作品タイトル不明
獣王
――――獣王の居城、華浩城で エリー
獣王との会談は、二日間行われることになっている。
一日目は外交交渉、二日目は交渉成功を祝う食事会。
……交渉が成功するかも分かっていないのに食事会の準備は既に始まっていて、食材の搬入などの準備は大手を振るって行われていて、それだけでも獣王側が交渉の成功を願っていることが伝わってくる。
後はどのような形での成功を願っているか、だが……それもエリーは、城下町の空気から悪くないものだろうと察していた。
城下町の人々は人間族を物珍しく思っていても、嫌ってはいない。
歓迎してくれて、すれ違ったり買い物をしたりした際には友好的な笑顔を見せてくれて、更には好ましく思っているからと贈り物までしてくれて……嫌っていたり怖がっていたりする雰囲気は全く感じられない。
国民を誘拐して奴隷に、なんていうとんでもないことが何年も繰り返されてきていると言うのに、一体どうして? と、最初は思ったものだが……どうやら城下町の人々は、そういったことがあったことは知っていても、どこか遠くの場所の出来事……他人事としか思っていないようだった。
獣王が睨みを効かせている城下町は、獣王の意向を相応に受けているはずだ、獣王がこちらを嫌っているのなら、なんらかの形での報復を考えているのなら、それは隠しきれない形で露呈するはずだが、その気配は一切ない。
ただ上手く隠しきっているだけかもしれないが……エリーはその可能性は低いと考えていた。
そんな獣王の居城は、深く広い堀に囲われた形となっていた。
跳ね橋があり、そこを通ると石畳と呼ばれる道がまっすぐに伸びていて、その左右には様々な木々や石細工が並び……石細工には宝石などの飾りがこれでもかと付けられている。
城の外からその豪華さで、通路の奥に見える居城はより豪華な作りとなっている。
横に広く華やかで、その名前である華浩城に納得が行く造りで……屋根には何枚もの飾りを彫り込んだ陶器の板が貼り付けてあるようだ。
一枚一枚が美術品のようになっていて、一体どれくらいの予算がかかっているのか……壁には隙間なく塗料が塗られ、金箔で絵を描いている箇所もあり……獅子や鷹といった様々な動物の姿が描かれていた。
そんな石畳の道を過ぎるとようやく門があり、左右に大きく開いているためにハッキリとは分からないが、様々な装飾のされた鉄門であるようだ。
そこを過ぎて、玄関では靴を脱ぎ、数え切れない程の絵が描かれた扉を両脇に構える木張りの廊下を進み……同じく木張りの階段を上がる。
手すりには様々な細工があり、宝石がはめ込まれていて……そんな階段を上がったらまた廊下、廊下を進んだらまた階段。
そうして会談が行われる居城の中程の階層の大広間へと、獣王の臣下なのか、様々な色のキモノを身にまとった獣人達が左右の壁の側に控える部屋へと案内されて……そこの中央付近に用意されたクッションの上にエリーは、こちらの作法だという足を畳んでの姿勢で腰を下ろす。
獣王の居室や評定の間という特別な部屋は最上階だという話だが、当然そこまでは入らせてもらえないらしい。
……まぁ、それも当然の話かと考えていると、のっしのっしと足音が聞こえてきて、そしてエリー達の正面にある、台座の上のような一画にある右側にある扉が静かに引き開かれ、そこから獅子人族の大男が姿を見せる。
朱色と紫色を混ぜ込んだ、エリーの美的感覚では今ひとつとしか思えない獣人国の伝統衣装を身に纏い、鉄製と思われる大篭手を両手につけて……同じ獅子人族のスーリオよりは貫禄があり、長く波打つたてがみは……やや色が抜けて艶がなく、歳を重ねているのだろうと想像出来る。
そんな獅子人族は、高台の中央までのっしのっしと大股で歩き、そこに置かれていた紫色の大きなクッションの上にドスンと、そんなに荒っぽくしなくてもという仕草で腰を下ろし、肘置きに体を預けてから、エリー達に顔を向けて口を開く。
「よくぞいらっしゃった、メーアバダルのご友人よ。
獣王である吾ミカート・ライオリオは貴殿らを歓迎しよう、特にメーアバダルのご友人よ、交流が始まったその時から友好を示してくれ続けた貴殿らには、深い敬意を示させていただく」
それは太く力強い声での流暢なまでの王国語だった、獣人国語で会話を進める覚悟だったエリーは、内心で驚きながらも冷静さをしっかりと保って王国語での返事をする。
