作品タイトル不明
予想外の……
――――西側関所、壁上歩廊で モント
歩廊への階段を駆け上がってくる女性を見やりながらモントは、痛むこめかみへと手をやっていた。
最近よく来るようになった女性は、なにかにつけてモントへの感謝を口にし、出来ることはないかとそんなことを言ってくるようになった。
そんな女性にモントは、感謝をするならばディアスにと返していた。
この地の主はディアスであり、この関所からなんらかの恩恵を得たのならそれは全てディアスのおかげであると考えているからだ。
モントの故郷である帝国ではそういった考え方が当たり前だった。
感謝をするなら皇帝陛下に、全ては皇帝陛下のおかげ、皇帝陛下が人徳に満ちているからこそ、国内は泰平で災害も起きず、モンスター達も寄り付かない。
臣下が何かを成したなら慧眼優れる皇帝陛下のおかげ、臣下が何かをやらかしたなら忠誠心に欠ける臣下のせい。
そういった考え方の全てが正しいとまでは思っていないが、それでもモントの常識の根底であり、軸であり……獣人国の女性とは相容れない部分があった。
獣人国での考え方は真逆と言っても良い。
国王にそこまでの権限はなく、各領主が国主に近い存在として君臨していて、そのまとめ役程度の存在だった。
血筋でその地位が継承されるのではなく、実力での交代制となっていて……そんな不安定にも思えるやり方で今まで成り立っていたのは、王国の存在があったからなのだろう。
獣人を見下し、奴隷にする敵国。
そんな隣国があるのだから嫌でも一つにまとまるしかない、獣人として反抗するしかない。
王国あってこその合一、敵国あってこその安定……王国による誘拐や獣人の売買に対し、獣人国が本格的な対策や抗議を行わなかったのは、ここにあるのかもしれないとモントは考えていた。
それを取り締まってしまったなら、完璧に防いでしまったなら、王国憎しでまとまっていた国内が乱れてしまうかもしれない……と。
実際にディアスという存在が現れて、壁となってそれらを防ぎ始めた途端の内乱となっている訳で……モントの考えは間違っていないのだろう。
そして、そう思えばこそ獣人国の考え方には賛成出来ない部分があり……モントをこの関所の主としてだけでなく、地方領主ひいては国主として扱おうとする女性に対し、なんとも言えない感情を抱いてしまっていた。
とは言え女性はまだまだ若い、モントから見れば娘どころか孫と言ってもおかしくない年齢で……そんな若者に異国の考え方を理解しろというのも酷だろうと考えてモントは何も言わずに女性に接していて……女性がそれに気付くことはない様子だ。
そんな女性に対し、今日はどう対応すべきかと悩み……悩んだ分だけ頭が痛くなる中、いつの間にか側にやってきた老人、ピゲルが声をかけてくる。
「あちらを理解することも大事ですが、こちらを理解してもらうことも大事ですよ」
その言葉はモントの思考を読んでいるかのようでもあったが、適当なことを言っているようでもあり……モントは老人に渋い顔を返す。
最近イルク村にやってきたという老人、ピゲル。
ディアス達の態度を見るに王国にとって特別な人物ではあったようだが、モントからするとただの老人でしかなく……何を言っているんだという気分になってしまう。
するとまたも老人はモントの考えを読んだかのように……自分の価値を示すかのように別の話題を口にし始める。
「ところであちらの畑、見学させていただきましたが……作業効率ばかりを考えているようで、少し改善した方がよろしいでしょう。
間の道をもう少し広げるか、植える場所をもう少し考えるかしないと疫病が発生した際に、あっという間に広がる可能性があります……対応すべきでしょう。
それと厩舎も広げた方がよろしい、もっと家畜を増やすべきです……畑作業のためでもありますが、肥料のことを考えて今から準備をしておかなければ。
……あの不思議な石と双子達にいつまでも頼り切りという訳にもいかないでしょうから。
それとこの地の農作には神々の加護が重要と聞きましたので、簡易なものでも構いませんから、祈りの場を設けるべきでしょう。
それだけでなく―――」
そう言って続けられる老人の言葉はいちいち尤もな内容ばかりで、モントは驚くと同時に困ってしまう。
今その話をすべきなのか、駆け寄っていた女性もこちらの状況を見て面食らってしまっているではないか……と。
すると老人は、話したいことを話した最後に、モントの側に近寄り、モントだけに聞こえるように小声で囁く。
「……外交の初歩は相互理解です、理解するだけでなく理解してもらうことも大事です。
まずはその女性にあなたの考えを理解してもらうべきでしょう。
少なくとも今の態度のままで良い結果になるとは思えませんから、一歩踏み込んだ会話をしてみてはいかがでしょう?
