作品タイトル不明
イルク村の食糧事情
孤児院について代表者を集めての話し合いを行うと、無理のない範囲でならと皆が賛成してくれた。
その中でも犬人族の氏族長達とアルナーが強く賛成してくれていて……氏族長達もアルナーも、その理由は大体同じ感じだった。
強い者、余裕がある者は弱っている者に手を差し伸べるべし、また差し伸べられる程の余裕があると周囲に見せることは、誇らしいことでもあると考えているようで……ついにその立場になれたかと、アルナーは誰よりも喜んでいた。
『数年前までは蓄えがいつ尽きるかと心配してばかりだったのが、ディアスと出会ってがらりと変わり……そしてついにここまで来たか!
東西の孤児院は共に立派なものにしないとだな!!』
なんて声を上げて踊りだしそうな程の喜び様で……そうして孤児院の運営はほぼほぼ決定ということになった。
ほぼほぼと言うのは、隣領と獣人国の許可を得てからでないと問題があるというのと、そういった施しをするからには、今どのくらいの食料を生産出来ているのか、手に入れているのかを正確に把握し、何人くらいの子供を孤児院に受け入れるのか、しっかりと計算し計画を立ててから着手すべきだという意見があったからで……暇を見てそれらの確認作業をしていくことになった。
確認作業を行うのは私だ、ヒューバートに任せても良いのではないか? という意見もあったが、領主としてしっかりと把握しておくのも大事なことだということで、私が行うことになった。
確認箇所はイルク村、東関所、西関所、そして荒野だ。
まずはイルク村から確認することになり……今日はその調査に、記録係ということでエイマと、村の食料状況に興味津々のピゲル爺さんが同行している。
……スーリオも同行したがっていたのだけど、一応は他領の人間ということで今回は遠慮してもらうことになり、そんな2人と一緒にまずはガチョウ小屋へと向かう。
……小屋、と言いはしたけども、ガチョウ達が暮らしているのは大きく立派に拡張された、イルク村では厩舎の次に大きい建物となっている。
厩舎に似た造りで、仕切りがないので広く感じられるそれは、池側に移設されていて……その建物とため池を囲う柵の中でガチョウ達は日々を送っている。
泳ぎたい時はため池で泳ぎ、寝たい時は厩舎で寝て、食事は料理などで出た野菜クズを食べる時もあるし、草原で草や白い草を食べることもある。
その場合はシェップ氏族のガチョウ係が草原まで連れていっていて……木の枝を振り回すシェップ氏族が、数え切れない程のガチョウの群れを制御している様は、中々面白い光景だ。
柵の外に出ても脱走するようなことはなく、大人しく餌場に向かってちょこちょこ歩いていき……群れからはぐれそうになったガチョウも木の枝で誘導してやるとすっと群れに戻ってくれる。
そんなガチョウ達は産卵期には卵を生産してくれていて、そしてその肉もまた大切な食料ということになる。
まだまだ余る程とはいかないけども、数が増えてきたこともあって中々の生産量となっていた。
そんなガチョウ小屋での確認を終えたら厩舎へ。
増えた家畜の数に合わせてどんどん拡張されている厩舎で生産される主な食料は、白ギーのミルクになるだろう。
毎朝スーク婆さんと、犬人族達がミルク絞りを行っていて、絞ったミルクのうち半分を子ギーに与えて、残り半分がチーズになったりバターになったり、あるいはシチューになったりして食卓に並んでいる。
数が増えれば食肉に……という話もあるのだけど、今の所そこまで増えていないし、ミルクだけでも十分にありがたいので、すっかりとミルク係になっている感がある。
追々馬の出産が始まれば馬乳酒なんかもアルナー達が作っていくのだろうなぁ……。
次に向かうのは畑だ、村の南部、ため池の更に南に広がるまんまる畑は、増えに増えて現在20面。
それぞれ様々な野菜が育てられていて……特に芋とニンジンが多めとなっている。
セナイ達の魔法のおかげか、どの畑も順調で、更に数を増やして生産量を増やしていく……のかと思いきや、20面で限界だとかでこれ以上は増やさないらしい。
何故20面で限界なのかと言えば、作業量どうこうではなく、葉肥石の数の問題であるようだ。
荒野で拾ってくる葉肥石は、そろそろ拾い尽くしたというか、新たに発見することが難しくなっているらしい。
畑を作る際にはアレの粉末を撒いていて……種を植える前にも追加で撒くことがあり、これ以上畑を増やしてしまうと葉肥石が足りなくなってしまうのだとか。
20面ならあと数年は拾って集めた在庫でなんとかなるらしく……新たな入手法が見つからない限りはこれが限界、これ以上増やすつもりはないらしい。
まぁ、畑を任せているセナイ達と、チルチ婆さん達までが無理だと言うのならその通りなのだろう。
葉肥石に関してはセナイ達の両親が入手法を知っているらしいのだけども、まだ教えるには早いからと教えてくれていないそうで……在庫がある数年の間に教えてもらえることを祈るとしよう。
そんなセナイ達の両親の木が植えてあるセナイ達の畑は、食料生産という意味ではほとんど寄与していない。
……が、サンジーバニーをどんどん増やしているし、果樹の苗なんかもどんどん育てているので、村の畑以上の働きをしてはいる。
育てた果樹の苗は、村のあちこちや、森に作った果樹畑に移植されているそうで……そのうちの村の果樹は、もしかしたら今年の秋に実をつける……かもしれない、とのことだった。
まだ2年なのに実をつけるのか? と、驚いたけどもセナイ達の魔法には植物の成長を早める効果があるとかで……以前にも聞いていたらしいその効果が、ようやく形になってきた、ということのようだ。
まぁ、成ったとしても小さい実になるだろうし、数も少ないだろうとのことで……こちらに関しては来年以降に期待することになるだろう。
これらに加えて狩りの成果がイルク村で生産される食料ということになるだろう。
狩りの成果の量は日によってまちまち……だったのだけど、鷹人族達が領民になってくれたことで、その量が安定化しつつあった。
草原全体の獣の数と生息域を把握し、このくらいの量なら狩っても問題ないだろうと、経験則からの当たりをつけて、群れからはぐれた獣や怪我をした獣などを見逃さずに狩るなり追跡するなりして、獲物とする。
鷹人族の目があればもっと大量に狩ろうと思えば狩れるけども、そうはせずに狩人の一族としての誇りと義務を忘れることなく、一定数以上の狩りは行わないようにしているらしい。
主な獲物は黒ギー、キツネ、ウサギ、鳥……鳥の中では特にキジが上等な獲物とされているようだ。
あとは私達は食べないがネズミやヘビなんかも鷹人族的には良い食料なんだそうで、見かければ狩って食料としているらしい。
ネズミを食べることについてはアルナーとエイマがなんとも複雑そうな顔をしていたが……野生のネズミが増えすぎると疫病などの問題に繋がるらしく、狩人の一族として欠かすことの出来ない大事な仕事、義務なんだそうだ。
また森の中ではクラウス達のシカ狩りを手伝うこともあるそうで……定期的にその肉が届けられたりしているが、まぁこれについては森での生産になるので、また森に行った際に確認するとしよう。
「……イルク村で手に入る食料は大体こんな所かな?
