軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ピゲル爺

領民になりたいからとやってきた……自称ピゲル爺。

色々と言いたくなるその爺さんは、到着するなり凄まじい活躍を見せてくれた。

まずピゲル爺がしたことは、ヒューバートを叱ったことだった。

仕事が十分ではない、すべきことをしていない、仕事が遅い……などなど。

私からするとヒューバートは良い仕事をしているというか、少し頑張り過ぎに見えていたのだがピゲル爺にはそうではないようで……その場でヒューバートがすべきだったらしい仕事を片付け始めたらしい。

それがどんな仕事かと言うと、領法の整備だった。

王国には王国法以外にも領法というものがあるらしい。

その地域ごとの事情に合わせた法律で、領主の判断で制定したり改正したり出来るものらしい。

メーアバダルで言うなら私が奴隷を禁止したことや、メーアを特別な存在として大事にしようとか、鬼人族と仲良くしようとかがそれに当たるらしく……一応これらをヒューバートが文章にまとめ上げてくれていたのだが、ピゲル爺からするとそんな文章では法律とは言えないんだそうだ。

法律とは治安のためのものであり、統治のためのものであり、裁判のためのものであり……特に他国や他領と揉めた際の話し合いや裁判を、不都合なく進めるために洗練されていなければならないらしい。

文章が未熟だと読み間違えがおきたり、意図が誤解されたり、解釈で揉めたりとしてしまうので、多少面倒くさい文体になっても良いから、成熟されたしっかりと意図の伝わる文章にしなければならない……とかなんとか。

たとえば奴隷を禁止するとして、所持が禁止なのか、売買が禁止なのか、持ち込みはどうなのか、外国からの客の世話係に奴隷がいたらどうするのか、奴隷が移住してきたらどう対処するのか、その後、所有者が返還を求めてきたらどう対応するのか……などなど、細かい部分までしっかり考えて文章にしておかなければならないんだそうだ。

ただ文章にするだけでなく正式なものとして内外に向けて公開しなければならないそうで……ピゲル爺は、入江からこちらへと移動しながらペンを走らせ、それらの文章を完璧な形で……ヒューバートの言葉を借りるなら歴史に残る名文として仕上げてくれた。

それだけでなくピゲル爺は、移住希望者としてやってきたニャーヂェン族をとんでもない形で管理してくれてもいた。

今回移住してきたニャーヂェン族は232人……これをそのまま受け入れると、様々な揉め事が起きたり、反乱や乗っ取りなんてことまでが発生しかねないという危険性もあると考えたらしいピゲル爺は、ニャーヂェン族の若き長にこんなことを言ったそうだ。

『まずは忠誠を示すこと、さすれば公は貴殿らに全力で報いてくれることだろう。

事実、公は初期から忠勤に励んだ犬人族達に、自らが狩って手に入れたドラゴンの素材を山程与えている。

その量は凄まじく、余る程のもので……犬人族達は余ったドラゴンの素材を家屋の屋根や壁にしているそうだ』

こんなことを言われたニャーヂェン族は、そんな話信じられるかと怒りさえしたそうだが、ヒューバートの護衛として同行した犬人族が事実だと証言したことと、イルク村に行けば既にそうした家がいくつもあって、嘘ではないことがすぐに分かると言われたことで少しずつ話を信じるようになり……そしてピゲル爺とあれこれと話をするうちに、どういう訳だか、ピゲル爺が提案したとんでもない条件まで飲んでしまったんだそうだ。

その条件とは……私に何かを求める前に、まずは各関所や荒野で働くことで忠誠を示せというもので、ニャーヂェン族をいくつかの隊に分けて……分散して各所で無償で働かせるというものらしい。

ただ女性や子供にまでそうさせるのは酷なので、女性や子供だけはイルク村に住むことが許されて……そうでない者達は『ピゲル爺が決めた場所』で『ピゲル爺が良いと言うまで』働くことになったそうだ。

……この話を聞いた時、よくもまぁそんな条件を出したなと驚き、何故それを素直に受け入れたんだとも驚いた。

私でも分かる、ピゲル爺は明らかに女性や子供を人質にしようとしている……こんな条件、どう考えても受け入れられるものではない。

無償の労働というのもあり得ない話で、そんなことをしてしまっては食うにも困るだろうに、だけどもニャーヂェン族の長は何故だかそれらの条件を受け入れてしまっていて……ヒューバートが言うにはピゲル爺の口の上手さにやられてしまった結果らしい。

ピゲル爺は口が上手い、それだけでなく独特の……魅力といったら良いのか、不思議な力がある。

人に言うことを聞かせる力というか、上手く人を使う力というか……私以外の命令を聞きたがらない犬人族でさえ、ピゲル爺と話しているといつのまにかピゲル爺の言う通りに動いてしまっているのだから本当に驚きだ。

……いやまぁ、ピゲル爺の正体というか、何というかを考えれば当然のことではあるのだけど……あの人は本当にここにいて良いのだろうかなぁ?