「ありがとうございます、獣王陛下、メーアバダル公の名代であるこのエリーは、その寛大なお言葉に深い感謝と敬意を抱いております」
と、そう言ってエリーは、ペイジン達に言われていた通りに草編みの床に手をついて、深く頭を下げる。
続いてエリーの後ろに控えていたジュウハも同様に頭を下げ……獣王は「面を上げよ」と、そう言ってから顔を上げたエリー達に笑顔を見せる。
「王国とはまぁ、色々とあったのだろうが、メーアバダルの胸襟を開いた態度と約定を守る態度には深く感じ入っている。
……鉄鉱山、その権益の一部をこちらに預け、そして約定通りに鉄鉱石と収益を送ってくるとは……実の所を言うと、まさかと驚かされたものだ。
吾の国……そちらの言う獣人国は鉄不足に悩まされていてな、量は少ないとは言え、良質な鉄鉱石が定期的に手に入るのはとてもありがたいことだ。
これからもこの良い関係が続くことを願っている。
……で、そちらが件のマーハティ領の使いか」
エリーにかける言葉は柔らかく、そしてジュウハに向けた最後の言葉はやや硬く。
これから厳しい話が始まるのだろうと覚悟を決めたエリーとジュウハは、少しだけ表情を硬くしながらも、難局を乗り越えてみせると覚悟を決め……そしてジュウハが言葉を返す。
「はっ、マーハティ公エルダン様の名代、ジュウハと申します」
「ああ、聞いているよ、英雄メーアバダル公の戦友殿。
……まぁ、誘拐の件に関しては……何と言うかな、そこまでは気にしていないのが正直な所だ。
人間族如きに誘拐される弱者がどうなろうと知ったことではない、むしろ定期的に間引いてくれて助かっていたとすら思っている。
とは言え、国としての面子があり、舐められっぱなしではいられないという王としての立場がある。
ゆえに、こうやって頭を下げに来てくれたことは手間が減ってありがたいばかりだ。
先日届けられた詫びの品にも目を通させてもらった、あれだけの品をもらえるのなら水に流しても構わないだろう。
……ただしそちらの望んでいるらしい望む者がいた場合の帰還どうこうについては……期待されているような答えは返せないだろう。
言ってしまうと今行われているらしい一時的な帰国や、家族との再会なども好ましいとは言えないな。
弱者の集団を送りつけられたり、弱者の思想を持ち込まれたりしても処分に困るだけでね……どうしてもと言うのならこちらに戻すのではなく、そちらで処分してもらって構わん。
……こちらに関わらない所で勝手にしてくれるとありがたい」
その言葉を聞いてエリーは思わず表情を崩してしまう、目を丸くし口を小さく開き、驚きを隠すことが出来ない。
これが王の言葉なのだろうか……10人かそれ以上の臣下と、他国の人間を前にしてこの王は今何と言ったのだろうか?
この瞬間、エリーは後ろに振り返りたい衝動に駆られる、今ジュウハはどんな顔をしているのだろうか? この言葉にどう返そうとしているのだろうか?
ここで変な言葉を返せば獣王の友好的な態度を変えてしまう可能性がある訳だが……エリーは、自分がジュウハの立場だったらどんな言葉を返すべきなのか、その答えを驚きのあまり見つけることが出来ず、困惑する。
「そう言って頂けるとは、思いもよらず驚くと同時に感謝するばかりです。
我らが領主エルダン様も、きっと陛下の寛大なお心に深く感謝し、敬意を抱くことでしょう」
と、ジュウハがそう声を上げる。
エルダンの希望は、望む者の獣人国への帰還で、獣人国でそれなりの立場であっただろうネハの親類との繋がりを得ることと聞いていたが……どうやらジュウハは、先程の言葉を受けて、それら全てを飲み込んで無かったことにすることを選んだようだ。
その声に動揺の色や震えは一切なく……もしかしたらこういう展開になることも予測していたのかもしれない。
(……仕入れた情報からなんとなく察してはいたけども、やっぱりネハ様の一族って王に近い立場だったのかしら?
確かセキ達が象人族は貴族に近い存在だったとかそんなことを言っていたし……そんなネハ様がマーハティにいることを獣王は知っていそうね?
もしネハ様が王族に近い立場なら……たとえば姫のような立場だったのなら、王座にいる側としては確かに一時的にだろうと何だろうと戻されては困るものねぇ……処分してもらった方がありがたいというのは本音、ということになるのかしら。
……でもそうするとネハ様の血を引くエルダン様って……この国にとってのとんでもない厄介事になるんじゃないかしら?