これらに加えて行商で仕入れた品と、ゴブリン達から仕入れた魚が主な食料で……最近は特に魚料理が増えているな。
何しろゴブリン達がどんどん仕入れてくれるからなぁ……他所に売っても問題ないくらいの量を仕入れてくれるんだが、それでも海で獲れる魚の量からするとほんの一部でしかないらしい。
……ゴブリン達から仕入れる魚は、どういう扱いにするべきなんだ? イルク村の生産量に含めて良いものか?」
大体の調査を終えて私がそんな声を上げると、頭の上のエイマが声を上げる。
「仕入れたものは生産とは別に扱いましょう、隣領からの仕入れと獣人国からの仕入れ、それと海からの仕入れ、全て別物として記録しておきます。
どれも取引先との関係次第で仕入れられるかどうかが変わる訳ですが、今の所どことも順調に取引できていますので、安定していると言って差し支えないと思います。
西側関所では畑での生産と狩りの成果……東側関所では森から木の実や山菜、キノコにハチミツ、それと狩りの成果、そして荒野ではデーツと岩塩という感じになる訳ですねぇ。
更に各関所共に、これから近隣の方々との独自の取引を活発化させるそうなので、入手量は更に増えそうですねぇ。
それらの対価となるのはメーア布に鉄とメーア鋼、それとドラゴン素材というメーアバダルの名産品となります。
ただしメーア鋼に関してはゴブリンさん達以外には売らないことになっています」
そう言ってからエイマは、私の頭から駆け下りて……地面で今回の調査内容を紙束に記録していく。
そんなエイマを見てピゲル爺さんはニコニコと笑っていて……特に言うことはないようだ。
エイマの最後の言葉……メーア鋼のことについては少しだけ表情が変化していて、思うところがありそうだったが、特に何も言わないということは問題はないと、そういうことなのだろう。
洞人族が鉄に魔石を混ぜ込んで精錬して出来上がったメーア鋼は、頑丈かつ錆びにくく、加工しやすいものであるらしい。
これを他国などに売るのは問題だとかで領外には出さないようにしているのだが、例外としてゴブリン達にだけは譲っている。
それだけ毎日のように送られてくる大量の魚がありがたいというのがあるが……ゴブリン達とは住む世界が陸と海で違い過ぎて、争いが起きたり対立関係になったりする可能性が極めて低いというのも理由になっているらしい。
……まぁ、確かに、仮に対立したとして海の中に住まうゴブリン達とどうやって争ったら良いのか、想像することも不可能だ。
更にはゴブリン達の性格が好ましいというのも理由になっているし、海で使う関係で錆びたり劣化したりが激しく、争いに使われる心配がないというのも理由になっているし……本当に取引相手としては最高かつ最良の相手なんだと実感するなぁ。
領外に出す際には普通の鉄として出すことになっていて……これからは鉱山に期待し、色々と便宜を図ってくれていた獣人国にも一定量を譲っていくことになる。
洞人族が丹精込めて作り上げた品質の良いものを、定期的に一定量、ペイジン商会を通して。
……これで立場が弱くなっているらしいヤテンの立場が少しでも回復すると良いのだけども……他国のことなので好転を祈ることしか出来ないのがなんとも言えない気分になる。
一応、ペイジン商会が頑張ってくれているらしいが……またぞろおかしな騒動に繋がらないことを祈るばかりだ。
なんてことを考えているとエイマの記録が終わり、今日の確認作業はこれで完了となる。
明日は東側関所に向かって森の確認、それから西側関所、荒野という予定で……荒野の確認は最低限、トカゲ側水源だけとなっている。
まぁ、どこもさっきエイマが言った通りの内容となっているのだろうけども、それぞれどんな光景になっているのか今から楽しみで……特に明日向かう森では、セナイ達が相当頑張ってくれているらしいので、色々と見所がありそうだ。
ピゲル爺さんもきっと、あの森の光景には満足してくれるはずで……そう考えた私はとりあえずピゲル爺さんに明日乗る馬を誰にするのか決めてもらおうと、厩舎へと足を向けるのだった。