作品タイトル不明
西側関所での一幕
東側関所で一晩過ごし、イルク村に戻ってまた一晩。
ピゲル爺さんに無理をさせる訳にはいかないので、しっかり休みを取ることにし……それだけでなく移動もゆっくりで、となったので西側関所へは昼頃の到着となった。
まず出迎えてくれるのは広い畑。
等間隔に並んだ丸い畑の周囲にはかなりの規模のため池もあって……このため池へと流れてきている水は、北の山から流れてくるものらしい。
西側関所から北というと鉱山がある訳だけども、そことはまた別の……鉱山よりは西側の山に、洞人族に頼んで掘ってもらった穴があり、そこから水を引いているらしい。
隣領でもそうだったが、雪が積もる山はその中に水を溜め込むものらしく、掘れば地下水が出てくるものらしい。
隣領ではそれを地下水路で街まで運んでいたが……流石にそこまではせずに自分達で整備した小川でもって畑近くまで運んでいるらしい。
畑の周囲には厩舎もあり……西側関所に預けている馬達はここで暮らしているようだ。
関所内部にも厩舎はあるのだけども、広々としたこちらの方が馬にとっては良い環境なのかもしれない。
西側関所までの道は、そんな畑の真ん中を貫いていて……関所に入ると、相変わらずの賑やかさとなっている。
ペイジン商会を始めとした獣人国の商人がやってきて商品を広げ、それを求めてメーアバダルの住民はもちろんのこと、以前見かけた時よりも更に多くの獣人国の住民がやってきている。
彼らは近隣の村々から来ているらしく……近隣と言っても結構な距離があるそうで、買い物をするだけでなく宿泊していくことも多いそうだ。
そこまでして獣人国の品をここで買う必要はないだろうと思ってしまうが、安全で安心出来る市場というのは中々無いものらしく、多少の遠出となってしまうとしても来る価値はある……らしい。
スリや強請りが無いことはもちろんのこと、詐欺などの心配もなく……また賄賂を要求されることもない。
獣人国内においてそういった市場は、王都などの大きな街か、神殿の周囲などの限られた場所にしかないようで……王都から遠く、神殿などもない近隣の人々にとってこの関所は、とてもありがたい取引場所になっているようだ。
そしてそれは同時に……特にモントにとっては見逃せない好機となっているようで、モントは関所内部で、パトリック達を巻き込んでちょっとしたことをやってしまっている。
それはパトリック達による獣人国の子供達への授業だった。
パトリック達4人のうち誰か1人がやってきて、絨毯を床に敷いただけの簡易な場所で、文字の読み書き、計算などを子供達に教えて……そして神様についても教える。
古くから王国で信じられてきた神話についてとか、神々についてとか……大メーアについてとかを教えて……授業が終わったなら、わざわざこんな所までやってきてくれたお礼として、簡単な食事が振る舞われる。
最初その話を聞いた時、私は孤児院が出来るまでの代わりとしてそんなことをやっているのだろうと思っていたのだけど、モントの思惑は全く違って……獣人国の人々を懐柔しようと、獣人国の人々に王国の文化や教えを馴染ませようと考えてのことであったようだ。
無料で読み書き計算を教えてもらえるのなら、食事を出してくれるのならと、買い物のついでに子供を連れてくる親は多い。
なんなら村の代表者に村中の子供を預けて、毎日のようにやってきている村まであるらしい。
そうやって獣人国の人々に好印象を抱いてもらうと同時に、王国への理解を深めさせ、王国の文化を広げて……いざという時のための武器にしようとしているらしい。
いざという時というのは揉め事が起きた時……戦争になるか、なりつつあるかの時のことで、その時にあちらの内部に味方がいれば……味方とは言わないまでも理解者がいれば有利になることが色々とあるんだそうだ。
そんな関所の光景を見てピゲル爺はなんとも満足そうに頷き、それから関所上部の歩廊から皆のことを見下ろしているモントの下へと歩いていく。
……あそこにいるのがモントだと、この関所の主だと説明をしていないし、モントの容姿を教えたこともないのだけど、態度からあそこにいるのが関所の主だと気付いたようだ。
その後姿を見つめて追いかけようかとも思ったが……今日の目的はそちらではないので、市場の確認を優先することにする。
食料を生産している訳ではないけども、市場でも食料を得ることは出来る。
どんな食料が並ぶのか、どれだけの量が手に入るのか、不確定で不安定ではあるけども、モント達はここからかなりの量の食料を仕入れているようだし、一応目を通しておくべきだろう。
私の頭の上に乗った記録係のエイマもその辺りのことは理解しているのか、反対意見を口にすることなく、確認に付き合ってくれる。
「……外交の一貫なんでしょうけど、モントさんも凄いことしますねぇ。
