軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

アルナーの変化

何やら香ばしい匂いがしてきて、その匂いに促されて腹が唸って目を覚ます。

……そうか、ここはユルトの中……天井の穴から注ぐ太陽の光を見るに、もう朝か。

あー、なんだろう、寝床が凄く柔らかい……そうか、これがメーアの布と毛を使った寝床か。

鎧は……脱いで横に置いてあるな……私はどういう経緯でこの寝床に寝たのだったかな?

うーむ、頭の中がはっきりとしないな。

目を擦って眠気を頭の中から追い出しながら記憶を整理していく。

昨日……あれからまずアルナーが村の男衆を連れて戻って来た。

そして獣の死体の場所の大体の位置を私から聞いてそこに向かっていって……。

アルナー達が獣の死体を回収している間にモールに……そうだ、メーアの世話の仕方を教わったんだったな。

オスはフランシス、メスはフランソワと名付けた2頭のメーアに挨拶をして、メーア達の体を存分に撫でてやって……飼育小屋の水飲み場に水を汲んでやったりしているうちにアルナーが戻って来たんだったな……。

そうしてモールとアルナーと私とで狩った獣の数の確認と、交換して貰うユルトや食料の数の話し合いをして……モールが帰っていって……そうだ、それでアルナーと二人で食事をしたんだったな。

アルナーが干し肉と持って来た芋とで煮物を作ってくれて……そうだった、それがまた美味しくて美味しくて食べすぎてしまったのだったな。

そして満腹になった私はそのままうとうとして……それで寝てしまったのか。

……ならば誰が私の鎧を脱がして、そして寝床まで運んだかは……まぁ答えは一人、アルナーしかないよな。

あの煮物の匂いがまたこうしてユルトの中に漂ってるってことは、そのアルナーは今食事の準備中か。

……うん、頭もはっきりしてきたし、そろそろ起きるか。

起き上がってユルトの中を見渡せば、ユルトの外に煙突を突き出す竈で料理をしているアルナーの姿が見えて……なんとも楽しそうに料理しているなぁ。

「おはよう、アルナー」

「おはよう、ディアス!

食事はもうちょっと待ってくれ、今薬草を足したところなんだ、もう少し煮込まないと……」

私が挨拶をするとアルナーは竈を見つめたままにそう返事を返してくる。

なんでも朝食の時に体を暖めたり病を寄せ付けなくなる効能のある薬草を食べるのが草原では重要なのだそうで、今さっきそれを昨日の煮物の残りに足した所なんだとか。

私にそう説明してから鼻歌混じりにアルナーは竈の上の鍋をかき混ぜ続けて……そうして朝食は完成となってそれをアルナーは組み立て式の足の短いテーブルの上に大きな木の器に入れた料理を並べていく。

床に置かれたクッションの上に座って食べるのがユルトでの食事作法なのだそうで、テーブルの足が短いのはその為だ。

私とアルナーはテーブルを挟んで向かい合って座り、薬草入りの煮物を食べ始める。

木のスプーンですくい上げて食べれば……うん、美味い!

薬草を入れたせいで不味くなるかと思ったらそんなこともなく、爽やかに抜ける香りとちょっとした辛味が付いて昨日の晩飯より格段に美味くなっている。

「驚いたよアルナー、昨日より美味くなるなんてな」

「そ、そうか?こんなのは質素な方なんだがな……。

まぁ褒められて悪い気はしないぞ……うん……」

アルナーは褒められたのが余程に嬉しいのか頬を赤く染めながらもじもじと体をよじらせている。

その態度と表情は初めてあった時とは別人と言って良いくらいに別物で……いやはや、男気一つでここまで変わってしまうものなんだな。

アルナーはしばらくの間、体をよじらせ続けて……そんな自分を見る私の視線に気付いたのか、咳払いを一つしてから、姿勢を正して口を開く。

「お、オホン!……そ、それでディアス、今日の狩りはいつ始める?」

「んん?昨日の狩りでユルトも食料も十分に手に入る、それで十分じゃないのか?」

「……いや、ここに人を集めるのならまだ足りない。

まずは井戸だ、川の水は上流に獣達が住み着くと病の元に汚されることがある、飲み水を確保するなら井戸は必要だ。

それに厠だ、糞尿も病の元だからな、しっかり処理する場所も忘れてはならない。

村にいる職人に井戸と厠を作って貰う対価の為にもまだ狩りは必要だろう」

「なるほど……なら今日も黒ギー狩りか」

「いや……黒ギーはもう十分だ。

というか同じ獣ばかり持ってこられても村の皆も困ってしまうからな、別の獲物が良い。

……ディアスは昔にモンスター狩りをしていたんだったな?それでどうだ?」

モンスター、瘴気を持つ生物ならざる生物達か。

瘴気の渦から発生したり、ダンジョンから這い出てくるモンスター達はモンスター以外の生物全てを何故だか憎んでいるようで、その憎しみのままに襲ってくる厄介な存在。

その肉は瘴気まみれなので食用などには向かないが、外皮や爪、角、心臓部にある魔石などは生活の様々な場面で便利に使われている。

「モンスター狩りか、悪くないな。

しかしアルナー、ここら辺にモンスターなんて居るのか?」

「数は少ないがな、探せばいるぞ」

「……この広い草原の中から少ないモンスターを探すのか……?

えらく時間がかかりそうだし、それならマタビで黒ギー以外の獣を狩った方が……」

「それについては私に任せておけ、私は魔物を探す魔法を使えるからな。

私と一緒に狩りに行けばすぐに終わるぞ」

「……アルナーと一緒に?

それは……構わないが、二人で出かけてしまうとフランシス達から目を離すことになるが……大丈夫なのか?」

「村からユルトを運んでくる男衆に頼んで面倒を見て貰うから大丈夫だ!

男衆は昼前にこっちに来るだろうからそれまでに支度を整えて、男衆がこっちに来たならすぐに行こう!

二人で一緒に狩りだ!きっと楽しいぞ!」

「あ、あぁ、分かったよ」

アルナーの頬がまた赤くなっている。

先程の言葉も『二人で一緒に』の部分にやけに力がこもっていたし……うーむ、今のアルナーと二人きりになってしまって平気なのだろうか……。

私のそんな心配を他所にアルナーは食事を終えて、さっさと片付けをして支度をしようとはりきりながら食器を壺に汲んだ水で洗い始める。

食器を洗って竈の後始末が終わったなら、朝の身支度の時間だとアルナーは私に獣の毛で作られた歯ブラシとひげ剃り用の小刀を手渡してから川に行って身支度をしてこいとユルトから私を追い出し始める。

「アルナーは川で身支度をしないのか?」

と聞けば、なんでも女性の身支度は色々と道具を使ったり、手間がかかったりするのでユルトの中でするのが常識なのだそうで……そういうものなのかと私は素直にユルトから追い出されて川へと向かう。

歯磨きを終えて川に反射する顔を見ながらの髭剃りに私が悪戦苦闘しているうちに村から男衆がやってきて……そうしてアルナーが男衆と話す為にとユルトの中から姿を見せる。

そんなアルナーを見て……男衆は歓声を上げて……そして私は驚きの声を上げる。

アルナーの化粧が全くの別物に変化しているではないか。

鬼人族独特の炎を思わせる模様の赤い塗料での化粧は、鬼人族の老若男女誰もがその顔と体にしているのだが、今のアルナーにはそれが無い。

赤い塗料は全てが洗い流されていて、瞼の上の青紅に、唇の赤紅に……。

その化粧の変化の理由は流石の私にも理解が出来て……私は困惑混じりの大きな溜め息を吐くのだった。