方がいいんだろうか? ……そうだな、もう何人にも顔を見られてるけど、間近で顔を見られる機会は減らした方がいいだろう。

あの先生、すっげえニヤニヤして歓楽街を歩いてた!っとか……いくら旅の恥はかき捨てって言っても、捨てる恥は少ない方がいいだろう。

そうなると、フードを被って親分の家の部屋を一部屋借りて、治療ってのがよさそうだ。親分も義理と人情を大切にするタイプみたいだし、断られる事もないだろう。

人を入れる事で警備が大変になりそうだけど、家に入れる人数を最小限にして、警備を固めれば問題ないよね。一応、シルフィにも、家の中で変な動きをする奴がいないか見張ってもらえば完璧だな。シルフィ、ヴィータと細かい打ち合わせをして、ジュードさんを呼ぶ。

「治療用に一部屋借りる事と、患者を一人ずつ連れてきてもらう事は可能ですか?」

「ええ、それくらいなら何とでもなります。広い部屋の方がいいですか?」

「いえ、一人ずつ治療するので、普通の部屋で十分ですよ。ですが、患者を入れる事を考えると、一階で安全性が確保できる部屋がいいですね」

「かしこまりました。ご案内します」

ジュードさんの態度が完全に執事になっている。これだけ態度が変わる事を考えると、それほどブラストさんを慕っていたって事なんだろう。ジュードさんに部屋に案内してもらい、ローブを着てフードを被る。

「準備ができました。患者を一人ずつ連れきてください。あっ、症状が重い人からお願いしますね」

ジュードさんが部下のガラの悪い男に指示を出す。ふー、いよいよ治療の始まりか。俺の仕事は右手をかざす事と適当な詠唱と通訳、頑張ろう。……素直にジュードさん達をぶちのめすか、通行料を多めに払って何とかしのいだ方が楽だった気がする。一人旅ではっちゃける予定が、スラムで臨時治療院の開設とか、意味が分からん。