まぁ、あちらの国も色々問題がありそうですし、今のうちから手を打つに越したことはないんでしょうけども……」
見て回る中で、エイマがそんなことを呟く。
「外交とかを理解しているというか、実践出来るのはモントくらいだからなぁ、任せるしかないのが現状だなぁ」
と、私が返すとエイマは何も言わずに頭の上で動き……恐らく視線を上げてピゲル爺さんのことを見ているのだろうなぁ。
いやまぁ、確かにピゲル爺さんならそこら辺の知識があるのかもしれないが……色々あって隠居した身に押し付けるのもなぁと思ってしまう。
出来ることならゆっくりして欲しいし……外交とかそこら辺は、また別の誰かに頼みたい所だ。
では誰が? という話になると困ってしまうのだけど……と、そんなことを考えながら足を進めていると、食品を取り扱う商人……風変わりな柄の毛皮の、犬か熊か何かの獣人の姿が視界に入り込む。
馬車から下ろした木箱を並べて、その上に風変わりな柄の布を被せて、木の大皿を置いてその上に商品を並べて。
一番多いのは日持ちするらしい野菜、それと穀物、そして塩漬け野菜。
木箱の数からすると量はかなりのもののようで……あまり売れていないようだが、商人の態度には余裕が見える。
食品に関しては市場が閉まる直前に、モントが出来る限り買うようにしているらしいからなぁ……売れ残りの心配はないのだろう。
もちろん高すぎたり品質が悪かったりしたなら買わないようだが……この商人はその辺りのことを良く分かっているのか、綺麗な野菜ばかりを並べているし、塩漬け野菜に至っては試食用と思われる皿まで用意している。
これらの食料を全て買っていたなら……畑と同じか、それ以上の入手量になるんだろうが……これを頼りに孤児院の子供を増やして、食料を買いすぎて在庫がなくなった、なんてことになったら大問題だからなぁ、頼りにはしない方が良いだろう。
と、そんな事を考えながら商品を見ていると、商人が声をかけてくる。
「ここには質の良いもんしか持ってきてねぇですぜ、モントの旦那の目が厳しいですからな。
その分だけ質の良い魚が手に入るもんで、損はねぇんですけどね。
近くの農村じゃ新鮮な海魚なんて手に入らんので、これだけの野菜を何の躊躇もなく譲ってくれるって訳ですなぁ。
恐ろしげな噂が聞こえていた草原があっという間にこんな立派でありがたい施設のあるお国に代わるんですから、世の中何があるか分からねぇもんで……メーアバダル公様々ってやつですな」
どうやらこの商人の目的は金貨銀貨ではなく、ゴブリン達の海魚のようだ。
それらを農村に持っていけば、その手間以上の対価が手に入るのだろう。
そして私がそのメーアバダル公であることに気付いていないようで……私はあえて何も言わずに、ただただ品定めにだけ意識を向ける。
こういう時は下手に何かを言わない方が良いとエイマ達に厳しく言われているからで、その代わりに頭の上のエイマが言葉を返していく。
「それはそれは……景気が良いようで何よりですねぇ。
他にその農村で需要がある品々ってあるんですか?」
「そうですねぇ、最近では―――」
と、会話が弾み、エイマがどんどん情報を仕入れていく。
……その声は、先程私にかけてきたものよりも、より気楽というか弾んだ声色になっていて……なるほど、この商人が声をかけてきたのはエイマの存在も影響していたのか。
ただの人間族に声をかけるのは躊躇するが、獣人を頭に乗せた住人と仲の良さそうな人間族になら悪くない……と。
普段、声かけというか、情報収集をしているのがモントか、その部下の領兵達だとすると、尚の事警戒するはずで……獣人国との外交を考えるのならその辺りのことも考慮に入れないといけないのかもしれないな。
獣人そのものか、獣人と仲の良い人間族か……。
そうなるとクラウスの顔が思い浮かぶ訳だけども、クラウスは隣領との関係に欠かせない人物となる訳だし……中々難しいものだ。
いっそモントが獣人と……なんてことを考えてしまうが、それもなぁ……難しいというか、考えられないというか、その光景を想像することすら出来ないなぁ。
……と、その時、関所に新しい一団が関所内部へと入ってくる。
ここに働きに来ている鬼人族の女性と、領兵達のチェックを経た上で入って来たらしいその一団は、何はともあれと腰を下ろして体を休め始める……のだが、その一団の中から1人だけ、服装から女性と思われる獣人が飛び出して……歩廊の上に上がる階段へと駆けていく。
歩廊までの階段には見張りがいて、簡単には立ち入れないはずなのだが、見張りはその女性を止めることはなく、女性はそのまま駆け進み……そして何故かモントのいる方へと向かう。
「……え?」
と、思わずそんな声を上げた私はしばしの間、何が起きたのやらと困惑し、その場で硬直してしまうのだった。