そして当然ジュウハさんは、そのことを分かっていて……ああ、ヤダヤダ、変なこと言い出さないでよ)
と、エリーがそんなことを考えていると、まさかの展開が……予想もしていなかったことが起こってしまう。
部屋の左右に控えていた獣王の臣下と思われる1人、熊の獣人と思われる男が一歩前に進み出て、焦りを含んだ声で、獣人国の言葉を張り上げる。
『へ、陛下! 我が一族には奪還や再会を望んでいる者が多く、王国側が下手に出るのであれば、ここはどうか一つお考え直しを―――』
『うるさいぞ、不満ならば力でもって吾を打倒し、より優れた王になれば良いだろうが。
貴様にはその機会を何度も与えてやっていると言うのに……しかも客人の前で、なんだその有り様は。
そもそも奪還をと言うのであれば、貴様達の領だけで王国に攻め込めば良かっただろうが。
何故吾が弱者と貴様の尻拭いをしなければならないのだ、寝言は寝て言うが良い』
すると獣王が言葉の途中でそう返し、熊の獣人を黙らせる。
エリーは一瞬、自分の翻訳が間違っているのかと困惑してしまう。
そして先程の獣王の言葉を正確に思い返し、あらためて頭の中で翻訳していくが……間違いは見当たらない。
獣王の言葉は終始淡々としていて、怒りの色は一切含んでいないが、内容としては怒っているように思える内容だ。
だがその表情は怒っていると言うよりは呆れているように見えて……熊の獣人のことを見下し、見下すことを楽しんでいるようにも見えてしまう。
(これが広大な領土を誇る大国の王……?)
エリーはそう考えて困惑し、国内が荒れている理由を察し始める。
こんな男が王だから……。
しかし、そこまでの愚か者には見えない、態度や仕草に品位や知性が感じられるし、城下町の治安の良さ、文化的な人々、景気の良さを思うと、愚か者であるはずがないとも思ってしまう。
しかしこの場で勝手に発言したあの熊獣人に非があるのだとしても、もっと上手い対処の仕方があったはずで……エリーには獣王の意図が、思惑がどうしても見えてこない。
「いや、失礼した、吾の国には愚か者が多すぎて吾も日々思い悩んでいるのだ。
弱者はこれだからなぁ……こういう弱者を表舞台から排除出来るのなら、確かに奴隷制というのは悪くないのかもしれないな。
……ああ、そうだ、それで思い出した。メーアバダル公の贈り物だ、あれらにはいたく感心させられた。
品の価値や品質もそうだが、ああいう形で力を見せてくるとは、流石一国の英雄と感嘆せざるを得なかった。
……よってこの場で感謝の品を渡すとしよう」
と、そう言って獣王が腕を振り上げると……獣王が現れたのと同じ戸から、随分と袖と裾の長い、桃色のキモノを着た獅子人族の女性が、木製の小さな檻のようなものを持ってやってくる。
細い木の棒を組んで作ったらしいその中には……どうやら1人の鼠人族が閉じ込められているようだ。
エイマと同じくらいの体の大きさだが、耳は小さく顔の形や毛色も違っている……同じ鼠人族ではあるようだが、犬人族達のように別の氏族の鼠人族ということになるのだろう。
ボロボロの穴だらけでくすんだ赤色のマントで全身を覆い隠すようにしているその鼠人族は、檻の中に座り込んで俯いていて……生きてはいるようだが活力は感じられず、随分と弱っている様子なのが分かる。
「これはな、弱すぎて話にもならん一族の生き残りだ。
物珍しさから最後の1人を生かしてやっていたが……もう見るのも飽きたのでな、メーアバダル公に贈ろうと思う。
奴隷という言葉でコレのことを思い出してなぁ……うむ、奴隷でもなんでも、好きにしてやってくれ」
笑顔だった、獣王はどこまでも笑顔で、その声色はとても軽かった。
弾んで楽しそうで……美味しい菓子を土産にどうぞと、渡しているかのような態度だった。
その瞬間エリーは、左右に控えた臣下の何人かが悔しげに歯噛みしていることに気付く、苛立ちや怒りを隠しきれていないらしい者もいる。
しかしそれらに注目している時間はない、すぐさま言葉を返さなければと頭を悩ませ……精一杯の笑みを浮かべて言葉を返す。
「ありがとうございます、きっと我らが領主も陛下からのご厚意を喜ぶことでしょう」
すると獣王はニカッと笑い……檻を持つ女性に仕草でもって指示を出す。
すると女性はエリーの側までやってきて檻を差し出してきて……エリーはそれを一礼をしてからのうやうやしい態度で受け取り、一瞥だけして自らの脇に置く。
(……お父様がこの場にいなくて良かった……本当にお父様がいなくてよかった。
お父様とコイツと会わせたら絶対ロクなことにならないわ……。
……好きにしろと言われたのだから、この方は好きにさせていただきますよ……)
と、そんなことを考えながらエリーは、笑みを維持しながら獣王へと視線を戻す。
「うむ、喜んでもらえたようで良かった。
メーアバダル公とは良い付き合いをしていけそうだ……では、他のことについても話していくとしよう。
まずは国境の件だな、それから行商について……ああ、それと今後の交流についてもか」
すると獣王はそう言って……エリー達にとって本番ともなる話題を切り出していくのだった。