……何故こんな老人にそんなことを言われなければと思うのかもしれませんが、生まれつきこういった経験は豊富な老人でございますので……耳を傾けても損はしないと思いますよ」
そんな言葉を受けてモントは何か反論してやろうと思ったが、良い反論が思い浮かばず言葉が出てこず……何も言えないままになってしまう。
そうこうしているうちに老人は空を見上げながら歩廊を歩き始め、それを見てか女性が駆け寄ってきて……今度は女性の矢継ぎ早の言葉がモントに襲いかかる。
そんな中、モントの頭の中には老人の言葉が何故か強く残っていて……頭の中で盛大な舌打ちをしたモントは、仕方無しに嫌々に老人の言葉に従って、女性に自分の思いを話し始めるのだった。
――――関所の中央広場で ディアス
セキとの会話が終わって、ふと歩廊を見上げるとモントと女性が会話をしている様子が視界に入り込む。
思っていたよりもモントが砕けた態度というか女性に歩み寄っている様子で……なんとも意外な光景に驚いてしまう。
まさかあのモントがあんなに社交的に……。
以前のモントなら考えられなかったことだが、関所の主になって変わったというか、変わろうとしているのだろうか?
それならモントに外交を任せて良いのかも……いや、負担が大きすぎる気もする。
やはりエリーか……他の誰かに任せた方が良いのかもしれない。
……と、そんな事を考えている時、視界の隅で何かが駆けているのに気付く。
小さい何か……犬人族達くらいの大きさの何かが、物凄い勢いで関所内を駆け回っている。
しかもそれは秘密の通路……関所のあちこちに仕掛けられた犬人族用の通路を使ってのことのようで、関所内の多くの人々がその存在に気付いていないようだ。
その通路は犬人族の体格に合わせて作られたもので、いざという時に犬人族達がそこを通っての伝令や奇襲をするためのものだ。
しかし普段はそこは悪用されないように、通路がどんな配置になっているのか把握されないために出入り口が閉鎖されているはずだが……と、その何者かを視線で追いかけようとするが、かなりの素早さでそれが難しい。
それだけでなく、それからは独特の……いつかに感じた気配までが漂っていて、その気配から大体の正体を把握した私は、中央広場を離れて関所内に入り……見張りの領兵に挨拶した上で奥に進み、それらの通路に繋がっているらしいある部屋……犬人族のための休憩所へと足を運ぶ。
すると私を待っていたのか、それとも偶然なのか、通路からそれが飛び出してきて……そして姿を現したそれがこちらをじっと見つめてくる。
恐らくは猫の何かなのだろう……猫よりも凛々しい顔をしていて足もがっしりとしていて猫ではないのだが猫によく似ている。
体毛は長く波打っていて、尻尾は炎のように揺らめいていて……赤色と黄色が混じった毛色もまた炎を思わせる。
そしてそれがまとう気配はメーアモドキなどによく似たものとなっていて……視線を合わせるために私がしゃがみ、声をかけようとすると、それが先に口を開き、意外にも太く響く、力強い声を上げる。
「……一部とは言え、我が子らを守ったのは事実、何か望む物はあるか?」
その言い振りもまたメーアモドキによく似ていた。
……しかしこの猫のような何かの子供というのは一体何のことなのだろうか? 一部……となると、パッと思いつくのは獣人国の住人達だが……それでわざわざここまでやってきたのだろうか?
しかしそれなら獣人国の王様とかの方が獣人達を守っていそうな気もするが……。
「いや、特にはないかな。
生活で困っていることもないし……今の平和な日々が長く続いてくれたらそれで良いと思っているよ」
いつまでも黙っている訳にもいかないと、そう返すと猫は眉を寄せて渋い顔をし、それから悩んだような素振りを見せて……それから口を開く。
「分かった。
明日ここに届ける物を受け取れ、希望を言わなかったのだから何が届いても文句を言うなよ」
その言葉に私が分かったと、そう言おうとするといつものように目眩がやってきて……そしていつの間にか猫が掻き消えてしまう。
……どうやらまた新しい神に目をつけられてしまったらしいなぁと、そんなことを考えながら頭を掻いた私は、とりあえず明日到着する血無し達のためと、猫が送ってくれる品のために、この関所で一晩過ごすことを決めて……そのことをモントに知らせるべくゆっくりと立ち上がるのだった。