作品タイトル不明
新しい日常
――――関所の歩廊の上で クラウス
ついに関所を開くことになり、筆頭騎士であり関所の主でもあるクラウスは忙しい日々を送っていた。
洞人族達に仕上げてもらった騎士鎧を身につけ、マントを靡かせながら油断せずに関所全体に足を運んで目を届かせ、関所破りなど起こらないように周囲に威圧をばらまき、そしていつでも戦闘出来るように構え続けて……そのおかげか特に問題などは起きていない。
鬼人族の魂鑑定に犬人族の鼻、鷹人族の目までがあって関所破りなどさせるはずがないのだが、それでもしでかそうとする愚か者はいるはずで、そうはさせまいとクラウスは気を張り続ける。
ここは公爵領の玄関、顔でもある場所、そこでそんな問題など起きれば恥になる。
恥になる上に関所破りは縛り首と決まっている大罪となる、せっかく多くの人々が訪れてくれているのにそれでは悪名まで上乗せになってしまう。
そんなこと許してたまるかと槍を握る手に力が込められていく。
更に言うのであれば、励めば励む程、人が来れば来る程……通行税という形で収益を得ることが出来る。
通行税のうち半分はディアスの下に届けられ、残り半分はクラウスの手元に残る。
このうちから関所の運営に関わる諸経費などや関所で働いている者達への給金を支払い、残ったものがクラウスの個人的な給金となる形だ。
そうした人員や経費管理も関所の主たるクラウスの仕事で……クラウスはそういった計算を得意としている妻カニスに手伝ってもらいながら丁寧な処理をしていた。
たったの1日でもかなりの通行税の額、このままいけば諸経費を支払い、緊急時のための予算を積み立て、皆への給金を支払ってもかなりの金額が手元に残ることになり、クラウスは兵士としての最上級の収入を得ることになる。
カニスと折半したとしてもとんでもない金額で……別に金持ちになりたいと思っていた訳ではないが、これまでの努力がしっかりと評価されたようで嬉しくなってしまう。
それにこれだけの資金があればもっと良い出来の、クラウスが思う理想の関所を作ることも可能で……一城の主としてこんなに心が弾むことはないだろう。
ディアスを追いかけ、ジュウハから学び、戦場を駆け抜け、己を鍛え続けてきたクラウスには、己が思う理想の城の形というものがあり……それを作り上げ、見事に役目を果たし、歴史に名前と城を残せたのなら、兵士として最上の喜びとなることだろう。
我が子や子孫にも自慢出来る、いつまでも輝く栄光となることだろう。
そんなことを考えたクラウスは、歩廊から関所内部にある小屋の窓へと視線を向ける。
窓の向こうでは、机に向かったカニスが獣人国産の計算機を片手に次々に事務処理をこなしていて……そして時たま自らのお腹を撫でている様子が視界に入り込む。
その姿を見ればどんなに疲れていても奮い立つことが出来る、鬼人族の女性達による魂鑑定によって、元気な魂が宿っていると知らされて以来、それこそがクラウスにとっての最高の報酬だったのかもしれない。
公私共に満たされてクラウスはいつになく輝いていて……そんな関所の主を前にして関所にやってきた人々は、ただただ背筋を伸ばして従うばかりで、結果としてメーアバダル東関所ではしばらくの間、何のトラブルも起こらない日々が続くことになるのだった。
――――メーアバダル領内を駆け回りながら
マスティ、オースンシェップ、バセンジー、アイセター。
メーアバダル領に住まう犬人族達は今、我が世の春を迎えていた。
太古より守っていた神々による言いつけは間違っていなかった。
ずっとそれを守っていたことに意味があり、その結果今があり、改めて神々にそれが正しいことだと認定されたことで、彼らの自尊心はこれ以上なく満たされていた。
周囲にはそれを守れなかった者達もいるので、はしゃいだりはしないが内心では今すぐにでも踊りだしたい程に嬉しく……またそれを証明してくれたディアスにも深く深く、重すぎる感謝をしていた。
先祖代々守ってきたことが正しかったのだという証明をしてくれて、そして自分達が生まれた意味の再確認までしてくれて、まさかのそれがディアスを守るという使命。
こんなに嬉しいことがあるものか、その純粋なる血がディアスの代で途絶えてしまうことは残念ではあるものの、これ程の満足感を与えてくれたことへの感謝が大きく、そうして犬人族達は尻尾を捻挫する程に振り回しながら、ディアスのために働く日々を送っていた。
今、領内には余所者達が入り込んでいる。
そいつらを見張り、道を外れようとした者は吠えてやり、そして村の皆を絶対に守るという大事な仕事が与えられていて……その仕事は大変ではあるが、とてもやり甲斐のあることで楽しいことで、犬人族達の尻尾は更に振り回されていく。
しかもそうやって余所者が来れば来る程、領内が豊かになるというのだからたまらない。
そうして今日も犬人族は元気いっぱいに尻尾を振り回し、草原を駆け回るのだった。
――――神殿の側で メーア達
メーア達は思う、妙なことになったものだと。
少し前まではモンスターか獣か、人に追い回されて生死の境を彷徨っていたはずなのに、今ではそんな心配もなく、真っ昼間からそこらをゴロゴロとしていることが許されている。
元気に食事をし、毛を生やしてさえいればそれで良いという日々で……挙句の果てには神殿にまで祀られてしまっている。
正確には祀られているのは大メーアなのだが、メーアと全く変わらない姿をしているせいで、メーアが祀られているといっても問題が無い状況で……そんな神殿の側で日光を浴びながらダラッとした時間を過ごしたメーア達のうちの何人かは、このままではいけないと妙な義務感を抱き始める。
「メァメァメァメァ、メ~ァメァメァ」
「メァ~メァメァメァ~、メァ」
そうして始まったのはメーア達による哲学論争。
労働しようにも不向きで、狩りをしようにも折角の毛を汚してしまっては本末転倒。
ならば頭脳労働だと哲学論争を行うことで、新たな役割を得ようとしていた。
神殿側に集まって、2~10人程でメァメァメァメァと論争をし、なんらかの結論を得られたならそれを神殿長であるベンディアに伝えて、一つの成果とする。
心と物質とは、人と亜人とは、果たして自分達は存在しているのか否か、モンスターとは何なのか、何のために生まれたのか。
そういったことをメーア達は論じ続けて……そうして提出される『解答』はベンディアをなんとも悩ませるものだった。
そもそもそれを理解するのが難しい、どういう論争の果てにそうなったのかがまず分からない、そして提出されたとしてどう扱って良いかも分からず……ただただ書物にまとめることしか出来ない。
ベンディアもある程度の哲学の心得はあったが、メーア達程の深さはなく、そもそも論争の根本がメーア独特の価値観であるがゆえに、人間族のベンディアにはそれが上手く伝わらない。
それでもとメーア達は論じ続けて……安全と平穏が保証されたメーアバダル草原のメーアの生き方として、なんとも斬新な道を切り開くことになってしまうのだった。