なんてことを考えながらイルク村へと向かっていく。

慌ててベイヤースに跨がり、荒野に向かい……そしてトカゲ川で見かけたのが、ゴブリンが引く船で北上しながら……甲板に立ちながらペンを振るうピゲル爺だった。

揺れる甲板の上で様々な法律を書き上げたピゲル爺は、私への挨拶もそこそこにニャーヂェン族に指示を出し始め、ニャーヂェン族達もまた私への挨拶もそこそこに、それに従っての行動を開始し……長だけが一応しっかりと挨拶をしてくれて、私もそれに挨拶を返すことになった……のだが、そんな長もピゲル爺の命令で東側関所に向かうことになり。

そして私はヒューバート達とピゲル爺と、ニャーヂェン族の女性や子供を引き連れてイルク村に戻ることになり……何がどうしてどうなったのやらと、首を傾げ続ける。

……ちなみにだがアルハルは、無事に家族と再会出来たそうだ。

母親や姉妹と再会し、父親とも再会したらしいがすぐに関所に向かうからと別れることになって……そのことを怒るかとも思ったのだけど、そんなこともなく、あっさりと受け入れている。

本当にそれで良いのか? と尋ねての答えは、

『いや、そりゃそうだろ、こんな大勢でいきなりやってきて好きにさせてくれなんて通らねぇよ。

女子供はイルク村で大事にしてもらえるんだろ? なら問題ないない、あたしからも皆に上手く言っておくし、皆が落ち着くまでまとめ役もやるから、任せてくれよ』

というものだった。

……うぅむ、この状況に疑問を持っているのは私だけなのだろうか?

なんてことを考えるうちにイルク村に到着し、鷹人族からの知らせを受けて準備をしてくれていたアルナー達が皆を歓迎してくれて……用意したユルトに案内したり、歓迎の料理を振る舞ったり……ついでにこっそり魂鑑定をしたりと、新しい領民を受け入れるための手続きが進んでいく。

そんな光景をベイヤースに感謝のブラッシングをしながら眺めていると、ピゲル爺に叱られて振り回されてヘロヘロになったヒューバートがやってきて声をかけてくる。

「ディアス様、あのお方を受け入れていただき本当にありがとうございます。

……色々と事情がおありのようで、その辺りもこれから聞かせて頂く必要があるでしょうが……その辺りのことは、自分が全てやっておきます。

その事情次第では……もしかしたらあのお方を元の場所に帰らせる必要が出てくるかもしれませんが、それまでは……それまでの僅かな間だけは、ここでの温かな時間を過ごしていただきたいのです」

疲れからか弱々しいながらも、芯の通った声でそう言ってきて……私はブラッシングの手を動かしながら言葉を返す。

「……んんー……まぁ、私としては全く構わないんだがな……。

詳しい事情とかもあれこれ言うつもりはないし、ヒューバートがそれで良いならヒューバートに任せるが……アルナーには事情を話しておいた方が良いかもしれないな。

……ほら、ピゲル爺さん、アルナーに捕まったぞ、そして髭を剃られているな……まぁ、アルナーは不潔なのは嫌うからなぁ。

ああやって世話を焼いているということは、魂鑑定は青だったようだ……ああ、でも薬湯はやっぱり飲まされるんだなぁ」

私達にとって特別な人でも、アルナーにとってはただの爺さんで……おそらく手入れをしていた髭は手荒に剃られて、きつく煮出した薬湯を飲まされ、アルナーにしては老人に対する敬意がないというか、厳しい態度だった。

「まったく家を捨ててくるだなんて……!

色々あったんだろうが、それをなんとかしてこその男気だろうに……!」

と、そんなことを言っている辺り、どこかの家から逃げ出してきた隠居老人扱いされているらしく、アルナーにとってそれはあまり好ましいことではないようだ。

それでもしっかり世話を焼いて、厄除けなのか刺繍の入った上着まで用意してくれる辺りはとてもアルナーらしく……ピゲル爺さんはアルナーにされるがままにされて、そのまま竈場へと連行されていく。

「その年と細腕では大したことはできないだろうが、せめて煮炊きの方法くらいは覚えておくと良い」

そんな言葉もまたアルナーらしいものだったが……一応、その爺さんはとんでもないくらいに大したことをやってのけているし、とんでもなく役に立ってくれてもいるのだけど……その正体を言わないことにはその辺りのことをどうにも説明しにくい。

事情を話すべきか話さないべきか、あの状況を放置するべきか、どうにかするべきか……。

なんとも悩ましい問題に頭を抱えて唸りに唸ったヒューバートは……結局どうするのかが正解なのかを見つけられずに、苦悩の果てに膝から崩れ落ちてしまうのだった。